目を覚ますと、視界に広がるのは半透明な曲線を描くの天蓋。
軽く首を動かす。移動する視界に映るのは、同じく半透明の楕円体…スリープポッドに横たわり眠る同胞、月の民。
内側から装置の天蓋を開ける。急速に空気が排出される音とともに、気圧が調整される。ゆっくりと開いた天蓋に合わせ、私は半身を起こした。
ああ、戻ってきたのか。
漸く理解して、天を仰いだ。
黒い外套を羽織り、ゆっくりと地下渓谷を登ってゆく。久方ぶりの鎧無き身はあまりにも軽く、自分の身体の均衡に慣れるまで幾許かの時間を要した程だ。身体ごとあの世界へ行った訳では無いというのに、人の脳とは実に不思議なものだ。
眠りの浅い私は既に幾度かこの渓谷を何度か往復している。すっかり道筋は記憶されてしまっている。
渓谷を抜け、誰も居ない静寂に包まれた舘を通る。そのまま表口へ向かう。
表に出ると、冷やかな風が頬を撫でた。
見上げる暗い天に、青き星は浮かんでいなかった。
ああ、戻って…来たのか。
安堵と、充足感と、一抹の寂しさが等しく過っていった。
異説を思い返す。不思議な程記憶はあっさりと全て思い出せた。あれほど強固なまでに思い出せなかった度重なる輪廻の記憶も、全て。
笑っていた。泣いていた。
見る事の叶わなかった弟のありのままの姿を見る事が出来た。それだけで、あの世界は奇跡だった。
そして何より。
親鳥を慕う雛の如く、私の後を着いてきた。何を迷う事も無く、私を「兄」と呼び手を伸ばし続けてきた。
これを奇跡と言わずに何と言おうか。
結局幾度も振り払い、幾度も泣かせてきたのだけれども。
両の手を見る。
最後に。本当に最後の最後に、抱きしめてやれた温もりは
「――私は、お前の心を救ってやれただろうか。」
救われたのは己のような気がしてならないが。
もう一度天を仰ぐ。
そこに青き星は無い。
それでも、心は前よりもずっと近くなったような気がした。多分、都合のいい思い込みなのだろうが。
きっとあの子は覚えていない。それで良い。
記憶など無くとも、異説で得た仲間達との絆はお前の心に息づき、新たな強さとしてそれを繋いでゆくだろうから。
コスモスの戦士達。彼らも又、各々の在るべき世界で輝きを取り戻せていれば良いと、驚く程素直にそう思う事が出来た。
生まれて初めて、神というものに少し感謝した。
神と呼ぶには、余りに生々しく人らしい神達であったが。
愛しい笑顔を思い返す。もう、会うこともないのだろうが、それでも今なら不思議な程自然に言えた。
「息災で居るのだぞ。セシル。」
幾許か晴れやかになった心持ちで星々を見上げる。
しばらく悪い夢は見ずに済みそうだと、久方ぶりに一人、笑った。
冬コミ新刊の予告くさいSSでした。
オープニングがこんな雰囲気のDFF本、ありがたく完売ですとも!