素直におなりなさい

 

 「兄さん、相談があります。」
 我ながら唐突だなぁと思う言葉にもかかわらず、魔導船のコンソール(と、言うらしい)を叩いていた兄さんは嫌な顔もせずにこちらを振り返ってくれた。

 現在、僕等は真月の渓谷から一旦地上に戻り、物資の補給と休養をとっている。いくら時間がないとはいえ、急いで先に進んで命を落としてしまっては元も子もない。幼い子供もいるのだし、こういう時間は大切だ。
 今は各々が自由に時間を過ごしている。ローザとリディア、ポロムやレオノーラは集まって世間話に花を咲かせ、ヤン父娘は鍛錬、シドとルカはカルコたちの調整や魔導船のエンジン見学。ギルバートはせめてもの癒しにと竪琴を鳴らしてくれていて、ハルもその横にいる。カインとセオドアは連れ立って外で手合わせ中。この二人が外、となると月の魔人は当然一人でいるわけでして…
 これは兄さんと二人で話をする絶好のチャンスなわけです。

 兄さんは魔導船の調整かなにかをしているらしい。ただ飛翔のクリスタルと操縦桿で飛ぶだけだった僕等と違い、兄さんは月の言葉で大きな画面に打ち出されるシステムの根幹をちゃんと理解してるらしく、戻る度にこうして一人プログラム…とかいうものの調整をしているんだそうだ。やっていることのレベルが違いす ぎてさすがだとしか言えない。僕等、よくこんな人に伊達でも5人がかりでも勝ったね。
「すいません、邪魔をして。」
「構わん。どうした、珍しいな。」
 そう言って本当にあるかなしかの表情で微笑んでくれる。珍しい、とか言ってくれる程見てもらえてると思えば、それだけでちょっと嬉しい。
「ええと…唐突な質問で申し訳ないのですが…」
 …質問内容を脳内で反芻すればするほど、何を言ってるんだろう今更と思う。そもそも兄さんに訊くような事じゃないんじゃなかろうか。そう思ってしまう妙な 間のあいだも、兄さんは無理に訊ねるわけでもなく興味を失うでもなく、ただ黙って僕を見ている。その目に、背中を押された気がした。

「僕はどうしたらセオドアと上手くやれるでしょうか。」


 …兄さんがちょっと吹いた。
 やっぱり訊かなきゃよかった!!!!



「済まなかった。笑うつもりはなかったのだが、さすがに唐突だったのでな。」
「…いえ、当然の反応だと思います…」
 恥ずかしい。さすがにちょっと恥ずかしい。場所を少しかえて僕を長椅子に座らせた兄さんは、横に腰を下ろして慰めるように僕の頭をぽふぽふと軽く叩く。嬉しいんだけどその手が少し遠慮気味なのがもどかしい。
「何故私に?」
「え?」
 お返しとばかりに唐突に訊かれた。
「いえその…カインに訊くのも悔しいんで。」
 ………さっきよりも派手に笑われた。
 悔しいので、ちっとも魔導士らしくない分厚い筋肉を軽く叩いておいた。

「正直、カインに懐くのはしょうがないと思うんです。」
「ほう。」
 ちょっと八つ当たりしてすっきりしたので、正直な所を白状する。
「セオドアが一番大変だったときに側にいてくれた訳ですし、そもそも僕の子ですから懐いて当然です。」
 8割後者が理由だと僕は思ってるけど。
「…その理屈だと………まあ、良い。それで?」
 兄さんが何か疑問を飲み込んだ。でもそれを追及するだけの度胸は僕にはないので、気になるけど流しておくしかない。
「でも、兄さんはまだそれほど長い間あの子と一緒にいる訳じゃないでしょう? それなのになんだか慕われてるというか、ちゃんと尊敬されてるというか…。」
 いや、正直言うとそれほど親しい距離と言うふうには見えない。ただ、セオドア自身に、兄さんに近づいてゆこうという意志が見える。おっかなびっくりではあるが、距離を縮めようという努力が見え隠れするんだ。
 …と、これをストレートに言っていいものか否かものすごく迷う。迷って、また間があいてしまう。ああ、かえって怪しいじゃないかこれじゃあ。
 ここまで来て必死に言葉を探す自分がもどかしい!なんでカインはあんなストレートに兄さんに物が言えるんだ! そのアビリティを今だけでもいい、デカントさせてくれ!!

「なにかコツがあるのかと!」
 …で、出てきた言葉がこれですか僕は。
 ネタか何かみたいじゃないか。自分にがっかりだ。最近は大分言葉の選び方が上手くなったと思っていたのに、玉座を離れて一皮むいたらこれとは、本当に情けない。

 また笑われるなと思っていたら、予想外にも兄さんは真剣に考え込んでしまった。あれ?
「…お前がセオドアに私をどう説明していたのかは判らぬが」
 ややあって、ぽつりとそう話しはじめた。
「お前の事だ。そう悪くは語っていないのだろう。」
「はい。」
 当然ですとも。名前を頂いたくらいですから。
「ならば、某かの理想像を重ねていたとしても、おかしくは無いな。」
「理想…ですか。」
 わからなくはないが、いまいちピンとこない。見ると兄さんも某か言葉を選んでいるようで、気遣いはうれしいのだけれどもこういう所がカインと差が出て少し悔しい。いやまあ、真っ直ぐ言われると多分キツいんだと思うけど。
「こういっては何だが」
 僕は思わず背筋を伸ばす。
「お前は父親としては少々威厳の不足している面があるからな。」
 やっぱりキツかったーーーー!!!!!
「…気にしてるんです。それは気にしてるんです僕なりに頑張ってるんですぅ」
 伸ばした背中が丸くなりました。このまま膝を抱えて体育座りのままごろごろ床を転がりたい気分です。
「それがいかんのだな。」
「へ?」
 全く予想外の言葉をかけられて、思わず間抜けな声を出してしまった。
「あれから、バロンの王たろうと随分気を張ってきたのだろう。」
「はい。推してくれたカインや、陛下の顔に泥を塗る訳にはいきませんから。」
 しまった、二人の事を引き合いに出すのはちょっと失敗だったかな?
「そうだな。それは臣下を率いる王たる者として必要な事だ。お前の判断は間違っていない。」
「あ、ありがとうございます。」
 気にしているかとおもったけれど、意外と大丈夫だった。それ以上に今僕、威厳の固まりみたいな人にちょっと褒められましたよね。これは素直に喜んでいいよね?
「苦労したな。」
 そう付け足して兄さんはちょっと笑った。うれしいけど…どの口でそれをいうかな。
「…兄さん程じゃありませんよ。」
 僕は沢山の人たちに助けられたけれど、兄さんは一人だったじゃないか。それは、口には出せないけど。
「しかし、その感覚を家庭に取り入れるのは、如何かと思うがな。」
 …と、急に話題を元に戻された。けど、繋がりが今一ピンとこなかった。
「ええと…どういうことでしょう?」
「無理に父親を作っても、見抜かれるぞ。」
 わあ、本当にキツいやこれ。


「…見抜かれますかね。」
 なんかもう、ここまで図星押されたら見栄とかどうでもよくなって、かえって楽になってしまった。これも兄さんの洗脳術なのだろうか。だとしたらこれはひとたまりもない。
「子供とはそういうものだ。お前も判ったのではないか?」
「と、言いますと?」
「判ったから、随分と遠慮をしたのではないか?」
 …確かに。
 拾われ子だった僕は周囲から直接言われる事はないにせよ、やはり大人達から快い視線を受ける事はほとんどなかった。僕を暖かく見守ってくれたのはシドやカインのご両親、陛下、あとは身の回りの世話をしてくれた侍女の一部くらいなものだった。その人たちが悪く言われるのが嫌でしかたなくて、僕は必死にいい子でいようとしていたのだ。
 たしかに、僕も判っていた。
「…そう、ですね。」
「身近になればなる程、作った人間像などでは到底人の心を掴む事等出来ぬ。」
 …兄さんが言うと重いなあ。
「ましてやその偽りの人間像と自分を比較されては、セオドアの身としては堪らぬ。」
 それはそうだ。
「セシル。」
「はい。」
 兄さんが真っ直ぐ僕の目を見る。大きな左手が…僕の頭を撫でた。
「お前は頑張り過ぎだ。」
 そう言って少しだけ、困ったように笑った。

 何故だか、僕は急に泣きたくなってしまった。




「偽りのないお前をバロンは、世界は王として選んだのだ。お前は、ありのままのお前で良い。」
「はい。」
「ましてや家族だ。等身大のお前で居れば良い。」
「はい。」
「もう少し力を抜いて、そのままのお前でセオドアと接してやると良い。最初は驚くやもしれんが、なに直ぐに慣れる。家族とはそういうものだ。」
「…はい。」
「『バロン王』などという理想を目指す事は無い。お前は、お前達にしか出来ぬ自然な姿の親子であれば良いのだ。それが、セオドアが望む父の姿だ。」
 ああ、全部見抜かれちゃってるよ、もう。本当に、敵わない。

 遠くを懐かしむような兄さんの声が、痛いくらい心に沁みる。
 それなのに暖かくて暖かくて、なんだかもう本当に泣いてしまった。

 どれだけ悲しい思いをしてきたかわからない人なのに、どうしてこの人はこんなにも優しいのだろう。



「兄さんもそうだったんですか?」
「……何がだ?」
 ひと泣きして落ち着いたので、泣かされた仕返しにそう訊ねてみた。疑問符の兄さんがとても新鮮です。
「いえ、なんか言葉がとてもリアルなんで、そんな家庭だったのかなぁと。」
 多分兄さんにとってはとても答えにくい質問だと承知の上で訊いてみる。案の定、床を見つめて黙ってしまった。それもかなり長考。
 これは、困り果てる兄さんなんてものすごく新鮮だ。うらやめカイン。
「……今にして思えば。」
「?」
 たっぷり時間が経過したあとぽつりとそう零した先の言葉は…
「…存外に、間の抜けた事を言う人…だったな。知識技術は素晴らしいものだったが、あまり尊敬という方向に行った覚えが…ない…。寧ろ、よく言えば…あえて良く言えば…親しむ方…だったか?」
 え?それって…?
「威厳は…寧ろ母の方があった…か…。」

「ええええ!!? それってなんか構図が同じじゃないですか!? ウチもどう考えてもローザのほうが強…」
「……その…ようだな。」
 ……。
 ………ええと。
「…セシル。」
「はい?」
「そんな所は似なくてよい。」
「好きで似たわけじゃありません!!」
 思わずやつあたってしまった。これはこれで要らない事が判明して涙を流していると、兄さんが下を向いて…笑っていた。声を潜めて。
「――!」
 ものすごく顔が見たくなって強引に下から覗き込もうとしたら、逆に頭を抑えられて床に向けられてしまった。意地でも見せないつもりか!
「やー!」
「余りおいたをするんじゃない。」
 声がもう元に戻ってる。立ち直り早すぎだよ。残念。

「ねえ兄さん。」
「何だ。」
「父さんと母さんのことも、聞かせてくださいね。」
 やっと言えた。これもどうしても、言いたかったんだ。
「…私に残っている記憶で良ければ、見せてやれるが。」
 え、月の民ってそんなことも出来るのか。でも…
「いえ、兄さんの言葉で聞きたいです。」
 貴方の言葉で、僕たちの家族の事を。その方が…きっとローザやセオドアの為にもいい気がする。
「…次の機会にでもな。」
 そう言った兄さんの視線の先には出入り口の扉が。その向こうから微かにだけど、セオドアの声が聞こえた。どうやら修行から戻ってきたらしい。
 兄さんは僕を見て浅く頷いた。行ってこい、と。僕も頷き返して、立ち上がった。

 多分カインも一緒だけど、もう遠慮も嫉妬もする事はない。僕は僕らしくセオドアと向き合っていけばいいだけだから。


 とりあえず今度は、二人の修行にまぜてもらおうかな。

肩の荷をおろしてあげようSS2弾。そして正真正銘カウンセリングSS。
なんか昔から俺の中で、クルパパはセシル系のおっとりヘタレタイプ、お母さんはしっかりもののパリっとしたタイプってイメージありまして、絵もそうですが以降そういう方向性に準じて作品書いております。(お母さんもっとバリバリ騎士系だったけどなかつては。大分緩めた。)
素直にDS版読み解けば、セシリアさんおっとり型・クルパパしっかり型なんでしょうが、それじゃあ面白味にゲフンゴフン。

月の民はすっとぼけててほしいじゃないか、ねえ。