「来たぞ!構えろ!!」
一際気配に聡いエッジが叫んだ。気配が凝る。そして現れた黒い肢体に、カインは息を呑んだ。
真月地下渓谷。一度でこの憎悪渦巻く広大なエリアを捜索し下りきるにはあまりに危険が多く、何度か魔道船での補給をし、何度目かの探索の時だった。
数えて地下4階になるだろうか。一歩足を踏み入れるごとに、先へ進むたびに闇の気配は濃くなり、激しい憎悪と敵意の感情は剥き出しで一行に襲い来る。しかしその小部屋の一室は…それにも増して異質だった。
「…何だここは。」
カインと共に先陣を切っていたエッジが呟く。かつての地下渓谷を知っている面々は、少しこの場所を観察するだけの余裕を持っているので、先発として先を歩いていた。
今までには感じられなかった気配。憎しみよりも悲しみ。怒りよりも焦燥感。敵意ではなく、愛憎。しかし、それは今までの空間よりも遥かに濃い闇を形成していた。
カインは周りを見渡す。何も無い空間。しかし気配は確実にこちらを向いている。ちらりと、後ろを見た。そこに居るのは先発隊の最後尾、弟を背に負ったカインのかつての主…ゴルベーザ。
ゴルベーザは黙したまま、しかし何かを見据えるような目で遠くを見ていた。
「…気配が変わった。」
追いついた後続部隊のパロムが呟いた。未だ戦い慣れしていないレオノーラ、戦闘経験の浅いギルバートやハルと言った面々が身体を強ばらせ構える。
それに反応するかのように、闇が凝った。
「…下がらせろ。」
いつの間にかカインの横に移動していたゴルベーザが、彼にしか聞き取れない小さな声でそう言った。意図は判る。全員が剣を振うにはここは狭ますぎる。
「パロム、お前達は下がれ。」
「なんでだよ!」
「見て判るだろう、狭過ぎる。後方を確保してくれ。ヤン、セシルを頼む。」
食って掛かるパロムを軽くあしらい、暗にゴルベーザへ「セシルを安全な所へ」と伝える。さすがに異論は無いらしく、黙ってヤンに弟の身を預けた。
そしてその姿は現れた。
黒い、漆黒の胴体をくねらせ、輝く眼光でこちらを睨みつけるそれは、翼の無い竜。カインも良く見知った――
「こ、黒竜!?」
ローザが叫ぶ。
「なんであの子がここに!?」
リディアがゴルベーザを見る。エッジ以外は知っていた。この竜がゴルベーザの使い魔だったということを。カインは振り返り、ゴルベーザを見る。かつての主は只、黙していた。
竜が吠えた。
「ちッ、やるぞ!」
エッジが刀を抜く。慌ててカインはそれを止めた。
「待て!」
「何でだ!やらなきゃやられっちまうぞ!俺たちにためらってる暇なんざねぇハズだ!!」
それはそうだ、その通りなのだが。
カインはもう一度ゴルベーザを見る。ここに来るまでの間、彼は余りに傷つき、多くのものを失いすぎた。かつての罪を目の当たりにし、かつての部下を蹂躙され、それを己の手で屠ってきたのだ。そしてこれから先も恐らく――。その上、この竜までも失うのか?
ゴルベーザの表情には何の変化も伺えない。だが、カインだけは知っている。この男がどれだけ部下と強固な信頼関係を築いていたのかを。そして、この男は見た目に反して、酷く繊細な心の持ち主なのだという事を。繊細な癖に打たれ強くて、どこまでも我慢が利く、いらないところでそっくりな兄弟なのだと。
これ以上、傷つけたくはなかった。ローザとリディアも躊躇っていた。共に戦ってきた二人も気付いているのだ。多分、エッジも――。
黒竜が吠えた。同時に、黒い閃光が周囲を包む。
「げ…!」
「しまった!」
躊躇った一行は対処が贈れた。防御魔法が間に合わない。各々がダメージに備え身を固めた。
しかし、反して衝撃が襲い来る事はなかった。そろり、と目を開けたリディアの視界に入ったのは、その攻撃を一身に引き受けたゴルベーザ。
「お義兄さん!」
ローザが駆け寄る。彼の纏う衣にも、彼自身にも只の魔導士では有り得ない強力な魔法障壁が施されているが、それでも受けたダメージは浅くない。回復魔法をかけようとしたローザを無言でゴルベーザの手が制した。
「下がっていろ。」
この渓谷で既に何度か聞いた言葉。その言葉の後に彼はスカルミリョーネを、カイナッツォを、かつての子飼いの部下達を自らの手で屠って来た。また、そうするつもりなのかと、誰もが息を呑んだ。
やめろ、と喉まで出かかった声をカインは発する事が出来ない。彼の意志で行われるその覚悟を、止める事等出来ない。カインに止められぬものが、他の誰に止める事が出来ようか――
ゴルベーザは前に出る。
黒い竜は黙してかつての主を見つめている。
歩みは止まらず。止められず。
黒竜の目前で、主は言った。
「私がお前を忘れるとでも思ったのか。馬鹿者。」
身も凍るような殺気が、散った。
黒竜は主の頬へ甘えるようにして、その肢体を寄せた。竜の言葉が、カインにだけは届いた。
――だって、もう要らないのかと思ったのだもの。
――沢山仲間ができたから、もういいのかと思ったのだもの。
――確かめたかったの。御免なさい。
――私のセオドール。
その言葉が主に聞こえているものかどうか、それを聞き取ったカインにはわからなかった。だけど、確かにゴルベーザの唇はもう一度紡いでいた。「馬鹿者」と、その形を。
主はゆっくりと左手を上げた。黒い竜はするすると、それに絡み付く。守るように、労るように身体に巻き付く。
一度だけ主の頬を舐め、声高に嘶きそして…溶けるように黒い霧となって消えた。
「…手間を取らせたな。」
そのゴルベーザの声で、漸く面々は正気にもどった。
「えっと…よくわからねぇが大丈夫なのかおめぇ。」
「問題は無い。」
どもるエッジの横を通り過ぎながら、ゴルベーザは何事も無かったかのように言った。そのまま、カインの前に立つ。
「…何だ。」
展開が読めずにさすがのカインも気圧される。ゴルベーザは黙って左手を差し出した。そこにあったものは…
「詫び、だそうだ。」
「…黒のしっぽ?」
唖然とするカインに半ば強引にそれを手渡し、黙したまま後続部隊の方へ行く。シドに抱えられていたセシルを再び背負い、黙って先頭を歩き出した。
カインは手渡されたそれを見る。
「…何だったんだ?」
意味が分からないという風に、エッジが頭を掻きながらカインに問う。漸くそれで思考を取り戻したカインが、ふ、と笑った。
「…少なくともひとつは、あいつが傷つかずに済んだ、という事だな。」
聞こえた声を思い返す。
竜が人に心を寄せるというのがどういうことか、竜騎士だけは知っている。
不思議な程安心している自分に、どうやら一生あいつの下の自分というのは捨てられそうにないな、とそう思い、もう一度笑った。
リディアが子供のようにとてとてとゴルベーザに駆け寄っていた。見上げるように巨躯を覗き込む。
「よかったね。」
その一言だけ告げて、屈託なく微笑んだ。ゴルベーザは目をそらす。
「……そうだな。」
ややあって小さく、一言だけ返した。
満足したようにリディアは後ろの仲間たちの元へ駆ける。
召喚士には見えているのだ。
彼だけに心を寄せる幻獣が、守るように彼の兄弟の身を包んでいる、その姿が。
渓谷の月齢モンスターにこっちゃんがいると聞いて衝動的にやりました。反省も後悔もしていないが俺はまだ見てません。
ちゃんと攻略本読んだら、スカルミリョーネよりこっちゃん遭遇の方が階早いでやんのな。
何回か戻ってるという事でここは一つ…_| ̄|○
このSSはなんかメスっぽいしゃべり方になっちゃいましたが、別に性別は限定してるつもりないです。人間の言葉に訳すとこんな雰囲気、くらいで。カンケーないけどカインの飛竜はなんかメスのイメージあるな俺。
こんなこっちゃん設定だと、四天王とか諸々、どんどん兄さんと親しい人が増えて行くに連れてやきもち妬いたり、幻獣だから滅多に他人と顔を合わせることもないんだけど付き合わせれば豪快にバルとかカイナとかとケンカしたりそんなだとゴルベーザ軍とても微笑ましいですとも。カインは竜騎士だから比較的早く認められたりしてね。
それにしても、DFFのおかげで黒竜株がうなぎ上りですとも。