「大丈夫かい?カイン。」
「ああ。もう問題ない。お前も休め。」
結界に戻り治療を終えた後、それぞれ皆疲れた体を休めるため眠りについていた。俺はといえば妙に目が冴えてしまい、だからといって歩き回るだけの気力は流石になく適当に岩陰にもたれかかって座っていたら、こちらも休んではいなかったらしいいセシルに声をかけられた。なんとなく顔を合わせずらかったここに来たのだが、どうしてこいつは昔からそういう時に限って人の側に寄ってくるのだろう。
思えば、昔は随分とそれに対し無自覚なところで過敏に反応していたものだが、今となってはそこまで苛立つような事もなく、我ながら落ち着いたものだと妙な所で己を自覚した。
案の定、休めという俺の言葉をまるきり流して、セシルは俺の横に座った。
「大分辛そうだよ。」
「…さすがに少々堪えたからな。」
……本当に堪えたのはお前の兄貴の方だがな。それも少々でなく。
無茶なことをするな、とか、自分を大事にしてくれ、とかそういう有体なこと(既に嫌な形で兄貴に言われているのだが)でも言い出すのだろうと思ったのだが、意外にもセシルはそのまま黙り込んでしまった。流石に何事かと思い、顔を覗き込む。それに気がついたのか、セシルは一言、ぽつりと口にした。
…とんでもないことを。
「なんだか兄さんに君を盗られた気分だよ。」
力一杯吹き出してしまった。
それはもう盛大に。
「は!?」
いいだけ咽返した後思い切り聴き返してしまった俺の反応を完全に流して、セシルは俯きながら独り言のように話しはじめた。
「君がドラゴンと共に落ちて行った時にね、僕は一瞬だけ動けなかったんだ。今君を追ったらセオドアやローザが危ないんじゃないかって、そう思ってしまった。その間に兄さんは躊躇いなく飛び込んで行ったよ。正直、悔しかった。」
まずはこっちを見ろ! と言いたかったのだが、ぽつりぽつりと膝を抱えてこちらも見ずに話すセシルに、なんと声をかけたものか考えあぐねる。色んな意味で。
さすがに怒鳴る訳にもいかず、幾許か逡巡した後俺は言葉を返す。
「…守るものが増えたんだ、それで当然だろう。その点俺もあいつも身軽なもんだからな。あまり気にする事じゃない。」
とりあえず、妥当な返答を出してみた。
出した、筈だった。
「カイン、兄さんの事が好きだったんだろう?」
気がつくと俺は地に突っ伏していた。
今だけ死のうかと思っていた。
「ああ、御免。今さら僕が掘り返す事じゃないよね。でも僕は気にしてないから」
「俺が気にするわ! なんだ薮から棒に!! 流れが全く理解出来ん!!!」
これは怒鳴っていい! いいはずだ!!
「あ、そうだよね。えっと…何っていわれると僕もうまく説明できないんだけど…」
突然に素っ頓狂な事を言い出す天然振りは全く変わっていない。説明も出来ない爆弾発言を突然ぶちかまして人の傷を抉るのはやめろこの宇宙人、と一発殴ってやろうかとも思ったが…存外に深刻だったセシルの表情に、それも出来なくなってしまった。
「僕はいつも選べなくて、君を傷つけてばかりだね。ずっと。」
泣き出す寸前のような顔でそう言った言葉は、俺が10余年痛みを抱え続けていた年月と同じだけ、セシルの心に影を落としていた悔恨だったのだろう。
そうと分かってしまえば今度は本当に怒鳴る熱も引いてゆく。上げかけていた腰を下ろして、俺は黙ってセシルの言葉を待った。
「誰も傷つけたくなくてどうにかしようとして、結局一番大切な君を傷つけ続けている。愛想なんて尽かされたって、当然だったんだよね。わかってて、また同じ事を繰り返した。そのくせ図々しくこうしてまた君の横に座ろうとしているんだから、本当に僕は最低だよね。」
俺の方も見ずに、半分膝に顔を埋めるようにして自責するセシル。
俺は。
…なんだか俺は笑ってしまった。あまりに懐かしくて。
「く…ははは! お前のその自虐モードも久々に見るな!」
「な…! なんだよそれ!? なんでそこで笑うんだよ!!」
さすがに予想外だったのか、笑われて少しは本気で腹が立ったのか、セシルは勢いよく顔を上げた。その頭を押し込めるようにして、少し強めに撫でてやった。
「気にするなよ、そんなものはお互い様だ。俺だってお前といる事も今までの関係を壊す事も選べなくて、一人で勝手に嵌ってたんだ。お前が自分を責めるのはまあ勝手といえば勝手だが、それならその半分は俺の責任だ。」
俺もまた、腹を決めきれなかったのだから。
思い起こせば俺も相当勝手だったのだ。
三人共に。そう思いながらも、「只一人」になりたがっていたあの頃。
セシルが欲しかった癖にローザを失う事も嫌だった。
三人等しく居る事を望んでいたのに、心のどこかで自分達を比較して優位を望んでいた。
セシルもローザも失いたくなかった癖に、二人には「俺」を選んで欲しかった。
比べられるのは御免だったくせに自分を見て欲しかった、認めて欲しかった。
それを何一つ主張もしないくせに、そう強く望んでいた。
矛盾だらけだった。
父を失い、母を失い、愛情に飢えていた、そう言えば聞こえはいいかもしれない。だが結局、欲張りで独りよがりな我侭だったという、それだけの話しなのだろう。今なら、よく解る。
それを、あの男はあっさりと見抜いた。それを認めて良しと言った。当然だと言った。拾い上げて、重用した。
だから切欠はどうあれ、俺はあのとき本心からあの男に仕えていた。有能だと褒めるその言葉に歓びを感じ、あの男に騎士の剣を心から捧げていた。俺の存在を、ありのままの醜い俺のそれをも唯一無二と認めてくれたから。
好きだったのかと問われれば。
そうだったのだろうと、今にして思う。
俺の満たされない欲求は、あの男が全て埋めたのだから。
「…まあ、自虐するだけ自分を見ているお前の方がよっぽどマシだったんだろうな。」
「なんだよ、それ…」
「俺はついこの間まで、自分から目を逸らして逃げ続けるだけだったからな。外から見せつけられて、漸く自分の馬鹿さ加減を知ったくらいだよ。」
そしてそれが自分なのだと、それを知れと、何度もあいつに導かれていただろうそれに…今更、気がついたのだ。馬鹿というより他ない。
世界は外にあるんじゃない。全部己の内にあると、あの男は幾度も指し示してくれていたというのに。
「選べないのが弱さだと思っていた。けど、それが間違いだった。」
もう一人の自分も間違いなく自分であったように、どちらも同じように大切に思うそれも、間違いなく自分の本心だったのだ。
それを無理に切り捨てようとして、あの頃からついこの間まで、10年以上も一人勝手に嵌り続けていたんだろう。
選ぶ事も、忘れる事も、決別する事も出来ないままに。
選べないまま、全て失ったと勘違いしていた。
本当は、俺が勝手に見失っていただけだった。
「今ならわかるさ。そんなもの、どちらかを選ぶような事じゃあない。今、お前とセオドアと、あいつを選べと言われたら俺だってどれも選べないけれど、それでいいと思える。そんなの当然だったんだ。」
それできっといい。いいと判った。
いいのだと、あいつならあの頃のように極上の不敵な笑みで言うだろう。
今なら俺も、笑って頷ける。
「お前だって、そんなこと初めから知ってただろ。」
黙って俺を見つめるセシルの頭を、昔のように少し手荒に撫で付ける。
ありのままの心を真っ直ぐに受け止め認める。それが、こいつの優しさの源だったのだと、今なら、判る。
それはまるきり、ゴルベーザと同じ姿なのだ。
「だから、お前も誰かを選ぶなんて馬鹿な真似今さらするな。聖騎士だろう、だったら全員守れ、誰も犠牲になどするな。」
それがお前の生き方だったじゃないかと付け足す。 戸惑ったような顔で見返してくるセシルに、俺はいつもの様にニヤリと笑ってやった。
「お前はそれでいいから、自信をもて…とは言わないさ。そうやってヘタレてるのがお前らしいからな。いいだけヘタれた後に、決めて走ればそれでいい。」
それが、俺の愛したセシルだから。
それは…言葉にはしてやらなかったが。
「な、なんだよそれ!結論がそれってあんまりじゃないか!!」
ようやく言われた事を理解したのか食って掛かってきたセシルの肩を笑って叩いてやる。酷く懐かしい気分になった。
「そんなこと言ったら今は君だって聖騎士だろう! だったら一緒に…」
「ああ、それは駄目だ。」
「なんで…!」
「俺はそういうお前を守る。俺はバロンの竜騎士だからな。」
そう言ってやったら、面白いようにセシルは止まった。
真っ赤になって。
久々に腹から笑ってやったら、耳まで沸騰させたセシルにいいだけ殴られた。
悪い気分はしなかった。
「ああ、それとな」
「…これ以上なんだよ。」
背中を丸めて向こうを向いている肩を叩く。
「お前、自分とゴルベーザを間違っても比較するなよ。それこそ、不毛だ。」
「う」
見抜かれた、といわんばかりのうめき声が聞こえた。
「あんなもの世の中に二人もいたら迷惑この上ないし、心配なんざしなくても、お前とあいつは似てるよ。」
「そ、そうかな…。」
「ああ。」
それだけは間違いない。どれだけこの二人が重ねて見えていたか、それこそ数えきれない程にある。
「それにそんな真似してたら、ゴルベーザが可哀想だぞ。」
「え?」
「お前はあいつの別格で唯一無二なんだから。お前はお前のままでいてやれよ。他の誰かになんて、なろうとするな。」
愉快なくらいに動揺して膝に顔を埋めたセシルを、面白がって小突いてみた。
「…ごめん、やっぱり僕は、煮え切らないね。」
「ん?」
どうやら、それをなにか違う意味にとらえたらしい。が、面白いので訂正はしてやらないことにした。
「ま、いいんじゃないか。たまに腹立たしいが、そう言う博愛精神豊かなお前に皆惹かれてるんだから。」
俺も。
あいつも。
他の連中も。
「…やっぱり僕、皆好きだよ。」
「わかってる。」
ようやっと、わかってやることが出来た。
「だから、カインが兄さんのこと好きでも構わないからね。」
「だからなんでそうなる!!!!」
渓谷に谺する自分の絶叫の中、ああ、俺の人生は一体どこまでこの兄弟に振り回されるのだろうと一人、小首を傾げるセシルの横で頭を抱えた。
…月の血を引いた天然爆弾がもう一人増えないことだけを、切に祈りながら。
よしSSの神降臨!!!!
皆々様のお声に押されて神がまいられましたよ! よかったカイセシ完結パート書けたーーーー(ノ∀`)
改定前はどうにもゴルカイ色強くて「これはカイセシじゃない!!」とひとりちゃぶ台返しをしていたのですが、中間点思いっきり削ったらなんとかカイセシっぽくなりました!
エロ度は兄さんに遥かに負けておりますけど。つかゼロだけど。
カイセシはエロもいいが、一番の好物は友情と愛情の境界線上にいる状態です。
TAの後は、学生時代みたいに屈託なく3人(+セオドア+兄さん)でいてほしいと、切に願うばかりですとも。