カインとこっちゃん

 

 こんにちは、黒竜です。

 私がセオドールの幻獣になってから、随分と時間が経ったようです。
 私自身はいつも外の世界にいるわけではないので、あまり実感は湧かないのですが、時折こうして外の世界に呼び出されると、見知った顔が年をとっていたり、しらない顔が増えたりしているのできっとそうなのでしょう。セオドールも随分と大きくなり、すっかり大人になりました。
 彼が今何をしているのか、私自身はよく知りません。ごく稀に隣でルビカンテ(前は違う名前だったような気もするのですが、今はそう呼んでいるみたいです)としているお話を聞く事もありますが、難しすぎて私にはよく分かりませんでした。最も、彼が何をしていようが私は彼を守り通すだけなのですけれども。

 今彼が住居(?)としている塔の屋上で、私は日光浴中です。
 幻獣になりましたから本来そういうのは必要ないんですけど、彼は時折私を外に出してこうしてのんびりと体を休ませてくれます。大きくなっても、そういう優しい所は何も変わっていません。
 それでも最近はなんだか慌ただしいような様子でそうそうそんなこともなかったんですが(あくまで私の主観ですけど)今日は少しゆとりがあるのでしょうか。
 高い塔の下には雲が広がっています。雲に遮られ塔の下部がよく見えないので、まるで空に浮いているようです。その間から時折地上が見えます。上をみるとやっぱりまた雲があって、上を見ても下を見ても、塔が動いているのか雲が動いているのかよくわからなってしまいます。もしかしたら本当に塔が飛んでるのかもしれないな、なんてことも思ってしまいます。セオドールの側にいると、そんな不思議な事があってもおかしくないような気がしてくるものです。
 高い場所のせいかちょっと風が強いのですが、私はあまり温度を感じないので心地よい位です。「ここは風が良い場所だ」と、バルバリシアというセオドールの部下が言っていました。なんだか高飛車な感じの女だったので、セオドールに手を出すなら腕くらい噛みちぎってやろうと思っていたのですが、予想外にもセオドールに対する彼女の態度はルビカンテと変わらないくらい真摯で尊敬に満ちていたので、今はそんなにきらいじゃありません。
 まあ、高飛車なのは間違いないんですけど。調子にのるなら噛みつきますけど。まあ、場所の取り合いくらいならセオドールに心配をかけてもいけませんから、軽い取っ組み合いくらいでいつも済ませます。

 今は彼女が不在なので、ここは私が独り占めです。セオドールが横にいないのは寂しいですが、私と彼が離れて存在するなどということは金輪際絶対にありえません。彼になにかあれば、私にはすぐに判ります。今は心配する必要もないので、せっかくなので少し散歩でもしようかと、蜷局を巻いていた体を半分持ち上げた時でした。
「…黒竜……?」
 背中から、聞き慣れない声が聞こえてきました。ちょっぴりおどろいて塔の出入口の方を見ると……知らない人間がいました。
 頭から足まで、ぴっちりと群青の鎧に身をつつんでいます。表情がわからなくなるくらいに顔の上半分を覆った兜は私とよく似ていますが、二本足でまっすぐ歩く竜なんて多分いないから、きっと彼は人間です。知らない人間がこんなに近くにいるのに気がつかないなんて、ちょっとのんきしすぎました。
 軽く唸ると、蒼い人間は僅かだけ身じろぎましたが、武器を構えるでもなく特に怖がるようすでもなく、じっと私を見ました。
 ちょっと意外です。機械いじりの好きな背骨のまがったおじいちゃんも、バロンから来たなんとか隊長とかいう人も、最初は私を見て腰をぬかしたり武器を構えて襲いかかろうとしたりしたのですけれど。
「黒竜、だな…?」
 その人は脅すでもなく、でも確かめるようにして私に話しかけ、一歩近づいてきました。ちょと予想外の展開に私の方が怯んでしまいます。
 でもなぜでしょう。確かにあったことのない人なのに、どこかで見たような気もします。気になったので、私は古い記憶をよくよく思い出してみました。

 

 ああ、思い出した。
 私もセオドールもまだずっと小さかったとき、まだクルーヤさんが生きていたとき、セオドールが読んでいた本の中の人です。ずっと私の横で読んでいたのでなんだろうと思い、まだ乗ることができた彼の膝の上で見た絵の人です。
 「竜騎士が読む飛竜を育てるための本だよ」と教えてくれました。私は飛竜じゃないけど、きっと役に立つと笑って教えてくれたのを思い出しました。
 じゃあ、この人があの本の竜騎士という人なのかしら。
 蒼い人はゆっくりと、一歩ずつ近づいてきました。私を怯えさせないようにしているのが分かったので、とりあえず様子を見てみました。
 伸ばされた手に、さすがに噛みついてやろうかとも思ったのだけれど、僅かに触れたその指がことの外優しかったので、一瞬それを躊躇ってしまいました。私としたことが不覚です。男が驚嘆混じりに言いました。
「本当に黒竜だ…。凄いな、あの方はこんな者まで使役しているのか…」

 あの方って、セオドールの事?
 という事は?
 で、結局貴方はセオドールの何?


「ああ、済まない。俺は竜騎士、カイン=ハイウィンド。ゴルベーザ様の臣下だ。」
 軽く唸った私を見て男は名を名乗りました。やっぱりそうだったようです。それにしてもずいぶんといいタイミングだけどこの人、私の言葉がわかるのかしら。

 「ゴルベーザ」は、今セオドールが名乗っている名前です。服も、いつのまにか顔まで隠す重苦しい黒い甲冑を纏うようになりました。理由はよく解りません。彼がそれで良しとするなら私に異を唱える理由はありませんが、少し寂しいとは思います。
 その名前で彼を呼ぶという事は、このカインという竜騎士も最近セオドールと行動するようになった人なのでしょう。でも、堅苦しいルビカンテや高飛車なバルバリシア、悪くはないけどなんだか腐ってるスカルミリョーネや、水っぽくて下品なカイナッツォより、ずっと真っ直ぐで品のある感じがして悪くありません。
「すまない、少し触れてもいいか?」
 竜騎士がそう尋ねてきました。礼儀も弁えてるようです。仕方がない、特別に許してあげましょう。一見の人間が私に触れることを許すなんてもの凄く珍しい事なのだから感謝しなさいな。
「ああ、判っている。有難う。さすがにあの方の竜なだけあって気位が高い。いい竜だな。」
 褒められて悪い気はしません。ゆっくりと撫でさする手もなんだかとても心地いいです。さすが、私の姿を模すだけはあるということかしら?

 日差しも相まって一瞬うとうととしかけたとき、突然耳に入ってきた聞き慣れた声に私は飛び起きました。
「ここにいたか、カイン。」
 竜騎士の手をはね除けるように私は顔を上げました。
 そこにいたのは、上から下までぴっちりと黒い鎧を身にまとった…でも間違いようのない、確かに私のセオドールです。嬉しくて私は彼の側に飛びました。くるりと取り巻くように絡めば、以前はすっぽりと包むように守ることができた身体はもうすっかり大きくなってしまって、半分くらいしか隠すことができません。それでも小さな頃からの定位置、左肩に私は手を置きます。
「申し訳ございませんゴルベーザ様。良い風を感じましたもので、つい。」
 竜騎士が居住まいを正してそう答え、深く頭を垂れました。
「構わぬ。風を辿って慣れぬこの塔の最上まで辿り着くとは、さすが竜騎士と言った所か。頭を下げる程の事でもない。寧ろ引き合わせる手間が省けたというものだ。」
 セオドールはそういって私の顎を撫でました。
 あの竜騎士の手も悪くはないけれど、私はやっぱり彼のこの手が一番好きです。
「それにしても、よく噛みつかれなかったものだな。」
 セオドールがそう言いました。何のことだろうと少し考えましたが、もしかして私のことでしょうか。
「は、幸運にも触れる許可を貰いました。」
「ほう。珍しい事も有るものだ。」
 兜の奥で、セオドールが笑ったのがわかりました。見えませんが、確かに私にはわかりました。とても久しぶりなその気配に、私も嬉しくなりました。
「これは随分と気性の荒い質だと思っていたが。」
 嬉しそうな声色でセオドールが私の頭を撫でます。
「は、僭越ながら、竜族とはその実力と共に誇り高くなるものに御座います。黒竜程の高位な竜族ともなれば、皆そのような気性かと。それでいて無闇に牙を振わぬ、高い知力を持った良い竜とお見受けしました。その竜がこれほどまでに心をお寄せするとは、さすが閣下のお力、感服致しました。」
 竜騎士は流れるようにそう言い、深々と頭を下げました。当然です。私のセオドールは誰にも負けませんし、負けさせません。すると、セオドールは久しぶりにとても楽しそうに笑いました。
「ははは! バロン随一の竜騎士にそこまで言わしめたとなれば、お前の強さは間違いあるまいな、黒竜。誇らしい事だ。」
 嬉しそうな彼を見るのが嬉しくて、私も一緒に鳴きました。

 うん、貴方、なかなかいい人ね。

「はは、有難う黒竜。」
 カインもそう答えて兜の下で笑いました。…あら?
「ほう、竜騎士は竜の言葉を解すというのは本当だったか。」
「は、はっきりと言葉が聞こえるという訳ではありませんが、おおよそ何を伝えんとしているかは。」
 まあ、なんだか通じがいいと思ったら、この人本当に私の言葉が判っていたんだ。セオドールにだって言葉までは通じないのに。
「成程。なかなかに羨ましい能力だ。」
「僭越ながら、閣下と黒竜に言葉はご不要かと。」
「はは! 言ってくれる。」
 笑いながら私の頭を撫でるセオドールに答えて、私は彼に頬を摺り寄せました。

 

 風が、少し冷たくなったような気がしました。
「大分日も沈んだな。今日は戻れ、黒竜。」

 ええ?

 嫌です。

「戻れと言っている。」
 嫌。今日はセオドールも楽しそうだし、いいじゃない。
「聞き分けのない。私はこれからこの男と話がある。」
 だったら絶対嫌。悪くはない男だけれども、セオドールと二人だけで話なんてまだ10年早

 セオドールが左手を軽く振ると、私の視界は霞掛ってぼやけてゆきます。
 実体を失う時の感覚です。視界に驚いたような顔の竜騎士が映りました。
 こうなると、残りたくても私の力ではどうにもなりません。
 馬鹿! 私のセオドールを独り占めしたら貴方でも只じゃあおかないから覚悟しておきなさい!!
 最後に、ちょっと恨みがましく竜騎士に吠えて、私の意識は落ちていきました。

 

 
「あれは幻獣だ。」
 予想外の出来事に唖然としていたカインは、ゴルベーザにそう声をかけられ、漸く自我を取り戻した。
「…幻獣、ですか…?」
「出してしまえば実体とほぼ変わらぬがな。幻獣とはいえ個体として意識を持つ者だ、戦にばかり駆出されては堪ったものではあるまい。ああして時折外に出している。効果の程は知らぬがな。」
 重苦しい甲冑を身に纏うその外見からは少々予想外な言葉に軽く驚きつつも、カインは深々と頭を垂れた。
「慈悲深きお言葉にございます。」
「只の気紛れだ。」
 主はついとカインに背を向けそう言った。見ようによっては照れ隠しに見えなくもないな、などとよぎった思いを、不遜だと臣下は打ち消す。僅かな間の後、少し遠くを見るような、そんな声で甲冑の主は続けた。
「…幼竜の頃に命を落としたせいか、時折幼くて始末に負えん。そうだなカイン、あれの躾は出来るか?」
「躾、に御座いますか? 不要とは存じますが、ご命じとあらば、最善の努力は致します。」
 黒竜に飛竜と同じような育成手法が通じるか否かは、さすがのカインにも全くの未知数だったが、意志が通じるなら交流は可能だと半ば確信はしていた。答えを聞いた主は、悠然と振り向きカインに向き直り、言った。
「良し、ならばお前を黒竜のベビーシッターに任じよう。」
「は!?」
 ちょっとどころろか極大に似合わない単語に、冗談抜きでカインは叫んでしまった。
「ははは! 冗談だ、本気に取るな。」
 金魚のようにぱくぱくと口を開け閉めするカインを見て盛大に笑う主を暫く見遣って、カインは漸く気がついた。
 ああ、この方は今、大層機嫌が良いのだ、と。
「何時まで耄けている。」
「は!も、申し訳ありません。」
 低頭しようとするカインを制し、頭を下げる程の事ではないと告げ、黒い甲冑の主は背を向け、塔へと歩み出した。カインもそれに付かず離れず歩み出そうとした時だった。
「先程のは冗談だがな、あれはお前を気に入ったようだ。…時折、面倒を見てやってくれ。」

 らしくもない細い声が、酷く慈愛に満ちていて。

 

 少しだけ、あの竜が羨ましいと、そんなふうにカインは思った。   

なんかほのぼのする組み合わせになったなw
四天王とこっちゃんは基本、そんなに仲良くないと思います。セオドールの取り合いで。
最古参で一番側にいるのは私よ!(゚Д゚) つうこっちゃんと、幻獣はノーカンだろ!! という四天王と。
カイナッツォとは壊滅的に仲悪いといいな。

カインは竜が大好きなので、幻獣だろうがなんだろうが喜んで撫で回します。
やっぱりゴルベーザ様は凄いな、とか思いながら。

 たまにバロン一の竜騎士の腕でブラッシングしてあげたりしてるといい…って鱗か。