地に伏せたその身体を蹴り付けてやれば、何の抵抗も見せぬままそれは壁まで吹き飛び、竜を模したその兜と鎧は硝子のように砕け散った。
当たり前だ。己自身の事も認められないような男に『カイン・ハイウィンド』を名乗る資格などない。背後から俺を引き止めるような声が聞こえたが、耳を傾けてやるつもりなど毛頭ありはしなかった。
世界は、あの頃と同じ気配がした。
血が騒いだ。なるほど、俺が目覚めたのも当然という訳だ。
あの人も居るのだろうか。
ならば、今度は何を手土産に俺はあの人に会いに行けば良いだろうかと、そんな事が頭をよぎった。
世界を混沌に落としていたのは、見ず知らずの娘だった。
あの男とは違う。全ての闇を認め受け入れる深淵のような闇ではない、全ての存在を否定し、弾き返すかのような無機質な瞳。
正直、興味はなかった。ただ一つ、一つの言葉だけが俺の興味をあの娘に向けさせた。
セシル
俺の人生を常に縛り付け、幾度となく遮ってきた男。
俺の大切なものを幾度となく奪ってきた男。
俺の居場所を全て奪った男。
あいつさえいなければ俺は。
何度そう考えたか知れない。
あの男は決して認めようとしなかったけれど。
「自分の心を偽っています。」
少女の言葉を反芻する。
ああ、その通りだ。
ならば俺は従おう。
自分の心に。あの頃のように。
「セシルを、殺す。」
今度こそ開放されたら
そうしたらまた
貴方はその腕に俺を抱いてくれますか。
「…危うく、二度とお前の前に顔を出せなくなる所だったな。」
ふいに口を開いたカインに、ゴルベーザは落としていた視線を上げた。
「…何がだ。」
ぱちり、と焚火が爆ぜる。
「もう少し遅かったら、馬鹿な俺がこいつを殺していたんだなと。」
急に思い出してな。そう言って、兄の側で未だ眠り続けるセシルを見た。
「笑えるよな。」
この男の側に居たくて仕様がなかった自分の選ぼうとした道は
何より決定的にこの男との決別をもたらすだろう行為だったというのに。
「俺はどれだけこいつが羨ましかったんだか。」
今、それをありのまま当人に白状できるというのだから
どれだけこの男を信用しきっているんだろうとも。
「急に、そう思ってな。」
「その時は」
「お前を殺して私も死のう。」
何の気負いもなく静かに言われたそれに、カインは…微笑んでいた。
「それも、悪くなかったな。」
うう、と僅か唸ったセシルの髪をゴルベーザは優しく撫でた。
大人しくなったセシルにカインは言う。
いつものシニカルな微笑みで。
「文句なら、お前が起きてから聞いてやるよ。」