誕生日

 

「そういやセオドールの誕生日っていつなんだ?」
「…薮から棒に、何だ。」
 この旅人…バッツが唐突なのは今に始まった事じゃないが、今回はまた輪をかけて突飛だなとゴルベーザ…否、今の名はセオドールか…は、そう思わざるを得なかった。
「いや、おまえのそういうフツーの事ってなんも知らないなーと思って。」
「何故、今この状況で。」
「んー、そういう風が吹いたということで。」
 くるくると指を回す。風も便利な扱い方をされたものだな、と心でだけ突っ込んで、ゴルベーザは内心でだけ溜息を吐いた。

 今日のパーティメンバーはくじ引きで決めよう!
 などと言うバッツの意見が巫山戯た事にまかり通って今、この二人旅という訳の解らない事態に陥っている。
 絶対に止めると思った光の戦士は「くじ引きとはなんだ」と、全員の斜め上を行くトンデモ発言を放って、そのまま説明される勢いで丸め込まれた。
 待て! 自分も俗世の知識はそれ程持ち合わせてはいないが、籤引きくらいは知っているぞ!! と叫ぶ訳にもいかず、突っ込むタイミングを失ってゴルベーザも有耶無耶に丸め込まれた。主にジェクトに。

「で、いつなんだ?」
「…知って如何するというのだ。」
 今度は本当に溜息を吐く。が、当の風はどこ吹く風。
「別にどうするって訳じゃないけどさ。その日がきたらお祝いしたいだろ、仲間なんだし。」
「この世界に日付の別などあるものか。」
「うお、痛い所つくな! まあいいじゃんか。気持ちの問題だって!」
 そう言ってぺちぺちと自分の腕を叩く。力加減をしているあたりはジェクトより利口だが、その代わり「一切引く気はない!」というような好奇心満載の瞳がじっと自分を見上げてくる。
 教えてやる義理は無い。が、頑に拒否する理由も…別にないか。と思い直してゴルベーザはようやく重い口を開いた。
「…忘れたな。」
「思い出せないって事か?」
「否。この世界は関係ない。元より随分と昔に、忘れた。」
 残念だったな。そう言ってゴルベーザ…セオドールは笑った。

 


「っていう訳なんだけど、セシル知って…うわあ!!!」
「そんな…兄さんが……そんな事まで…そんな事まで知らずに生きてきたなんて…!」
 ならば弟に聞いてみようとしたバッツの画策は、盛大に、豪快に事態を悪い方に動かした。
「あー! バッツがセシル泣かしたッス――!!」
「な、なんだと!?」
「あーあ、レディじゃないけど、セシルを泣かすのはバッツ最低ー。」
 ティーダが叫び、聞きつけたフリオニールが飛んでくる。ジタンが面白半分で揶揄する。
「そそそそそんなつもりでは!」
 珍しく焦るバッツにすかさず突っ込んだのはスコール。
「いい機会だ。その考え無しを壁でも相手に反省しておくんだな。」
「ならば壁役は私が務めよう。」
「うわ! ライトさんが乗っちゃったよ…。ぼ、僕突っ込まないからね!」
 ウォーリア・オブ・ライトとオニオンナイトが続いて、ほぼ全員から叩かれた。が、当のセシルは悪い方向にどこ吹く風である。
「あの人が…あの人が当たり前の事を何一つ体験できずに今まで過ごしてきた事は…わかってた…。だけど、そんな…自分の誕生日も忘れてしまうような人生だったなんて…!!」
「まずい! セシルが内側に暗黒吹き出し始めた! どうする、たま!!」
「たまって呼ぶな豆粒どチビ! なんで僕に振るんだよ!!」
「豆粒どチビは俺じゃねえ! 一番まともな意見出しそうだからだ!!」
「当然だね。…じゃなくて! そんな事振られても困るよ、本人が忘れちゃったものどうしようもないじゃないか!」
「なら、適当に祝っちまえば?」

 事態を収拾したのは、喧噪を肴に上機嫌で酒を飲んでいたジェクトだった。

 


「で、それがどうしてこういう状況になるのかな…?」
 数時間後。
 裾を摘んで…セシルが珍しくこめかみに青筋を立てながら言う。
「誕生日にはプレゼントがつきものだからだ!」
 対して指を立てるバッツは、まるで反省しなかったようだ。
「バッツ…セシルはレディじゃないが、これは最高だ。」
「だろ?」
 悪友二人がハイタッチを決めた。
 怒るセシルは声も出せずに…スカートの裾を握りしめた。

 薄い水色のシルクのドレス。
 元々女性と見紛うような美しい顔立ちは、薄い化粧で充分に引き立った。
 丁寧に手入れされた柔らかい銀髪を、綺麗に巻いて結い上げて。
 下着までこだわった最高級の逸品。

 美しく着飾ったセシルが、そこに居た。

「おーいのばら。のばら帰ってこーい。」
 ティーダが目の前で手を振るも、フリオニールは呆然とセシルを見つめてあっちの世界に行っている。
「フリオニールおわったな。見ろセシル、完璧な美しさだ。」
「クジャに知れたら嫉妬に狂って刺客を送るレベルだぜ。」
「ありがとう全然嬉しくないよ…!!」
 並んで親指を立てるお調子者二人に殴りかかりたい衝動をセシルは必死で抑える。
「そう言うなセシル、見事な出来映えだ。これならばセオドールも喜ぶだろう。」
 その後で冷静に、沈着に、光の戦士が断言した。
「…あ、ありがとうございます…。」
 一番止めてもらいたかった人に太鼓判を押されてしまって、セシルの気勢はおもいっきり削がざるを得なかった。
 がっくりと肩を落とすも、誰も助けてくれなかった。
「…ジタンお前…なんで…他人に化粧なんかが、出来るんだ…」
 脳内で色々突っ込みを入れていたらしいスコールが、選びに選んだ一言をようやく発した。バッツの事に関してはどうやら諦めたらしい。
「任せろよ、俺劇団員だぜ? まあ劇団つったってそんなに人数いたわけじゃないからさ、衣装からなんから全部自分たちでやってたのさ。」
「あー、それで化粧だの着付けだのが…。よかったヘンな趣味とかじゃなくて…。」
 スコールの背後でオニオンナイトが遠巻きに安堵していた。
「たま、俺の事なんだと思ってたの?」
「ジタンの女装はあんまり見たくないってことかな…。」
「てめぇ。」
 言い合うジタンとオニオンナイトを横に、やや勢いを取り戻したセシルがバッツを可愛らしい涙目で睨みつけて尋ねた。
「大体こんなもの…どこで手に入れたんだよ君は…!」
「それが聞いてくれよ。」
 まるで効果がなかった。
「クラウドが落としたんだ。」

「は?」

 全員の時が、止まった。


「え、ちょっとまって、クラウドって…あの、カオスにいる…クラウド?」
「そのクラウド。」
オニオンナイトが唖然として聴き返したそれにバッツが返す。
「ティナじゃなくて…か?」
「クラウド。」
 衝撃で帰ってきたフリオニールにも、軽快に。
「……なんで、だ…?」
「さあ?」
 もっともなスコールの問いにも、ごもっともな答えを。
「……下着もッスか?」
「ああ、未使用だったから安心しろ!」

「そういう問題じゃな――――い!!!!」

 ついにブチ切れたセシルに、禁断の推測はやむなく終了と相成った。

 

 

「…何やら騒がしいようだが。」
「ああ?お子様は元気なもんだなぁ。(何やってんだあいつら…)」
 準備が整うまでの間、セオドールを引き離す役を買って出たジェクトが適当に相槌を打つ。普段からあちこち連れ回しているから、簡単なものだった。だったのだが。
「それで、鍛錬はこの程度で良いのか? そなたにしては気が散漫だったようにも思えるが。」
「ん? あー、そうだな。ちょっと気分切り替えるか。なんか飲み物もってくらあ。」
「昼間からか。」
「酒じゃねえよ! ああ、おめーは待ってろ。鎧は重てぇだろ!」
 そう言って、有無を言わせずジェクトは走り去った。時間的にはもういいハズなんだけどな、大丈夫かあいつら? と少々心配になりながら。


 連中が何か馬鹿な事を画策しているのは解っている。
 解っているが、具体的になんなのかは、ゴルベーザの想像力では範疇の外だった。コスモスの戦士達の考える事は自分の体験から遠すぎて、道楽や悪ふざけの類いとなるとまるでその思考が読めないのだ。
 どうあれ所詮は悪ふざけ。然程気にする事もあるまいとゴルベーザは高を括っている。高を括って…いた。
 適当に木陰に腰を落ち着かせてジェクトを待っていたものの一向に戻る気配もなく、さすがに何を考えているのか気になって立ち上がり…振り向いた。
 そこに、大変なものが立っていた。

 ――母さん?

 一瞬本気でその単語が出かかる程に、瓜二つの、そこにいたのは…
「………セ、セシル…!?」
 間違いなく、弟だった。

 明らかに女性物の衣服で、美しく…着飾った。
 そりゃあもう見惚れた。見蕩れに見惚れた。
 半ば呆然ともした。
 何が起こっているのか、全く理解出来なかった。

「あっと…その…。  ご、ごめんなさい!騎士のくせに軟弱なとか何を血迷っているとかごもっともですその通りですいますぐ脱ぎます今すぐに!!」
「…は! 待て待て! そんな事は言っていない止さんか止めろここで脱ぎ出すな!!」
 ……兄弟二人でひと騒動だった。

 

 

「…少し、落ち着いたかセシル…」
「はい…」
 二人して地に膝を着いてぜえはあと息を吐く。下手な戦闘より余程疲れた。
 先に立ち上がったのはゴルベーザ。まだ顔を上げられない弟の腕を取り、引き上げた。
「…汚れるぞ。」
「あ、ごめんなさい…。ありがとう。」
 少し赤らんだ顔で見上げてくる弟は吃驚する程、母に良く似ていた。
「…何故、こんな事に…?」
 それはそれとして無理矢理横にやり、ゴルベーザは至極当然の事を問う。
「う…それはその……。バッツが……。」
「解った皆迄言うな。」
 俯くセシルを片手を上げて制した。ああもう全部解った解ったさ何を考えているのだあの馬鹿代表は。否、何も考えていないのか少なくとも後先はまるで考えていないそりゃあもう馬鹿だから。風の向くままどうせ馬鹿も煽ったんだろうジェクトあとで叩きのめす。
 が、それは一先ず置いておくとして。もう一度ゴルベーザは母…じゃなくて弟を見た。
「う…ぼ、僕を見ないで…!」
 セシルが視線に反応して逃げるように顔を覆い隠す。慌ててフォローしようとゴルベーザは口を開いた。
「否、悪い意味で見ていたのではない。その…見事なものだと、思っていただけだ。」
 元々、贔屓目を除いても綺麗な顔立ちだと思っていた。寧ろ贔屓目になる前からそう思ってはいた。それにしても…。
「お前は、美しいな。」
 ぽそりと、口に出た。
「え?」
「…ああ、男が言われて喜ぶ言葉でもないな。他意はないのだが、気にしているのなら謝ろう。」
「あ…ううん、兄さんに言われるなら…ちょっと、嬉しいよ。ありがとう…。」
 そう言って赤らみ俯く。
 本当に少女のようだ。
 なにも考えず、考えられず、ゴルベーザはついと手を伸ばし、その頬に触れた。
「本当に…母に良く似ているな。」
「……え?」

 見上げると兄は
 懐かしむような、哀しむような、痛むような
 とても複雑な表情をして、自分を見ていた。
 セシルはそれで…腹を決めた。

「兄さん!」
 思い切り、その大きな身体に抱きついた。
「…!? な、なんだ突然」
「あのね!」
 兄の言葉を遮るようにしてセシルは捲し立てた。
「誕生日、僕、しらないから! だから今言わせてください!!」
「あ、ああ…」
 そう言う事なのだろうと察しはついていたから、その点に関して驚きはしなかった。そこは、しなかったのだが。
 縋り付いて見上げてくるセシルの頬は緊張の為か、ほのかに赤い。普段は青色の口紅を差すそこは薄く桃色に塗られている。薄く彩られた瞼が優しく儚げな瞳を引き立てる。
 丁寧に結われた綺麗な銀糸が風に揺れた。唇が、僅かに震えて…

 ――― は! ヤばいあっちに逝きかける!!

 既に人格は半分逝っている。だがそんなことに気がつく余裕もなく、まともに見てたら大真面目に意識を飛ばしそうで視線を外したら…無理矢理セシルに戻された。
「こっち見て兄さん!」
 桃色のセシルの唇が、見えた。
――― た、助けて母さんさんフースーヤあとその金髪の誰か!!
 脳裏に過った人物の影に闇雲に助けを求めてみるも返事はなく。ある意味絶体絶命のピンチを迎えている兄に全く気がつかず、セシルはセシルで必死になって…口を開いた。


「お、お誕生日、おめでとう…。いつも、ありがとう。セオドール…お…  に、 にいさん。」
 そう言って柔らかな何かが
 頬に触れた。

 

 最後に過った脳内の父は、ただニコニコと笑っているだけだった。
 つかえねぇ。

 

 

 

 

 5分後。
「兄さん!にいさぁぁああん!!しっかりして帰ってきてええ!!!」
 完全に機能停止を起こした兄を、弟が必死になって再起動しようと揺すり起こしていた。

 空には青き星が、兄弟を微笑ましく見守るように浮かんでいた。

 

 

おまけ:
「ばっかセシル、そこは『おにいちゃん』だって演技指導しただろ!」
「んー、まあ頑張った方じゃね?」
 影からジタンとバッツが覗いて言う。その後ろでは大爆笑しながらジェクトが地面を転がっていた。
「だ――― っはははは!! ムリ! 死ぬ!! そんなんしたらアイツ死ぬって!!!」
「うるせーよ親父! バレんだろ!!」
 ティーダが蹴っ飛ばすもまるで止まる様子はなかった。
「その前に俺が死ぬ―― !! ぎゃははは!!」
「ティーダも呼んでみたら? 『パパ』って。大人しくなるかもよ。」
 呆れ顔のオニオンナイトが溜息混じりに言う。聞いてジェクトが跳ね起きた。
「お、いいね! そらこいお坊ちゃま!!」
「誰が言うか気色悪ィ!!!」
 眉間にしわを寄せそこを抑えるスコールは、もう何も言う気も考える気も起きなかった。

「ところで、我々は彼を喜ばせる事が出来ているのか。」
 覗き見るバッツの横に歩み寄り、ウォーリア・オブ・ライトがそう尋ねた。
「難しい質問だなライト。だが俺はあえて言うぜ。大成功だと!」
 返すバッツは胸を張った。それはもう、力強く。
「バッツ…それは…。」
「そうか、なら良い。彼には心悩ませる事柄が多いようだ。少しでも安らぎになれたなら、良かった。」
 頭を抱えるフリオニールの横で、真っ直ぐに兄弟を見つめそう語る光の戦士の瞳には、一筋の疑いも迷いも無かった。

 なってない。安らぎにはちっともなっていない。と

 結局スコールは口に……出さなかった。  

 

おまけ2:
「この馬鹿者共がぁぁぁ!!!」
「ギャァァァァス!!うぼあああああ!!!!」
 翌日、復活(というかリセット)に丸一日かかったセオドールの猛襲に会い、コスモスの戦士は危うく全滅の憂き目を見たと言う。
(除・光の戦士&オニオンナイト)

 が、同時に認めたくないが、セオドールは心のずっと奥底でこうも思った。僅かに、確かに思っていた。

 馬鹿共、ありがとう。と。

オフ本設定前提外伝、ようやく書けたー!ヽ(・∀・)ノ
やったね5月の兄さんの日!まあ、ありがちといえばありがちなのですけれど、何事も基本は大事ですともということで!
我ながら趣味にあふれた本だったので、なにかきっとネタが思いついたら続きはWebで!やろうと思ってたのに、まさかこれほど思いつかないとは。
とっても未来の閲覧者様、オフ本の方がもし売り切れで読めなかったりしておりましたら御免なさい。見ての通り兄さんがコスモス側にいる話です。(一部)

馬鹿話になるとバッツの出番が劇的に増えるのは俺の趣味です。そしてあの設定だとクラウドいねぇからそれを誰も止めてくれないwww

次はバッツとセシルの話とか、SSの神おりてこないかなあ…