そこで物珍しいものを見た。
 いや、その人物自体は珍しくも何ともない、どころかカオスの手の者の中で一番親しくしている相手ではある。ちょろちょろとトレーニングに出かける自分が何か予定を忘れているたびに(主に皇帝の趣味による作戦会議なのだが)、この『夢の終わり』と呼ばれるフィールドに呼びにきてくれるのはかの人物だ。だからここにいる事も存外珍しくない。
               何が珍しいかと問われれば。
               壊れかけた観客席の手すりに顎を預けるようにもたれかかっている姿だとか、人前では先ず持って外さない兜をどうでも良さそうに放り投げてある状況だとか、普段はそう易々と隙を見せないヤツがぼんやりと遠くを見ている様だとか。
有り体に言えば、黄昏れている様だとか。
               たっぷり1分、呆然とジェクトはそれを見つめて、ようやく現状を把握した。
               いつの間にか握っていた錆びた鉄の破片を、ゴルベーザは何の気なしに放り投げた。赤錆びた欠片は、音もなく闇の底へと吸い込まれて、最後の輝きのようにきらりと光り消えた。投げた人物は何を思うでもなく、呆とそれを見送った。
              「なーにしてるんスか。ってかあ。」
               背中から掛けられた声は聞き慣れたもの。特に驚くでも振り返るでもなく、ゴルベーザは答える。
              「…随分野太いティーダだな。」
              「こっちのほうがずっといいだろ。あいつも俺様の息子なら、もちっと男らしくワイルドになってほしいもんだぜ。」
              「こんなのが二人も居ては世界も堪るまい。」
               笑い飛ばせばいつも通り返ってくる生真面目な返答。しかし、視線はジェクトを見ていなかった。
               ひやりとした風が、ぽっかりと空いた黒い淵から吹き上げるようにして、二人の間を抜けて行った。
              「…何してたんだ。」
               もう一度尋ねた。
              「何、ということもない。」
               やはりこちらを見ずに答えた。
               何もない、わけねーだろ。と思いはしても無闇に踏み込む程ジェクトは子供ではない。ジェクトはゴルベーザの隣に立ち、同じように体を預けた。
               再び、冷たい風がそよぐ。
              「ジェクト」
               静かに口を開いたのはゴルベーザ。
              「何だ。」
              「…水跡がある。ここは何だったのだ?」
               少々予想外の展開に一瞬目を丸めたジェクトだったが、この男が積極的に質問をしてくるというのは非常に珍しい体験で、それはそれで嬉しいものだった。つい答える声が弾むのも、ご愛嬌というもの。
              「ああ、ブリッツボールのスタジアムよ。内容は前に教えたろ。ここ満杯に水溜めてよ、そこで試合すんだ。」
              「大した水量だな。」
              「そーだなあ。俺ぁ生まれた時から見てるから気にした事もなかったが、こうして見ると大した深さだわな。」
               なるほど、はたから見ると意外な事を思うもんだなと妙に関心もしたが。
              「で、それがどーしたわけよ。」
               結局気が短いので聞いた。
               ぽつりと、返事は返ってきた。
              「…見下ろした感覚が似ていたから思い出したのかと思ったのだが、水場だったせいもあったか。」
              「あ?」
            
「…海を、見た事があった。」
               冷たい風が吹いた。
              「随分と昔だ。」
               二人の間を分かつように。
              「簡単に死ねるなと。思ったものだ。」
               紫の瞳は、ずっと遠くを見たままだった。
「嵐の後で荒れていた。崖の上だったからな、ほんの数歩前に進めば、それこそ虫螻の如く一瞬で海の藻屑となれるのだろうと、そんな事を思った。」
               かちり。鎧と鉄柵が微かな摩擦音を立てて。
「今も昔も。吹けば飛ぶような命が、何を悪足掻きするものかな。」
 あーあ。
               なんでこいつはこう、
               変にネガティブなんかねえ。
何見てもそんな発想するような、そんな人生だったのかね。
だから
ほっとけねえんだ。
              「済まないな、お前の場所で縁起でもない…」
              「おめーはモノ見るたびにそんな物騒な発想してんのかよ!」
               漸くこちらを見たゴルベーザの言葉を遮るようにして、ジェクトは銀の髪を抱き寄せた。
               風が間に入らないように。
              「…ジェクト?」
              「お前それ一人で海行ったんだろ。」
              「あ…? ああ。」
              「だっからそういう事ばっかり思い浮かぶんだよ! そりゃあおめぇの言う通り、海は怖いぜ。そう言う事も往々にしてあらぁ。だけどそんなんばっかじゃねえ。」
               何か口を挟もうとしているゴルベーザの気配は感じたが、それは無視した。
              「夏の晴れ渡った日差しの下で家族と行く海水浴はいいぞ。潮風も、灼けた砂浜も、ビールも、ガキどもの笑い声も最高だ。」
              「……そういうものか?」
               一拍置いてゴルベーザが不思議そうにそう返してくる。
               覚えが、体験がないのだろう。
              「おうよ。そうさな、全部終わったら行くか。ティーダとセシル連れてよ。」
              「…何を馬鹿な」
              「他のガキども連れてってもいいや。あいつらなら喜んでついてくンだろ。やっぱりビサイドがいいかな。田舎もいいところだけどよ、あそこは夏のバカンスに最高だ。」
               否定の言葉をジェクトは笑う。笑い飛ばす。
              「世界が違うなんて気にすんな。そんな垣根、俺がブっとばしてやる。成せば成るってもんだ、ていうか成ったような気がする。」
              「…やりそうだな、そなたなら。」
              「だろ!? だからよ」
「馬鹿な夢でも何でも見ようや。でないと、前にも後ろにも進めなくなっちまわぁ。…牛みてぇに辛い過去反芻してるより、その方がずっといいぜ。」
               そう言ってジェクトは笑った。
               ああ、確かにあの太陽の父なのだろうという、そういう微笑みで。
「…そうだな。それは、そなたの言う通りかもしれん。」
               そう言って再び遠くを見たゴルベーザも
少しだけ、笑っていた。
「大体よ。おめーここに身投げした程度で死ぬタマじゃねーだろ。」
              「…デジョンにかかるだけだな。」
              「だろ。ほれ、パリっとしようぜゴルベーザ様よう。あんまりしょぼくれてると弟スっとんでくるぜ?」
               そう言ってジェクトは手を離し、何事もなかったかのようにドスドスと歩いて放り捨てられていた兜を拾い投げ、渡した。
              「それは困るな。」
               ゴルベーザも何事もなかったようにそれを受け取った。
そうして二人、もう一度『夢の終わり』を見る。
「…ブリッツの試合も、見せてやるよ。」
              「それは見てみたいものだな。」
アンニュイ兄さんとジェクトさん。8月の兄さんの日うpなので涼しくなるおはなしを… なんねえよ(;´∀`)
        久々盆に実家に帰って、堤防からきたねぇプランクトンいっぱいのオホーツク海眺めてたら浮かんだネタ。兄さんは何を見てもセシルの事か、そうじゃなければ贖罪のことしか思い浮かびませんとも。
実家は余裕で波の音が聞こえる位置にあるのですが、がっつり河岸段丘の上なので間近で見るのは久々でした。昔は思わなかったけど、久々近くで海を眺めると迫力あんね。慣れなんだなあ、あれも。クラゲ浮かびまくってました。
        ガキのころはテトラポット基地とか平気でやってたのに、今だったら堤防の上歩くだけでも落ちそうだ(笑)
あと何度も言いますが、俺は10を1プレイしかしてません。だからジェクトさん好きなんだけど、イマイチ自信を持って書けないんだ…!!
        笑顔動画でジェクトスフィアは確認したんだけどねー…。これ、あってる?
そもそもブリッツのスタジアムでいいのかあそこは。