兄さんがお風邪を召したようです 2

 

「あーら、へっぽこ兄君じゃありませんこと! お久しぶりですわねぇ〜! 今日は兜なしとは、貴方もわたくしに対する礼儀を弁えてきたようですわね!」
 高笑いとともに、光の戦士を遥かに超える大様な態度で出迎えた極小の体躯の持ち主は、やはりかのシャントット博士だった。これと唯一良い勝負をしそうな当の光の戦士は「私の役目は終わった」と我々を研究所に送り届けた時点で拠点へと戻って行った。皆がウィルスとやらに倒される前に私が成敗する、と。あの男ならやりかねないと思った。
 …だが正直、今だけ居てほしかった…。
「あれ、兄さん知り合いだったの?」
「(うむ…いや、知り合いという程の間柄でもない。一度会った事があるというだけの話だ。)」
 それにしては親しげ…を超えて馴れ馴れしくも感じる態度にセシルは怪訝を覚えたようだが、今日は弟君も一緒なのですわね。こうして並べてみると似てませんこと! 等と再び高笑いした女史を見て、もとよりこういう性格なのだと納得したようだった。
「あらそれにしても調子がよろしくなさそうですわね。これはコスモスに聞いていたより酷そうですわ。」
 まじまじと見上げられ、そう言われる。
「え、そんなに!?」
「まあ結構酷いですわね。さ、治療をしますからへっぽこ弟君は部屋の外に出ておいでなさい。それとも、お兄様のセミヌードでも拝見したいかしら?」
「そ、それは…! な いけど。 兄さんは今話せない状態なんです。だから通訳が…」
「心配ご無用。魔導士には魔導士同士のやり方というものがありますのよ。判ったらさっさとお行きなさい。」
 有無を言わせぬ博士の言葉に行動を判じかねるセシル。なるべくやんわりと外で待っているよう伝えれば、渋々と言った面持ちでセシルは扉の向こうへと去っていった。
出る直前、物凄く恨みがましい視線を博士に投げて寄越していた…ようにも、みえたが。…見なかった事にするべきか。


「…さて。今そこにイミテーションの素体が有ります。ちょうど貴方を作ろうとしてたところですので貴方の魔力値に大体調整してあり ます。あとはお好きに使いなさいな。」
 成る程、意図は理解した。
 左手をそれにかざせば、簡単にそれは私と接続された。
「…これで良いか?」
「二重丸をさしあげましょう。」
 自分の意図した言葉が、外部のイミテーションを通し割れた声色で発音するのはなんとも不可思議な気分だったが、これはこれで愉快な体験でもあると思い直す事にする。
「さて、本題にはいりましょうか。見事な風邪ですわね。」
冗談十割と言った表情で博士はそう言った。
「馬鹿を言うな。模造品が風邪などひくものか。」
 割れた声の私が返す。
「あらそんなこと御座いませんわよ。ある意味これは立派な風邪です。」
「…悪いが冗長な物言いに付合う程、今の私にゆとりは無い。正直…疲れた。」
 コスモス勢の気遣い地獄に。言外に乗せたそれを察したのか、シャントット博士はおなじみの高笑いをひとつ放った。
「おほほほ! まあそうでございましょうねえ、見ていればよーく判りますことよ! よござんす。手っ取り早く説明しましょ。」
 漸く話を進める気になった小さな生き物は、こほんとひとつ似合わぬ咳払いをした。
「貴方、光に身を焼かれましたわねえ。」
 どこかで聞いたような聞かなかったような台詞だった。
「…冗談、というわけでは無いようだが。」
「ええハナからワタクシ本気ですわよ。あなた気質はともかく、その体が能力として持っているものが闇属性でしょう? ですから当てられたんです。コスモス達の光に。」
 女史は立ち上がってこちらに鋭く視線を向けた。返って座っているより低くなった。
「光が闇を浸食しています。それで魔力…貴方においては生命力に等しいそれのバランスが崩れたんですわね。その体…筐体の異常を、模造品はあなたの情報から体の不調として発信した。理由は貴方に伝わりやすいからです。つまり貴方がもっている最も貴方に判りやすい『体の異状』の情報が、その『風邪』という形だったという訳ですわ。納得頂けたかしら。」
 非常に、納得した。左手だけで表示した意思は博士には通じたようだった。
「もっとも、普通に戦闘している程度じゃ、こんな酷い事にはならないでしょうがね。」
 くるりと指先をまわし、博士はこちらをねめつけた。こちらが話し辛いのを良い事に言いたい放題言うつもりらしい。
「そもそも模造品の祖体にカオスもコスモスもありません。完成品のあなたたちだって、どちらに行くかは輪廻が始まってみないと判らない。だから、反属性の陣営に行ったといっても、そんなことでこんなにまで不調をきたす事なんて普通ありえませんわ。」
 そしてキツい口調で、びしりとこちらを指差した。
「あんまりに器を酷使するからこんな風になるんです。どんな丈夫な道具だって、休みも与えずに使い続ければ壊れるに決まってますでしょう。常識です常識。」
「…つまり噛み砕くと。」
「過労ですわ。」

 なんともはや、我が身にそぐわない結論が出たものだ。


 シャントットは立ち上がり、ふわりと浮いてなにやら棚を漁りだした。
「さて、一番良い治療法は器を入れ替えてしまう事なんですけど、残念ながら完成品の入れ替えはまだわたくしの力の及ぶところではありません。輪廻を待つより他有りませんわね。」
「ここで自害するというのはどうだ?」
「ああ、それも手っ取り早くて良う御座いますけど、外で待っている弟君が大変な事になりそうなので止めて頂けますこと? 彼、貴方のことになると人が変わりますから、ブチきれた彼とこの研究所で戦うのはわたくしとしても避けたいんですの。貴重な研究成果が壊されては大変ですわ。」
「…それもそうだな。」
 容易に想像出来るこの身もどうかと思う。
「ですから、過剰になってしまった光の力を少し抜いて差し上げます。ついでに器の補修もしてあげますからそこに横におなりなさいな。鎧は脱いでくださいましね。こういうのは雰囲気が大事ですから。」
 何の雰囲気だ、と思いつつもこうなってはこちらに拒否する権限は無い。人格に問題はあれ腕は確かだ、信用するより他無かった。鎧を脱いでアンダーだけになり、指さされた大柄な寝台に身を横たえれば、僅かな光と共に魔法陣が浮かび上がった。
「ちっ、中は着てたか… まあしょうがありませんわね。では毒抜き致しますから暫くそうしていてくださいな。時間は大体、これが落ちきるまでですわ。」
 と、言って枕元に出されたのは、やたらに大きな砂時計だった。
 何故これだけがローテクなのだろう。これも雰囲気とやらなのだろうか。

 魔法陣が淡い光を放ち、…爆ぜた。

 動かない。まさに、指一本。
 シャントットがにやりと笑うのが見えた。
 …これも雰囲気とやらか。

 まて! それは違う! むしろこれは私の良く知っている雰囲気に他ならない! 竜騎士とか竜騎士とか竜騎士にやったアレ!どう考えても病の治療にこれは必要ないだろう!?
「あなた何かあるとすぐ無茶して起きだしますからね。拘束させていただきました。」
 先読みするように言われた。ああその嫌いがあることは認めよう。だが、そなたの目は今それは口実だと明らかに言っている! 完全に目が笑っている嫌な方向に! 声が出ないので表情でしかそれが伝えられないが、そなたは治療と引き換えに私をどうするつもりだ!!?
「おほほほ! 感が鋭いですこと! ええ、これは治療の代金です。わたくし最近男に…じゃなくて実験台に飢えてまして。治療の間、ちょっと、色々と。ね。」
 何が色々だ! その両手の奇態な動きはなんだ!
 当然言葉は出ないし体の自由は完全に奪われてる。この手の術は自分でも使うどころか使いまくったが、体調不良に加えてここは向こうのフィールド。さらには既に陣の中という状況では成す術も無く動くのは表情筋だけという…。
 腹の上に小さな体躯が乗る。己の十分の一程度の生き物の…微笑がこれ程恐ろしいと思うこともなかった。こやつ、コスモスの戦士というのは絶対嘘だな。恐らくたまたま最後にあの番犬が心折れてカオス側に行っただけの話だな…。
 状況はまさに生板の上の鯉という奴だった。
 済まなかったカイン。悪い事をしたな。次に会ったらさり気なく謝罪しておこう。

 ああ、思えばこんな状況って言うのも十数年振りか。
 そうかこれも私の償いのうちか…。

 バキン! と猛烈な音を立てて、何かが侵入する気配に、正気に返った。
「兄さん! 一体どうしt……」
 なんとか首だけでそちらを見れば、其処にいたのは剣を手に力づくで鉄扉(魔法錠付き)を破壊したセシルだった。愕然とした表情の。
「ち、もう感づきましたの? げに恐ろしきは月の民のテレパシー…いえ、ブラコンの察知力かしら。」
シャントットが何か言うも、耳に入っていない様子だった。
「…博士。一体何をなさろうと…?」
 肩を振るわせて、セシルが絞り出すようにそう唸った。
「おっほっほほほほほ! 研究ですわよ研究! 月の民の生態調査なんてそうそう出来る機会じゃございませんし!」
「そうですか…それじゃあその手に持った多種多様な器具やらおもちゃやらは何なんですか…?」
「 実 験 です。それはもう色々な。」
「大人の、ですか?」
「あら綺麗な顔してよくご存知ですこと。」
 そして沈黙。
 正直私にはよく判らなかった。
 静かな睨み合いが続いていた。当の本人を差し置いて。
 かたり、と砂時計が倒れた。

「……兄さんには指一本触れさせない!!」
「力づくで奪い取るまでですわ!!」

 

 ほぼ同時に窓を突き破り、表の闘技場で地を揺るがすバトルが始まった音が響くものの、私には全く成す術が無かった。

 …そうだな。我が身に安息の時間など訪れてはならないのだったな。うん。忘れていたよ父さん。でも今は少しだけ…眠らせてく れ…。

 疲れた。もう。なんか、どうでもいいや。

 

 

 

 
 目が覚めると、幾分か体は軽さを取り戻していた。治療自体は正当なものだったらしい。


 効力を失った魔法陣から出て、誰も居ない診療室…否、研究室か? で、脱ぎ捨てられたままだった鎧を身に着けてゆく。それにしても随分と静かだが、セシルは一体どうしたのだろう。…そういえば、博士とやりあっていたのが私の最後の記憶だが…まさか…
 がたり、と慌ただしい音がして扉が開いた。
「兄さん! 気がついたんだね、大丈夫!?」
 駆け寄る喜色満面の表情…の中にどこか過剰な心配を含んだ眼差しが気になるが、あの女史の本性を見た後では仕方が無いというところだろうか…。かく言う私も少しばかり懸念が残るので、ゆっくりと我が身を確認してみる。
「…うむ、大分楽になった。異常はなさそうだ。」
 声も、掠れてはいるものの楽に出るようになっていた。
「本当に? さりげに魔法が仕込まれてたりおかしな機械埋め込まれてたり実は洗脳されてたりしてない?」
 最後のは嫌だな。色々と洒落にならん。笑い話にもならない。
「……そういった気配はなさそうだな。」
「よかったぁ…!」
「あなた達、ワタクシを何だと思ってますの?」
 膝をつかんとばかりに肩をなで下ろしたセシルの背後から現れたのは、かのシャントット博士だった。…割とボロボロの。
「まったく…弟君のブラコン力がこれ程とは思いもよりませんでしたわ…。これは出来損ないイミテーションに再現不可能ですわね…。」
 ぶつぶつと博士は呟いた。完敗、とは言わずとも結構な負け振りだったようだ。女史の実力が私の知るものと相違なければ、我が弟ながら誇らしくも…少々恐ろしい強さだ…。
「僕は騎士だからね。誰かを守るためにならどこまでも強くなるよ。」
 何かを悟りきった表情で、爽やかに弟はそう宣った。
「ワタクシの知っている騎士の概念とはちょーっと対象が違うようにも思いましてよ。」
「忠誠を誓えというなら僕は兄さんにこの身の全てを捧げる。」
「いや、セシルそれは止めておきなさい。」
 思わず止めた。
「え、どうして?」
「どうと問われれば上手くは答えられんが、それは色々と問題が多すぎる。多すぎる気がする。私が言う事でも無い気がするが。」
「そんなことないよ。偉い人も言っている。愛は青き星を救うと。」
「…それとどういう関係があるというのだ?」
「僕の世界は兄さんだから。」
「しっかりしろセシル! 風邪が伝染ったか!!?」
 博士に診察を頼もうかと真剣に検討をはじめたら、先に『いちゃつくなら帰っておやりなさい!』と禁断の口に放り込まれてしまった。
 意味が分からなかった。

 

「…済まなかったなセシル、色々と面倒をかけて。」
 帰路。横着なのか着地点設定を誤ったか、拠点からは大分離れた場所に投げ出された我々は、体調の確認も兼ねてのんびりと徒歩で移動をしていた。
 私の言葉に、隣を歩くセシルが小首を傾げる。
「そんなことないよ。体調不良は不可抗力だもの、謝る必要なんてないじゃない。」
「しかし、 …経緯はよくわからんが、あの博士とやりあう羽目にまで…」
「それは兄さんは悪くない!!」
 予想外な強い口調に遮られてしまった。少々驚いた私にはっと気がついてセシルは「病み上がりに大声だしてごめんなさい」と頭を下げる。それこそ謝る必要性の無いものだ。
「…でもね」
「ん?」
 そして立ち止まった。
「…嬉しかったんだよ。」
 俯いて、セシルはそう言った。
「はじめて兄さん、僕の事頼ってくれたでしょう? あれしか方法がないからだっていうのは判るんだけど、それでも…兄さんに何かしてあげられるの、凄く嬉しかった。」
 本当はもっと看病とかしてあげたかったけど、みんなに取られちゃったね。そう言って少しだけ寂しげに笑った。
「博士言ってましたよ。兄さんは色々と頑張り過ぎだって。なまじ出来るから余計なんだって。だからちゃんと自愛するようにって。」
 また難しい事を注文してくれたものだ。苦笑いで返すより他無い。
「でも…無理なんでしょう?」
「ん」
 思わず口ごもった。…まだ、精神波の名残で聞こえているのだろうか…?
「だから、代わりに僕が兄さんの事大事にするから。また何かあったら、僕を頼ってね。」
 そう言ってセシルは笑った。

 頼られる事で頼りにする。そういうことは往々にしてある。
 だからこの言葉は、「家族」という絆に縋りたいセシルの願望の裏返しなのだ。そういう形で、確かめたいだけなのだ。
 それでも。
 その微笑みは、幼い頃病の床にいた時に見た母の顔と…瓜二つだった。

 …所詮、私も同じなのだろう。
 否、私の方が…余程に酷いか。

「…そうだな。そうしておこう。」
「え?」
 言ったはいいが予想外だった、というセシルの表情。然もありなん、普段の私の態度からすれば
 ありえぬ返答だ。

 病み上がりで気が緩んでいるのだ。きっと、そうだ。
「正直、連中の過度な心配は私には重い。今後は大人しくお前に任せるとしよう。」
 笑った。
「…えっと… う、うれしいけど…。そんなふうにいっちゃダメだよ?皆心配してくれたんだから。」
「解ってはいるがな。慣れん。」
「慣れてよ、それは。」
 微笑むセシルを率いるようにして拠点に戻る。
 思念波の名残だ。…伝わるその思いが暖かくて、切断する気になれなかった。
 …気が緩みすぎていて、自分の顔を見せたくはなかった。
 ああ。もうすぐ辿り着く。その頃にはいつもの私に戻るから、今だけ―――

 

 

「あ! セシルとセオドール帰ってきたッス!!」
 ………今回はモノローグでは終わらないようだった。
「マジ!? おー、おかえりふたりとも! よかったちょうど準備が出来たところだぜ!」
「あ、ティーダにバッツ…  …準備?」
「そ! セオドールの快気祝い!!」

 …嫌な予感以外が一片もしなかった。
 既に、旅人の口径からは酒の臭いが滲み出ていたから。


 準備? なにそれおいしいの ってか。

 

 

 

「…それで、病み上がりのセオドールにお酒を呑ませて潰してしまった、ということですか。」
「否、潰れたセシルに皆が何か良からぬことを企んだらしく、それに怒ったセオドールが黒竜を呼び皆を。私は席を開けていて詳細を知らぬのだが…」
「わかりました。それ以上は説明が無くとも目に浮かぶようです。」
「すまないコスモス。先日の医者に再び治療を頼めるだろうか。」
「8人分の治療なんてお断りしますわよ。」

 以降、二度と病などにかかってたまるかと決意を新たにしたセオドールは、数日間「カオス軍すら触れてはならぬと避ける男」と化していたという。

 ある意味、大変自愛はするようになりましたとさ。 

 

BACK RESET

ひどい喉風邪で3週間近く咳で悩まされている間にライズしました。相変わらず長い続きものです。

コスモスの面々み結果、俺史上最高の兄さん総受話になりましたw 
まさかのトット様ごめんなさいキャラよくしらないから出来る所業だと思いますゆるしてwwアッー

これうPった当日、3度目の風邪をひきかけています。デンジャーです。トット先生たっけてアッー。
仕事が修羅場突入してしまったため、オチが大変尻切れトンボです。ごめんなさい未完よりいいかとおもってゆるしてくdアッー