ハードディスクが大変だ!

 

 「ア――ッ!」

 何とも言えない微妙な絶叫が部屋に響いた。
 どこって、セオドールの部屋。

「うわ!? え、なに、どうしたのにいちゃん!?」
 スコールとカードゲームに興じていたセシルの手からカードがすっとぶ。スコールも目を丸くして声の主…部屋の主を見た。
「な、なになんなんスか!?」
 懲りもせずカインに格闘ゲームで挑んでコテンパンにされかけていたティーダがPSPをふっとばした。あ、お前どさくさ紛れにリセットしたな! という対戦相手の声はスルーした。
4人の子供たちがそれぞれの視線を投げかける先で、やたらめったらにゴツい自作PCの前で何か作業をしていた部屋主…セオドールが。
「…また強制終了した。」
 珍しい、絶望的な声でそうつぶやいた。

 

 セシルがそっと兄の横に麦茶を差し出す。ありがとう、と返事は返ってきたものの、頭を抱えた兄がそれに口をつける気配はなかった。
「…大分、作業が無駄になったのか?」
 割合PCに詳しいスコールがぽそりと尋ねる。
「うむ…多少…まあ、それは叫ぶほどのダメージではないのだが…。昨夜から今朝にかけて、もう3回ブルースクリーンで落ちた。Win7でこの頻度は…少々不味いものを感じる…」
「うわ、そういう路線か。」
 よくわからないセシルとティーダが並んで小首を傾げる。カインはあえてスルーのうえ一人でゲームに興じていた。
「夏だから温度あがって落ちた…とかじゃないよな…」
 くるりとスコールが部屋を見渡す。そんなわけない。だって子供たちがこの部屋で遊んでいる理由は…ここがこの家で唯一、クーラーつけっぱなしにしている部屋だから。
 この節電が叫ばれるご時世でなんと悪いやつ、と言うなかれ。セオドールのPCは自作の容赦無いスーパーハイスペック。それが複数台同時起動。当然排熱は激しく、冷やさないとマシンも部屋も洒落にならない超高温になるのだ。マシンが自分の熱で自滅するレベルの。
「最初のエラー落ちの時にデスクトップ表示エラー‥とか一瞬表示されたからな…グラボあたりが怪しいかもしれん…。」
「じゃあパーツ変えるのか?」 
「いや…もう少し再現性がないと特定が難しいな。それよりこうなると…念のためデータのバックアップを取らねば不安だ…」
「トラブル時の基本だな。」

  
 高頻度でブルースクリーンがお目見えした場合「マザボやらCPUやら電源やらが原因」とマイク◯ソフトからの通知に載ってたりする。その場合はデータがそんなに危険ということはなく、「電源がショートして過電流で全部のパーツがアボンしますたー」という奇跡の確率のトラブルが起きない限り(一節によると電源のトラブルは確率2%程度だとか)HDのデータは無事なわけだが…
そうではなく、「HD自体が寿命で壊れかけてきている=読み込めなくなっている」 という事態もある。
怖いのはこちらの場合で、HDが1台だった場合当然「PC起動不能=データ全て死亡」になるわけで、こちらのほうが精神的に大損害。ぶっちゃけサルベージはかなりの割合で不可能。
マニアはそれを防ぐため、物理的に2台以上のHDをのっけて、「OS・アプリケーション用=起動用」と「データ保存用」に分ける事が多い。更に上を行くと「OS用=起動用」「アプリケーション用」「データ保存用」として、アクセスの向上や分断(フラグ)防止をする。にこうすれば、起動用のHDが彼岸に旅立たれてもデータは大丈夫、再インストールしないでいい簡易アプリ(主にフリーソフトに多い)は被害ゼロ…と、なるから。…なるハズなのだが…。 (※パーティション分割とは違いますが説明は割愛します。)
 なぜか、OSがイカれた勢いで関係ないデータHDが死亡…とか、そういうケースも… 何故か… 本当に何故かある訳で…… (俺が3度ばかり体験している…)

「うむ、バックアップは早くやるに越したことはない。ないのだが…」
「何か問題あるのか?」 
「…空いているHDがない。」
「……。」

 なんというか、マニアらしくない袋小路にはまっていた。

「…アンタなら非常識な容量のHDでRAIDとか組んでそうだけどなあ…」
「残念ながら組んでいるPCとは別のサブマシンがやられた。」
「…。」
 真のマニアは上を行っていた。
 ちなみにスコールの言うRAIDとは「ミラーリング。2台のHDに、全く同じデータを自動的に書きこむバックアップ機能」を指しています。
「どーせセシルの画像や動画で一杯になったんだろ。」
 小さい声で言うのはゲーム片手間なカイン。
「俺やティーダの顔なんて全部目線かモザイク入ってんだぜきっと。」
「えー、マジっスかー。」
「聞こえているぞカイン。」
「聞こえるように言ってるからな。」
 成長の早い少年は、だいぶ天敵のあしらい方を覚えたようである。
「ま、まーまぁにいちゃん麦茶飲んで落ち着いて! 早くパソコンなおしちゃおうよ!」
 無線マウス握りしめて席を立ち上がりかけた兄を、セシルが膝の上にダイブして阻止した。
「…仕方ない、そうだな…。とはいえ、直すという段階でもない。 …HDを買ってくるしかないか…」

 そのセリフに電流の走ったティーダが、高速でメールを打ちはじめた

to:オヤジ
件名:(´Д⊂グスン
本文:とーちゃんあそびたいー

 

「どーしたジェクトさんちのお坊ちゃん! 寂しくなったかコノヤロウ親父様の登場だぜー!」

 速攻で登場したジェクトに声をかけたのは、すっかり出かける支度を整えたセオドールだった。
「何だ、本当にお前も行くのか。」

 てめぇハメやがったなぁぁぁあああ!! という絶叫を残してジェクトはそろそろおなじみになったワゴン車の後部座席に押し込まれていた。
 子供たちはハンカチ持った手を振って見送っていた。


「あ、とーちゃん『で』あそびたい ーって入れ忘れたッスw」
「お前悪いな。」

 

 

「ちっくしょう…アイツだんだん頭使うようになりやがって…」
 前回と同じ電気屋コース、ヨツバシカメコ。ぶちぶち言いながらなんだかんだと付き合っているジェクトの横で、もう一人のゲストがセオドールに質問を投げかけた。
「どんなHD買うんだ?」
 スコールである。
「そうだな…あくまで避難用だからそう立派なものは必要ない。まあ外付けHDで容量は1Tもあればいい…。ところで、お前は皆と遊んでいなくてよかったのか?」
「…ちょっとパソコン… …見てみたかったから。」
 三点リーダには遠慮とか好奇心とかプライドとかが色々隠れている。
「なんだよ、パソコン教えてくださいおにいちゃーん って言えば…ウボッ!?」
 そーゆーのをつっついて嫌われるのが得意なジェクトを裏拳で黙らせて、セオドールはスコールに話しかける。
「お前はオンラインゲームが好きそうだからな。ラグナのPCスペックでは物足りないか。」
「…全然足りない。俺、自分でお金稼いだら絶対いいパソコン自作するんだ。」
 お小遣い貯めて、とこないあたりがラグナを全くあてにしていないスコールである。
「良い気概だな。見るだけでもかなりの勉強になる。存分に眺めていくといい。」
「そうする。」
 そっけない言葉とは裏腹に、我先にと元気に店を歩き回るスコール。なんだよ、俺今回いらねーじゃん…と思いつつも、俺様が引っ込んでたまるかコノヤロウなジェクトは帰る気などさらさらなかった。
 あとでやっぱり、帰ればよかったと思う訳だけども。

 

 

 20分後。
 セオドールは…何やら難しい顔をして悩んでいた。両手はまだフリーだった。
「あーまあすんなり終わるとは思ってなかったけどな! 今回は何がご不満なんですか、ああ!?」
 半ばやけっぱちなジェクトである。
「…高い。」
「あ?」
「今回は先にネットでリサーチを入れてきた。外付け1TBが5000ギル強で買えるご時世を確認した。」
「じゃなんてそれで買わないの。通販で。」
「今回はすぐ手元に欲しいのだ。それと、手持ちの現金の関係でポイントを使おうと思ってな。」

 納得した。それで量販店のこの店を選んだ訳だ。ここはポイント還元率がいいからいつの間にかたまってたりするし。
「HDなんて…普段はたたき売りしてるよな…」
 スコールがHDコーナーをキョロキョロと見渡すと…
『1TB 7800ギル』
「たっか!!」
「…こういう時に限って無いとかなあ……」
 素で、セオドールがうなだれてしまっていた。
「これも私の罪…いや、日頃の行いか。」
「えーとなんというか… まあ、ないものはしゃーねぇんだし、買っちまえば? ほら、ポイント…」
「意外と無かった。」
「え?」
「先日PCの電源が爆発したときになんやかやと使ったのを忘れていた。1000ギル分しかなかった…」
「お前どーしてそういうとこツメ甘ぇのー?」
 周到なんだかうっかりなんだか判らない天然さんである。
「…なんか、2Tとか3Tばっかだ…」
 HDコーナーを眺めていたスコールが言う。
「今、HDも新規格が出て容量が飛躍的に増えているのだ。だから1つ前の1TBは安くなっていると踏んだのだが… まさか店頭から消えている方だとはなあ…」
「そうなると余裕の10,000ギル超えか。こりゃねえやなー。」
 どう考えても予算オーバーである。スコールがセオドールを見上げる。
「中古…はダメだよな。」
「うむ、HDの中古は地雷すぎる。どれだけ劣化しているか知れたものではないからな。…仕方ない、別の手でいくか…」
「お、なんかあんのか。」
 ジェクトが喜色をうかべ振り返る。
「うむ。内蔵用のバルクHDを買う。それとケースを買って外付けに改造する。」
「そ、そんな手ぇあんのか! 安く済むのか?」
「恐らくな。本来不要になった内臓HDを再利用するための手だが…両方買っても10k超えということはありえない。」
「おーし、じゃあそいつを買いに…」
「ああ、別の店に行くぞ。」

「……はいぃいいい???」

「内蔵HDをこの店で買うなど言語道断だ、断突で高い。ケースも同様だな。ケースだけポイントを使いここで買うという手もあるが、どうせ回るなら他店の外付けHDも見なければ後悔する。」
「俺、一応ケースの値段を確認してくる。」
「そうだな、頼む。」
 唖然とするジェクトの目に写ったのは、嬉々としてあるくPCマニア大小の背中。
 ここでジェクトは理解した。

 
 今回も、地獄巡りコースだったと…。

 

 



 結局3件目。
「本当にないな1T外付け。」
 すっかりよくしゃべるようになったスコールである。
「全くだ…よもやここまでとは思わなかった。」
「2.5インチ外付けは高すぎて話になんないし、もう2Tの時代なんだなぁ。」
「安ければ薄型でもと思っていたのだがな、それどころじゃあなかった。」
 結局一番遠いドスパロまで来てしまっていた。1時間半経過である。
「…ケースはここが最安値か。ヨツバシ最安値と同じものがさらに300円安い1600ギル。なんだかんだと強いなこの店は。」
「HDは4500ギルだったけど、どうする?」
 下の階にリサーチに行っていたスコールが報告をする。
「まあ、良いところだろうな。ジェクトも限界がきているし、それで手を打つか。」
 二人の視線の先、ジェクトはすっかり疲弊してすみっこでしゃがみこんでいた。
「ただのガラ悪いオヤジだな。」
「うるせぇ…おまらのがよっぽど凶悪…」
 息も絶え絶えだった。
 それでも、子供に馬鹿にされて奮起しないジェクト様じゃない。なんとかかんとか立ち上がって深呼吸して視線を正面に向けると…
「ん?」
 そこにあった文字は『縦置き・横置き自由自在! 1TB』
「…これ、外付けじゃねえのか?」
「ん?」
 半分レジに向かいかけていたセオドールが振り向くと…
「…あああああああああああ!!!!!」

 正真正銘外付けHD、1TB『5800円』

 

「あ、あったぁぁぁ!!」
「これだ! 我々の求め続けていたのは正にこれだ!」
「な、なんでこんなすみっこに!?」
「セール品の売れ残りか!? え、これバラ買いより安い…よな?」
「えっとHD4500ギルだったはず…え、あ、俺ちょっともいっかい見てくる!」
 HD一つで大混乱だった。
「間違いない! 4500!」
「ということは、1600+4500で6100…? ん、間違ってはいないな!?」
もはやどっちがスコールでどっちがセオドールだかわからない。
「計算は3回確認しろってレインに言われた!」
「3回か、よし… うん、どのみち千の桁だけで5000なんだからどう考えても6000超えで…」
「…いや、お前ら落ち着けよ……あってっから…」
 ジェクトが計算に突っ込むとはひどい有様だ。

 

がちゃり。


「ただいま。」
「今戻った。」
 玄関の音を聞いて、セシルを筆頭に子供たち三人が階段を降りてくる。
 入ってくるのはスコール、セオドール、ジェクト。
「お、おかえり兄ちゃん…! ど、どうだった…?」
 とても深い質問である。
「うむ、良い買い物が出来た。今回はジェクトのお陰だな。」
「え!? オヤジの!!?」
 予想外の回答にティーダが驚いてオヤジを見ると… 疲弊しきっていたジェクトもその言葉に驚いていた。
「え、俺?」
「うむ、今回はそなたがこれを見つけてくれなければ完全に見逃していた。自作外付けと既製品では安定性も違うしな、これは最良の買い物だ。感謝している。」
「そ、そーか…」
 まあ、疲れたけれど、そう言われちゃ悪い気はしない。行って良かったかなとか思ったりもする。
 それはそれで横にしておいてカインがスコールに尋ねる。
「…スコールは…大丈夫だったのか…?」
「楽しかった。」
「本気か!!?」
 予想外すぎる答だった。
「スコールも手伝ってくれてありがとう。分担できたお陰で大分短時間で済んだぞ。」
 これで短時間かよ とは誰も口にしないけど。
「お礼にメモリでも買ってやろうか。」
「PSPのメモリースティックがいい。」
「…しっかりしているな。余しているのをくれてやる。」
 なんだか凄く仲良くなっていた。

 

 麦茶片手に一息ついて、改めてセオドールがジェクトに言う。
「お前がいると何故か良い商品に当たるな。」
「そ、そーか?」
 一杯飲んで余裕も出たし、そう言われて悪い気分はしないわけで。
 ジェクトは思わず頭を掻く。まあ役に立ったんなら苦労した甲斐もあったかなぁと…
「うむ。今回は本当に助かったジェクト。」

「次回も是非頼む。」

 

 

 とっても珍しい喜色満面のセオドールの笑顔の向かいで、この世の終わりのようなオヤジの絶叫が響き渡ったという。

 あと、息子の爆笑と。

人数以外はほぼ実話ネタ。
現パロが何故か俺のPC馬鹿シリーズになりつつある…ど、どうしよう……

ちなみに現実はこのあと、付属のフォーマットソフトが外付けではなく内蔵HDのパーティションをフォーマットする、という珍事に続きました。
て、てめぇ何消しやがった……!!? ←そこに何が入っていたか思い出せない。

※後日思い出しました。Win7入れる前に使ってたXPだ。 …まあ、いいけど…さ…。