カインとゴルベーザのDDFF

 

 それは何度目かの輪廻の一つ。

 仲間の元をそっと抜け出し、カインは月の渓谷へと足を踏み入れている。
 別に仲間達を嫌っているわけじゃない。苦手という程でもない。
 ただ、常が寡黙で(そう見えるだけなのだが)プライドが高く、纏う鎧の形状も相まって表情の判りにくい彼は、なんとなく仲間の輪の半歩外側にいる事が多い。人によっては苦手意識も持たれている。それが解らない程鈍い訳じゃあないから、余計半歩離れる 場所を選ぶ。そんな事が時折息苦しくなって、たまには一人になりたくなるというそれだけの話だ。
 どこぞの獅子ほどじゃあないが、孤高というのが少し居やすいと感じるタチなせいもある。

 カインは渓谷の高台へ軽やかに飛び乗り、空を仰いだ。
 冷たい風が少しだけ頬を掠める。ほんの少しだけ記憶にある気がするその場所は、カインが気に入っているエリアの一つだった。
「(…場所、というよりは。)」
 月。その言葉が胸の奥の何かを刺激する、という方が正しいか。



 この世界から帰る。そのために戦っている。皆そうだ。
 ここは自分の世界のひとかけら。それは解る。判るが、この月は自分の居場所ではないだろう事をカインは感じている。覚えはあるが、居たなどという感覚はない。むしろ…
 背中に満月のように輝いているのは青き星。懐かしさを感じるそれを、何故か何時も見つめる事ができない。
「(…俺に居場所なんてあるのか、それすら怪しいもんだな)」
 ふ、と言葉に出さず自嘲する。そういった思いが、彼をなんとなく回りから遠ざける理由なのかもしれない。


がしゃり。

 背後、足下から響いた鎧の音に、本能で身を伏せた。
 気抜けていたとはいえまるで気配に気付かなかった自分にカインは舌打する。濃紫色の鎧がこの場所にとっての保護色になってくれていれば良いがと思いつつ。
がしゃり がしゃり。
 鎧の音は、丁度真下で止まった。
「(ちっ…なんだってまた…)」
 再び舌打するような気持ちでカインはそっと眼下を確認する。そこにいたのは黒い甲冑。このフィールドの主。
「(ゴルベーザ…)」
 主はそのまま高台によりかかり、ついと青き星を見上げ…そのまま止まった。

 さて、如何するべきか。
 竜騎士としては現在、敵より圧倒的に有利な状況にいる。なにせ真上を取っているのだ。あの強固な鎧とて今なら一撃で貫ける、そういう位置に。

 何故か、そんな気になれなかった。
「…何をしている、カイン。」
 気がつかれた事にも、それほど驚かなかった。
「それはこっちの台詞だな。随分と無防備じゃないか。」
 ひと呼吸の後そう返し、音もなくカインはゴルベーザの前に降り立った。
「俺を倒さないのか。」
 そのまま真っ直ぐ見つめ、煽ってみる。
「興が乗らんな。お前はどうなのだ。」
 天を仰いだままの黒い甲冑はそう応えた。
「俺もだ。」
 殺気はゼロ。真下に来るまで気がつかなかった理由の一つだろう。それでも、今己は彼の敵で、見逃すのはどうだろうと…仲間の手前そうも思う。
「まあそう言って寝首をかかれるのも堪らんな。やるか?」
 冗談めかして身構えた。


がらん。
 渓谷に反響したのは、黒い兜が投げ捨てられた音。
 月光に銀の糸が揺れていた。
 自分を見つめる紫の瞳は、どこか空虚ですらあった。

 やる気はない。その意思表示に
 カインも、倣った。



 カインはゴルベーザの隣に立ち、共に青き星を見上げている。
 不思議と、二人でなら見上げられた。
 黙ったままの時間。静かに風だけが流れて行く。
 はじめて見る筈のゴルベーザの素顔に違和感は持たなかった。
 それどころか妙な居心地の良さすら感じる。
 胸の奥の何かがちくりと、刺激される。

―俺は、こんな風にこの男の横に居た事があった…
―…いや、少し 違う …のか?

「何を惚けている。」
 その言葉に軽く正気付く。
「今のお前に言われたくはないな。」
「最もだ。」
 軽口を返せば、ふ、とゴルベーザが鼻で笑う。
 普段の重厚で苛烈な立ち振る舞いからは想像もできないような、柔らかい表情は…またカインの中の何かを刺激する。

 俺は、この表情を知っている。
 …ゴルベーザ…   だけじゃ、ない。  誰か、他の   近い



「…静かなもんだ。こうなると、神々の闘いなんて馬鹿らしくなるな。」
 意図せず、そんな言葉がカインの口をついた。自分の中の何かを振り切るかのように。
「なあ、お前は何のために戦っているんだ。大人しくカオスの駒に成り下がる玉にも見えないんだが。」
 勢いで尋ねてみた。返答は大して期待してはいない。
「そういうお前はどうなのだ。」
 質問に質問で返された。やはり答える気はないのだろう。
 普段ならふざけるなと思うような切り返しだが、何故かこの男相手では腹立ちを覚えなかった。
「俺は…どうなんだろうな。帰る、と言っても連中と違ってどうにもピンと来ない。案外、居場所がなくてこの世界に居るのかもな。」
 俺は。そう付け足し、言って笑った。
 ふ、と隣に立つ褐色の肌の口角が緩むのが視界の端に入った。
「変わらんなお前は。」
「ん?」
 不意の言葉に、カインはゴルベーザを見る。こちらを向いた紫の瞳の中に、自分の姿を見た。


「なら、私の元に来い。カイン。」
 それは酷く、聞き覚えのある言葉だった。





「…冗談だ。忘れろ。」
 ゴルベーザのその声は、カインには届かなかった。
 がちゃり。岩肌に凭れた黒い鎧が僅かに音を立てる。
「戯れだと言っている。」
 強い瞳に射抜かれて、漸く耳がそれを認識した。

嘘だ。

「忘れろと言っている。」

嘘だうそだ。

 胸が…記憶が痛む。心臓が高鳴る。
 俺は、大事な、酷く大事ななにかを、わすれて



 必死の思いで見返したゴルベーザはもう何も言わず、只黙ってカインを視ていた。
 少しだけ哀しそうな、何かを悔いるような複雑な色の瞳が揺れる。

―いや、震えているのはきっと、俺だ。


「…ゴルベーザ、俺は…」
「カイン」
 言葉尻を遮られる。何かに縋る様に、カインは声の主を見上げる。
「その場所が、お前の居場所だ。お前は漸く有るべき場所に立てたのだ。惑うな。馬鹿者。」
 突き放す様に言われた。
 優しい声色で。

 優しさなのだと、カインには理解出来ていた。



―そうだ、この人はいつだって
   今とは違う鎧の形
―苛烈な言葉は何時だって優しさの裏返しで
   機械仕掛けの塔の中で
―誰よりも苦しんでいて、哀しかった
   それを知っていた忠臣達と  …自分と
―だから 俺は 
   もう一人の銀の髪が、優しく記憶の中で揺れた。

 

 
にいさんを たのむ と。




「ゴルベーザ!」

 気がついた時には、既に黒い甲冑は姿を消していた。
 投げ捨ててあった竜の兜だけが、風に揺れて僅かに転がった。






 俺が闘う理由… この世界に、居る理由。
「…あんたなのかもしれないな、ゴルベーザ。」

 自分の居場所。
 自分は、居なければならない。あの男の横に。
 例えその身は離れていても、せめて、心だけは。

 そんな気持ちを思い出して、カインは去った背中を想い目を瞑った。

セシルが居ない頃のカインとゴル様。

なんとなく目的も居場所もないカインと、やる気もないが助ける気もない流されモードのゴル様。
このあたりの二人のやり取りは、考えるほど美味しいとは思うのですゴルカイ的に。