運動の後は整理体操をお忘れなく

 

 

そろそろおなじみの大学。今日は裏門。
 雨、とは言わずとも曇天。にもかかわらず大きな鍔の白い帽子に白いケープのような眺めの上着、長ズボンにスニーカーの10歳くらいの少女が、身体にはちょっと大きめのカバンを抱えて立っている。いわずもがなセシルである。
  いろいろあって不在してた遅れを取り戻すため、しばらく研究室にカンヅメという兄に今日はお届け物。外出制限のあるセシルだが可能な限り身体は慣らさな ければないので、兄が不在の時はお届け物の散歩をすることでノルマを達成。家から大学は近い。裏門から研究室はすぐそこ、とういうことで忘れ物を届けに来 ましたすいませーん、のノリで教諭達には黙認されている。セオドールの弟ということで、ひっそり将来を嘱望されていというのもある。


 が、人が多いと何となく入りづらいのは人情ですよね。
 今日は、何という理由はなさそうなんだけど、だべっている人とか待ち合わせっぽい人とか10人ちょっといるかなあ。5人くらいならなんとなく行けるんだけどなあ。…ちょっと待とうかなあ…。などと思っていると。
「君はセシルだな。」
「ひゃあ!?」
 突如、背後上から降ってきた力強い呼びかけに、セシルはストレートに驚いた。振り向くとそこにいたのは。
「驚かせるつもりはなかったのだが、急に声を掛けてしまって済まない。」
 見たことのない美青年がいた。
 いや、あった。
「…あ! この間の、か …ガーランドさんのお迎えに来た人。」
 割烹着の人 は、ギリギリ飲み込んだ。
「ああ。ライトだ。宜しく。」
「あ、セシルです。あっと、こんにちはです。」
 差し出された手をにぎる。ちょっと痛いくらい力強かった。
「礼儀正しいいい子に育ったな。困っていたようだがどうかしたのか。」
 ほめられてありがと…う? と言う前に次の話題に畳み掛けられた。
「えっと…にいちゃんにお届け物なんですけど、人が多いからどうしようかなって思って…」
「成程。では私が付き添おう。途中までの道行きは一緒だ。」
「あ、 ありがとうございます わ」
 言うやいなや手を繋がれ、ライトはセシルをやや引きずり気味に歩き出した。

「あれから、彼は大丈夫だったか?」
 あれ、が半月ほど前のガーランドとの異種格闘技戦を指し、彼、兄を指すことに気がつくまで2秒程かかった。
「えっと、2日くらい筋肉痛で寝てました。一歩あるくたびにうめき声が出るカンジで…」
「ははは。余程運動不足だったと見えるな。」
「あはは…(バレンタインで相当運動してたと思うんだけどな…)」
「その後武道は教えて貰えているのか?」
「うーん…渋々って感じです。基本の動きばっかりで技っぽいものは全然。ティーダはすぐに飽きちゃった。」
「成程。基本は大切とはいえ彼の過保護は少々目に余るな。最も、君は相変わらず可愛らしいから気持ちはわからなくもないが。」
 おや? と小首をかしげる。さっきも、前に会った風なこと言われたような気がしたけど、割烹着以外で会ったことなんてあったかなあ。
 セシルの様子に気がついたのか、ライトが視線を下ろしかっこよく笑った。隠れていた太陽ががさっと、後光のように雲間から現れた。

 あー!



 きょうは、おとうさんのおかいものについてきました。でもぼくはあんまりおそとにでられないので、車のなかでおるすばんです。おとうさんはすぐにかえってくるけど、それよりはやくつまらなくなっちゃいます。ぼくは車のお外をみました。
「…あれ?」
 おむかいのみちに、おにいちゃんがゆっくりあるいてました。おむかいまではほんのちょっとなので、お外にでても怒られないよね。ちゃんと信号みてわたるから、いいよね。ぼくはいそいでおにいちゃんをおいかけました。

「おにーちゃーん!」
「…セシル!? お前どうしてこんなところにいるんだ!?」
 おにいちゃんはびっくりしたみたいにふりかえって、ぼくをみて、でもだっこしてくれました。
「いてっ!」
「? どしたの?」
「あ、いやなんでも。セシルはどうしてここに?」
「おとうさんのおかいもの! ぼく車でまってたの。そしたらおにいちゃんがいたの!」
 ぼくはうれしくなってぎゅってします。ときどきおにいちゃんが「う」って声をだすんだけど、なんだろう?
「そ、そうかお留守番してたのか。偉い偉い。」 
 そういって、おにいちゃんはぼくの頭をなでてくれました。
「じゃあ一緒に車で父さんを待ってようか。正直、助かる…」
「おおセオドールではないか! 身体は大丈夫か!」
 うん! っていうまえに、後ろからものすごい大きな声がきこえて、ぼくはびっくりしました。
「…先輩方……」
 だれか、いるみたいです。おにいちゃんはしっているひとみたい。
「ぬははは! 堅苦しい呼び方をするな、曲がりなりにもワシを負かしたのだから、ワシらはもう対等だ。 …おお、その子が件の弟か? なんだそんなに小さい子だったのか。ワシはてっきり…」
「ガーランド…せんぱい…?」
「に、睨むな、何もせんわい! お主の敬語は却って怖いぞ。」
 ? なかよしのひとなのかそうじゃないのか、よくわかんないや。おにいちゃんに抱っこされたまま、ぼくはちょっと後ろをふりかえってみました。

「お、可愛いらしい子であるな。」
 くまさんが いました。 歯をむきだしにしてこっちをみてました。


「お、怯えただと!?」
「せ、セシル大丈夫、怖い人じゃあな… いや、それは無理があるか…」
「フォローしてくれんのか?」
「ガーランド。貴様の顔は人外の強面なのだ。子どもがひきつけを起こしかねんと自覚しろ。」
「…それはあんまりではないかライト…?」
 他にだれかいるみたい…? だいじょうぶかな、たべられないかな。ぼくはもう一度ふりかえってみま…
「すまんすまん、何もせんから怖がらなくていいぞ。」

 おっきなくちが あいてて、 おっきな手が ぼくの あたまに 乗りまし た


「震えているだとォ!?」
「見ろ、悪化したではないか。」
「…ガー…ランド…」
「ふ、不本意だ! 睨むなセオドール!! うお!お主今竜っぽい黒い気を纏っておるぞ!!?」
 ぼくはもう、こわくてこわくてぷるぷるふるえています。おにいちゃんにしがみつくしかできません。
「…済まないセオドール。不心得者のせいで弟を怖がらせてしまった。身を預かる者として私が責任を取ろう。」
 もうひとりのひとがなにかいってるけど、ぼくのみみにはうまくきこえません。
「あ、いやそこまで…」
「え、何ワシお前と夫婦か何かなのか?」
「セシルくん。」
 もう一人のひとがぼくをよびました。おにいちゃんが、だいじょうぶだよというので、ぼくはおそるおそるふりむいてみました。

 すると


 くまさんが、かみのながいおとこのひとに げんこつをされて飛んでいました。


「怖いものはやっつけた。もう、大丈夫だ。」
「き…貴様全力で… こ、拳が アゴが… …!」
「…いいんですか、ライト…?」
「無論だ。それでなくてもこれは君に随分と理不尽な挑発行為をしたというではないか。本来、この程度で済ませてよいものではない。」
「いや、それ以上はさすがに止める義務が発生する気がするので、済ませていただけると助かります。」
「そうか。君は寛大な心の持ち主だな。」
「か…かんだいか  …それは…」
 くまさんはなかなか起きあがりませんでした。


 行くぞガーランド。そういってくまさんをひっぱって、髪の長い男の人はおひさまの方に帰って行きました。ぼくの頭をいちどだけなでて、わらってから。

 かっこいい…。

 おにいちゃん以外の人に、ぼくははじめてそうおもいました。





「…あああ!! あの時のかっこいい人だ!」
「ん? ああ、思い出してもらえたのか。ありがとう。」
 今すっごく鮮明に思い出したけど、さっきまで全然思い出せなかった! だってあのかっこいい姿と割烹着が全然咬み合わないんだもん!!
「あの時はガーランドが失礼をしたな。」
「い、いえ、僕こそ何もされてないのに怖がっちゃって…。にいちゃんより大きい人って見たことなかったものだから…。」
「それはやむをえまい。セオドールの体格以上などそうそういるものではないからな。」
 まあ、そうだよね。あの時のにいちゃん、もう丈夫になって170センチとか平気で超えてたから…。あれ? じゃあでも…
「しかしセオドールも、自分が君を守るために強くなったというのに君が強くなることには反対というのだから、困ったものだな。一度苦言を呈しておいてやろう。」
 …やっぱりそうなるよね。身体が弱いから始めたんじゃ…ないよね。
「…過保護なんです。」
「そのようだな。大変な思いをしていないか?」
「いーえ。」

「世界でいちばん大好きな兄です。」

 それはもう。どれだけ時間がたっても絶対かわらない気持ち。いままでも、これからも。きっと生まれる前から、生まれ変わっても。


「そうか。それはよかった。」
「あ、でも練習のことはちょっとだけ言ってもらえると助かるかも。」
「判った。折を見て伝えておこう。」
「ありがとうございます!」

 そうこうしているうちに研究室まで少しの場所。僕たちは、手を振ってお別れした。また会おう。そういうライトさんはやっぱりなんだかカッコ良かった。

 にいちゃん、僕憧れの人に再会できたよ! …って言わないほうがいいかな。喧嘩しちゃったら大変だから、しばらく様子をみておこうかな。

 

 

 

その後のおまけ

「…セシル… お前…あの男になんと言ったのだ……」

 二日後、久しぶりにおうちに帰ってきたにいちゃんは… ものすごく、ヨレヨレになってました…。ちょうど、にいちゃんのパソコン地獄に付き合わされたジェクトさんみたいに…
「ええええええ!!?」
「…あれのやることは常人の30倍増しなんだ…済まないが、少し言葉を、控えてくれると…たすか、る…」
「すいませんすいませんそんなつもりではごめんなさい!!」

 な、何があったかは怖くて聞けませんでした…
 い、いわなくてよかった …かな…。

 

 

RESET

多分2時間正座の刑とか、そんな感じ。

ガーさんはともかくライトさんにどういう対応してるか全く想像がつかんで悩んだ果てあんなになったんですが、書庫改装するのに事実上SS全部読み返してたら、DFFでも同じような態度とっててワロタw 全然おぼえてなかったYo!