兄さんががMP3プレイヤーを買うようです 1

 

 

 テュルルル〜 テュルルルル〜


 意外と古式ゆかしい着信音に設定されているスマホを、眠い目を擦りながらジェクトは枕元から取り上げ応答した。
「へいこちらジェクト様。只今惰眠を貪り中につき御用のない方もある方もあとにしやがれ…」
『とうに昼過ぎだぞ。アスリートとはそんな生活管理で良いのか?』
「……あ!?」
 クソ珍しい声にジェクトは跳ね起きた。いや正確には最近そんなに珍しくもないんだが、電話の向こうから聞くという条件においては超珍しい声だ。
「なんだセオかあ? 珍しいなオイ!」
 なにせ電話どころかメールすら最低限且つ超簡潔という、ツンデレっ子からのレアイベントだ。そりゃ目も覚めるというもの。
『着信相手も見ていなかったのか? そんな情報管理でいいのか人気者。』
「登録してねー奴は拒否になってっからいいんだよ。どしたよ、一気に目が覚めたぜ。」
『うむ…ちょっとお前に訪ねたいことがあってな。』
 わお珍しい! マジで目が覚めるぞこりゃ。そんな風に思いながらジェクトは布団の上であぐらをかいた。
『MP3プレイヤーは持っているか?』
「MP3? ああ持ってっけど? SANYの最新機種買ったぜ。」
 なんとなく勝ち誇ったように笑う。この手の電化製品は勢いで高級品を衝動買い国の経済を牽引する素晴らしい客、ジェクト様だ。
『何時だ?』
「ん? 2年くらい前かな。」
『それはもう最新では…まあいい。とうに抑えてる当たりはさすがだな。それ、使い心地はどうだ?』
「ん? 使い心地?」
 …考えたこともなかった。というか、ぶっちゃけそんなに使ってない。
「…別に、悪くねえけど…。」
『考えたこともなかったという声だな。まあそんなものか…』
 読まれてちょいとカチンとくる。事実なだけに。
「ンだよ、考えなくてもいいくらい良品ってことだろ! つかてめー持ってねーのかよザマアw お古あげりゃあよかったなープゲラw」
『ああ、そういう考え方もあるな。さすがにそこまで甘えるつもりもない。ティーダにやったのだろう?』
「…まあ、そうだけどよ。」
 冷静に同意されると消沈するしかなかった。と、次に出てきた言葉に割りと本気でジェクトはびっくりした。
『お前の言うとおり持っていないのだ。これから買いに出ようと思うのだが、良かったら付き合ってくれんか。今まで寝ていたのならヒマなのだろう、夕飯くらいは奢る。ユーザーの意見が聞きたいのだ。』
「へ? ホントにもってねえの?」
 このPC馬鹿が?
『ああ。』
「今時? お前が?」
『必要性がなくてな。そうも言ってられなくなりそうだから気分が乗ったうちに手に入れておきたくて。頼めるか?』
「…いいけど。」
『じゃあ40分後位にセシルと迎えに行く。』
「お、おう。」
 ぷつり。ツーツー。
 …わあ珍しい。俺あいつに頼りにされたぞ、わりとパソコン関連で。
頼りにされたらNoとは言わないジェクト様、もそもそと服を着て軽くなんか食おうか…と、思ったところでようやく気がついた。全然目が覚めてなかったことに。

 俺、地雷原に自ら足突っ込んだじゃねーか!!!

 

「おーいティーダ。セオとセシルちゃんが遊びに行こうってよー。」
いくー! と、返ってきた迷いのない返事にジェクトは安堵した。
俺一人の犠牲は回避した、と。

 

 

 

 で、運転席にセオドールそのすぐ後ろの座席にジェクト、さらに後部座席には不機嫌なティーダとそれをなだめるため助手席から移動してきたセシル、そしてカイン。
「今日はスコール不在かあ?」
 ジェクトがカインに尋ねる。
「ラグナの取材旅行に拉致されたそうだ。」
「…あっちもご苦労だな。しかし貴重な戦力を奪われたぜ。」
「全くだ…。」
「しかし、おめーらよくついてきたなあ。」
 ジェクトが改めて子供たちに言う。
「俺はオヤジの陰謀。」
「おめーこの間俺のこと騙したじゃねえか。おあいこだよ。」
「まあまあ…えっと…ごめんね、僕のせいで…」
「あ? 原因セシルちゃんなの今回?」
 原因とは何だ、と軽く憤るセオドールは無視することにした。どうせ運転中は大したことなど出来ない。
「うん… カインと小さい頃録音したMD聞いて遊んでたんだ。そしたらMDウォークマンの調子が悪くなってきちゃって…」
「今MDウォークマンとか! え、ああ必要ないってそういう意味か? MDウォークマン使ってたんかよ!」
「ああ。過去の財産が大量にあるし、最近録音したものをそんな形で外に持ち出すこともなかったからな。」
 何のこと無いという風な声が運転席から返ってくる。今このご時世にないわー と改めて思っちゃったり何だりだ。化物みたいなPC使っててそこ前時代杉だろと。
「音楽関係にそれ程興味がなくてな。」
「読むなよ人の心。」
「大体想像がつく。」
 セシルが苦笑いしながらも続きを説明する。
「それでにいちゃんに相談したら… なう? みたいな?」
セシルが済まなさそうに小首を傾げる。俯き加減がやたらに可愛いので怒る気など一切しない。これは強い。
「ついでにMP3に進化しようってワケか。まあ良かったんじゃねえの? 儲けたもうけた…」
 と、笑いながら子供たちを見たら、すんごい顔で3人に睨めつけられた。

 あ…MP3って…ピンキリすっげいろんな種類あるもんな… あれ、一個一個悩むの…… か…?

 ギギギギギ と音がしそうな回転で運転席のセオドールを見る。
「…参考までに聞くんですが… 目星とか、ついてるのかなー…?」
「ああ、SANY一択だ。」
「は?」
 予想外の答えが返ってきた。軽快に。
「今まで買わなかったのは過去の遺産MDが大量にあったからだ。あれをMP3にする術がなかったのだよ。」
「え、そうなん? なんかオメーならパパーっと何かチート級の技でやりそうなもんだけど…。」
「MD音源はなあ…世界的にはマイナーなせいか変換するための専用ソフトがないのだ。これほど普及したのはこの国位なせいもあるだろうし、権利関係の壁もある。単純にPCにケーブルで繋いでまるごと録音、手作業でディバイン…区切って、手作業で曲名と各種情報登録、という作業は出来るが…。そんなの40枚分もやりたくないだろう常識的に…」
「ぶ! それは嫌な枚数だ! ンなにあんのかよ…。」
「一時期嵌ってなあ。CDまるごとではなく好みの曲だけを選んでダビングしていたから…。レンタルで済ませたものも多いし…。」
「うわそりゃあコレクションだわ。ちょっと捨てるには惜しいな。」
「セシルの成長記録は全てPCに移動済みなのだが、それでまだ40枚残っている。」
「…。」
 ま、そこは突っ込むまい。今更だ。
「なるほどなあ。で、何でSANYよ。」
「MDからのダイレクト録音が可能なのだ。管理ソフトもあるからタグ付け作業も容易かと思ってな。評判は…音楽の愛好家からはそれほど良くないようだが、まあ拘りはないしな。互換性重視だ。」
「なーる。じゃ、ダイレクト録音出来なきゃ話になんねーてことか。他はないのね。」
「そのようだな。そういう理由で、MDが完全に死ぬ前に買わないとまずいのだ。」
「だってよおめーら!」
 ジェクトが振り返ると、子供たち三人は心から安堵の溜息をついていた。

 当然、そんな甘いはずないんですがね!

 

 

 

 電気街、なう。
「今日は何件回るんだ、手分けするぞ。」
 わかってますよと言わんばかりのカインが捌く。
「ヨツバシに向かうまでの途中で2件ほどさらっと比較に見ればいいだろう。」
「あれ店回りも手ぬるいじゃねーか! あれか、ネット落ちか!!」
「漫才じゃないんだから…。白状すると商品券が結構な枚数手に入ってな。だからネットはない。」
「ああなるほどね。なんでまた急にあぶく銭が。」
「…ガーランドからメールがいかなかったか? 同窓会をやると。」
「ああ来たな。俺ぁ次の日練習あったから泣く泣く諦めたけど。」
「年代無視だったから単なる飲み会と化していたがな。そのレクリエーションで手に入れた。」
「お前そういうの強そうだもんなあ。…つか、よく行ったな…。」
「……ライトが直々に迎えに来た…。」
「ご愁傷さまです。」
 思わず手をあわせて頭を垂れていた。
「で、それとヨツバシのポイントカードで済まそうと思っている。」
「よしポイントない落ちだな!」
「その節は悪かったって。確認済みだし、足りない分は現金で払う。」

 そうこう話しながら立ち寄ったのはTUKUNO、SMALLカメラ。びっくりするほど変わらない値段、変わらない品ぞろえだった。

 ヨツバシカメコ、なう。
「異常にスムーズで気持ち悪いんだが…」
「うん…」
「なんかあるッスよ絶対。ないといいけど…」
 ぼそぼそと子供たちが会話するのも仕方ないと思うジェクトだ。
 眼の前にあるのはSANYウォークマン各種。
 容量は2G、4G、8G、16G。
 色8種
 大きめスピーカー付き、スタンド型スピーカー付き、ワイヤレスイヤホン付き、スピーカなしフツーのイヤホン付き。
そんな感じ。
「ヨツバシ豊富だな! あのスマホっぽいのは対象外か?」
「さすがに予算外だな。それこそそんな高機能は必要としていない。」
「じゃあホントにこの辺だけか。いいね今回は早いぞこりゃ。」
 これは時間のかかり用もないとジェクトは大いに喜ぶ。それにのっかるティーダ。
「ワイヤレスどう、カッコいいッスよ!」
「…満員電車で本体だけ落としたという話を見たことがある。ドアの外まで押し出されて過ぎ去る電車を見送ると、ぷつりと曲が途絶えたそうだ…」
「それ悲しすぎんなオイ!」
「それはヤだね…そうじゃなくても僕なくしそうだよイヤホンだけって。」
「あ、共用か。」
「うん。にいちゃんそんなに使わないからって。」
「じゃあその分容量に回したほうがよさそーだなあ。スピーカーはいるのか?」
「ううん…いるかな…? 性能はどの程度なのか…」
 セオドールは首をひねっている。
「ばっか親父地雷!」
「うぎゃあ油断してた!!」
「ににににいちゃんいらないよ! にいちゃんのパソコンに繋いだほうが音よさそうだし!」
「ああ、その発想もあるな。そうでなくてもこのサイズでは今あるコンポに繋いだほうがよっぽどよさそうだ。スピーカーごと持ち歩く用事もあるまいし…。」
「そうそうそう!」
「うむ、ならば無しの方向で行こう。」
 地雷回避。全員で豪快に安堵の溜息をついた。
「いやさすがにセシルは慣れてるな…」
「親父がうかつなんだっつーの。いいかげん慣れろよ。」
「色はそう問題にならないとして…とりあえずこれで、問題は容量だけに絞れたな。」
 で、最後の問題にカインが向き合った。
 2.4.8.16G。
「うーん、40枚のMDだろ? 何曲分になるんだ。」
「平均13曲x40で520曲だな。」
「あ、そんなもんか。これたしか2Gで2000曲おk! とかそんなんじゃなかったっけか。おーおーなんでもいいじゃねえか… ってなんだよカインその顔は!」
 すっごいジト目でカインがジェクトを見ていた。
「ジェクトってホント簡単に広告に騙されるタイプだな。」
「なにぃ!? お前俺様のファンじゃなかったのかゴラ!」
「最近考えなおそうかと思っている。」
「オイ!!」
「まあカイン、おちょくるのも程々にしておけ。ジェクト、それは十中八九、最大圧縮時の話だ。」
「あ? どゆこと… イデっ!」
 そしてティーダに思いっきり足を踏んづけられた。
「デジカメと同じで、最低品質にしてデータ容量を軽くした時に2000曲という事だ。MP3の最低ビットレート…音質が64として、人間の耳でこれ以上判別がつかない最高音質は256だという。その場合、データは何倍だろうな。」
「う…こ、この流れは…」
「今回の用途はMDからのデータ移行だ。これはMDに録音された時点で音源は劣化していると考えていい。つまり、これ以上の圧縮…劣化はダメだ。すべての音源をウォークマンに入れっぱなしにするつもりもないが、外部メディアに対応していない点を考慮し念のためを考えると…」
「うあああああ地雷ぃぃぃいい!!!」
「ホント学習しろクソ親父ぃぃいい!」
「俺、他の所見てくる。」
 殴る蹴るなじるのティーダを尻目にすっとこ逃げるカインだった。
「…8Gか16Gだな。」
「まってティーダ! 結論が意外と早かったよ!」
「え、マジ?」
 驚いて二人がセオドールを見る。
「まあ財布と相談するか。セシル、色はお前が決めていいぞ。」
「え、ホント? 僕青か白がいいな。ティーダどっちが好き?」
「俺赤!」
「えー!?」
 突如降って湧いた平和にジェクトは拍子抜けする。なんだよ、今回はマジ速攻じゃん。
 と、確信した… 瞬間だった。

「ひい!」
「!?」

 息を呑む声に驚く3人。声の主は一つ向こうのブロックにさっさと避難していたカインだった。
「…っ…!」
「あ、なに…?」
 と、一瞬静まり返って気がついた、店員のアナウンス。

『…LrisMP3プレイヤー、CDMDダイレクト録音対応、SDカード使用可能でお値段なんと……』

 

 

 全員が、固まった。
 まさかの伏兵登場だった。

PCん中に「MP3」っていうテキストファイルあったからなんだろうと開いた。ウォークマン買った時の格闘が記録されていた。多分ミキシかなんかに載せようとして…忘れたヤツだ。
と、いうことでジェクト様に再び犠牲になって頂きました毎度おなじみ実話SS。違うのは構成要因と所要日数とMDの枚数だけですね! 実際犠牲になったのは妹一人でした。 そのほうがかわいそうww

MD45枚のダビングはまだ終わっていませんH25.4某日。