そりゃあもう、ここからが長かった。
聞いたしまったら引き下がれないセオドール、珍しく店員とっ捕まえて仔細を確認する。
SDカードと内部メモリのハイブリット録音だとか、Lpodが出るまでの主力メーカーで品質はまずます良いとか、わりとLris押しのトークが聞こえてくるが他4名は半分魂が飛んでいる。今後の展開を予想して。
の、中で。一つだけはっきりと、とんでもない店員の声が耳に飛び込んできた。
「SANYのダイレクト録音は250曲までなんです。」
……。
「「はあああああああああ!!?」
大前提、覆る。
「そ、それは本当か…? 500曲のつもりだったのだが…」
「公表はほとんどされていないんです、この情報。あと、ダイレクト録音は形式がBBLというSANY専用形式となりまして。 SANYやα-アプリだけで再生する分には問題ないのですが…。」
「あーそれは… …少々考えものだな…」
\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/
「Lrisは、汎用形式のWMPで、メーカー公表上では制限がないです。SDカードでの入替えも可能ですから曲目が多い場合には…」
三人にはもう聞こえていない。オワタ。これは兄ちゃん…
今日は、買わない。と、確信して。
「…お前たちどうした、大丈夫か…?」
「大丈夫ッス…いまのところ…」
「で、どーするッスか…」
店員を開放し魂の抜けた4人をようやく見つけたセオドールが声をかけるも、親子はどっちがどっちだかわからない状態になっていた。今回ばかりは発見どころかうかつに声を上げてしまったカインも消沈している。最初の引き金を引いてしまったセシルも。
「うむ、性能差はおおよそ理解した。 …が、…一度休憩でもとるか…?」
さすがに魂を飛ばしてる面々を見てセオドールが気を使うが、休憩を取らなきゃならないほど長いということでそれはそれで鬱度がMAX振りきれる以下4名であった。
近くのスタバ、なう。4名が死んだように水分やら穀物やら糖分やらを味覚も死んだようになりながら摂取しているところ。で、ノパソを車から持ってくると一人戻っていったセオドールが返ってきたところ。どうやらここで仔細の検索を済ませるつもりのようだ。ほっとするやら早く帰りたいやら帰ったらまた買いに来なきゃいけないやらその時セシル一人を犠牲にはできないやらいっそLpad買えよと言いたいやらまた地雷で言えないやら。雑多な感情渦巻く中、全く気がついてないセオドールが現状整理を開始していた。
「…で、SANY8Gと16Gも含めた三択の価格とスペック差がこんなところだ。」
以下概要。
●SANY 8Gスピーカーなし(10.8kギル)
・αアプリでの管理可能。SANY一択のつもりだったので、PCでの音楽管理は既にこれにしてある。
・安心のブランド(と、考えておく)
・インターフェイスの使いやすさは圧倒的に勝ち。さすがのSANY小型液晶が強い。
・色の選択肢が豊富。
・音質、やや上。(らしい)
・外部メディア不可
・ダイレクト録音が専用形式で250曲制限有り。
●SANY 16Gスピーカーなし(13kギル)
・2kの価値をどう見るかの問題。儲けものと考えるか、250曲しか入らないなら不要と考えるか。
●Lris 8G(11kギル)
・SDカードと内部メモリのハイブリッド。
・申し訳程度のスピーカー付
・LPodが出るまでの主力メーカーだったらしく、信用性は悪くない。
・音質まあまあ。
・専用アプリなし。通常のエクスプローラーから管理する。もしくはPC管理しない。
・曲の並び順が操作できないらしい。(プレイリストはある)
・押しづらい。
・デザインは…とくに拘りがなければいいじゃないか級。
「さて、どうしたものかな…」
真剣に頭をひねるセオドールを見て全員が鬱った。今日は帰れない覚悟をした者もいた。
「……わかった!」
と、その中で突如声を上げたのはカイン。
「ど、どしたよカイン、なんか男前な顔してんぞ…?」
「ここで絶望してたってなんにもならないだろ。セオドール、一つ一つ条件を潰していくぞ。PCの基本ってそうだろ!」
なぜか、覚悟を決めた男の目をしていた。
「…うむ、そうだな。こういう時ほど基本に立ち返るか。」
「か、かっこいいカイン…!」
セシルがキラキラした瞳でカインを見る。それを受けてカインは…。
「俺が余計なもの見つけたのが原因だからな…責任は、とる…」
がっくり肩を落とした。やっぱ気が重いのね、そうだよね。と、みんな声には出さずに思ったりなんだりだ。
「まずSDカードだろ。ハイブリッドってたしかに魅力だけど…アプリなしってどうなんだ?手で500曲の曲目付嫌だっつってただろ。」
気を取り直したカインが話を振る。3人は全力で甘味とカロリーでアシストだ。なにせスコールが不在な今、セオドールに食いつけそうなのはカインくらいしかいない。ジェクトが役立たずに成り下がっているのは全員気がついていない。何しに来たんだお前は。
「そうだな…忘れていたがそれは勘弁だ。まあ知らないだけでフリーの管理ソフトはありそうなんだがな。」
「うー…」
カインおしい! と、声に出さず親子が背中で叫ぶ。
「SDカードってちっちゃくてなくしそうだよね…MDだって昨日まで行方不明になってたのに。」
ぽそりとセシルが言う。
「そうだな、いっそPCに入れてしまったほうがクラッシュを考えなければなくさない… あ、そうか!」
「お、な、なんだよ 何を閃いたんだ…?」
ジェクトが恐る恐る尋ねる。うかつに訊くのは地雷なんだが、訊かなきゃ気持ち悪いのがジェクト様。さて吉と出るか凶と出るか…。
「つまり、あれはPC管理をしない、ただ録音しっぱなしにしてMDウォークマンのノリで気軽に入れ替えるライトユーザー向けの仕様なんだな。」
「お! つ、つまり…?」
「私はPC管理する気しかない。ならSDカードは不要だな。」
「おっし一つクリア! セシルナイスアシストだ、俺様査定+20!」
「やったー!」
別のシリーズをパクってジェクトは監督気分だ。4人はハイタッチを決めて、勢いを味方にカインが次の問題を提示する。
「よし、じゃあ問題の250曲制限だな…」
「ああ、それも今ので思いついたぞ。」
「mjd!?」
「MD一枚に250曲入ってる訳じゃないんだ。その都度PCに吐き出せばよかろう。」
「あー…そっか。どっちにしても一気に名前付けとか嫌ッスもんね。」
「そういうことだ。」
「よし、容量問題クリアだな!」
おおお! と歓喜にどよめく。周囲の視線とかは今や結界の向こう側だ。
「じゃあ…最後の大問題。専用形式…だなあ…」
うん。明らかにそこが問題だった。
「一生SANYばっかりとは限らないもんね…」
セシルが溜息をつく。
釣られて子供たち二人も。
「あー、カセットウォークマンの時代から考えるとなっげーけどなSANY。潰れそうにはねえゼ?」
苦し紛れに笑ってみた。ここで何とかしなければとない知恵を絞ったジェクトだったが、結果もちっとマシなこと言えよという顔のティーダを二人がなだめているにとどまった…と、思ったが。
「まあな。父さんはカセットの音源をMDに入れ直してたりしたなあ。」
「mjd。じゃあ記念にMP3にいれなおしてやったらどうよそれw」
「ウォークマンじゃ聞かないだろう、議事録とかだぞ確か。だからってそのために各PCにα-アプリ入れるというのも…フリーソフトだからやればできるけど。」
「そこは謎の超技術でなんとかしてやれよー。」
「ンなこと出来たらこんな苦労しねーだろクソ親父!」
「へいへい冗談ですよー。」
親子がお馴染みのドツキコントを始めた横で…。
「ああ、そうか別にエンコすればいいのか。」
「「は?」」
まさかの、逆転劇の開始だった。
「普段音楽など扱わないから忘れていたなあ。ちょっとBBL形式がエンコード可能なソフトが落ちているか調べる。」
ぱちぱちカタカタ ノパソのキータッチ音が響いた。
「…えーっとカインよう。エンコって何?」
「音楽形式を変換すること。それこそLrisで使うWMPってのは圧縮一切されてなくてやたら重いから、大抵音楽データってMP3形式に変換するんだ。人間には聞き取れない音を削除して軽くするはず。」
「ああそれでMP3プレイヤー。」
「そう。」
「何かと思ってたんだよMP3って。そーかデータ形式の事だったんか。」
「親父そんな事も知らないで使ってたのかよ!」
「うっせオメーだって今知ったんだろどーせ!」
「……。」
「拡張子見れば気が付きそうなもんだけどなあ。」
「拡張子ってjpgとかだろ? ウチのパソコンでないぜ?」
「あ、そうか非表示になってるのか普通は…」
「にいちゃんの鬼パソコンに慣れ過ぎだね僕達…」
と、素人と中級者のPC談義の横で。
パチン 一際大きなエンターの音。
と、あっけらかんとした声で。
「なんだ、公式サイトにあるじゃないか。」
「へ?」
「ついでにBBL形式の詳細が出てきたぞ。…そしてこれは検証報告か。さすが2chだなあ。最初に見てみるべきだった。」
辟易する4名をよそに …はい。セオドールが始まった。
「BBL形式…ビットレートは256〜64までありの可逆圧縮エンコード。再生時に非圧縮音源を取り出し再生。…布団圧縮袋のイメージで捉えるといいらしい。圧縮率は30〜80%、公式では平均50%となっているが、経験者は80%程度という意見が圧倒。
非圧縮の形式と、圧縮されたATRAC3という形式を内包していて、ビットレートの差は圧縮の方に関わってくる。これはバラバラにすることも可能で、PCでは未圧縮、持ち歩きは圧縮でと使い分けたい人向け。そうじゃない人はビットレート64で充分。バラさないときに聞く非圧縮の音質は変わらないかだ。ファイル容量はビットレートにもよるがCD1枚分およそ500M、一曲30〜40Mというカキコ有り。」
「ぎゃあああ宇宙語開始ィィィィ!!!」
「氏ねクソオヤジぃいいいい!!」
「落ち着いいてティーダ、コーヒーはダメぇ!」
「くっそ、ここまで防いできたのに…!」
カインが歯噛みするカオスの中セオドールは一人朗々と続ける。
「なるほど。今回のようにMD音源という下手に圧縮劣化させられない音に向いている訳だ。WMAは一切圧縮されないから、それに比べ音質変わらず心持ち減軽いと思えばお得だな。…成程、これは店頭での説明は不可能だ、大抵通じまい。専用形式であるという問題点は、公式サイトによるMP3変換ソフトで問題なく解決すると。」
と、ここで全員の動きが止まった。
「…へ? 解決?」
「どれ、試しに250曲入れた時の容量は…250x40M=10,000M つまり10G。ふうん。入れやしないだろうがそうか、予想外に多いな。」
ぱたり、とセオドールはノートパソコンの蓋を閉じた。
「SANYの16Gスピーカーなし。決定だな。」
実にあっけらかんとそう言ってくれた。
現在の時刻午後8時。セシルの手にはSANY MP3ウォークマン、ブルー。
「おー! オヤジのやつよりちっちぇーッスー!」
「バージョン違いなんだな。そりゃ2年前よりか進化してるか。」
「サンプル音楽入ってるよ。洋楽だけど。」
「なにそれ、ちょっと聴かせろ。」
「はいイヤホンかたっぽ。」
「俺も聴くッスー!」
「はいティーダも。」
「こらセシルのがなくなっただろ!」
家路に向かう車の中は実に賑やかだった。
「スピーカー付いててもよかったんじゃねえのこれ?」
助手席でジェクトが笑った。
「そうだなあ…ま、今だけだろうが。」
正面を見たまま返事をするセオドールも、満足気だった。
「いつものことだが済まなかったな、遅くまで。」
「構わねーよ。今回はちゃんと買ったしな。」
そう言ってジェクトは笑う。子供らも楽しそうだし、終わりよければ全てよしというヤツだ。
「なにせ知識のないジャンルでな、今回も助かった。…あれだな。」
「ん?」
「買い物なんて大抵一人で決めて一人で買っていたから知らなかったが…たまにはいいな、こうして大人数で行くのも。損得とか、抜きで。」
へ、
なにこれこの効率厨が。
なにデレてんの?
盛り上がってる子供らは気づいてない。
「まあなんだ…。また、頼む。」
ツンデレ頂きました。ありがとうございます。
「おう。…任せろ。」
驚いたままに返事をしてジェクトは――
背後からおもいきり、ティーダにブン殴られた。