無謀にも程があるこっちゃんSS 1

 

「父さん、こんなの見つけちゃった…」

 私を抱き上げているらしい温かな体温。その持ち主が発した幼く弱々しい声が、私の覚えている最初の彼の言葉でした。


 私は卵です。名前は未だ無い。半熟ではありません、誤解しないでくださいね。ちゃんと生きてます。ええ、半分死にかけてはいるのですけども。
 私を暖めてくれていた体温はある日急になくなってしまいました。何がおこったのか、まだ産まれてもいない私にはわかりません。でも、とても寂しかったことだけはおぼえています。きっと、もう帰ってこないのだと思いましたから。

 どれくらいたった頃でしょうか。暖かい温度に私はふと目を覚ましました。いえ、意識を取り戻した、というのが正しいかもしれません。なんだろう、と思って 少し身じろぎしました。狭い卵の中ですから、ほんのちょっと動いただけだったのですけど。すると不意に外から何かの声が聞こえました。今まで聞いた事のある私を暖めていた声とは別の声です。
 誰だろう、たべられちゃうのかしら。そんな事を思っていたら、ふいに身体が宙に浮き上がりました。続けて、軽く身体が上下にゆれます。こんな事は初めての体験です。何かと思っていると、ばたんと音がしました。そして、息を切らせた彼がその言葉を発したのです。

 

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「…セオドール、それはどうしたんだい…?」
 息子が外で一人遊びをするのはいつもの事で、だけど周囲に同年代の子供がいないせいかまだ8つだというのに大人びていて決して無茶をするような子ではない。それだけにそう言って持ってきた一抱えもあるような巨大な卵に、自他共に認めるのんびり性クルーヤもさすがに少々度肝を抜かれた。
「…3つ落ちてた。ずっと遠くから見てたけど親が帰ってこなかったんだ。ファイアであたためたら…これだけ、動いた…」
 母に似たか日頃快活な彼らしくなく、ぽつり、ぽつりと区切る様に説明をする。怒られかねないものを持ち帰ってきたという自覚はあるのだろう。それが聞こえたのか、家の奥から美しいブロンドの女性が出てきた。
「あら、大きな卵ね。食べるの? セオドール。」
「食べないよ! 動いたって言ってるだろ!!」
「冗談よ。」
「母さんの冗談時々笑えない!!」
 そう言って母親…セシリアはころころと笑った。が、すぐに真剣な顔つきになり、息子の前で膝を折り、視線を合わせた。
「あなたの優しさはよくわかったわセオドール。だけど、これは駄目よ。命はあるべき場所で育つのが一番。例え不幸にも命を落とす事になっても、それが自然の理。私たちの勝手で曲げてはいけないわ。」
 そう言って、ブラウンに染めあげた柔らかな髪をそっと撫でた。セオドールは俯いている。
「…わかってるよ。」
 こくりと、頷いた。ものわかりの良い子なのだ。だけどあまりに良すぎて、セシリアは時々彼の才を不安に覚える時がある。…こういうときに。
「わかってるけど、見つけちゃったんだ。見つけて…生きてるってわかっちゃったんだ。それを助けるのは、自然じゃないのかな。駄目なのかな、母さん。」
 子供らしい上目遣いで懇願する様と、その言葉がまるで噛み合なくてセシリアは言葉を無くす。父より譲り受けた才覚か、あまりにこの子は利発過ぎる。子供ら しく育ててやれない自分のふがいなさと、そして何より、この聡明な子が何かを親にねだるという初めてに近しい程珍しい事象に、『何が産まれるかも判らない 卵など捨ててきなさい。』そんな当たり前の言葉を発する事が躊躇われてしまう。

 ふいにセシリアの左肩に手が置かれた。
「いいんじゃないかなセシリア。」
「あなた…」
 見上げると、何時もの柔らかな瞳で夫が微笑んでいた。クルーヤはすい、と卵に手を翳した。僅か、柔らかな光が溢れる。
「うん。本当だ。生きているね。」
「…うん。」
「納屋から藁を持ってきて卵を置いてあげなさい。クモの糸を少し混ぜるといい。それから命石とボムのかけらを3つもっておいで。私たちでは体温で暖め続けるということが出来ないからね。工夫をしなければ。」
「…それじゃあ…!」
 顔を上げ、太陽の様に微笑んだ息子に、父は優しく微笑み、しかしすぐに真剣な表情になり言葉をかける。
「但し、産まれてきたものが危険なモンスターだったら、その時は…覚悟しておくんだよ。いいね。」
「…うん、わかった。ありがとう父さん!!」
 セオドールもまた真剣なまなざしで答える。しかし次の瞬間、彼にしてはとても珍しい子供らしい表情を浮かべ、納屋へと駆けて行った。大事そうに卵を抱いたまま。

「あなた、大丈夫なんですか?」
 セシリアが心配そうに夫を見上げる。
「うん。多分大丈夫。私が責任を持つよ。」
 そう言ってクルーヤは優しい顔でにこりと笑いかけた。次の瞬間には笑顔で、とんでもないことを言ってのけたのだが。
「あれは多分、ドラゴンの卵じゃないかと思うんだ。」 
「ド、ドラゴン!?」
 これにはどこか突拍子も無い彼の発言に慣れているセシリアも驚かざるを得なかった。モンスターの卵だということは容易に想像がついたが、よもやドラゴンとは。 基本的に、クルーヤを異星の者と知って尚共に生きる事を選ぶだけあり胆の座っている女性ではあるのだが、さすがにこれには狼狽する。一人息子の事となれば 母として当然なのだが、それを知ってか知らずかクルーヤは相変わらずの微笑みでそれに返した。
「大丈夫だよ。ドラゴンは卵から孵して共に育ち心を通わせれば、主の最高の友となり守護者となる。古来よりバロンの竜騎士たちはそうして竜と心を通わせてきた…って、君に語る事じゃあなかったな。」
 ははは、と優しい声でクルーヤは笑った。セシリアは元々バロンの軍人家系…貴族だったのだ。当然その事は、竜騎士ほど詳しくはなくとも知っている。しかし知っていても、こんなミシディアの外れ、小さな里で一人息子が竜を育てるとなれば、動揺するなという方が無理である。それに、竜とのコミュニケーションに失敗して命を落とした竜騎士見習い達もまた数多く存在することも確かなのだ。
 博識な夫がそれを知らぬとも思えないが、時々常識がぽこんと抜け落ちる面もある人だ。懸念は伝えるべきかと思い口を開きかける彼女を制す様に、クルーヤが言った。
「それに、あの子が何かをねだる事なんて、とても珍しいじゃないか。私は叶えてあげたいと思うよ。」
 それを言われては、お手上げである。ややあって、セシリアはひとつ溜息をついた。
「…わかりました。あなたにお任せします。」
「うん、ありがとう。」
 いつもこうやって彼女は彼にやんわりと押し負けるのだ。決して悪い気はしないのだけれども。

「…あの子も、やはり寂しいのかな。」
「え?」
ぽつりと、クルーヤが言った。
「気付いてるんじゃないのかな、自分が少し皆と違うんだということ。」
「…。」
 妻は黙るより他なかった。遠くを見るような目で、夫は続けた。
「私は望んでこの星に降り立ったけれども、それでもね。やはり時が経ってこの星で心を知った頃には…寂しいと思ったものだよ。今でも時々兄や同胞達が恋しいとも、思うしね。」
 クルーヤは時折言う。自分はこの星に来てはじめて喜びや悲しみ、心が奮える「感情」というものを知ったのだと。それまではもっと漠然と、やんわりとした起伏しか自分にはなかったと。喜び、笑い、怒り、悲しむ。それこそが青き星の民の素晴らしい心であり力なのだと、彼は口癖の様にそう言う。
「今は、君が居るから寂しくはないけれど。」
 そう言ってにこりと微笑む様は、たしかに自分達よりずっとずっと穏やかなのだ。
 それでもやはり、血を分けた兄や同胞を未だ恋しく思っている事をセシリアは知っている。知っているから…ふと、思ったのだ。
「…あの子も、兄弟でもいれば違うかしら。」
 驚いたのか少し目を丸くしたクルーヤだったが、少し考えて…やはり優しく頷いた。
「…ああ、そうだね。それは良いね。考えておこうか。」
 暢気な結論である。これも長寿な種故の思考かと思わず吹き出してしまった。軽く夫の肩口を叩く。
「あら、考えたって子供はできませんよ。それに、私はあなたと違ってすぐに年をとっちゃいますけど?」
「んー。」
 困った様に唸ってしまった。この人はこの人なりに、照れているのかもしれない。そう思うと自然とセシリアの頬にも柔らかな笑みが浮かんだ。

 

「父さんもってきたよ!これでいい!?」
 大きな麻袋に必要な道具を詰めてきたらしいセオドールが、藁まみれになって嬉しそうに戻ってきた。
「ああ、これだけあれば…て、随分よごれちゃったじゃないか。」
「へへ、藁に足取られて転んじゃった。準備おわったらまとめて落としてくるよ!」
 そう言って自分の部屋へ駆けて行った息子の通ったあとには、点々を藁がおちていた。普段そういった事に気がつかない子では決してないのだが、あまりに子供らしい姿に両親は全く怒る気など湧いてこなかった。
「兄弟、つくってあげようか。」
「そうしましょうか。」
 息子の後姿を見送りながら、二人はそっと手を繋いだ。

 

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 柔らかな床に移されたのがわかりました。程なくして、空気がやんわりと暖かくなりました。久しぶりの心地よさに私はすぐにうとうととしてしまいます。微睡んでいく意識の中で、彼の声が聞こえました。
「元気に産まれてくるんだぞ。」
 はい。ありがとう。きっと元気に産まれますね。そのときは、最初に貴方の顔が見たいな。
 藁おとしてくる!そう言ってぱたぱたと元気な足音が去っていきます。そのあと、彼のものよりずっと低い、でもとても柔らかな声が聞こえてきました。
「楽しみにしているよ、君が産まれるのを。そしてあの子を…セオドールを守っておくれ。」
 はい。きっと守りましょう。私の命を救ってくれた彼を、私の生涯をかけて。

 次に目覚める時は彼の…セオドールの顔がみられるかしら。
 そんな事を思いながら、私の意識はゆっくりと、優しい微睡みの中に落ちていきました。

  

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ずっと卵の一人称じゃ状況わかんねーよ!と思って三人称パート入れたら、パパとママのメロドラマに変身した。なんじゃそりゃ!