「父さん、こんなの見つけちゃった…」
私を抱き上げているらしい温かな体温。その持ち主が発した幼く弱々しい声が、私の覚えている最初の彼の言葉でした。
私は卵です。名前は未だ無い。半熟ではありません、誤解しないでくださいね。ちゃんと生きてます。ええ、半分死にかけてはいるのですけども。
私を暖めてくれていた体温はある日急になくなってしまいました。何がおこったのか、まだ産まれてもいない私にはわかりません。でも、とても寂しかったことだけはおぼえています。きっと、もう帰ってこないのだと思いましたから。
どれくらいたった頃でしょうか。暖かい温度に私はふと目を覚ましました。いえ、意識を取り戻した、というのが正しいかもしれません。なんだろう、と思って 少し身じろぎしました。狭い卵の中ですから、ほんのちょっと動いただけだったのですけど。すると不意に外から何かの声が聞こえました。今まで聞いた事のある私を暖めていた声とは別の声です。
誰だろう、たべられちゃうのかしら。そんな事を思っていたら、ふいに身体が宙に浮き上がりました。続けて、軽く身体が上下にゆれます。こんな事は初めての体験です。何かと思っていると、ばたんと音がしました。そして、息を切らせた彼がその言葉を発したのです。
「…あの子も、やはり寂しいのかな。」
「え?」
ぽつりと、クルーヤが言った。
「気付いてるんじゃないのかな、自分が少し皆と違うんだということ。」
「…。」
妻は黙るより他なかった。遠くを見るような目で、夫は続けた。
「私は望んでこの星に降り立ったけれども、それでもね。やはり時が経ってこの星で心を知った頃には…寂しいと思ったものだよ。今でも時々兄や同胞達が恋しいとも、思うしね。」
クルーヤは時折言う。自分はこの星に来てはじめて喜びや悲しみ、心が奮える「感情」というものを知ったのだと。それまではもっと漠然と、やんわりとした起伏しか自分にはなかったと。喜び、笑い、怒り、悲しむ。それこそが青き星の民の素晴らしい心であり力なのだと、彼は口癖の様にそう言う。
「今は、君が居るから寂しくはないけれど。」
そう言ってにこりと微笑む様は、たしかに自分達よりずっとずっと穏やかなのだ。
それでもやはり、血を分けた兄や同胞を未だ恋しく思っている事をセシリアは知っている。知っているから…ふと、思ったのだ。
「…あの子も、兄弟でもいれば違うかしら。」
驚いたのか少し目を丸くしたクルーヤだったが、少し考えて…やはり優しく頷いた。
「…ああ、そうだね。それは良いね。考えておこうか。」
暢気な結論である。これも長寿な種故の思考かと思わず吹き出してしまった。軽く夫の肩口を叩く。
「あら、考えたって子供はできませんよ。それに、私はあなたと違ってすぐに年をとっちゃいますけど?」
「んー。」
困った様に唸ってしまった。この人はこの人なりに、照れているのかもしれない。そう思うと自然とセシリアの頬にも柔らかな笑みが浮かんだ。
「父さんもってきたよ!これでいい!?」
大きな麻袋に必要な道具を詰めてきたらしいセオドールが、藁まみれになって嬉しそうに戻ってきた。
「ああ、これだけあれば…て、随分よごれちゃったじゃないか。」
「へへ、藁に足取られて転んじゃった。準備おわったらまとめて落としてくるよ!」
そう言って自分の部屋へ駆けて行った息子の通ったあとには、点々を藁がおちていた。普段そういった事に気がつかない子では決してないのだが、あまりに子供らしい姿に両親は全く怒る気など湧いてこなかった。
「兄弟、つくってあげようか。」
「そうしましょうか。」
息子の後姿を見送りながら、二人はそっと手を繋いだ。
柔らかな床に移されたのがわかりました。程なくして、空気がやんわりと暖かくなりました。久しぶりの心地よさに私はすぐにうとうととしてしまいます。微睡んでいく意識の中で、彼の声が聞こえました。
「元気に産まれてくるんだぞ。」
はい。ありがとう。きっと元気に産まれますね。そのときは、最初に貴方の顔が見たいな。
藁おとしてくる!そう言ってぱたぱたと元気な足音が去っていきます。そのあと、彼のものよりずっと低い、でもとても柔らかな声が聞こえてきました。
「楽しみにしているよ、君が産まれるのを。そしてあの子を…セオドールを守っておくれ。」
はい。きっと守りましょう。私の命を救ってくれた彼を、私の生涯をかけて。
次に目覚める時は彼の…セオドールの顔がみられるかしら。
そんな事を思いながら、私の意識はゆっくりと、優しい微睡みの中に落ちていきました。
ずっと卵の一人称じゃ状況わかんねーよ!と思って三人称パート入れたら、パパとママのメロドラマに変身した。なんじゃそりゃ!