久方ぶりに私は目を覚ましました。
狭い卵の中ですから伸びはできません。ちょっと身体の向きを変えてみます。すると、外から聞き慣れた彼の声がきこえてきました。あれからずいぶん眠ってい たような気がしますが、彼はずっと私のそばにいてくれたのでしょうか。『自分で暖め続ける事は出来ない』と言っていたのに。
とても嬉しくなりました。ちょっとだけ身体に力が湧いた気がしてきました。私はくちばしで内側から卵をコンコンと叩きました。すると、彼があわてて近づい てくる足音が聞こえました。嬉しかったのでもっと叩いてみました。何度か叩いていたら、卵の音が変わりました。彼が叫びました。父さん、父さんと。
私のすぐそばにいるようでした。
私はどうしても彼の顔が見たくて、がんばってがんばって叩きました。すると、世界が急にまっしろになったのです。
「産まれた!!」
さっきよりもずっと近い声。
でも、世界は眩しくてなにもみえません。
どうしてもどうしても彼が見たくて何度かまばたきをしました。するとうっすらと茶色いものがみえました。もう一度まばたくと今度はぼんやり肌色が。そしてくっきりと、綺麗な紫色の瞳が目に入りました。
ああ、これが貴方の姿なのですね。
はじめましてこんにちは。助けてくれてありがとう。会いたかった。
セオドール。
「きゅう。」
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「父さん産まれた! 産まれたよ!! 黒い竜だ!」
後ろに控える父にセオドールは満面の笑顔で叫んだ。
あれから6日間、セオドールは片時も卵の側を離れる事無く、一心不乱に父の書物を読みふけっていた。おそらく竜の卵だ、そう言う父が手渡してきたバロンの竜騎士達が学ぶという竜を育てる為の本。
曰く、主となる人物を最初に認識させる為、他の者は竜の前に居てはならない。曰く、卵から完全に出るまでは触れてはならない。主の元へと自分でたどり着く、それが竜と心を通わせ使役するための最初の試練だという。
まだまだ頭が出たばかりで殻の外に出られずもがく仔竜を助けて上げたい気持ちを、ぐっとおさえる。
「がんばれ…!」
縁からぱきり、と殻が割れた。勢いでぽてりと仔竜は地に落ちる。
小さいけれどもう立派に竜の形をしたその首をもたげて、産まれたばかりの命はセオドールを見つめた。
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落ちた地面には藁が敷き詰めてあったので、びっくりしたけれどそれほど痛くはありませんでした。目が慣れてきたのか、だんだんいろんなものが見える様に なってきました。でもまだ身体がちょっと重たいです。がんばって首をもちあげると、セオドールの顔がありました。ちょっと先。今の私には少し遠い距離で す。
「…おいで。」
彼がそう言いました。身体はまだ自由にうごきません。だけどどうしても側に行きたくて、私は藁の地面から這い出ました。どう歩いたらいいのかよくわかりません。
「…がんばれ。」
彼がそういいました。それだけで、すごくがんばれる気がします。右手を一歩前に出しました。
「がんばれ。」
左手を出します。尻尾が置いていかれそうになったので、這うようにして前へ出しました。ちょっとずつ、進んでいるようです。
「がんばれもう少し!」
声がちかくなってきました。けど、私は前に進むのに必死で顔をあげることができません。こつり、となにかにぶつかりました。びっくりして顔をあげると、急にふわりと身体が宙に浮き上がりました。そして、あたたかな体温に私は包まれました。
「よく来たな!がんばった!!」
そこにあったのは嬉しそうな彼の顔。セオドールが私を抱きしめてくれたのです。はじめて直に触れた体温はとても優しくてあたたかくて、私は嬉しくなって彼の顔を舐めました。
くすぐったいよ、と言いながらとてもとても嬉しそうに笑ったその顔を、私は今でもよく覚えているのです。
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