無謀にも程があるこっちゃんSS 4

 

 クルーヤさんが亡くなりました。

 人間に殺されたのだそうです。
 里のおかしな気配に私は納屋の中で気がついていました。
 だけど、私は人を傷つける事はしてはいけないと思い、黙ってここにいたのです。クルーヤさんはのんびりしてますが本当はとても 強くてかしこい人です。心配ないと思いました。

 無抵抗だったのだそうです。殺したのは里の外の人だと聞きました。理由は、私には理解できませんでした。
 セオドールはずっとずっと泣いていました。舐めても舐めても、ずっと涙がこぼれ続けていました。
 私は生まれて初めて、人間に憎しみを覚えました。

 それから、里は少し妙な気配に包まれました。

 

 何カ月かしてから、セシリアさんが寝込みました。
 もうすぐ卵ではなく、赤ちゃんが産まれるのだそうです。
 クルーヤさんが亡くなってからセオドールはずっとふさぎ込んでいました。だから、無事に産まれてくるればいいと、私は切に思いました。

 新しい命が産まれた気配が判りました。
 そして、ひとつの命が消えた事も判りました。
 どうしたらいいのか、どうやったら彼の涙を止めてあげられるのか、私にはわかりませんでした。

  

 セシリアさんは里の外れに眠りました。
 後で知ったのですが、クルーヤさんはミシディアのお山の上に石碑を建て、そこに祀られたのだそうです。「月に近い場所がいいと思うから」と、セシリアさんが言ったのだそうです。きっと彼女もあとでそこに行くのでしょう。
 お葬式の間、私は少し遠くで彼の様子を見守っていました。本当は側にいたかったのですが、その頃には私は随分大きくなってしまい、たくさんの人がいるところにはいられくなってしまっていたのです。
 でも、なんだか里におかしな人がいるような気配を感じたので、あまり遠く離れたくはありませんでした。ずっと見張っていましたが、幸か不幸か特に怪しい人は現れず、お葬式は厳かに終りました。

 そのまま夜になりました。
 私はもう簡単におうちの中に入れる大きさじゃありません。セオドールの側にいたかったけど、そうは出来ませんでした。里の人が彼に付き添ってくれていたので、それを信じて納屋で眠りにつきました。

 

 

 とても、とても強い気配に私は飛び起きました。
 あの気配です。クルーヤさんが亡くなったときから感じ始めた、異質で、なんだか嫌な気配。しかし、今日は今までよりずっとずっと強くて、禍々しい…というのでしょうか。恐ろしく邪悪な意志を感じます。セオドールが心配です。私は納屋からとびだしました。
 するとどうでしょう、里はまるで時間を止める魔法にかかったかのように静まり返っていました。命が動く気配が感じられません。私はとても恐ろしくなりました。でも怖がっている場合ではありません。セオドールは私よりもっと寂しくて、悲しくて、怖い思いをしているかもしれません。私は彼を守らなければなりません。それは、産まれる 前からクルーヤさんに頼まれた、絶対に破る事は許されない約束なのです。
 私は家へといそぎました。窓をのぞくとある筈の明かりはなく、人の気配もしません。とても不安になりました。窓を破って入ろうかと思った瞬間、背中にとんでもなく恐ろしい気配を感じ、私は振り返りました。

 青いローブ。それと同じような青白い顔。大抵の人間にはある髪の毛はありません。目に光はなく…姿はとても、うすらぼんやりとしていて、輪郭が煙のようにも朦朧と揺らいでいます。よく見ると後ろの景色が透けていました。それなのに、強烈な悪意はものすごい強さをもって私を襲います。そしてその横には…私のセオドールが虚ろな目で立っていたのです。
 すぐに判りました。こいつが里をおかしくした犯人だと。きっとクルーヤさんを殺した人間というのもこの人間になにかされたのだと。そんな人間がセオドールの側にいるのです。私は恐ろしさも忘れて、牙を剥き吠えました。すると青い男は怖がる事も無く、うっすらと笑いました。
「…ほう、黒竜など居たのか。幼竜であろうにこの術の中身動きが取れるとは、さすが竜族の最高峰に位置する種よ。」
 何を言っているか意味はよく解りませんが、そんな事はどうでもいいです。早くセオドールから離れろ、と吠え立てます。そして彼にも早く逃げるようにと。
 しかし、彼の反応はまったくありませんでした。よく見れば、茶色だった髪はすっかり色をおとして銀色になり、足下は泥にまみれて汚れています。草もたくさん付いています。森に分け入ってきた事がすぐに見て取れました。セオドール、しっかりして! きょうだいはどうしたの!! しかし、虚ろな彼の瞳は遠くを見た まま、私にはなんの反応も返しませんでした。

 青い人間がにやりと笑いました。この男がなにかしたのです。許せませんでした。はらわたが煮えくり返る、とはこういう事をいうのでしょうか。私は我をわすれて青い人間に飛びかかりました。しかしぶつかる直前、人間はすうっと消えて、私の後ろに現れました。これは人間の形をしているけれども、人間じゃない。そう思いました。でもとりあえずセオドールから離すことはできました。彼を安全なところにと思い、マントをくわえて引っ張りました。しかし、どんなに力をくわえても彼はそこにくっついてしまったかのようにびくともしませんでした。
「くくく…無駄だ。その子供はもう私の術中。忠実な僕よ。」
 術中?意味がよく解りません。シモベとはどういう意味だったかしら。でもとても邪悪な意図を感じます。私は唸りました。
「それにしても、これ程の竜を既に使役しているとはな。素晴らしい才だ。だが、しかし今は邪魔だな。どいてもらおう。それは…私のものだ。」

 許せませんでした。 
 セオドールは私のセオドールです。
 ずっとずっと守ると決めたのです。
 こんな人間に ぜったい やらない

 

 今まで感じたことのない力が自分にわきあがるのを感じました。
 強い、強いちからか集まります。自分の回りが冷たくなっていくのがわかります。きらきらとなにかが光りました。
 私は吠えました。思い切り、青い人間にむかって力を吐き出しました。

 

 

 

 気がつくと、私の身体は半分にちぎれていました。
 セオドールが私の横に膝を着いて泣いています。 
 ああ、泣かないで。私は貴方をおいていったりしない。ずっと守ると誓ったから。こんな所で死んだりしない。だから笑って。また笑って頂戴――
 差し出された手に擦り寄りました。それはとてもとても暖かい、最初に私を抱いてくれた手――
「…大した生命力だ。そんなにこの子供に執心するか。」
 当然でしょう。彼は私が守るのだから――
「ならば、お前に役目を与えよう。」
 青い男がなにか言っています。急に、力の入らない身体がかるくなりました。
「闇の力を与えよう。お前も私の僕となり、その子供が…私の器に相応しくなるまで、その身を守れ。」
 シモベの意味はわからないけど、そんなことお前なんかにいわれるまでもありません。
 すい、と体の痛みがなくなり、私のは宙にうかびました。急に思わぬ高さまで浮かんでしまったので、驚いて下を見おろしました。 すると、そこには2つにわかれた私がいました。どういうことでしょうか。
 セオドールがびっくりしたように見上げています。驚かないで。私はここにいるから。ぺろりと頬をなめました。するとセオドールはようやく、微かにだけど笑ってくれたのです。ああ、よかった。嬉しくて、私はいつもの様に彼の左肩に乗りました。
「お前は命と引き換えに闇の力を持つ幻獣となった。その器が内なる闇を手放さぬ様、決して離れずにいろ。」
 しつこい。いわれなくてもそうすると何度言わせる気なのでしょうこのハゲは。噛み付いてやろうかとそちらを向くと、青い男の姿が急に薄くなりました。
「ふん…今はここまでか……。暫し力を蓄える。次に目覚めるまで、私の器に相応しくなっているが良い。…ゴルベーザ。」
 セオドールがこくりと頷きました。私にはやっぱり意味が分からなかったのですが、賢い彼にはわかったのでしょう。青い男は、そのまま消えてしまいました。でも立ちこめるあの気配はそのまま。この里はもう、死んでしまったのかもしれません。

 

 うっすらと東の空が明るくなってきました。膝をついていたセオドールが立ち上がりました。そのまま、里の外へと向かいます。
どこへ行くつもりかわかりませんが、私はどこまでも彼についていくだけです。

 彼がどこへ行こうと、何をしようとも、私は最後まで彼を守る幻獣となったのですから。

 

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こっちゃあああああん!!うぁぁあああん。・゚・(ノД`)・゚・。
そんなこんなで兄さん専用幻獣になればいいよ! というお話でした。お付き合いありがとうございました。

ところで、こっちゃんはゼムスの話をなんにも聞いていませんね。
ゼムス一人で配下が増えたと勘違い。