やってしまったルビカンテSS 1

 

 這々の体、という言葉程今の私に相応しいものはないだろう。

 無理だ、無謀だ。そう言う仲間達の言葉を振り切り、大見得を切って試練の山へと登頂した結果がこれだ。
 頂きに祀られた石碑。そこで己を認められれば聖なる力を得る事が出来る。
何時からどのようにして伝えられているか、古来からともほんの数年前からとも言われているミシディアの伝承。私はそれに挑んだ。そして、敗れたのだ。

 黒魔法、その中でも炎の魔法に覚えのある私は、必ずその頂へたどり着く事ができると確信していた。そして事実、たどり着いた。伝承にある石碑の前へ。
 私は「伝承は古来より伝えられている」という説を信じていた。それ故にその碑の予想外の新しさに驚きを隠せなかった。風雪に晒された期間というのは見て判るものだ。それは明らかにここ数年しか経ていない僅かな劣化であった。
 反面、その石碑から発せられる魔力は、伝説にたがわぬ並々ならぬ力であった。必ず名の有る魔導士が建立に関わっている。 近年作られたものならば、何故ミシディアに正確な情報が伝わっていないのか。
 多々の疑問が脳裏を交錯する中、私は、その石碑に触れた。




 私を新たな仲間に引き込もうとするアンデット達を必死の思いで退け、山を下りた。
 血を失い火傷を負ってまともには動かない身体を無理矢理引きずり、森へと逃げ込む。森へ入れば獣が血の匂いを嗅ぎ付けるだろう事は 判っていた。だが、今の私には命無き死者に魂まで蹂躙されることのほうが余程に恐ろしかったのだ。
 懸命に逃げた。そして巨木の下で、遂に私は力つき倒れた。
 石碑での出来事が脳裏を駆け巡った。走馬灯にしては随分と新しい記憶だなと、一人笑った。


 手を触れた次の瞬間、私は不思議な空間に立っていた。見渡す限り水晶の壁面。ぼんやりとした自分の姿が幾重にも映し出されている。呆然としていると、声が響いた。
――帰りなさい。ここは君のような者の来る場所ではない。
 直感的に理解した。この声が聖なる力を授ける魂なのだという事を。
「私は伝承の聖なる力を授かるためにここに来た。なにもせずに帰る等という愚行はせぬ。」
――君は一人の力でここまでたどり着いた。それでもう、充分な強さを得ている証しではないかな。
「いいえ、私はもっと、もっと己を磨きたい。故郷のため、世のため強くありたい。そのためには聖なる騎士の力が必要なのだ。貴き魂よ、我に力を与えた賜え!」
 私は姿無き魂を鋭く見た。
――…ならば試練を与えよう。この試練を越えた暁には、君に――
 語尾は消え入った。
 目の前に映っていた己の姿がひとつ、濃い影を落とし、私の目の前に立ち現れた。


 息を吐く。腹に力が入らない。
 もう一人の私は言った。何の為に力を得るのかと。故郷のため? それが故郷の何になる。何にするつもりだ。嘘つきめ。お前はただ力が欲しいだけ。強くなって 強くなって強くなって、頂きに登りたいだけではないか。崇められたいだけではないか。そこで何をする。何も、なにも無いではないか。愚か者め。
 ただ…父が憎かっただけの癖に!

 私は答えられなかった。なにも否定出来なかった。
 そして、我が身は炎に焼かれた。

「己を認められれば聖なる力を得る事が出来る」
 それはあの魂に認められるという事ではなかったのだ。己自身が己を認められるかという意味だったのだ。私は試練に破れたのだ。
 今頃、遅いな。

 自嘲し、私は意識を手放した。




 次に視界に入ったのは、粗末な木造りの天井だった。
 所々腐り始めていて危ない。これは、修理せねばなるまいな。ぼんやりとした頭で、私はそんな事を思った。
 五感に感じたのは喉の渇き。
 水を飲みたい。そう思って手を伸ばした。

「大丈夫?」
 ふいに、声が聞こえた。どこからだろう。目だけで周囲を確認すると、左手に子供が立っているのが見えた。
「あまり大丈夫じゃなさそうだね。ポーション飲む?」
 何故子供が。そんな事を思わなくもなかったが、それよりも私はとにかく喉の渇きを癒したくて、差し出されたそれを力を振り絞るようにして手に取った。瓶の 液体を少しずつ体に流し込む。たっぷり時間をかけようやく飲み干し、ようやく私は一息ついた。手から零れ落ちかけた空の瓶を、少年が受け止めた。そして漸 く私は、現状を理解した。
「…ありがとう。君が助けてくれたのか。」
「ポーションかけて包帯巻いただけだけどね。ケアルは使えないんだ。ごめんね。」
「いや、充分だ。本当にありがとう…。」
 どうやら、私の命は彼に助けられたらしい。齢14、5といったところだろうか。二次性徴が始まりかけた、少し大人になり始める顔つきをしている。他になにか訊ねるべきとも思うのだが、思うように頭は働いてくれなかった。
「火傷が酷かったから体力消耗してるんだよ。休んだ方がいいよ。」
 そうかもしれない。そう思った途端、意識は再び微睡んできた。頷いて、私は欲求のままに意識を手放した。


 再び目を覚ました時には、半身を起こせるだけの回復を私の体は見せていた。
 少しずつ、ゆっくり壁に背を預けるようにして身を起こし具合を確かめる。重だるさはあるし火傷のせいで皮膚が多少軋むが、大きな不具合はなく一通りの治療は施されているのが見て取れた。少し回復したMPを使って自身にケアルをかける。
 一息ついて部屋を見回した。やはり荒れている。否、綺麗にはされているが痛みが酷い。簡素な作りの木組みは所々腐り、板が剥がれ落ちているところも多い。 カーテンの架けられていない窓を見た。外は宵闇。僅かな明かりも入ってこない所を見ると新月か。それでも徐々に目が慣れてくると、木々の葉が認識出来た。 僅かな隙間から星々が瞬く。森。かなり深い。ここが人里ではなく、山小屋で有ろう事は容易に見て取れた。
 と、寝室のドアががちゃりと開いた。
「あ、起きられるようになったんだ。」
 あの少年だった。手には蝋燭の乗った燭台とすり鉢。漂う香りからするに薬草を煎じたものだろう。子供が起きている所を見ると、まだそれ程遅い時間ではないのかもしれない。
「ああ、おかげさまで大分良くなったよ。ありがとう。」
 そう言うと、少年は少しだけ頬を緩めた。感情の起伏が少ないような気がするのは、やはり私を警戒してのことだろう。そういえば、彼の両親にも礼を言わねば なるまい。先日は朦朧とした意識で彼に助けられたのだと勘違いしたが、よく考えれば190cmを越える私の体をこの年端も行かぬ少年が運べる筈もない。そ れ以前に、一人で暮らしている等と考える方が余程に不自然である。
「君のご両親にも御礼を言いたい。遅い時間で申し訳ないのだが、会わせてくれるかな。」
 自分が魔導士離れした厳つい面をしているのは承知している。極力柔らかな物腰になるよう配慮したつもりだったのだが、努力不足か少年は少し俯いてしまった。どうしたものかと少し逡巡していると、少年が少し下げた声で言った。
「いないよ。」
「え?」
 危うく、聞き逃すところだった。
「…出かけているということかな。」
「違う違う。僕しか住んでいないってこと。」
 顔をあげ、一転してさも当然といった表情で言う少年にかける言葉を見失った。少年は薬鉢を、いかにも緊急にあつらえましたというサイドテーブルに置いた。
「火傷の薬作ってきたから塗ってもいいかな。ポーションはもうないんだ。今作ってるからこれで我慢して。」
「あ、ああ…」
 顔色ひとつ変えず平然と言ってのける少年に、私の方が狼狽した。ほとんどされるがままに衣服を取られ、手の届かぬ背中に薬膏を塗られる。染み入るような痛みに、知覚はできなかったもののまだ軽くない損傷が残っているのだと知れた。

 
 ふと、私は大事な事を伝え、聞き忘れている事に気がついた。
「済まない、私は大事な事を忘れていた。」
「…なに?忘れ物とかいうんだったら今は諦めた方がいいよ。」
 処方の終った少年がことりと鉢を置いた。それを合図に、私は彼の正面に向き直る。
「助けてくれて本当にありがとう。心より感謝する。私の名はルーベル。ミシディアの黒魔導士だ。」
 名乗り、深く礼をする。少年は少し驚いたような眼差しを見せた。私は顔を上げ、続けた。
「命の恩人よ。君の名を聞いても良いだろうか。」
 少年を見つめた。すると何故か少年はぽかんと口をあけ逡巡していた。予想外の間に、再び私が狼狽する。
「…いや、なにか名乗れぬ事情があるならば…」
「あ、いやそうじゃないよ。違う違う。」
 何故かはっとしたように少年は両手を振った。そしてまた、少し何かを考えるような顔で名乗った。
「…セオドール。うん。」
 確かめるように、そう言った。
「名前なんて久しぶりに聞かれたから、一瞬考えちゃったよ。」
 ははは、と照れ隠しのように頭を掻いて少年…セオドールは笑った。今までで子供らしい表情だった。思わず私の顔も綻ぶ。
「良い名ではないか。そんな事を言ってはその名に失礼だぞ。」
 慣れぬ精一杯の冗談でそれに答えてみた。

 そうかな。そう言って「神様の贈り物」と冠ぜられた少年は漸く、抜けるような笑顔を私にみせてくれた。

  

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四天王シリーズ、ルビカンテ第一弾です。
これ書いてからググって知ったんだけど、ルビカンテってファミ通設定で親父さんとの確執とか、過去設定の概要があったらしいね、全然知らなかった_| ̄|○
まあ、ファミ通記事は今となってはオフィシャルでもなんでもないんだろうけど、まさかこれから公式がルビカンテ設定に手を入れるとも思えないので、それに準じてみました。すごく付け焼刃的に。

そう、これね、某サイトのSSの影響をすごくうけまくっております。俺的にはルビって「最後にゴル様と会っていきなり四天王トップにのしあがったらかっけぇなぁ」とか思ってたんですが、幼少期のセオドールと出会って〜的なSSにものすごく萌えまして。
結果両方とってみました。
よもやそのサイト様がご覧になっているとは思わないのですが(つか、あちこちネットサーフィンしてた頃みかけたSSで、もう何処のサイト様だったかすらわからない_| ̄|○) もし、まかり間違って苦情等が来た場合は下げさせていただきます。
多分、幼少のセオに会ってる…くらいの共通項しかないと思うのだが…。(自信7割)

あと、偶然なんですが、時間軸的にこっちゃんSSからの続き物みたいになりました。
いっそこのまま四天王全員やってやりたいと21年11月段階でそんな事を思っていたりいなかったり。

※22年3月、Pixivにてせっせこ絵をあつめさせていただいておりますKuuさまが、な、なんと怒涛のイラストを!!!
何俺死ぬの!明日死ぬの!!?Σ(゚Д゚;≡;゚д゚)
ご許可いただき色味等々加工・転載させていただきました! フルカラーはPixivにてどうぞ!!

 とりあえずルビは黒衣のセオきゅんに一刻も早く服を着せてください!!あと東k都は非存在少年なんぞより生ケツ紳士を先に規制すべきだとおもいます。