あの日、セオドールと袂を分けたあの日から、私はミシディアには戻らず一人世界を放浪し、修行に明け暮れた。
己の力不足を痛感したからだ。強さを得たという驕りが、彼に最も近い場所に居ると思い込んだ慢心が、己の目を曇らせたと知ったからだ。
あの魔導書と彼の言葉を師に、私は世界を巡った。世界は広く、学ぶべき事は多かった。やはり私は無知だったのだ。それを知らなかったからこそ、己の分を弁えた彼の本当の心を、一つも察してやる事が出来なかったのだろう。
あれから10年程が経った頃だろうか。
旅の途中、黒い甲冑に全身を包んだ魔導士の噂をたびたび聞いた。
表社会では全く知られていないその人物は、そこからあぶれた…裏社会でしか生きられない、力は有れど心を病んだような人物を次々と籠絡し、配下に加えているという。心を操る悪魔のようだと敵視する声も、心を救う神のようだと出会いを望む声も聞いた。素顔は誰も知らなかった。唯、共通していたのは人とは思えぬ強大な魔力を振う。その一点。その人物はゴルベーザと呼ばれていた。
直ぐに判った。彼だと。セオドールだと。
だが、私はそこへは向かわなかった。
それだけの力を得た彼の元へはせ参じるには、まだまだ力不足だと判じたから。
それから、3年が経った。
「いかが致しましたかゴルベーザ様?」
長い髪と豊満な肉体を、惜しむ事無く露出した美しくも妖しい女が、対称であるかのように全身を黒い甲冑に包んだ男に声をかけた。その表情は兜にの中に潜み、見ることは適わない。
試練の山の麓。この場所にゴルベーザは時折訪れる。今、彼の元には彼に心酔し、絶対の忠誠を誓う部下が幾人も居る。しかし、この場所に向かうときだけ、彼が共に連れるのは最初に忠誠を誓い、絶世の美を持つにもかかわらず、人であることを主のために捨てたこの女…バルバリシアだけである。
ゴルベーザは忠臣の問いには答えず、森を見ていた。僅かに分け入った所に巨木がある。
そこに…男が居た。
炎を纏ったかと思うような緋色の外套。短く刈り込まれた髪。見ずとも分かる強靭な肉体。並ならぬ時を過ごしたことがありありとわかる、肌。厳つい瞳は鋭く、ゴルベーザを見据えていた。
「お下がりくださいゴルベーザ様!」
バルバリシアが前に出る。それを静かに、主は制した。
「良い。バルバリシア、お前は手を出すな。」
「…は……?」
了承と疑問、どちらを投げかけてよいか戸惑った返事を発した彼女を後ろに下げ、ゴルベーザはゆるりと、前へ出た。
紅い男はその巨体からは想像出来ぬような素早い動きで、ゴルベーザに突進した。拳が振り上げられる。それに、赤い炎が纏われた。
振り下ろされた瞬間、ゴルベーザはそこに居なかった。男は瞬時に反転する。そこに、現れた黒い甲冑。
光が弾けた。
否、熱だ。凝縮され、あまりな高温を発し爆ぜた爆熱は炎の色を通り過ぎ、光に等しい輝きを放った。黒魔法の最高峰、フレアの術だ。
「ぐぅ…!」
男が唸り、飛びのく。しかし恐ろしい事に、あの近距離にもかかわらず致命傷は避けていた。その手から癒しの光が輝き、男自身の火傷を超えた裂傷を塞ぐ。
「…これを避けるか。見事だな。」
間合いを開けたゴルベーザが静かに賞賛した。
「…まだまだ!!」
男が手を振りかざした。突如、ゴルベーザの横に炎が舞った。無詠唱のファイガだ。ゴルベーザもまた、対抗するようにそれを炎で弾き返す。
続けざまに反対側で炎が上がった。それもまた、同じく弾き返す。そして隙を突くように後ろから、前から。
鎮火さえする間もなく続けざま放たれたそれは、ゴルベーザの四方を取り囲み、超高熱を放ち始めた。
「ゴルベーザ様!!」
主が魔法で押されるという予想外の事態に、バルバリシアが叫んだ。が、こうなっては彼女には手が打てない。彼女は風の術の使い手。炎相手ではただ煽るばかりで逆効果だ。手を出すな、そう言った主の言葉も、彼女の足を止めた。
男がすかさずその炎に向け手をかざした。
「…風よ、炎よ、舞い狂え!!」
四方を取り囲んだ炎が風に揺れた。僅かな揺れは上昇気流を生み、それが自らを更に煽り炎を強く、高く舞い上げる。
「火燕流!!!」
唸りを上げ、炎の柱と化したそれは完全にゴルベーザの姿を覆いつくした。
叫ぶバルバリシアの声は、燃え盛る轟音に掻き消された。
激しい反動を地を踏み、跳ね返す。魔導士離れした強靭な肉体と、炎に特化した己の特性。それを極めた。己にしか行けぬ道を選んだ。
どうしてもこの技を完成させたかった。そして、誰より最初に彼に見せたかった。殺すつもりでかからねば、己の実力は認めてもらえぬ。優しさと甘さは同義ではないとこの10年で知ったから。しかし、この程度で彼を…あの、セオドールを負かせるとは思っていなかった。
決まって欲しい、だが生きていて欲しい。複雑に絡み合う感情が激しく交錯し、炎が生む熱と共に、急激に魔力を消耗したルーベルの心を一瞬惑わせた。
刹那、炎の柱が揺れた。そして現れた黒い手套。正気を取り戻し、ルーベルは身構えた。追撃を…!
次の瞬間、目の前には黒い甲冑が居た。その手を己の腹に当て、静かに言った。
「…ブリザラ」
内臓に直接ぶち込まれた冷気に、いいだけ熱に煽られていたルーベルの身体は敢え無く崩れ落ちていった。
冷たくも柔らかい感覚に私は目を覚ました。頬を伝う液体は、ハイポーションか。ゆっくりと私は半身を起こした。見上げると、そこに居たのはやはり…黒い甲冑。
瓶の中身を全て空けた後、それを地に置きその人物は…ゆっくりと兜を取り去った。
魔力の残滓に煌く、美しく伸びた銀糸。それを引き立てるかのような褐色の肌。アメジストの瞳は冷徹さと、底知れぬ器の深さを漂わせる。表情は、秀麗な顔貌そのままに、あの頃よりずっと重厚さを増し…圧倒的な貫禄を身につけた彼が、そこに居た。
「…強くなったな、ルーベル。もう炎となれば、お前の右に出る者は居るまい。」
深みを増した声で、そう仰った。私は起き上がり、そして跪いた。
「…滅相もございません。貴方に比べれば、私などまだまだ足元にも及ばぬ存在。」
「謙遜は要らぬ。お前は、私が炎を持って対抗するであろうことを予測していたな?」
そう言って…微かに微笑まれた。私は深く頭を垂れる。
「…失礼ながら、貴方様のご気性とあれば、そうなさるかと。」
「ははは。見事な読みだ。私の炎をも利用して破壊力を上乗せするとはな。少々驚いた。」
「申し訳ございません。」
「良い。褒めているのだ。あれはさすがに、炎で対抗するのを諦める威力だったぞ。」
その言葉に私の心は歓喜で震えた。私の炎がこの方に…認められたのだ。
「咄嗟の障壁では防ぎきれなかったな、鎧の継ぎ目から入ってきた。…危うく、首を獲られるところだったな。」
そう言って首元を押さえられた。見ると確かに、そこが赤く焼け爛れている。
「…! 触ってはなりません! 今治療を!!」
私は急ぎ立ち上がった。くらり、と眩暈がしたが構いはしなかった。
「敗者に情けをかけられるとは、私もまだまだだな。」
「今は、構われる時ではないかと…! 跡に残ります故…!」
「記念に残しておくのも一興だ。」
「お止めください!」
半ば強引に、傷跡に触れる彼の手を振りほどき、私は火傷にケアルをかけた。幸い大きなものではなく火傷跡はすぐに消えた。しかし場所が場所だ、ともすれば命取りになったと、己で仕出かしたことながら恐怖を覚える。
「…何故、戻ってきた。」
ふいにそう言い、静かに…冷徹に、紫の瞳は私を射抜いた。
過去二度、この瞳に私は怯え竦んでいる。だが、もうその震えは起きなかった。真っ直ぐ、私よりも高くなったその瞳を見返した。
「誓いを守るために。」
「何の話だ。」
「傍にいると。何があろうと、何処に行こうと、私は貴方の傍にいる。そう、約束致しました。」
「忘れたな。」
冷徹なそれは彼の優しさだと、私は知っている。
「私が覚えております。あれは私が私自身に課した誓い。何者にも、覆せません。」
ただ真っ直ぐに見返した。私は私だ。他のものにはなれない。誰と比較しようと意味はない。そういう生き方しか出来ない。ならば…貫くのみと知ったから。
暫しの沈黙。僅か、紫の瞳が逸らされた。ふ、と軽く息を吐かれた。
「…変わらぬな、お前は。何処までも真っ直ぐで…曲げる事を知らぬ。」
「融通の利かぬ朴念仁です。」
「忘れれば楽が出来たものを。」
「望んではおりませぬ。」
私が望むのは…貴方の傍らに在る事のみ。そう、心で告げる。この方はきっとそれすら、見抜く。
「…お前の手を、血に染める真似はしたくなかったのだがな。」
優しい声がそう告げる。
「修羅の道なれば尚の事、私も共に参りましょう。」
私の心には、一分の迷いもなかった。
彼の唇が、なにかを、形取った。
外套を翻し高らかに、黒の甲冑は宣託を下した。
「ならばお前に名を授けよう。」
「は!」
「ルビカンテ。今日よりお前は炎のルビカンテと名乗れ。我が片腕よ!」
「有り難き幸せ!!」
高みより私に名を与えた主人に、跪き、深々と頭を下げる。
「炎のルビカンテ、ここに絶対の忠誠を誓います! この身果てるまで…いえ、この身果てても魂まで永遠に、貴方様の傍にあることを!…ゴルベーザ様!!」
銀の髪の気高き魔人は、不敵に…しかし優しさを秘めた瞳で…微笑まれた。
確かに、彼は言っていた。
声なき声で。
ありがとう、と。
ようやく彼の声を、私は聞き取る事が出来た。
そしてその日私は…炎のルビカンテへと生まれ変わった。
年数経過はわりと適当ですが、このあとゴル様のバロン侵攻が本格化するイメージで書いてます。さりげなくブログ掲載時から年数経過が変わっております。作成中のバルバリシアSSとの絡みで。これからも調整したらさりげなく変わります(笑) セシルと10歳離れてるってのは、なかなか難敵だ…。
あと、「かえんりゅう」はDFFだと「火炎」なのでしょうが、「火燕」表記も説としてあるようなので、見た目にカッコいい字を選んでみました。オフィシャルではない…のか?どっかにソースがあるのかな。ファミ通とか(笑)
そんなこんなでルビカンテは、カインとまた違う意味でゴルベーザ様から信頼を得ているといいと思いますとも。
不器用で察しが悪くて5を聞いて3〜4を知るくらいの要領の悪さなんだけど、言った事は一途に守って正面から正々堂々ぶつかってくる。だから信用できるのがルビ。
1を聞いて10どころか言わなくてもなんだか分かってしまって、言葉にしない深いところで互いに理解し合える、だから信用できるのがカイン。
ルビもそれを分かっていて、カインが一番信頼されてるのを了承してるといい。自分じゃそれは出来ないと理解していて、カインにそこを託すような気持ちで。
ルビは今でもどこかでほんのり保護者な気持ちももってて、それでいてやっぱり絶対的に身も心も預けた上司であって、そんな両方の感覚をもっていてほしいという希望。TA、真月の渓谷で会った時は嬉しかったんじゃないかなあ、ゴル様がちょっとだけでも本当の自分で居られるようになってて。カインもエッジもいるから大丈夫だと思ったのかもしれない。明らかにとけ込めてないんだけど、そこはルビカンテ察してないということで(笑)
最後に世界の命運は、誰でもなくセオドールに託したか。そう思うと「あとを頼みます…!」と言って消えたTAルビ、すごく…泣けますね。(台詞うろおぼえ)
あのイベントはエッジメインだろとか言わない。マフラーはもらいましたけど。