一発ネタのはずだったパラレルSS 4

 

「うお!大丈夫かセシルちゃん!?」
「誰のせいだ。誰の。」
 ベッドに横たわるセシルを見て声を上げるジェクトに、殺気さえ含んだ冷酷な声をかけたのは当然兄貴のセオドールだった。
「や…そう睨むなってマジ怖ぇよ。」
 変わりにお前が寝込めといわんばかりに威圧しにかかる兄を見かねたのか、セシルが薄い肌掛けの中から手を出して振った。
「大丈夫ですジェクトさん。大した事ないよ。」
「そ、そうか…?」
 思ったよりは元気そうなセシルに少し安堵しかけたジェクトだったが、側に寄ろうとすると速攻で兄貴に間を阻まれてしまった。
「熱がある。お前はこれに気など使わなくて良いから、休みなさい。」
 試合の時より素早いじゃねえか。ついに「これ」扱いされてしまったザナルカンドエイブスのエースは、座る許可さえ出してくれない現在の家主を見て心で呟き、溜息をついた。

 セオドールを無理矢理ストリートバスケに引っ張りだした翌日。結局タイムオーバーで外に出してしまったセシルがちょっと気にかかり、本日練習のない午後から様子を見にきてみればこういう事態になっていた。案の定、今朝方から熱を出したらしい。
「にいちゃん。」
「何だ?」
 まるでエースを空気扱いする形でセオドールがセシルに寄る。
「麦茶飲みたいな。」
「ああ、判った。待っていろ。」
 銀糸をひと撫でして寝室を出る様は、兄が弟を見守る姿というより、父が娘を箱入りにするサマだな、などとは思っても口に出せない。
 兄が扉を閉めて少したった頃、セシルがひと息着くようにふう、と言った。
「ごめんなさいジェクトさん。本当に気にしないでくださいね。」
「あ?なんだ、病人が気ぃなんざ使うんじゃねえよ。」
 そう笑って、鬼の居ぬ間にようやくジェクトは絨毯の上に胡座をかいた。座布団を出すと起き上がろうとするセシルを、そんな上品なものいらねえよと制する。本当に必要ないというのもあるが、それ以上に起き上がっている所を兄貴にでも見られたら、本当に後ろから絞め殺されかねない。正直、今のセオドールには例え本職勝負でも勝てる気がしない。
「ホントはね、大した事ないんです。熱だって7度もないし。」
「あ?そうなのか?」
 もっと酷いものかと思っていたのでこれには意表をつかれた。
「ちょっとだるいくらいかな。にいちゃんが大袈裟なの。」
「ぶっ!」
 あっけらかんとそう言い放つ弟に、思わずジェクトは吹き出してしまった。
「いつもごめんなさい。にいちゃん僕の事になると人かわるから…」
「なんだよ、セシルもそう思ってたのか!」
「うん。」
 予想外の兄と弟の温度差に、これには笑うより他なかった。どうやら弟は、兄貴と違って随分と冷静だったらしい。
「にいちゃんだって小さい時はおんなじだったのにねー。」
 セシルの口から予想外の言葉が飛び出した。
「あ!? そうなのか?」
「うん、そうなんだって。」
 これは意外だった。あまり得意ではない脳細胞の運動能力を働かせて、兄貴の言っていた言葉を思い返してみる。
「えっと…たしか色素が足りなくて云々とか言ってなかったか? 肌の話だろ、あいつむしろ色黒じゃねえか。」
 言われて納得するだけ真っ白な弟と違って、兄貴はどちらかといえば褐色、色黒の肌である。頭脳派で学業研究三昧生活なら日焼けでなく地黒だろう。確かに銀髪と薄い紫の瞳は兄弟共通なのでそう言われればそうかもしれないが、屋内でだまって過ごす色白な幼少のセオドールは、ジェクトにはなんとなく想像しにくかった。
「小さい時は白かったんだってさ。でも駄目だって言うのにぜんぜん構わず外で遊んでたから反動で黒くなっちゃったんだって、ずーっと前にお母さんが言ってた。」
「ぶは!!」
 なにも飲んでいないのに豪快に吹いた。意外と言えば意外だが、あの試合っぷりを見た後だとそっちのほうが余程にしっくりきた。いや、でもやっぱり意外だ。あの必要以上に冷静で冷淡なセオドールの腕白小僧姿など、想像するだけで愉快過ぎる。
 腹を抱えて笑うジェクトに、セシルはちょっと焦ったように付け足した。
「ほ、ホントかどうかしらないよ? 冗談かもしれない。」
「ぶははは!! わかってるよ! まぁそんな理由は多分ねぇやな。あーでもそれなら納得いくわ。」
 涙を拭きながら、女の子のように小首を傾げるセシルを見る。ようするに、あの兄貴はセシルを自分のような色黒にしたくないのだろう。例えその件が肌色に関して全く関係ない可能性が高かろうと、僅かでも原因になったかもしれない要素は全力で取り除きたいのだ。たしかに、この子は健康的な焼けた肌より、少し色白の方が似合っている。気持ちは理解出来た。理解は出来たがそれにしてもあの鉄面皮の中に隠してある(つもり)のブラコン度合いは異状だ。異状すぎる。

 と、セシルが急に肌掛けの中に潜り込んだ。


 ふいに、視界に茶色の液体が入った。次いで、ひんやりとした感触が全身に。
「どわああああああああ!!!!?」
「楽しかったか?ジェクト。」
 同時に、ひんやりとした声も背中からかけられた。
「背中! 背中に氷ぐぁぁぁあああああ!!!!」
 悶絶し、床を転げ回るジェクトを放置してセオドールはセシルの横に座った。
「セシル、麦茶だ。何もしないから出てきなさい。」
 肌掛けの中でぷるぷる震えるセシルをぽんぽんと叩く。ややあって恐る恐る出てきた額を軽く甲で叩いて、麦茶を手渡した。
「随分扱い違うじゃねえかこの野郎!」
 いいだけ転げ回ってようやく背中から氷を抜き出したジェクトが、ぜえぜえと息を吐きながら叫ぶ。
「当然だろうが。何を言っているこの脳筋馬鹿。」
「うわ! ついにこの俺様を完全に脳筋扱いしやがったな、この倒錯ブラコン野郎!!」
 ついに言い返した。セシルが言っちゃったとばかりに慌てて首を竦める。するとセオドールは力一杯振り返りジェクトを睨みつけ言った。

「何か問題があるか。」


 後ろで拍子木が叩かれそうなほどの華麗な言い切りっぷりに、さしものジェクトもこう言うしかなかった。

「何もございませんとも。」


 この兄貴、強ぇえ。
 色んな意味で。

 

 


 玄関からがちゃがちゃと鍵を開ける音が聞こえる。出かけていたという母親が帰ってきたのだろう。ああ、挨拶しねぇとな…と、思った瞬間、ふと現状に思い至った。どうやらそれはセオドールも同じだったらしく、二人同時に視線を床に落とした。
そこにあるのは、容赦なくばらまかれた氷と麦茶。

 大の大人二人が速攻で床を拭き取り器を片付けて隠す。参加しようと起き上がったセシルは二人掛かりで寝かしつけた。言葉など一言も発せず、アイコンタクトだけでバンド技を完成させた自分達に「あー、一流は一流を知るって本当なんだな」と、やや場違いとわかりつつ、そんな事をジェクトは思っていた。なんだか少し愉快だった。
「あら、ジェクトさんこんにちは。いらしてたんですね。」
「どーも、お邪魔してます。」
 程なくしてかちゃりとドアを開き、入ってきたのはやはり兄弟の母親。惨劇の中心地には座布団が敷かれ、上にはジェクトが座っている。ものすごい愛想笑いで。
「あら、セオドール椅子を出してあげれば良いのに。」
「その方が良いと言うのでな。」
 一瞬どきっとしたジェクトだったが、兄貴の方は貫禄だった。腕白小僧だったというならこの程度のごまかしなど、慣れているのだろう。弟の方は半分肌掛けにかくれるようにして、明らかにドキドキしながらそれを見ている。
「そう?あら、ジェクトさん随分と濡れてらっしゃるけど大丈夫ですか?」
「あ!? ああ、その…トレーニング代わりに走ってきたら汗かいちまって! おかまいなく!!」
 我ながらGJ! そう思い横目でセオドールを見ると、母親からは死角になるその位置で、親指を立てていた。
「そうなんですか? それじゃあ暑いでしょうに、麦茶でもお出ししましょうか。」
「ぶ!! ああ、いやマジでお構いなく!!」
 今度は本気で焦った。
「いいですよ母さん。もう帰しますんで。」
「あ!?」
 偶然とはいえ畳掛けるように攻めてくる母親も困り果てたが、それに飄々と返したセオドールの一言にはさすがに突っ込みをいれた。
「何でそーなるんだよ!」
「今日はさっさと帰れ。我が家のせいでお前の家庭に不和が起きるなど堪ったものではない。」
 そう言われて思わずうっと息を呑む。前回、散々遅くまで飲んで食った事を言っているのだ。確かに、2度連続同じ家でそれをかましたのでは、俺の嫁もだまっちゃいるまいと思い、少々汗をかく。そして、自分がそれを軽くやらかしかねない人間なのは重々承知している。確かに今日は色々と潮時だろう。
 送るから車に乗れというセオドールにへいよ、と返事をして思い出した。
「あ! アブネ大事な用事忘れる所だった!」
「?」
 同じように首を傾げた兄弟がちょっと面白いと思いながら、ごそごそと財布が入る程度の小さなウェストバッグからなにかを取り出す。
「おー、濡れてなくて良かったぜ。ほらよセシル。」
 布団に入ったままのセシルに手渡した。
「なんですか?」
「約束してたろ、今度の試合のチケット。3枚あるからこのあいだの友達も誘って見に来な。」
「ホント!? ありがとうジェクトさん!!」
 ついに布団から半身を出して受け取ったセシルは大いに喜んだ。
「…ジェクト。」
「だー! 睨むなって! 室内だよ問題ねぇだろ!!」


 さー、行こいこ。お邪魔しましたー! と、逆にセオドールを引っ張るようにジェクトは出て行った。手を振ってお礼をしたセシルは、嬉しそうに3枚のチケットを眺めていた。
「良かったわねセシル。今度ちゃんとお礼をしないと。」
「うん!」
 母親が優しく言う。そして…目線を落とした。
「セオドールは、ちょっときつく叱っておきましょうか。」
 その先には、麦茶がにじみ始めた座布団が。
 セシルはもう一度、肌掛けに埋まってぷるぷると震えた。

 


「いやースリリングだったな!」
 前回同様ワゴン車の後部座席に収まったジェクトが、豪快に笑いとばしながら言った。
「ひっさしぶりにオフクロに叱られる恐怖ってのを思い出したぜ。しっかしお前のオフクロさんやるな!」
 爆笑しながら言う。正直、ちょっとガキの頃のスリルを思い出して楽しかった。
「…ああ。あの人はああ見えて、やるんだ。」
 返すセオドールは冷静だったが、そういうヤツなんだと思えば別に気になりもしない。多分、こいつはそういう感情がないんじゃなくて、表に出せないだけなんだろうと、何故かそれが理解出来た気がした。だったら、暴き立てるような野暮な真似もしないが、遠慮をする必要もない。最も、そんな細やかな気遣いハナからジェクトに出来るものではないのだけれど。
「しっかし偶然たあ言え、なかなか厳しい攻め込みだったな! 最後のなんか一瞬バレてんのかと思ったぜ!」
 愉快な勢いでばしばしと運転座席の頭部を叩く。さすがに煩い、とか止めろとか言われると思ったが、予想に反してやけに静かな声で、セオドールは言った。
「ああ。あの人は暢気そうに見えて相当鋭いからな。」
「ん?」
 微妙に様子がおかしいと思い、横から顔を覗き込んだ。と、セオドールはらしくない、ものすごい細い声でぽそりと言った。
「…多分、バレている。」
「………。」
 心無しか、バックミラーに映る顔が青ざめているように見えるのは、光の加減だろうかと、そんなことをジェクトは思った。

「…その。悪かったな。」
「…いい。やったのは私だ。」

 前回とは違う意味で、車内の空気は非常に重かった。

 

 

 

  

  

PS

 がちゃり。裏口から戻ってすぐにセシルの様子を確認すべく寝室のドアを私は開けた。母親に見つからないよう家に戻るなど久しぶりだな、と思い自分に苦笑しながら落としていた視線を上げる。…と、そこにいたのは。
「セオドール、ちょっとそこにお座りなさい。」
「申し訳ありませんでした。」

 座る前に、勝負は決していた。

 

 

PS2

「だからどうしてあなたはセシルの事となるとそうなの! 頭から麦茶をかけるなんてもっての他だし、その上背中に氷が入ったジェクトさんを助けもしなかったって!」
「…随分とお詳しい事で。(セシルめ…口を割ったな。)」
「判らないとでも思ったの!?」
「露とも思っていません。その時は考えなかっただけです。」
「考えなさい! そしてもう少し弟離れしなさいあなたは!」
「それは無理ですとも。生涯をかけて無理と誓います。」
「誓わなくてよろしい! 努力なさい!! いつまでもそんなじゃセシルが困るでしょう!」
「その点に関しては自重しているつもりです。時と場合と状況は選びます。」
「根本の解決になっていないし絶対に程度が甘いでしょうあなたは!!あなた暫くセシルのいない所で生活して、一人に慣れなさい!!」
「勘弁してください母さん! 僕のアイデンティティを奪う気ですか!?」
「弟にそんなもの委ねるんじゃありません!!!」


「…知的なのかどうなのか悩ましい喧嘩だねえ。」
「…この場合、僕はどうしたらいいんだろう父さん。」
「とりあえず、夕食をお食べ。」
「……うん。」

   

BACK  RESET

男の子はケンカして仲直りして仲良くなればいいですとも!!
なんだろう、この二人タイプは完全に正反対なのにものすごい息のあった組み合わせだと思うのです。書いててすげぇ楽しい。
ジェクトさんは頭で考えるタイプじゃないから、兄さんは安心して言いたい事を言える。兄さんは頭で考えるタイプだから、ジェクトさんは安心して馬鹿やれる。そんなカンジでしょうか。

あと、驚いたことにこのケースでは兄さんに「僕」という単語を使わせても全く違和感がありませんでした。
どういうことでしょう(゚Д゚;=;゚Д゚)!?