一発ネタのはずだったパラレルSS 3

 

 公園にはすでに人だかりが出来ていた。

 結局、連れてきてしまった。
 ジェクトがどうこうではない。20分たったら必ず車に入ってるから、と半ば涙ながらでセシルに懇願までされては、さすがに駄目だと押し切る事は出来なかった。人並みに外にも出られないということは想像以上に辛いものだ。それは私にも充分理解出来る。
 予想通り以上の観衆人の中、セシルは一等地のベンチで日傘をさして座っている。果たして20分で大人しく車に戻るものだろうか。西日は横から入るので尚の事心配だが、こんな状況で声をかけられるのも恥ずかしかろうと自重する。と、いうか、私は何故断らなかったのだろう。何故此所に居るのかそもそもそれがわからん。
 そうこうしているうちにホイッスルが鳴った。
「だっはっは! ボサっとしてるとコールドにしちまうぜ!!」
 そう叫んだジェクトが私の横を高速で駆けてゆく。はて、バスケットボールにそんなルールはあっただろうかと思うが、あのフリーダムを極めたような男に問うたところで「俺様ルール!」とでも答えるのが関の山だろう。
 相手チームはジェクトが含まれていることもあって一人少ないハンデがあるのだがそんなものはものともせず、そんな事を考えている間に早速、最初の得点が派手にリングに叩き付けられていた。
 観客は早速の大技に歓声をあげる。跳ね返ってきたボールを高笑いしながらジェクトが受け止めていた。素人相手にいきなりダンクとは何をとも思うが、ああいうテレビで見るようなあの男のパフォーマンスを観衆も求めているのだろうから、まあそれはそれで気の効いた話ではあるだろう。スローインから再開された球は、幾人か経由しこちらに渡されてきた。
 ジェクトが連れてきた(正確には私の車にジェクトが乗ってきたのだが)という事もあってか、妙な期待をされているらしい気配は感じる。答える義理など一つもないのだが、あまり無様な試合をしてもセシルが恥をかく。全く、バスケットボールなど真面目にやるのはどれくらい振りだ。


 いくら運動神経がいいったって、学業と研究三昧してるようなヤツがそんないいプレイするなんざ、ジェクト様だって思っちゃいなかったさ。正直、二人抜きハンデにすりゃあよかったかなーとあっさりダンクが決まったときはちぃと後悔した。俺ら意外は全員ストリートでしか試合をした事のない高校生程度の素人ギャラリーだったわけだし。
 と、気を抜いた瞬間、俺様の横を銀色の影が掠めていきやがった。
 驚いて後ろを振り向くと、派手じゃあねえがキレーなランニングシュートが、ぱさりと柔らかい音をたててリングをくぐっていく所だった。

 正直、唖然とした。
「て、てめぇ仕返しか!俺様への当てつけか!?」
「? 何の話だ?」
 本気で意味が分からないという風に、ゴールを決めた当の本人は軽く首を傾げやがった。大の男がやっても可愛くねーんだよそんな仕草! まだ顔立ちスッキリしてる方だから殴らずには済んでるが!!
「よぉーし、そっちがその気ならこっちも本気になってやるぜ。」
「いや、だから何の話だと。」
 とぼけている、って訳じゃねえってのが判るから余計ムカつくなこいつ。

 そこから先は白熱した試合だった。
 豪快に敵陣を突破し、派手なアクションでゴールを重ねるジェクト。対して相手チームは、派手さはないものの堅実なプレーでジェクトチームの独走を許さない。どうやら、あえてエースは気にせず放っておき、相手の手薄な所を狙って行くという戦法に出たようである。当然、エースを放置などという作戦を指揮しているのはセオドールだ。ジェクト一点突破のワンマンチームに対しあえてそこを諦め、他と3対5の状況で確実に守り点を取る。これは実に有効な戦法だった。が、それでもやはりそこはプロでエース。ジェクトチームは遅れを取ることはしなかった。ジェクトは一人気を張り孤軍奮闘の活躍。それでも点差は6〜2点の間をいったりきたりするという、エースを見たいというギャラリーの欲求を満たし且つ好ゲームという、大変な盛り上がりを見せる試合となった。。

 ピリリリリ
 3度目のインターバル終了の笛が鳴る。点差は3点。最後の勝負をつけるべく選手がコートに散る間際だった。
「あ!」
 非常に珍しくセオドールが声を上げた。そして慌てたように振り返る。なにかと思いジェクトもそちらを見ると、そこにいるのはベンチにちょこんと座るセシル。
「セシル、もう20分は過ぎている。車に戻りなさい!」
 ああそういや、とジェクトもそこで思い至った。
「やだ。」
 ぽそりと、セシルが抵抗を見せた。明らかに、セオドールの表情が変わった。
「戻りなさい。」
「やだ。」
 さっきより明確に抵抗。案の定戻ろうとしない弟に、セオドールは溜息をついた。何事かとギャラリーが少しざわついた。が、そんな事で引くほどこの兄は甘くない。こと弟の身がかかっているとなれば話は別なのだ。そうでなくても観衆など、この兄貴にとっては芋かキャベツか空気以下。多分窒素くらいだ。
「約束しただろう、戻りなさい。辛くなるのはお前なのだぞ!」
「嫌だ! 僕大丈夫だからお願いだよ、最後まで見させて!!」
「駄目だ! 戻りなさい!!」
 本気の装いを呈してきた兄弟喧嘩に、ギャラリーがざわめく。と、突然声が響いた。
「よっしゃわかった!!」
 一瞬でギャラリーの視線はそっちに移動した。さすがに何かとセオドールも振り返る。そこにいるのは当然、ジェクト。
「何がだ。」
「そう睨むなって。こうしようぜ。」
 そう言って、ジェクトは指先の上でで器用にくるくるとボールを回した。
「ここまで来たらそらぁセシルじゃなくたって引けねぇや。だからよ、一発で決着つけようぜ。」
「何をする気だ。」
「タイマン勝負。」
 そう言って、セオドールにボールを投げよこした。
「ワンチャンスやる。俺を抜いてゴール決めたら4点やるよ。それで、試合終了だ。」
 ギャラリーが、揺れた。
 予想外の展開に大歓声をあげる観衆をよそに、セオドールは溜息を吐く。
「随分とそなたに有利な条件ではないか?」
「お前の都合で試合切り上げてやるんだぜ? プラマイゼロだろ。それにおめぇ、ずっと俺との勝負避けてただろ。そうは問屋が下ろしてやるかってぇの。」
 ニヤリとジェクトが、実に楽しそうに笑った。それを見たセオドールはもう一度溜息を吐き、コートへと一歩出た。


 大歓声。
 一進一退の攻防は白熱した。盛り上げ上手なジェクトはいきなり本気にはならない。まずは相手について行くだけ。セオドールもうかつに踏み込まない。それでも、足下だけはいつでも相手を抜かんと重心をかえてゆく。両チームの他の選手は、数メートル間合いを開けて応援に徹する。
 ギャラリーのほとんどはジェクトの応援だった。が、元よりそんなもの人とも認識していないセオドールには関係ない。
「やるなぁおめぇ。本気でバスケやんねえか?」
 ジェクトが嬉しそうにそう言う。言う間にも右手が出る。
「断る。煩くて敵わん。気晴らし程度で充分だ。」
 セオドールは反転しそれを躱す。一瞬ジェクトの横に隙が出来る。足を踏み出す。が、すぐにそこにも、同じように反転したジェクトの左手が伸びて通路を塞いだ。


 セシルにとってこんなに手に汗握る試合はなかった。憧れのジェクトと大好きな兄が見たこともないような好勝負を繰り広げているのだ。
 声を上げて兄を応援したい。だけど、周りはジェクトの応援ばかりだった。勇気が出なかった。
 興奮した観衆がセシルの日傘をどんと押した、手元から溢れた。
「あ!」
 宙に舞ったそれは地に着く前に、誰かによって拾われた。
「ここに居りましたかセシル。」
「あ! ルーベル!!」
 そこにいたのは、兄と共に伯父の研究室に通う4人だった。幼い頃からの兄の才能を認め部下のように兄を慕う彼らとは、セシルも小さい頃からの顔見知りだ。
「研究室にお二人が居られないのでフースーヤ教授が心配しておりましたが、こういう事情でしたか。」
「うん、ごめん、僕がワガママ言ったから。」
「いえ、構いません。たまには宜しいかと思いま」
「ちょっと! セオドールすごいじゃないのぉ!」
 被せるように横から4人の紅一点、アリシアが叫んだ。
「堅っ苦しい事言ってる場合じゃないでしょお、今は全力で応援よ!!」
 一瞬苦虫をかみつぶした顔をしたルーベルだったが、この場合この場所では彼女の方が正しい。アリシアは残り二人を引き連れて大声を張り上げた。
 セシルももう一度試合に視線を戻す。プロ対アマとは思えぬ体捌きで、兄はボールをキープし続けていた。
「ほらセシル!アンタも声あげる!!」
 アリシアが後からセシルを抱きしめ、笑った。

 考えてみれば。
 「タイマン勝負」と言っただけで「自分に勝て」などという条件はつけていないのだ、ジェクトは。だから別に、この隙なく伸ばされてくる手にボールを掛けてしまえばお仕舞いなのだ。いきなりそうしてしまっては流石に納得しなかろうが、これだけ粘ればもういいだろう。ああ観衆が煩い。セシルが心配だ。早く休ませねば。
 もういい、これで

「にーちゃんがんばれーーー!!」

 ……判った。


 ばん!!
 強烈な音を立ててボールが飛んだ。ジェクトではない、セオドールが飛ばしたのだ。あさっての方向へ。
「なんでぇ!ついにギブアップか!!」
 とんでもない方向へ行ったボールを見てジェクトは確信した。ついに集中力が尽きた。勝ったと。
 気を緩めた瞬間、横を銀色の影が駆け抜けた。
「いてえ!!」
 思わぬ声にジェクトがそちらを見る。と、そこにいたのは、臑を抱えて踞るチームメイト。視界の端に、跳ね返るボールが見えた。
「まさか!?」
 あわてて反転する。するとその視界に、跳ね返ったボールを再び片手で受け、ゴールに走るセオドールの姿があった。

「マジかよ!?」
 ジェクトは走った。この試合で一番全力で。ここまできたらプロもアマもない。負けたくない、ただそれだけだ。
 セオドールが跳んだ。ジェクトも飛びかかるように跳ねた。空中で反転するように銀の髪が揺れるのが見えた。

 ぱさり。

 柔らかな音をたててリングが揺れた。

 

 町の小さな公園が揺れに揺れていた。歓声。夕刻とはいえ近所迷惑ではなかろうかと心配になる。ちらりとそちらの方向を見ると、最前列でセシルが両手を叩いていた。とても輝いた目で。横には日傘を持ったルーベル。そしていつもの連中。いつの間に来たのか、3人は互いに叩き合うようにして喜んでいる。他人事で何をそこまでとも思うが、嬉しそうにセシルがハイタッチを回している姿を見て、まあ良いかと思い直すことにした。
「たー、やられたぜ。そうくるたぁ思わなかったな。」
 ばりばりと頭を掻きながらジェクトがボールを拾った。狡くないか! と、ジェクトのチームメイトが叫ぶ。まあ、当然だな。
「味方にぶつけたってぇんなら、サシの勝負じゃねえじゃねえかと文句つける所だがな。利用したのが敵とあっちゃあ手を借りた訳でもねえ。コートの石ころに当たったのとかわんねーだろ。」
 余裕の笑みでジェクトが答える。やっておきながらなんだが、石ころ扱いされたチームメイトがやや気の毒だ。
「それにしても素人の発想ってぇのはこええな。それは思いつかなかったぜ。」
「そなた相手に、まともにゴールなど奪える訳がなかろう。」
「だはは! そりゃそうだ!!」
 豪快に笑った。ここまで来ると聞いているこっちも爽快だな。
「それにしても、もう少し難癖を付けられるかと思ったのだがな。流石に寛大だな。」
「当然だろ、ジェクト様はそんな器の小せぇ男じゃねえぜ。」
 再び笑う。一頻り笑った後、腰に手を当てジェクトが言った。
「変則だが今回はお前の勝ちを認めてやるぜ。そのかわり!」
「?」
「今の手、俺が試合で使っても文句言うなよ。」
「好きに使え。」
 思わず、笑みがこぼれた。


「セシル!」
 ルーベル達に事情を話して礼を言い、興奮冷めやらぬと言ったセシルを車に乗せるべく手を引くと、後からジェクトが声をかけてきた。そのまま振り返る。とすん、と軽い音をたててセシルの前に跳ねてきたのは、先の試合で使ったボール。セシルが慌てたようにしてそれを受け止めた。
「兄貴のウイニングボールだ。もってけ。」
 そう言って不適に笑った。
 セシルは驚いたように一度私を見上げ、そしてジェクトを見返し。
「ありがとう!」
 嬉しそうに、それを抱きしめた。

「あ、あともうひとつ!」
「っ…何だ。」
「俺も乗っけてけ。」
「……早く乗れ。」

「すっごいかっこ良かったんだよにーちゃん!!」
 もう何度も繰り返し同じ話を両親に語るセシル。以前ジェクトを自宅に送った時をも越えるはしゃぎ振りに、これなら慣れぬ事もした甲斐があったかとは思うが、こうも繰り返されるとさすがに気恥ずかしさも覚える。
「そう。お兄ちゃんがそんなに頑張ったなら、夕飯に遅れてきたのは許してあげようかしら。」
 食器を洗う母さんがそう言う。試合は早く終ったものの、ジェクトを再び自宅に送ったせいで夕飯にはいいだけ遅れてしまった。途中連絡を入れた事もあり玄関で待ち構えていた母ではあったが、あんまりに嬉しそうなセシルと抱えられたボールに事情を察したのか、結局叱りはしなかった。それからずっとこの調子である。話に付き合わされる母も大変だ。
「そうか。急に研究室から居なくなったと伯父さんが心配していたが、そう言う事なら後で電話して知らせてあげなさいセシル。」
「うん!」
「っ…やめて頂けませんか。伯父さんには私から謝罪しておきますので」
「謝る事はないよ。お前はあの部屋に入り浸り過ぎだからね、それくらいで丁度いい。それより、ぜひ武勇伝を聞かせてあげなさい。」
「はーい!」
「勘弁してください。」
 電話に向かおうとするセシルの腕ををひっつかんで止める。ああ、何故私はあそこに行ったのだろうと今更ながらに後悔した。なんでー、と軽く抵抗するセシルを膝に乗せて無理矢理固定した。
「あ、そうだ!」
 なにか別の事を思い出したらしいセシルが膝に乗ったまま一杯に腕を伸ばす。そこにあったのは、例のウイニングボール。
「にいちゃん、これにサインして!」
「は!?」
 我ながら驚くほど素っ頓狂な声をあげてしまった。
「わ、私のサインを貰ってどうするのだ。」
「ジェクトさんのボールの隣に飾るの!」
 唖然とした。こんなに間の抜けた反応をするのも、何年振りだろう。
「…セシル。私は此所に居る。サインなど、必要無かろう。」
 なんとか奮い立たせる。が、今日のセシルは強かった。
「やだ。そう言う問題じゃないもん。今日の記念に飾るのー。」
 ぐいぐいとボールを押し付けてくる。私はもう、項垂れるより他なかった。
「……頼む。勘弁してくれないか…セシル。……そんな羞恥プレイは…ない……。」
「えー。」

 両親が声を上げて笑ったが、文句を言う気力も起きなかった。


 その日から意味もなく教室やら研究所に集まる生徒や、入部の勧誘やら助っ人の依頼やらを追い払うのにどれだけの労力を裂いたか、あの男に説明しても多分笑うだけなのだろう事を思うと、本当にあの髭面と自分の浅はかさを殴りつけたくなる気分だった。
もう二度と、あの男の道楽に付き合うものかと固く心に誓った。

  

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ものすごく好き勝手やっちゃいました(*ノノ)
ジェクトさんは手加減してくれたんですよ、当然じゃないですか。ねえ?

兄弟喧嘩する月兄弟と男らしく仲良しするジェクゴルが書きたかっただけなんです。バスケの詳細に関しては許してください。
あと平和な月一家も…。