パロムとカインとゴルベーザ 1

 

 パロムはずっと納得出来ずにいる。

 片割れの姉の事ではない。レオノーラやルカの事でもない。むしろあの3人に関しては、先日たまたま和解(?)した現場に遭遇してしまったからもういい。よく解らないがなんだか脱帽したくらいだ。女の絆というのはかくも謎なものであると。では何が今の彼に残された懸念なのかと言えば…先頭を歩く部隊で一際異彩を放つあの黒衣…いや、認めない。半裸の男。ゴルベーザ。

 なんでお前がここにいる。
 端的に表現するとこんな無粋な言葉になるわけだ。
 が、しかしてそこはそれ。今そんな事を糾弾している場合ではなのは馬鹿が見たってよくわかる状況だし、そんな事を言ってはパーティのチームワークがガタガタに崩れてしまう事は、基本我が道を行くパロムでもさすがに重々承知。ましてや、現在ここにあつまっているメンバーは彼に恨み言の一つも言っていない。そんな状況でこの非常時に自分だけ好き勝手言うのはあまりに子供じみすぎていて冗談ではない。
 冗談ではないが、しかしそれもまたパロムが納得いかない理由の一つである。何故皆は何も言わないのか。セオドアやアーシュラ、ツキノワあたりは産まれてなかったからまだしも、レオノーラやハル…ましてやあの大戦の当事者中の当事者、ギルバートやヤンは腹に据えかねる所のひとつやふたつあるはずだ。
 なのになんて普通に…さも当たり前かのようにあの男がいる事を。

 

「認められるんだよ!!!」
 完全なる八つ当たりでパロムは近くの大岩にブリザドをなげつけた。
 今は滅多に取れない休息中。何から何まで非常識な状況に疲弊しきったメンバーはコテージでぐっすり休んでいるはずだ。大きな音をだして起こす訳にはいかないので、ファイアやサンダーは避けた。それでも彼程の使い手となれば、ただのブリザドもけっこうな大きさの氷塊。がしゃりと音をたてて壊れ、向こう側に飛び散った。
「…それは俺の事か?」
「い!?」
 岩の向こうから声がした。ゆらり、と立ち上がったその声の主は水色の竜を身にまとった聖騎士…カイン。
「なかなか手厳しい事を言ってくれるな。」
「ち、ちげーよ! カインのことじゃねーーって!!」
 あわてて否定する。さらに気がつかずにブリザドを投げてしまった事も謝罪しなければならない。それくらいの判別はつく。
「あーっと、その、色々悪ぃ。なんでそんなとこにいたんだ?」
 それに疑問も付け足した結果、非常に中途半端な事になってしまった。ポロムがいれば確実に拳骨の振ってくる不躾な態度だったが、当のカインはまるで気にする様子でもなく答えた。
「見張りの一人くらい居なければ危険だろう。それだけだ。」
 つまり、誰に言うでも頼まれるでもなく、得のない役回りを買って出たというわけか。パロムは声に出さずそう解釈する。パロムはカインという人物をそう詳しく知らないが、このぶっきらぼうで愛想のない、ともすれば冷たいとも取れるこの人物の態度は、その実言葉にしない優しさの裏返しなのだということくらい、この短い時間でも理解する事は容易だった。なにより「あんちゃん」があれほどに心を寄せ信頼する人物なのだから、ということがパロムにとって相当大きな割合を占めているのだが、その点には本人気づいていないようである。
「で、お前は休みもせず何を一人で愚痴ってたんだ。」
 そのカインがニヤリと笑った。反して、少々…でなく意地が悪いのも地の性格らしい。ひくり、とパロムの口元が苦笑いの形で引きつった。
「べーーつーーに! カインには関係ねーし!」
「そうか。」

 そうあっさりと引き下がられると、逆に当たり散らしてみたくなるのが天の邪鬼なパロムの性分であった。

 

 
「わっかんねーんだよあのおっさん! なんでみんなあっさり認められるわけ!?」
 それを、一番カインに言ってはならないと頭は理解はしているものの、心はもう言い出したら止まらない。
「みんなあいつのせいでひでぇ目にあってんだぞ!? なんで誰も何も言わねーんだよ!!」
 顔はカインのほうに向けてはいない。殆ど虚空に向かって当たり散らしている状態だ。当のカインも別段気にする様子もなく、食事がわりに保存食の干し肉を噛んでいる。
「まあ、お前達姉弟も大分酷い目に合ったらしいしな。」
 カインがそれを一つ差し出すと、奪い取るようにパロムはそれをひっつかんで噛み付いた。
「別に俺たちはいいんだよ。結局元に戻ったんだから寝てただけみたいなもんだし、その前の事とやかく言う気はさらっさらねぇし。」
 その前、がセシルのミシディア侵攻を指しているだろうことはカインにも容易に理解出来た。それを及言すればセシルの罪にも触れる事になるからだろう。全く、本当にあいつはどこに行ってもでも好かれる人間だと内心笑って、しかし表面では黙って頷き続きを聞く。
「つかさ、アンタが一番ひでぇ目に会ってんだから、文句の一つくらい言えば?」
「俺が?」
「そう。」
 急に振られた話題に、思わず苦笑が浮かぶ。
「それは考えなかったな。」
「なんでだよ。あいつのせいで青春10年以上ムダにしてんだろ? その顔ならバロンに帰ってりゃ女にもめちゃめちゃモテただろうに。」
「特に興味はなかったが。」
「もったいねーよ!」
 さらりと出た答えに思わず頭を抱えたパロムに、カインは笑って言った。
「お前はどこぞの忍者によく似てきたな。」
「あんなのと一緒にすんな!!」
 すかさず食って掛かるその様に、カインは絶えきれず大笑いした。笑うんじゃねーとパロムが小突くも、頑丈な白い竜騎士はびくともしなかった。
「別に、俺はあいつに恨み言なんかないさ。」
 それほど穿り返すでもなくすぐに話題をもどしてやるのは、こういう性分に案外心当たりがあるカインの良心だ。
「それはありえねーだろ、無理すんなって。」
「無理なんかしていない。それに関しては本当に最初からないな。まあ、誰かのせいにしてしまえば全部楽になる、とは確かに思いたがっていたが、不思議とあいつではなかったな。ゼムスだったりセシルだったり、誰でもない漠然とした何かであったり…どれも子供じみた八つ当たりの部類だったがな。」
 ほんの少し前の自分をカインは思い出す。
「だが、どちらにせよそんな運命を招いたのは俺自身の弱さ故に他ならん。だから、誰を恨む気もない。」
 俺の人生は俺のものだからな。痛みも苦しみも憎しみも、全部抱いて生きるだけだ。そういうカインの表情はどこか清々しくあの時のセシルにも似ていて、ああパラディンってこういうことなのかとパロムは思った。
 それと同時に、あのもやもやとした納得のいかない気持ちも大きくなる。一体これはなんだというのか。

 カインがふいにパロムをみて笑いかけた。
「言ってくればいいだろう。」
「あン?」
「そんなに気になるなら本人に。」
「いい!?」
 至極、あっさりと、とんでもない事を言われた。
「他人の事なんてどうでもいいだろう。行って、お前はお前の気持ちをぶつけてやればいい。」
「む、無茶いうなよ、あ…れにか?」
 あんな得体の知れない男に…と出かかった言葉ははさすがにギリギリ自重した。知って知らずか、カインは暢気に笑いながら言う。
「俺に言えたなら言えるさ。それとも何か、怖いから通訳でもほしいのか?」
「そ、そんなんじゃねーよ!」
 煽られれば反発する。幼い頃の自分にもどこか似た少年に、カインは判ってそれをやっている。
「そうか? まあどちらにせよ通訳なんか今更不要だろうがな。」
「今更ってなんだよ。」
「多分、全部聞こえている。」
「は―――――――――!?」
 そう言ってカインが目だけで示した岩陰から見えるのは、風になびくあの黒衣の裾だった。

「お前は、お前の心と向き合ってこい。」
 カインはそう言って、笑った。

 

 

 
 遠ざかるパロムの背をみてカインは思う。さすがだな、と。
 あれはただあの男の異質さに怯えてるんじゃない。魔導士としての格の違いを感じているんだ。だからこそあれほどに警戒している。気を抜けば取り込まれると感じているのだ。だから本能的に身構え、他に味方を作ろうとしている。ただ生きる為に生きる動物なら、それでいい。充分だ。
 だが人間は違う。いずれそれを乗り越えなければならない。自分のように目を瞑って逃げてばかりではいけない。ましてやあれだけの才能を秘めた少年だ。越えなければ、余りにもったいない。そして、あいつなら。
「…上手くやるよな。あんたなら。」

 ほんの数分後に、きっとパロムは見違える程強くなっているだろうと。カインは一人笑った。

 

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なんというチャレンジ小説だろうこれ。全2話です。

自分的にレオノーラ19歳(ギリギリ少女)、パロポロ17歳、セオドア12歳…が、ギリギリ成り立つ年か…?と思っています。少年漫画的には10歳でもいいだろうけど。ラムネスみたいな。
でもアーシュラのバディば13歳じゃねーーよなああああ_| ̄|◯