もう、随分前からわかっていたのだ。
こいつは悪いヤツなんかじゃない。
いいとか、悪いとか。
世の中はそんな単純なものじゃないんだって。
5歳んときから知ってたじゃないか。
ただ、誰か悪者にした方が…生きるのに楽だからさ。
ちょっと、あたってみただけ。
全部セシルのせいにしてた、あのころのミシディアと同じ。
馬っ鹿みてえ。
マジで、馬鹿みてえだな。
「…つええ。」
ごろり、と地面にひっくり返ったパロムがとても素直に吐き出したその一言に、パロム自身が驚いていた。
ありえないほど疲弊した身体に荒っぽくかけられたのはハイポーションと、エーテルドライ。少しだけ、身体が軽くなる。
「…惜しかったな。流石に少々、焦ったぞ。」
「……そりゃどーも。」
目を開けるとゴルベーザがいた。膝ついててもでけえなあ。つかあせっただけかよ。んでもうちょっと丁寧にやれよ。そんな事を思いつつもさすがにこの状況では悪態も出ない。
「…どーせ寝るんだから、そんないいモンつかわなくていーよ。」
負けはもう、認めざるを得なかった。いわれのない喧嘩を売られた魔人から嫌味の一つでも返ってくるかなと思ったのだが、予想に反して返す声は殊の外、優しいものだった。
「限界まで絞り出した魔力は早めに回復しておく方が良い。身体に良い影響は及ぼさない。」
「そーゆーもんなのか。」
「体験上はな。」
「ヘー、あんたでもそんなことあったんだ。」
「…随分と、昔の話だがな。」
「そうか昔はおっさんも人間だったか。」
「…そうだな。」
減らず口に対して予想外に軽妙に返ってくる返答。最後にゴルベーザが軽く笑った。なんだか釣られて、パロムも笑った。
なんだ、ガキでもちゃんと相手してくれるんだな。そういうとこ、やっぱあんちゃんのあんちゃんなんだな。そんな事を思って、もう一度目を瞑った。
「自分の価値を、他者に委ねるな。」
不意に、少し厳しい言葉が落ちてきて、パロムは目を開けた。
「え?」
「誰かが褒めるから。誰かに負けたくないから。そんな理由で己を磨くなら、そこには自ずと限界が生じる。勝ってしまえば、それで終わりだ。」
急になんだよと思いつつも、何故かパロムはそれに口を挟むことが出来なかった。
「誰か、ではない。お前は、お前だ。それだけを見つめてみろ。さすればお前は…まだ、伸びる。」
軽く笑われたような気配にちょっとだけ腹が立って、さすがに上体を起こす。
「そ、そんなことおまえに言われなくったって…!」
「目標にするのは良い。だが、そこは終着点ではない。」
言葉尻を奪う様に続けられたその一言に。
「賢者テラなど越えてみせろ。」
唖然とした。
だけど同時に、ああそうかと、そういう気もしていた。
じいちゃんはゴールじゃなかったか。そりゃ、そうだよな。
「私が言う事でもないがな。」
そう言って、魔人ゴルベーザは笑った。自嘲するかのような微かなそれは、どことなくセシルに似ているなと、初めてパロムはそう思った。
「…ったりめーだろ! アンタなんかに言われなくったって、じいちゃんなんか…軽く越えてやるよ!!」
力の限り勢い良く立ち上がった。そして思い切り張るいつもの虚勢。強がり。ハッタリ。
だけど、それこそがパロムの原動力だった。いつでも。ハッタリを本当にしてやる。それが彼の、力。
だからこういう時こそ、胸を張れ――!
再びゴルベーザは笑った。今度は、どこか不敵な笑みで。
「猛々しい良い目だ。それを、忘れるな。」
そして、そっと左手をパロムの額に翳した。
一瞬、白い何かが脳の中で弾けた。
「っ! な、なんだよ何した!?」
「大した事はしていない。先ほどの連続魔法の感覚を留めただけだ。」
「か、感覚?」
パロムは自分の両手を見た。確かに、思い出せる。無我夢中で続けざまに放ったあの魔法の感じ。扱い方。
「見事だったな。少し加減を覚えれば直ぐに実戦で使えるだろう。ああいった脳の使い方は誰にでも出来るものではない、才能だな。だが、奢るでないぞ。調子に乗ればまた暴走する。」
少し笑いながらの、ちょっと混じる上から目線のその声にむくむくと対抗心が沸き上がる。負けてなるものかと言い返した。
「あったりめーだろ! こんなんじゃまだまだじーちゃんも…越えられないからな!」
あんたも。
その一言だけは悔しいから臥せた。そしてどこか清々しい気分でパロムは胸を張る。ああ、これが俺だよなと思いながら。
ゴルベーザはそれを見届けて立ち上がり、踵を返した。
「精進しろ。少年。」
それだけ告げて。
…お礼を言いなさいパロム! そんな幻聴が聞こえる。どうあれあの男のおかげで自分が新たな力に目覚めたのは事実だ。たしかに、それに関しては言わなきゃなんないかなぁとバーチャルポロムのお小言は横に置いておいても理解できた。だから、パロムは叫んだ。
「後悔すんじゃねーぞおっさん! 今にアンタだってブったおして、最高の黒魔導士になってやっかんな!! そんときまで、月なんかに逃げるんじゃねーーぞ!!」
出てきたものは結局礼とはほど遠い言葉。もうこれは、性分というより他ない。どうせ返答なんかねーだろと思っていたから、謝罪も訂正もする気はなかった。
予想に反して、ゴルベーザは振り返った。驚いて思わず身を竦めたパロムに掛けられた言葉は。
「…楽しみにしている。」
ぽかんと口をあけて、只ただ唖然とした。
ぽかり!
ものすごく慣れた音と衝撃と共に背後から浴びせられる怒号。
「ちょっと! なんか騒がしいと思ったらあんた何やってんのパロム!」
「いでええええ!!!」
そこにはバーチャルではない、実体の姉が立っていた。いつもなら舌打ちしてとっとと逃げるところだが…不思議と今はそんな気になれなかった。あれが「騒がしい」程度で済んじゃったのか、と思いながら痛む頭を軽くさする。そしてふいとポロムを見た。
「…なあポロム。」
「!? な、なによ。」
いつもとはまるで違う様子の予想外の反応に、姉の方が狼狽する。
「あのおっさん…」
ちょっと、カインに似てるな。
そう思った言葉は結局口には出さなかった。
「…なによ?」
「いや、いい。やっぱなんでもない。」
「なんなの!? 気になるじゃない!!」
ぶっきらぼうでお前になんか興味ないってフリしながら、すげぇ人に気ぃ使ったり。
言う事冷たくてキッツイくせにどっかなんか、優しかったり。
後ろ向きで勝手でいつも一人でいようとするくせに―――
誰より、誰かのために何かしようとしてる。
全体的にカインの6割増しってカンジだけどなぁ。と、心でだけ呟く。だったら、あんちゃんがあんだけ懐くのもしょーがねーか。皆もそれ判ってて許してるのかな、とそんな風に思って。…思い直した。
「…みんなは、カンケーねえか。」
「何が!?」
要するに俺がどう思ってるかってことだよな、と。だったら。
胸に手を当て、考える。
言いたい放題言ったせいだろうか。めいいっぱい力を奮ってやつあたりしたせいだろうか。先ほどのような理解不能のモヤモヤとした感情は、綺麗さっぱり消え失せていた。
あー、そういうことか。そうなのか。よくわかんねぇけど…わかった。
「ポロム。」
「何よ。」
「寝るか。」
「何なのよ―――!!」
あっけらかんと言い放ったパロムに追いつけず、遂に姉が暴発した。珍しいポロムの爆裂混乱ぶりに、弟は思い切り腹を抱えて笑った。
「男同士の世界だ。お前にゃわかんねーよ!」
「それじゃ納得いかないわよ! 説明なさい!!」
「いーじゃん女同士の世界だって俺わかんなかったし、お互い様だろ。それともお前も説明する?」
そう言われてぎくりとポロムはたじろいだ。弟の言葉が先日のレオノーラやルカとの話を指している事は明白だ。まさか聞かれていたとは思わなかった。どうしようかと狼狽しているうちに、パロムはもうコテージにむかって歩き出していた。
ふと、その足が止まった。
「あのさあポロ。」
「…な、なによ…。」
「とりあえず俺最強の黒魔導士めざすわ。賢者は、その後にする。」
じーちゃんもそんくらい待っててくれるよな。振り返りそう言ったパロムはあの頃のような迷いのない、澄んだ瞳の笑顔だった。
本当に子供とは眩しいものだな、と一人ゴルベーザはそう思う。
あの少年は褒めれば怠ける。煽り挑発すれば、伸びる。だがそれでもまだ子供。ある程度は褒めねば、臍を曲げる。実に加減が難しい年頃なのだ。
勿体無いと思った。ミシディアの基本修練法で学んでいるはずのあの少年は、あの瞬間、間違いなく魔導の真理に近づいた。己の脚だけでそこへ近づいていた。ならばもう、他人と比較し、誰かを追い求めるレベルではないのだ。自己へと目を向け、己と戦う事が出来れば遥かに伸びる。伸ばしてやりたいと、柄にもなくそう思った。
多分、カインもそう思ったのだろう。だがカインでは魔導士に対して導く手を差し伸べる事は出来ない。だからこちらに回してきた。
上手い事あれに使われたような気もするが、今回はそれで良しとしようかと、ゴルベーザは珍しく寛大な気持ちになっていた。
『後悔すんじゃねーぞおっさん!今にアンタだってブったおして、最高の黒魔導士になってやっかんな!! そんときまで月なんかに逃げるんじゃねーーぞ!!』
正直そういう所に落ち着くとは思わなかったが…不思議と、悪い気はしなかった。最後の条件は飲んでやれぬかもしれんがと、心でだけ返事をする。
「そう簡単に抜かせるなよ。」
そう声をかけてきたのはカイン。岩壁に背を預け腕を組み、こちらを見ている。ずっと様子を見ていたのだろう。
「さすが。鮮やかなもんだな。」
笑ってそう言う。何を指しているかは言わずもがなだ。ゴルベーザもいつもの…嘗ての部下にだけ見せるあの不敵な表情で笑った。
「…貸しておくぞ、カイン。」
「う、勘弁してくれ…あんたにそう言われると、本当に何をされるのか恐ろしくてしょうがない…」
あっさり両手を上げるカインに、ゴルベーザの表情が少しだけ和らぐ。
「なら、今回はあの少年に免じるとしよう。」
遠目に姉弟の大騒ぎが見える。
常と変わらぬ…否、少しだけ柔らかくなったようなそのやりとりに
未だまだ未来は終らせられないと、口に出さず二人はそう思った。
TA勝手に追加イベントでしたイエーイ ごめんなさい。
ゲームだとほら、ちょっと味気ないじゃん連続魔習得イベント。ねえ。だからほれ、つい、出来心です…。
どうせこのサイト、ゴル様マンセーだから怒る人いないよね! ね!?
思いついたシーン全部入れたら、エピローグ部分がえらい長くなってしまいまして急遽3話編成にしました。もう俺はそれで…いい。
そしてこのカインは時間軸的に酷い目にあった後のようですね。(笑)
やっぱり連続魔はパロムだと思います。…実際はポロムのほうが便利そうですが。
まったくどうでもいい話ですが、TAで一番エロいコスはポロムだと思います。
大好きだあのデザイン。