プロローグ

 

「というわけで俺様はビサイドに南国バカンスいくから。おめぇらも行くぞ。」
「馬鹿だお前は。」

 開口一番に言い切るのはジェクト。
 切って捨てるのはセオドール。


 今日は珍しく兄が一日在宅中。そんな昼間。
 最近すっかりこの家の常連客となってるジェクトが、セオドールの部屋に上がり込むや否や一人喋り出してそんな結論に至っていた。
 にいちゃんはすっかりジェクトさんと仲良しになったなーなどと、やや兄の思惑とは離れた感想を抱きつつ、うさぎのマグカップを手に麦茶を飲み飲み眺めているのは弟のセシル。友達のカインは横でジェクトのお土産PSPに夢中。


「どういう経緯でそんな事を言い出したのか知らんが」
「説明したじゃねーか今きっちり。おめぇ読書の片手間に人の話聞いてんじゃねーよこっち向けや。」
「勝手に上がり込んで冷蔵庫まで開ける男に尽くす礼など持ち合わせておらん。聞いて欲しければ先ず最初にノックをして部屋に入るところからやり直せ。」
 休日とて大体机の前にいて本を読むか、何か研究の続きをしている兄はそれを止める気はないようである。
「ま、まーまにいちゃん。僕がどうぞって言ったから許してあげて…ね?」
 見かねた弟が助け舟を出す。マグカップを両手に持って可愛らしく小首を傾げられた日には兄として溜息を吐き…折れるしか道はない。
「…解った。で、何故私たちに声を掛ける。そんなものは家族水入らずで行くものだろう。」
「だから家族だけで行くとちっと面倒なんだって言ってんだろ。ティーダが拗ねンだよ。」
「普通は逆だろう。」
「ウチの天使ちゃんはヤキモチ焼きなんですよぅ」
「殴っていいぞカイン。」
「俺に罪かぶせんなよ汚ねーなあ。」
 汚れ役を振られたカインは元々ジェクトのファンで、今はすっかりお土産のゲームソフトで買収されている。さらに元々何かと(弟の事になると)口うるさい兄貴はぶっちゃけあんまり好きではないので、そんな理不尽な命令聞くつもりは全くないようだ。
「だーも、冗談じゃねーんだって。かーちゃん取られるっつって泣くんだよ。」
「…なんだそれは?」
「ウチの嫁は俺にベタボレしてっかんな!」
 カラカラとジェクトは笑った。対するセオドールはものすごい渋い顔である。
「何だそのレア扱いは。お前はどれだけ家庭に居着いてない駄目親なんだ。即刻帰れ今すぐ帰れ。」
「ちげえっつの。大体帰っても今嫁は息子と一緒に実家。」
「…遅かったか。」
「ちげ―――っつの!!おめぇどんだけ俺を家族不幸な男にしてえんだよ!! あっちにティーダの友達一家がきてんの。まあ俺のダチの子なんだけどよ、俺ぁ練習あっていけねえから。」
「ああ。」
 やっと納得したらしいセオドールが本気で顰めていた眉をようやく緩めた。変な所で面倒なヤツだなあと音には出さず溜息に乗せて、さて、と一から仕切り直した。
「まああんまり構ってやれてねーのは確かだからな、たまには家族サービスにつれてってやろうとは思うんだがそういう事情でよ。一緒に遊べる子がいりゃああいつにもいいかなーという親心なワケだ。わかったか。」
「解った。理解した。」
 まるっと話をなぞり終えて、漸くセオドールにも全容が伝わったらしい。どんだけ時間がかかるんだと思いつつもジェクトはやっと安心して一息ついて。
 そしてようやく冒頭の話題に戻った。
「そう言う訳で来週は南国バカンスだ。おめえらも行くぞ!」

「やった―――!!!」
「却下だ!」
「え――――――!!?」
「なんでだよ!!!!」

 この4行は2.3秒程度だった。


「駄目に決まっているだろう! 自分の身体を考えなさい!!」
 そう言って珍しくきつくセシルを睨めば、弟はびくりとして大人しくなった。
「お前もお前だジェクト! セシルが日光に弱いのを知っていて南国など、無茶な話しを振るな! 糠喜びをさせるだけだろうが!」
「だ、だから夏は避けたんじゃねえか。南国ったって国外出る訳じゃねーしちょっと南なだけなんだから、まだそんなにキツくねえよ。ちゃんと時間守れば…」
「つい先日守らせなかったのは何処のどいつだ…!」
「サーセン…」
 黒いオーラと共に本気で睨まれてさすがのジェクトも怯んだ。知ってはいたが弟が絡んだときのこの男は怖過ぎる。
「守るから…いきたいよにいちゃん……。」
 セシルがおずおずと上目遣いに懇願する。セオドールの中で何かがぐらりと崩れかけたが、ぎりぎりの所で堪えた。
「気持ちは分かるがセシル、他の友達が外で遊んでいる時に出られないのはとても辛い。だから、もう少し丈夫になってからにしなさい。」
「でも…。」
 寂しそうにセシルが俯く。
「体験談か。でもおめえバリバリ遊んでたって聞いたけど」
「黙れ脳筋。余計な事ばかり覚えているな。」
「…おめぇ最近マジで言う事容赦なくなってきたな。」
 ぶつくさ文句を垂れるジェクトを完全放置してセシルの説得をしてしまおうと見ると…セシルの膝に、ぽたりと雫が落ちていた。
「……ビサイド…いってみたかったなあ…。」

 力一杯兄貴は、両手を地に着いていた。

 

「大丈夫だよ。俺が守らせるから。」
 ぎりぎりの所で自我を保っていたセオドールと、爆笑を抑えるのに必死になっていたジェクトがそちらを見る。声の主は…カイン。セシルの一つ年上の友人。
「時間になったら俺もちゃんと部屋もどるし、それならセシル寂しくないだろ。約束はきっちり守る。それならいいだろ。」
 きっぱりと、言い切った。妙に頼り甲斐のある言葉だった。
「お、おめぇ小坊の癖にカッコいいじゃねえか…。」
「当然だろ? ジェクトと違うんだから、俺は絶対セシルに無茶なんかさせない。」

「セシルは俺がお嫁にもらうんだからな。兄貴みたいになったら困る。」

  


 枕片手に本気で殴りにかかろうとするその兄貴を羽交い締めにするのに、ザナルカンドエイブスのエース・ジェクト様は、名一杯精一杯そりゃあもう力の限り全力を振り絞っていた。


「カイン…嬉しいけど僕、男の子だからきっとお嫁にはなれないよ?」
「大丈夫だよ。最近流行りだし、俺らが大人になる頃には法律も変わってるって。」
「本気でその首へし折るぞ糞餓鬼!! (夢見がちな癖にませたものだなお前は)」
「逆! 台詞と心の声逆ンなってんぞおめぇ!! しかもどっちもロクな台詞じゃねえ!」

 

 …結局、今回も何故か有耶無耶にジェクトに同行するハメになってしまったという。

 

 

おまけ1

「なあセシル、さっきのあれってこの間授業で幼稚園行ったときにポロムがやってた…」
「うん、うそなき教えてもらっちゃった。ナイショね。」
「…お前もワルだなー……。」
 小学生とは大人が思うよりもずっと強かなものであると、兄貴はまだ気がついていない。

 

おまけ2

「大体何故私達なのだ、知り合いは多かろうに。お前は私を運転手にでもしたいのか。」
「…。    …。  …… …ンなこたねぇよ。」
 セシルとカインが振り向くと、兄が無言で氷in麦茶のWメテオを降り注いでいるのが見えた。

 勿論、後で母にはこってり叱られていたのだけれど。

 

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土地関係は深く考えたら負けですとも!!!
とりあえず、書いてる俺はめちゃくちゃに楽しかったです。ブラコン万歳カイセシ万歳。

おまけはおまけという名の本編に入れられなかったシーンですとも。