分岐

 

「旅行行くのにそんなに不機嫌なヤツも珍しいよなあ。」
「誰のせいだ誰の。」
 物凄く人相の悪い運転手に話しかけるジェクトは、なんと助手席在住。その二人を除いた面々は、実に子供らしく和気あいあいとワゴン車の後部で騒いでいた。
 今回は、そんな出だし。


「あー、次ンとこ右な。」
「解っている。」
 ナビをするジェクトに、運転手は物凄く冷たい。
「実は俺の地元だ! 俺に全部任せやがれ!!」…と、エースをやる気満々の予定で黙っていたのに、ものの見事にハズしてしまった。
 目立ちそびれた。それどころかやりにくかった…と思いつつも文句は言えず、ジェクトはひとり溜息をついた。

 自分が運転する車ではセシル専用だ、と言い切って憚らないその位置。助手席。移動開始当初は荷物置き場だった。
 子供達は、見慣れないお兄ちゃんたちに少し怯えるジェクトの息子ティーダとコミュニケーションを図るため自発的に後に乗り込んだ。最初はセシルを横に乗せようとしていたセオドールだったのだが、言っては何だがもう一人の子供カインの人当たりは悪い。否、決して悪い子ではないのだが、どちらかというとつっけんどんな態度なため第一印象は大抵の場合悪い。それを良く知っているセシルが、(放ってはおけないという意味的に)自分も後に乗るとにこやかに言ったのだ。
 さすがに子供の交流を邪魔する程大人げない訳でもなく、兄は(内心渋々)それを了承した。但しそれなら全員後ろだと条件をつけて。
 「お前本当に…」と、嫁の手前言葉を濁したジェクトに「こいつはこういうヤツなんだ。」と慣れた風にさらりと言ったカインがとても印象的だった。

 11歳のカイン、10歳のセシル、6歳のティーダ。子供たちはさすがなもので、結局ものの数分で仲良くなった。なったのだが。
 ジェクトの話どおり、親子の方が問題だった。なる程と10歳児達までもが納得する程問題だった。
 ジェクトが横にいる嫁としゃべると息子の頬がものすごい勢いで膨らんで拗ねる。座席の背を後から蹴る。それはもう明らかに、子供たちの空気まで物凄く悪くなる程に。
 ではと息子に気をつかって父が話しかけると「うるさいクソ親父」の一刀両断。その鋭さは予想以上だった。
 居た堪れない空気の中30分位は無言でねばっていたジェクトだったが、はっきり言って幼い子供から嫌われまくる親というのは、見ていて痛々しいことこの上ない。とうとう自他ともに認めるブラコン・セオドールの、めったに上がらぬ気の毒ゲージが振り切れたのか、「ジェクト、ナビをしろ。」と助け舟を出したというそういう流れだった。

「(ンでも機嫌はわりーんだよなあ。)」
 どうあれ話が出来る状況にはなった。助けてもらった手前文句はいえないが、どれだけこの位置は鉄壁の弟Vip席だったのだろうと思いを馳せずにいられない。後で機嫌取りも兼ねてなんか礼でもしなきゃいかんかと思いつつ、最後の曲がり角のナビを終えた。

 眼下に広がる紺碧の海に、都会産まれの子どもたちから歓喜の声が上がった。

 

「海だー!」
「海だ海だ――!!」
「海だ海だうみだ―――!」
「わかったからお前らうるさい!」
 珍しく大きな声を上げ喜ぶセシルのノリにのっかってティーダが3割増の声をあげる。それに釣られるようにもう一度セシルが叫んだどころでついにカインが突っ込んだ。
 意外といいトリオか? 一時はどうなることかと思ったが、結果的にはナイス企画だったかと眺めるジェクトはにんまり笑った。どんだけ空気が悪かろうと、最終的に子供に喜ばれるなら嬉しくない親などいない。兄貴とてそうだろう。
 さて今度こそ嫁とダチに褒めてもらおうかと胸を張って振り向いたら、等の二人は背後でいつぞや張りの謝罪合戦を繰り広げていた。内容は聞き取れなかったが、多分自分が助手席に乗った事やら、ティーダの態度やらに対してなのだろうと…察しは付いた。
 国民性って言っちまえばそれまでなんだろうけど、俺説明してんだし、お互い良しとして遊びにきたんだから細かい事で頭さげんなよなー、と思いつつ、飛び火してきてはたまらないので前方の子供達を構いにいくことに方針変更することにした。


 10秒でティーダに蹴り帰された。

 本日の息子とのコミュニケーションは、それで諦めざるを得なかった。

 


 常夏に近いビサイドとはいえ、地元の人間からすると泳ぐには時期尚早。早めのバカンス企画は当たりで、それほど人の多くはないビーチサイドは子供たちの天国だ。
「あれだな、遠目から見るとホントに女の子だなセシルちゃん。」
 気分を切り替えてすでにひと泳ぎして戻ってきたジェクトが、パラソルの下で腕を組んで座っているセオドールに言う。
 視線の先にいるセシルの姿は…なるべく日差しを避けるため水着の上から腰にパレオ,胸まで隠れる特注の肩掛けをかけて大きめの麦わら帽子着用。慣れていないので泳ぐときはうさぎさんの浮き輪付き。ええもうここから見るとどう見ても女の子です本当にありがとうございます。一緒に遊ぶティーダは真っ黒に日焼けしたうえ(親父が絡まなければ)快活にも程があるくらいだし、カインは小学生の分際で妙にクールで自分の魅せ方を弁えている。タイプは違えどどちらも全力で男の子くさいので、比較効果が3割増だ。
「ところで、お前は泳ぎにいかねえのか?」
「セシルから目が離せん。」
 それは時間管理とか監督責任とかそう言う意味なのか、はたまたブラコンが高じてあれでそれであっちな意味なのか、とは怖くて問いつめられない。
「…ウチのも混ざって見てるし、大丈夫だろ?」
 ティーダが父親を頑として拒否するので、子どもたちの保護は妻の方に任せた。
「信用していない訳ではないが、人様にばかり頼り切る訳にもいかん。」
 答える間も本当に一秒たりとも目を離していない。ここまでいくと、さすがのジェクトも恐ろしくて冗談のタネにする事も出来ない。これであの子が本当に妹だったりした日にゃこいつ一体どうなっていたんだろうと思えば…軽く想像するだけで背中に嫌な汗が流れた。
 ずっとひとりで泳いでたってつまらない。が、とりあえずこの友人を動かすにはセシルのタイムリミットを待つより他なさそうだ。
軽くため息を吐いて、ジェクトもセオドールの隣に座った。


「セシル、時間だー! 部屋に戻るぞー!!」
 ティーダの母親にずっと時間を尋ね続けていたタイムキーパー、カインが海岸から叫んだ。浅瀬でビーチボールと戯れていたセシルとティーダが海岸の方を向く。
「えー! もう時間っスかー!? もうちょっと遊ぼうよ―― !」
「だめだ! これ以上はセシルの体によくない!!」
「ちぇー。」
 すっかりお兄ちゃんポジションに収まったカインの言葉に、ティーダはしぶしぶボールを拾い上げる。
「ティーダはカインとまだ遊んでてもいいよ? 僕は戻るから。」
「やだ! セシルといっしょがいいっス!」
 虚弱体質故か、周囲に気をつかう性格のセシルが申し訳無さそうに言うも、ティーダは明朗快活にそれを拒む。自分と一緒がいいと言うはっきりとした物言いが、ちょっと羨ましくも嬉しくもあった。結局二人で仲良く手をつなぎ浜辺に上がってくる。
「かーちゃん喉かわいたー。かき氷食べたい。」
 セシルより4つ年下のティーダが、子供らしく母親におねだりをする。
「じゃあお母さん買ってくるから、貴方たちは部屋に戻ってなさい。ティーダ、旅館の場所はわかるわよね。」
「バッチリ!」
 快活にティーダが返事をする。
 セシル達はつい先程聞いたのだが、この小さな南国の町はジェクトの地元だったらしい。宿にとった旅館はもう随分昔からジェクトの知り合いで、常連宿で、当然ティーダも何度も来たことがある、半ば庭のような場所だったのだ。
 そのうえ町の人間も彼らをよく知っているし、何より観光地とはいえ基本的に田舎町。子供がその辺をほっつき歩いてようが遊んでいようが、微笑ましく見守るだけでなにも危険なことはない。だから、何の躊躇もなく、子どもたちも自分達だけで宿に戻ることに同意した。
「じゃあにーちゃんに言ってく…  ……あれ?」
 カインとセシルが兄に戻る事を継げようとすると意外なことに兄貴は既にジェクトに誘拐されて海の中だった。兄が積極的に(かどうかは謎だが)誰かと遊ぶという珍しい光景に、セシルが嬉しそうに頬笑む。
「にーちゃーん、僕お部屋もどってるから、心配しないでねー!!」
 日傘を持つカインの横でセシルが精一杯声を張り上げると、気をつけろよ、と言う声と手を離すなよカイン!と半ば脅迫めいた声が続けざまに帰ってきた。どちらが誰に向けられた言葉なのか解りやす過ぎる。あのまま闇に沈めばいいのに、とちょっとだけカインは思った。

 

 浜辺に備え付けられた更衣所で簡単に着替えを済ませ、宿へ戻る道の途中から母親と離れて子供たちは3人だけで田舎道を歩く。ふいに、道案内のティーダが足を止めた。
「ちょっとだけ遠回りして帰ろうぜ、なあ!」
「え?」
 セシルが小首を傾げる。
「せっかくだからさ、森の方通ろうぜ。」
「…あ、お前そのために母親撒いたな。森って、危ないだろ。」
 保護者役のカインが感づいて苦言を呈する。
「へっへー!大丈夫だよ。俺何回もいってるし、そんなに遠くないし。すごいきれいなヒミツの場所なんだ、セシルにもみせてやりたいっス!」
 きらきらとした瞳でティーダが言い返す。ティーダ自身は都会生まれなので、この町に来たときの森の散歩は、彼の密かな楽しみなのだ。
「カイン、みてみたいな。」
 自分よりちょっとだけ背の高いカインを、セシルは上目使いに見た。
 見られたカインは思う。兄貴と同じ手が通じると思うなよ、と。
 思ったが。
 それはそれとして自分も見たかったので、結局は兄貴と同じでそれに折れた。

 


 時間は少し戻って…
「お、ナイト様がちゃんとセシル姫をお部屋に連れ戻すようだぞ。」
 遠目から座って海を見ているジェクトが囃し立てた。先ほどからずっと時計と睨み合いをしていたセオドールが声を出そうとした矢先、カインがわずかに早くセシルにタイムアップを告げたのだ。
「…まあ、大口を叩いたのだからあれくらいはしてもらわなければ困る。」
「11歳に何求めてンだよおめーは、下手すりゃハナ垂れ坊主じゃねえか。ガキ相手に悔しがってんじゃねーよ。」
「誰がだ。」
「おめーがだ。」
 まあムキになるのも慣れりゃ可愛いね。などと思いつつジェクトは立ち上がった。
「ま、あの様子なら任せておいて大丈夫じゃねーの? 未来のお婿さんに。」
「ふざけるな私は認めない!!」
「いや認めるもなにもねーし。」
 冗談を、マジにとられて、一瞬引いた。
 子供たちが嫁につれられて更衣所に入る。それを見届けてからジェクトはなにやらぶつくさ呟いているセオドールの腕を引っ張り上げた。
「!? な、なんだ。」
「なんだもなにもねーだろ。泳ぐぞ。」
「…いや、私はいい。」
「は!? おめー何しに海にきてんの? セシルの水着姿を拝むためか?」
「そこまで変態じみてはいない!!」
「なら問題ねえな。ほらこいよ!」
 普段は冷血な程冷淡なくせに、弟を引き合いに出せば比較的乗せやすい。そして案外押しに弱い。俺も扱い方覚えてきたなーと思いつつ、無理矢理その腕を引きながら笑った。
「おめーもたまには息抜けよ。でないと、セシルだって安心して遊べないだろ。」

 そして三たび有耶無耶に、セオドールはジェクトに引きずられた。

 

 


「すごい、きれい!!」
 木漏れ日の下でセシルが感嘆の声を上げる。口に出しはしないものの、カインもそう思っていた。ティーダが自慢げに鼻の下を擦った。
 森というには少々密度が少ない。まあ林というのが正しいのだろうが、そのあたりの判別は都会っ子には曖昧なのだろう。それがちょうど良い具合に日向と日陰を演出している。
「ここをさ、道まっすぐいけば旅館の裏に出るんだ! 通っていこうぜ!」
「うん!」
 嬉しそうに返事をするセシルに、カインも異論は唱えなかった。が
「道らしい道なんてないぞ?」
「あれー、なんか去年より草が多いや。んでもまあ、何となくわかるし大丈夫っス!」
 快活に言い切ってティーダが先頭を歩く。一番地理に強い彼が自信たっぷりなのだからと、特に二人は何かを疑うような真似はしなかった。

 『立ち入り禁止』の看板とロープがちぎれ落ちて草むらに隠れているなんて、当然小学生が思う筈もなかった。


「すごいねー、ティーダよく知ってるんだね。」
 羨望と尊敬の眼差しでセシルが言う。それを受けてティーダも素直に喜ぶ。
「へへー、すごいだろ。ね、おっきくなったら今度は二人で来ようセシル!」
「二人で?どうして?」
「デートするっス!」
「なんだそりゃ。」
 カインが飽きれたように口を挟んだ。
「デートはデートっス。カインそんなこともしらねーの?」
 我が道を行くティーダが何事もなく答える。
「いや、そうじゃなくて」
「俺決めたんだ。」

「俺、セシルをお嫁さんにするッス!」
「は!?」
 その瞬間、時間が圧縮され世界が止まった。


「ふざけんなクソガキ!セシルは俺がお嫁にもらうんだ!!」
 驚いたセシルが何かを言う前にカインが叫んだ。まさかのライバル出現である。
 さらに驚いたセシルが何かを言う前にその上を行く爆弾発言がそれを遮った。

「親父はセシルのにーちゃん嫁にすんだろ。だったらちょうどいいじゃん。」

「はぁ?」

 その瞬間、世界は無に帰った。


「…だめ。」
 ぽそり、と呟かれたそれに気がついたのはティーダの方が早かったか。
「だめ、絶対だめ―――!!!」
 響く絶叫。同時に反転し、セシルはものすごい速度で駆け出していた。
「あ!セシルまて!!」
 一瞬無の世界に行っていたカインが気がついて、日傘を放り出しあわてて追いかける。
「え、ええ何なんなんスか!?」
 何が起こったかわかってないティーダが、おろおろしながらカインを追って叫ぶ。
「バカ野郎!おまえがおかしなこと言うからだ! 兄貴のブラコンは病気だけど、あいつもあいつでけっこうなブラコンなんだから!」
「えー! 俺のせい――!?」
 まったく悪意のなかったティーダが心底驚いた表情をみせる。お前嫁の意味わかってるかとか色々文句は言いたかったが、それにしたってセシルが速い。説教は後回しだとカインは走る速度を上げた。

 と、突然その姿が消えた。
「え!?」
 二人ほぼ同時に声を上げ立ち止まる。止まりきれなかったティーダが少しだけ前に出て声を出した。
「うわあ! っとっとお!!」
 ぎりぎり踏みとどまったそこにあったのは、深い穴。広さ高さは子供3人分といったところだろうか。茂みに隠れて、視線が低いと一瞬見えない。
 まるで落とし穴のようなそこにセシルはいた。
「セシル!」
 二人が同時に叫ぶ。穴の下のセシルが見上げた。
「……カイン…ティーダぁ」
「大丈夫か!?」
「…足、いたい。」
 か細い声が返ってくる。
「ひねったか?」
「うん」
「の、登れないっスかー!?」
 焦ったようなティーダの声にセシルが土壁に手を掛ける。ぽろりと崩れ落ちた。
「無理だ柔らかすぎる。まってろセシル!」
 カインがそれを制止する。そしてティーダに向き直った。
「ティーダ、お前戻ってセオドールたち呼んできてくれ。お前の方がここに詳しいから速い。」
「わ、わかった。カインはどうするっス?」
「俺は」
 言いながら、カインは一枚だけ羽織っていた白いタンクトップを脱ぎ捨て、近くの木に括り付けた。そして落ちていた木の枝を一本拾い穴に、飛び降りた。
「あ!」
 ティーダが止める間もなく、カインは柔らかい底に着地する。
「俺はセシルの側にいる。任せたぞ!!」
 そう言って、挫いたらしいセシルの右足に枝と、もっていたバスタオルを巻き始めた。
「ま、まかせるっス!!」
「途中に目印ちゃんとつけてけよ! ここがわからなくなったとかいうオチはナシだぜ!」
 余裕の表情でカインはティーダに手を振った。


 ティーダはパチン! と両手で自分の頬を叩く。スポーツ選手なんかがよくやっている気合いの入れ方だ。クールに笑ったカインの表情と、それで幾分か落ち着きを取り戻した。
「すぐに戻るから、二人ともまってるっスよー!!!」

 そう言い残し、全力でティーダは走り始めた。

 

  

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出だしがちょっとキツかった…ティーダママンのキャラ付けができないから。_| ̄|◯

10は友達に借りて1回プレイしたっきりなので、けっこう嘘かいてると思います、ご勘弁ください…
ティーダのかーちゃんて、キャラついてないよねえ確か…?
あと、ティーダとの年齢差は意図的にちょっと変えさせていただきました。
兄さん20歳を基準に、セシル10、ジェクトさん25として他キャラを調整してます。19ンときの子供ということで。
ジェクトさんならやりそうじゃないか、学生できちゃった結婚(笑)
しかし18はさすがにキツかろうということで…。

ビサイドの地理は、日本における沖縄的イメージで書かせていただいております。住んでるのはザナルカンドか? それも国ではなくて一地方的なイメージで。
バロン国ザナルカンドみたいな。(どんなだそりゃ)

「うみだ海だうみだー!!」は、何故か未だに忘れられない、赤ずきんチ◯チャの台詞からパクりました。
なんでかすごいツボったんですよねこれ。(原作手元にないので、記憶によるインスパイア)