チャレンジにも程があるスカルミリョーネSS 1

 

「出来る…出来るはずなんだ…」
 ひとりそう呟きながら、リオネルは風に飛ばされた研究レポートを拾い集めている。幸い強い風の吹く日ではなく、それほど広範囲にそれがちらばったということもないのだが、左腕が不自由な彼にとっては大変に難儀な仕事であった。
 拾った書類をくわえる。もう一枚ひろって片手で纏め、またくわえる。それを繰り返す。全部で32枚。大事な研究成果なのだ、急いで拾わなければならぬ。飛ばされぬうちに。16枚目をくわえ直そうとしたとき、ふいに吹いた強めの風にまたいくつか飛ばされてしまった。
「!」
 紙を咥えているため叫ぶ事も出来ない。飛ばされたそれを再び拾うべく走り寄ると、肩口が何かとぶつかった。ずっと前屈みで下を向いていたのでまるで気がつかなかった。まずい、と思い見上げた。連中かとおもった。が、それは学者のもやしのように華奢な体躯ではなく、修道僧かと思う程の筋肉に身を覆われた、およそ人とは思えぬ巨漢だった。
「…ここに10枚ある。あと幾つだ?」
 深みのある声がそう言った。逆光のせいか、髪が銀色に輝いたような気がした。

 

 

 幾つだ

 


「…幾つだ?」
 もう一度聴き返してきた声に、はっとしてリオネルはくわえたままの書類をそのまま器用に数えだした。12枚。目の前の人物は10枚あると言っている。ならば。書類を右手に持ち、答えた。
「10枚。」
「そうか。急ぐぞ。」
 それだけ告げて男は自分に背を向けた。長い研究生活で曲がってしまった背骨をぐいと持ち上げその姿を見ると、やはりその髪は銀色に輝いていた。
 学問の神様でも降りてきたのだろうかと、そんな事が一瞬脳裏をよぎっていった。

 

 

 


「失ったのは3枚か。」
 学問の神様改め銀髪の青年は、集めたレポートを数え冷たい声でそう言った。向かいに立つリオネルはがっくりと肩を落とし、地にへたりこんだ。
 1枚はすでに水路の中だった。2枚は何処に飛ばされたのか、幾ら探しても見つける事が出来なかった。2年半かけた研究資料が、一部とはいえただの一瞬で失われてしまったのだ。落ち込むなというほうが無理である。水路に落ちたそれと一緒になって身投げしたい気分だった。
「…そう落ち込むな。中核部分は無事のようだぞ。」
 ……青年の言葉を理解するのにややしばらくの時間を要した。ようやく理解して顔を上げると、青年は彼の研究資料を実に楽しそうな顔で眺めていた。
「興味深いな。」
 そして、そう言って笑ったのだ。


「汚い部屋で申し訳ない。」
「構わない。研究室などそのようなものなのだろう。」
 学問の神様改めただの青年改め、やはり学問の神様かもしれない男は、そう薄く笑みを浮かべ言った。街外れもいいところ、辛うじて群生している木々が影を作っている程度で、むしろ砂漠と言った方が正しいような立地に構えた自分の研究所…と、いうにはあまりにあまりなあばら屋なのだが、そこに案内して部屋に通し、リオネルは青年に椅子を差し出した。
 本当に研究に夢中で、生活空間の汚さは生半可なものではなかったはずだから、真っ直ぐに研究室に案内した。埃は敵だ、ここなら整頓はしていないものの掃除は行き届いている。貴重な資材も多くあったが、多分彼なら・・・あの短時間で、あっさりとあのレポートを読み理解してしまった彼ならば問題ないだろう。
 そう、踏んだ。
 自らが勧めた椅子に座り、改めて手にしたレポートを読み始めた青年を観察する。
 人とは思えぬ…と、いうのは少々大袈裟な表現だったが、通常サイズの椅子が子供用に見えてしまうくらいには大きな身体だ。筋肉も、褐色の肌もおおよそ頭脳労働とは真逆の位置にあるのだが、顔かたちや表情はこうして文字と向き合う事にまるで違和感を持たせず、むしろ肉体労働とは逆の方向性にも見える。その二つが違和感なく混在している、不思議な容姿だった。
 見目麗しい、という雰囲気ではないが、こうしてよく見ると、彫りは深いものの過度に装飾されていないすっきりとした目鼻立ちだと思う。それが余計に彼を知性的に見せているのかもしれない。
 印象的だった髪は、直射日光を遮る作りのこの部屋でもやはり銀色に輝き、見間違いや錯覚ではなかったのだなとようやく確信できた。
 アルビノだろうか。その割に肌の色は浅黒いから、そういう人種なのだろうかとも思い馳せる。普通、日の強い地域の人種は日光の毒から身を守るため全体的に色黒となるし、逆に弱い地域の人間は(ダムシアン王家のように外の血筋が濃い家柄は別だが)不足する光の要素を強く取り入れるよう、髪も肌も白くなる。
 ダムシアンの民は多くが各国各民族の混血だ。比較的不思議な組み合せの人間が産まれはするが…銀髪に褐色の肌などという極端な取り合わせ、学術的に見れば珍しいというより奇異だ。
 どちらにせよ、この界隈では見た事のない人種だ。各地より人の集う、この多民族商業国家で見た事がないというのだから、よほどの貴重種なのだろう。
 立派な体躯に良い顔形。知性と肉体を兼ね備えた貴種。

 矮小な体躯に子供のような筋力。並みだ、とすらお世辞にも言いがたい顔。唯一の自慢だったはずの知力は、同じ学者連中からいいだけ「非常識だ、馬鹿だ」と罵られ爪弾きにされ、認められなかった。中流家庭に生まれたが、両親が早死にして落ちぶれた。その上事故で片腕も失ったと同然の貧相な身体。
 なにもかも自分と正反対だと、リオネルは内心溜息をついた。

「如何した。」
 声をかけられ、はっと正気づく。なにも、と答えようとすると目が合った。
 うす汚れた自分の心を見抜くような、不思議なアメジストの瞳だった。

「ああ、長く借りすぎたか。返そう。」
 そう言って青年はレポートを手渡してきた。飛ばされた際に折れ、よれた箇所がきちんと伸ばされて綺麗になっていたことに、少し驚き、感激したりもした。
「研究のテーマはモンスターと人間における構造の差異と融合、か。お前は、こういった生体に関する研究を行っているのか」
 不意に話しかけられ、軽く驚いた。
「え?ええ、まあ。元々は、町に入り込むモンスターを掃討する国家討伐隊の中で、生態調査を任されていた…ダムシアン城付きの学者だったのですが。」
 彼の体躯のせいか声色のせいか、自分の性格故か、己はもう中年もとうに超えたというのに、明らかに10以上年下の青年に何故か謙った口調になってしまった。まあ、恩人相手だ。それもいいだろうと自分に言い訳して、リオネルは先を続ける事にした。こんなふうに自分の研究の歴史を語れる機会が、少し嬉しかったというのもある。それでも少し気恥ずかしくて、目線を外し語った。
「モンスターと…動物を分かつ境界はどこなのだろうと思いまして。」
「ほう。」
 ちらりと青年の方を見る。そっけない一言の返事だったが、瞳は自分を見ている。興味は失っていないようだった。
「それで…研究をはじめたのです。あわよくばモンスターの行動制御なども可能かと思い。」
「成程。その結果がその調書か。」
「はい。」
 リオネルは右手に持っていたレポートを見つめた。自然、言葉に力が入る。
「生まれた時は殆ど動物と変わらない特性だった。違いはほんの僅かだった。ある種の…薬物のようなものが脳内から発見されました。それが肉体を刺激し、成長と共に個々の動物の特性を劇的に強化していたのです。」
 自分の記したレポートをじっと見る。
「それは成長に伴なう肉体の強化と同時に破壊衝動を強め、理性・制御・自制…程度の差あれど、そういったものをそぎ落としていくものでした。強いモンスターになればなるほど、その傾向は顕著だった。自身以外を敵とし、即物的本能に忠実になっていくのです。」
 その結論には半年で至った。討伐隊の屠ったモンスターを貰い受け解体し、生態調査をした。素体には事欠かなかった。
「永続的なバーサク状態と言えるのではないかと私は考えた。白魔導士の扱うあの魔法は、その脳内の薬物を一時的に生成する効果があるのではないかと。ならば、ならば…人工的にモンスターを作る事は可能ではないのかと。」
 興味が湧いたのだ。利益不利益は関係なかった。学問の徒として、研究者として、それが出来るのか否か、それが知りたいだけだった。試したかった。
「効果の程度さえ知る事ができれば、人に投与し、モンスターの力をもった人間を作る事が出来るのではないかと…!!」
 研究は半ば確信に変わっていた。

 そして自分は、国家討伐隊を追放された。

「…それからは、このザマです。」
 リオネルは研究室を振り返る。
 僅かな研究道具。資材。本。紙とインクを買うにも事欠くような困窮した状態で、研究など進むはずなかった。
 だから、パトロンを探したかった。ダムシアンは商業の国だ。金になる、と思えば資金を提供する金持ちの道楽者は多かった。だから彼は、研究の集大成ともいえるこのレポートを持ち、町を走り回っていたのだ。だが。
「邪魔をされたか。」
「…はい。私の研究は邪なるものだと。人倫にも悖る悪魔の研究だと。他の学者達に。」
「成程。」
「とうに城は離れているというのに、何処で私をみつけたものやら…。」
 そう言ってリオネルはうなだれる。
「確かにそうかも知れません。これは最終的に、人間をモンスターに変えることが出来るか否かという研究になるでしょう…。言われて私もそう思いはしました。これは人として触れてはならぬ領域なのではと。」
 だから、捨てようかとも思った。あの日も。捨てれば、優秀な国家公認の学者として彼の将来は約束されていたのだ。
 だけど、出来なかった。
「……本当は、結果など問題ではなかったのです。出来るか、出来ないか、それが知りたかった。出来ないなら何故出来ないか知りたかった。知りたかった…だけなのです…。」
 自分でも呆れる程弱々しい声だった。

 

 あの日、悪魔のと罵られた。
 人の道を踏み外した外道だと。
 自分はそんなことはしていない。出来るかもしれない…いや、きっと出来るだろうが、まだやってはいない。
 自分は確かめたいだけで――

 訴えは届かなかった。充分断罪に値すると判じられた。その欲求こそが悪魔の証と。

 ああ、そうかと…言われてそう思った。

 

「私は、狂っているのでしょうか。」
 涙が止まらなかった。

 

 

「…ふ。ははははは!」
 不意に響いた笑い声に驚き、跳ねるような勢いででリオネルは顔を上げた。
 青年が笑っていた。実に嬉しそうに、楽しそうに。アメジストの瞳がこちらを見つめた。
「案ずるな。お前は狂ってなどいない。学者として、知を探求する者として至って正常だ。」
 あまりに堂々とした言葉に、唖然として青年を見つめた。青年は口角を上げ続けた。
「妬まれたな。」
「…妬まれた…?」
 言葉を反芻する。意味は判ったが意図はわからなかった。
「お前が隊を追放された理由は簡単だ。お前が時代の先を行き過ぎているからだ。」
「…は?」
「判らぬならもう少し噛み砕いて言おう。」

「お前が、天才だからだ。」

 

 やっぱり意図は理解出来なかった。
 なのに何故か、リオネルは泣いていた。
 何故か、涙が止まらなかった。

 

NEXT

ゴルさま好奇心で動くの巻。

こんなスカルは珍しいだろうっていうか、そもそもスカルの話自体が珍しかろうから、どんなに飛んだ設定でも気にしないぜ! き、気になんかしてないんだからね!!
それにしたってこれはチャレンジ小説以外の何者でもないぜ…!!
人間名設定はJuviさんからいくつか原案頂いたものから選ばせていただきました!俺の無茶振りに応えてくれてありがとう!マジ助かった_| ̄|◯


動機:TAのスカルがあんまりにも可愛かったので、カッとなって考えた。アンデットなら、元の生きた人間状態があるだろうと!

…ってここまで来てなんですが、モンスターを繋ぎ合わせて創ったとかいう、そんな設定があったりなかったりするそうですねスカル…。 あれか! またファミ通か!! ちくしょー、リアルタイム外したファンをなめやがって!!!!

インターネット有難う。良い情報だった。

 

 

以下スカルのポジションに付いて考察。4本編にて役割が対セシルしかないので勝手に考えてみた。

ルビが忠臣・前衛兼回復役、バルが勝手気ままなサマルトリア型(除・回復)姉さん、カイナは…さすがに元からモンスターで本能型としたら、実働ポジション的にスカルミリョーネはどこなのか。
結果、ローブのイメージが強いのか、頭脳労働系が四天王にもいるといいなと思いこんな設定にしてみました。まあ、腐ってるんですけど。
同じ頭脳系ならルゲイゲがロボット工学系、こちらは生態学みたいな。あ、いや分類は適当ですよ?俺大学とかいってねーし。

ゴル様がオールマイティ型(除・回復魔法)だとすると、このPTは…回復役が足りないな。絶対的に。
ルゲイエの治療とか? すげえヤだそれww
あ、メーガスがいたか!!

 

 

2011年8月、kuu様のイラスト追加。 な、なんという巨木な兄さん!!