チャレンジにも程があるスカルミリョーネSS 2

 

「他に、差し当たって必要な資材は何だ。」
「…何があっても有り過ぎということはありませんが、素材類…特にエーテル類やフェニックスの尾・羽、命石は必須です。どれだけあっても足りるという事はないと思います。それと…素体となる魔物の、新鮮な遺体が。」
 声色は多少困惑気味に、しかしそれでもはっきりとリオネルは答えた。
「そうか。ならば暫し待て。近いうちに工面してこよう。」
 そう、シニカルに笑って青年は去っていった。


 あれから、銀髪の青年は一頻り笑ったあとリオネルを連れ出し、町で手持ちの貴重な魔法石や魔法具を惜しげもなく金に換えて彼に当面の研究資金と道具を買い与えたのだ。あの簡素な旅装束の下からそんな金が出てこようとは夢にも思わなかったので、心底驚いた。
 にもかかわらず、何時までに何をしろだの、こういう成果をいくらでこちらに権利として委譲しろだの、そういったパトロンの条件らしい条件を男は一切付けてこなかった。先の会話のあと只一言、「また来る。」とだけ告げて男は去ったのだ。余りの事に唖然として背中を見送り、いいだけ経った後に名前も聞いていなかった事に気がついたくらい、突然の出来事だった。

 男が去って半日たってからようやく「名前も素性もわからない男に乗ってよかったのだろうか」と、この異様な事態にリオネルは気がついた。それから状況の整理を脳がはじめ、果たしてどうするべきかうろうろと部屋を往復しながら考えに考え、結局「自分にはこれしかやれることがない」という結論に至るまで、実に2日の時間を要した。

 そして、かの青年との不思議な付き合いは始まった。

 


 人の多い場所は好きになれない。
 『大多数』という形をとった時の人間は、もう個というものを失っている。個人の意志だと思い込みながら集団という個に取り込まれている。そういった人間の状態を、どうやら私は心から嫌悪しているらしい。
 だから、ダムシアンやバロンのような都市は好きになれない。
 どうせ個の意志を失うなら、全て捨ててしまえば良いものを。

 それでも、都市には情報と物が集まる。流通する。それは興味深いものであるし、今後の―――の為に必ず必要となるものだ。商業国家ダムシアンはそれが顕著だ。だから半ば無理矢理、こうして時折この都市に訪れる。
 それを拾ったのは幸運な偶然だった。半時も滞在すれば辟易する喧噪から離れ、一本外れた小さな、しかし小綺麗に整備された広場に、あの男は居た。調書を片手に必死になって金持ちの興味を惹こうとしていた。慣れていないだろう拙い言説で。遠目の位置からでも耳を峙てれば聞こえた。
 軽く10年は先を行く、興味深い内容だった。
 悉く撥ね付けられていた。そのうち、私の視界から消えた。そうして少し経った後、一枚の調書が私の足元にひらりと飛ばされてきた。
 30年先を行く内容だった。

 異才。その一言があれを表現するに相応しいだろう。

 恐らくこの星の人間では誰一人理解できないであろう知を持つ人間に、私は大いに興味を惹かれた。
 訊けば、50年は先を行く男だった。

 

 


「首尾はどうだ。」
 何度目になるか。何時もの如くふいに研究所を訪問してきた彼は、幾許かのモンスターの死骸…腐敗の進行をストップの術で止めてあるそれを保管所に放り投げ、やはり何を求めるでもなくそう尋ねてきた。魔法石など、かなりの量の資材も携えて。
2度ばかりこんな事を繰り返した頃に、この男は相当に高位な魔導士なのだと、ようやく世間知らずのリオネルも理解した。それと相当な…変わり者だと言うことも。
 どう考えても世間一般には非常識な真似を飄々とやってのける姿に、どこか自分と同じ異端の匂いと…格の違いを感じ、今やリオネルは青年に対し警戒心を完全に解いていた。こうなったら、とことんこの男に乗ってやろうと、そんな気にすらなっていた。
「はい、人とモンスターの境界線…あの説はほぼ確信を得ました。頂きましたモンスターの死体から麻薬成分の抽出も…量は少ないですが成功しております。ラットに投与し生き餌を与えました所、確実に凶暴性は増しておりました。投与量を増やした所顔付も変わり、こちらに牙を剥いてきました。危険ですので直ぐに頂いたボムのかけらで処分致しましたが。」
「懸命だな。」
「後は、どの程度の投与でどんな効果が現れるのかですが…こればかりはこの環境でこれ以上の実験をすることは難有りかと。」
 最近ではリオネルも当然のように非常識な実験の成果を、嬉々として報告するようになった。信じるているのだろう。この青年なら大丈夫だと。根拠どころか身の証すらも、何もないと言うのに。
「変わりと言ってはなんですが、モンスターの思考に影響を与えるある種の…精神波とでも言いましょうか、魔法力が有る事が判明しました。」
「ほう。どんなものだ。」
「そう大きな変化はないのですが、頂いた魔法石を組み合わせて密閉空間に放置したところ、物によって凶暴性を増したり一定の指向性を表したり、少々の恭順性を示したりと。」
「興味深いな。」
「弱い魔物でしか試しておりませんが、比較的共通性が見られました。結果はこちらに。」
 そう言ってリオネルはレポートを手渡す。
「今になって魔物制御の方法を発見するとは、我ながら皮肉なものです。」
「ダムシアンにはくれてやるなよ?」
「当然にございます。」
 そう言って二人は笑った。
「どうも顔に生傷を増やしていると思えば、それはこの実験のためか。」
「は、醜い顔に拍車をかけました。さぞ不快かと存じますが申し訳ございません。」
「なに、名誉の負傷であろう。誇るが良い。」
 見目に関しては、言われる前にへりくだるのがリオネルの身に着けた処世術だ。だがそれをあっさりと裏切り誉れとするこの男の言葉は素直に嬉しい。だがそんなことで喜びを表すのも子供の様でどうかと思い、無理矢理押し殺す。そして報告を続ける。
「バーサクの脳内麻薬説については、現状実験の仕様がございません。狂戦士化した人間を寝台に乗せる術を私は持っていませんし、ましてや遺体などさすがに手に入りませんし、生体実験など尚のこと。」
「そうか。人は難しいか。」
「さすがに人間はそう易々と参りません。」
 ははは、と軽くリオネルは笑って答えた。時折この人はこの手のブラックジョークを利かせるのだ。
「私が寝台に乗るか?」
「ご、ご冗談にも程があります!!」
 さすがにそれは焦った。上段ではない、失敗したら…想像したくもない。こほん、とひとつ咳払いをして話題を変える。
「易々と行かぬからこその思いつきなのですが、最近はアンデットモンスターについて少々興味がございます。」
「ほう。」
「腐敗した死体が生身よりも強い再生能力を持つ理由。意志を持たぬ脳が筋肉を動かす理屈、人とアンデットを分かつ境界。その条件。神の怒りや悪魔の呪いなどではない、確固とした理由と法則がそこにあるはずなのです。それこそ何の役にも立たない禁断の研究やもしれませんが…興味だけは尽きません。」
 嬉々としてリオネルは話す。我ながらなんて嬉しそうなんだろうと思いふと彼を見ると、男も口角を釣り上げ笑っていた。
「ならば、次は人間の死骸を用意するか。ならば大人しく寝台にも乗ろう。」
「と、とんでもございません! 町外れとはいえ万が一見咎められては、それこそここにいられなくなってしまいます。私が死体安置所行きです。」
「惜しいな。有益な研究なのだが。」
 青年は実に残念そうな顔でそう言った。
「そ、そうでしょうか。」
 さすがに有益とは思っていなかったので、その言葉には少し驚いた。

 ふと、青年は窓の外を見た。
「…お前の研究は人のしがらみの多い場所には向かぬな。何れ、お前に相応しい場所を提供しよう。」
「…は?」
「ここからは大分離れる事になるが、何、道具機器類に事欠くことはあるまい。」
 突然の話題に、たっぷり30秒ばかり話しにおいていかれた。

  

 夕刻の冷たい風が窓から部屋を吹き抜ける。砂漠の寒暖差は大きい。
 ふるりと身体が震え、それでようやくリオネルは活性化したように、その言葉を理解した。理解して、理解不能になった。
「あの…」
「何だ。」
「……何故…私などに…ここまでのご支援を…」
 恐る恐る尋ねる。
 今まで訊けなかった。なぜなら、もしとんでもない目的の為にこの研究が利用されるのなら、最後に残した人の理を自分は踏み外すことになりかねない。
 だが、自分のこの研究を支援してくれる人間など、今や彼を置いて他にはない。有り得ない。
 パトロンは失いたくない。だけど、自分に責任が降りるのは恐ろしい。だからそのときに『知らなかった』と言い張りたい。臆病で自分勝手な己の本性が今までそれを言わせずにいたのだと、リオネルは自覚している。していてなお、見ない振りを続けてきた。
 怖かったから。只管に。
 だから、今まで彼の名前すら訊けなかった。

 青年はゆっくりと口を開いた。
「お前の研究には価値がある。それだけだ。」
 本当に、それだけしか言わなかった。

 それが却って、リオネルに残された人間の心を、刺激した。
「価値……何に使えるかもわからないこんな研究にですか…? こんな異端の研究…人の理を外さんとした実験に…なんの…利用価値が…?」
「それはお前の立ち入る領域ではない。」
 ぴしゃりと、はね除けられた。

  

 見上げる。
 窓辺で青年は足を組み、自分を見ていた。
 そして静かに、強く言葉を続けた。
「学者は学問を極める事。研究者は研究を突き詰める事。それだけに専念すれば良い。それを如何に利用するかは…技術者、為政者、個人の成すべき仕事であり判断だ。お前にそれを背負えるような権利などない。…義務も、責任もない。」
 銀の髪が夕日に、神秘的に煌めいた。

 王よりも重き言葉。
 そこにあるのは王を超えた、覇王の姿だった。


 ふいに覇王は、優し気に頬笑んだ。
「案ずるな。元より学にも技術にも、善悪の別など無い。迷うこと無く、お前は研究に励むが良い。」

 

 王じゃない。やっぱり…神だな。
 そう思い直した。


 肩の荷が全て降りたような気分だった。
 足元に水滴が落ちていることに気がついたのは、5分も経ってからだっただろうか。

 

 

 案ずるな

  

BACK NEXT

辛いわ_| ̄|◯

何がって、学問的な事になると俺の知識が全くついていかないことさ…
具体的にどうこうっていうのがテキトー語れなくて、ぼかすより他ないから面白くならん…

そのうえ学者設定にしたため、劇的に画面に動きがないですともー!!\(^o^)/

 

2011年8月 kuu様挿絵追加:リオネルのビジュアルって、真面目にこれ書いてる時想像ついてませんでした。だからビジュアル説明がないww(後発行したオフ本では追加してます)
華麗に補完してくださったkuu様に御礼の言葉もないですとも…!