チャレンジにも程があるスカルミリョーネSS 3

 

 満月の夜は、良くないことが起こる。
 昔はそう思っていたような気がする。
 今は 
 よく解らない。

 己が呼んでいる。そんな気もしている。

 ただ一つ言えることは、今日恐らく己の周囲でなにかが起きる。
 だから珍しく、ダムシアンに宿を取り留まった。

 リオネルの研究調書に目を通す。
 実に興味深かった。研究は形になりつつある。魔法やあの精神波と組み合わせれば、無限の可能性を引き出す研究だろう。
 100年先を行く男になったな。そう思い、一人含み笑う。
 探究心と人の理の狭間に悩んだあの男。枷を取り外した今、一体何処まで行けるのだろう。
 どこか己にも近しい、青き星の異端の男を私は甚く気に入ったようだ。


 窓から
 黒い風が吹き込んだ気がした。

 私は立ち上がった。


―――あ いつが、 くる   きをつ け


 何時もと違う声が聞こえた気がしたが、多分気のせいだろう。 

 

 

 2つの月が見事な満月を描いてる。

 リオネルは一人、その光を浴びて町外れを歩いていた。
 急に外に出たくなったのだ。
 あの青年に出会ってから数ヶ月、殆ど外にも出ずに研究にあけくれていたから、さすがに身体が運動を欲したのかもしれないなと思い、今彼はゆっくり砂丘を歩いている。
 出たからと言って自分の研究を思えば、街の方には行き辛い。必然町外れに向かう訳だが、ダムシアンの外など僅かな草木が申し訳程度にあるだけで、あとはどこまでも砂ばかり。時折転がっている動物かモンスターの骨を見て、ああこの死体が骨になる前に回収したかった。などと考える自分がいる。
「有益だ」
 ぽつりと呟く。
 先日の青年の一声が効いたのか、今彼の興味は完全にアンデットモンスターへと移行していた。リオネルはコートのポケットに手を差し入れ、何かを取り出す。キラリ、と月光を受け輝くのは、彼の捕らえたモンスターから抽出し調合した研究の集大成―――『銀の雫』。そう名付けた。
 決して碌なものではないこんなものを持ち歩いている。使いたくてうずうずしている。何と背徳的なのだろうと、一人自分に溜息を吐いた。
 見上げると、眩しい程に輝く2つの月。
「また、名前を訊きそびれてしまったなあ。」
 何故か、彼に似ていると思った。
「何に有益なのだろう。」
 気にしなくていいと言われた。だけど却って今は、あの青年の事そのものが気になって仕方がない。
 なにかに使えるのだろうか。死者を冒涜するようなあの研究に見いだす価値が彼にはあるのだろうか。
 それとも誰か
「生き返らせたい人でもいるのだろうか。」
 そういうことなら、わからないでもないな。そういうことならやろうかな。そんな風に思えた。

 不意に思い出す、城での日々。
 優秀な学者だと誉れを受けるその裏で、その視線には必ず醜い自分への蔑みが含まれていた。研究で見返せば良いと必死になって、だけどそれが成果を上げれば上げる程、その裏の視線も比例するように強くなっていった。そして何時しか人との関わりを断ち気味になっていった。だから、余計に孤立したのだろうと今なら解る。
 解った所でどうということもないのだが。
 自分を純粋に評価した男の目をリオネルは思い出した。調書に目を通す紫の瞳はどこか無垢ですらあった。
 ああ、そういえばダムシアンの幼い王子。幼いながらも綺麗な顔立ちで、虫を殺す様子を見て泣き出すような、優しく大人しい性格だった。裏では王家の将来を危ぶむ声すら聞こえていたあの子。あの子だけは、不思議と自分に興味を抱いてひっそりと研究室に通ってきていた。モンスターのお話が面白いと、そう言って。
 子供相手に凄惨にならぬよう、なるべく柔らかな話しをと必死になった覚えがある。モンスターともなかよくなれたらいいね、と言って、微笑んでいたっけ。
 殿下も、蔑む大人の視線を感じていたのだろうか。あの子がダムシアンを継げば、少しは変わるのだろうか。

 そんな、詮のないことを、リオネルは考えていた。

 

  子ギル

 

 

「やあ、リオネル先生じゃありませんか。」
「うわあ!?」
 かかるなどと全く思っていなかった人間の声に、本気で驚いてリオネルはふりかえった。そこにいたのは金髪に黒眼、日に焼けた肌。各国からより集まった混血のダムシアン民の特徴を色濃く出した、自分のよく見知った青年。
「ああアウザー、久しぶりだな。」
 王宮に勤めていた頃、自分の助手をしていた男だった。自分と違って金色の髪が見目麗しい、若い青年だった。それでも自分に対しては実に謙虚で、研究の大部分を手伝わせていた、数少ない信用出来る人間だった。
「お久しぶりです、お元気でなによりだ。こんな所で何をなさってるんですか?」
 当時と変わらない、人懐っこい笑みで彼は駆け寄ってきた。
「散歩だよ。ここしばらく研究室に引き篭っていたんだが、たまに外の空気を吸いたくなって。君こそ、こんな所で何をしているんだね。」
「おなじですよ。ダムシアンで長く外に出ようと思ったら、こんな時間くらいしかありません。」
「まあねえ、これより遅くなると、冷え込みが酷いからねえ。私の体には堪える。」
 そう言って左腕を擦った。
「ああ、大丈夫ですか? お体を悪くされて、職務を離れられたと聞きましたが…研究室をお持ちになってたんですか。」
「……そんな話しになっているのか。まあ、今更どうでもいいが。まあ一応ね。ただのあばら屋ではあるんだが。」
 そう言って自嘲する。だが、不思議と昔のようなひどい劣等感は湧きはしなかった。
「不思議な事に最近はこの腕にも大分慣れたよ。不自由ではあるがそれなりに使えているし、少しずつ動くようにもなっている。慣れなのか、やる気の問題なのか。」
 ははは、と久方振りにリオネルはかつての部下に笑いかけた。本当は、半ば謂れのない迫害を受けて職務を外されたのだがと、思いながら。
 確かに禁断の領域ではあったかもしれないが、今にして思えば悪魔の研究と言う程でもなかった。まだあの頃やっていたのは生態調査だった。理論もまだ机上の空論の段階だったし、それが討伐隊に、引いては国民の役に立つ研究になるとも思っていた。悪魔だ、狂気だといわれて初めてそうなのかと思ったくらいだ。今の研究と比べれば可愛いものだった。

 そう言えば、何故あんなにも大袈裟な事になったのだろう。
 ふと、そんな事を思った。

 アウザーも自分につられてか、笑っていた。
「そうですか、やる気、ですか。」
「うん、私の研究に価値を見出してくれた方がいてね。頑張る気になっているところさ。」
「そうですか。それじゃあ……」
 そこで…アウザーは言い淀んだ。妙な雰囲気を感じてリオネルが首を傾げた。

 

 そっと取り出された紙切れにリオネルは息を呑んだ。
「これはやっぱり、先生の字なんですね。」
「! そ…それを君が何故!?」
 それは、あの日風に飛ばされて行方不明になった、二枚のレポートだった。
「拾ったんですよ。偶然。」
 アウザーは無機質に答えた。
「まさかと思ったんですけど、ちょっとその辺探索してみたら…先生らしき人が城の学者連中に絡まれてるじゃないですか。驚きました。」
 無表情だった。
 砂漠の風が、闇を孕んで二人の間を抜けていった。

「ねえ知ってます?ダムシアン城で新しい魔法具が開発されたんです。『バッカスの酒』って名付けられたんですけど、白魔導士の使うバーサク効果を及ぼす魔法具です。」
 表情を作らぬまま、アウザーが語る。
「――いや、知らない。もう随分と世俗とは関わっていないから。」
「そうですか、よかった。まああれ、魔物からの成分抽出なんで、魔法具じゃないんですけどね正確には。」

 そこまで聞いてようやく脳が何かを理解し始めた。
「……な、んだって?」
「これ、見た時ぞっとしたんです。きっとあいつらもそうだったんでしょうね。みんな、貴方はとっくにダムシアンを出たものだと思っていましたから、バレたんじゃないかと思いましたよ。」

「貴方の研究パクったの。」


 脳天に隕石が落ちるような、そんな衝撃をうけた。
「…お……まえ」
「だってやり方ヘタなんですもん、先生。そんなさ、人間に魔物の力を、なんて物騒な説明するから厭われるんですよ。奇跡の力を、とでものたまってやればそれで済むのに、ねえ。まあ、そのご面相じゃ魔物って言った方が説得力あるのは確かですけど。」
 そう言って…アウザーはカラカラと笑っていた。
ぐらぐらと
頭が 
視界が
揺れた。

「だからもらっちゃおうと思って。僕が。適当に先生の研究の一部を誇張して吹聴したら、連中あっさり信じましたよ。『あいつは悪魔の研究をしてる。やっぱり悪魔の申し子だった』って。見かけって、大事ですね。先生は王子に取り入ろうとしてたみたいだけど、あんなヘタレた子供、まともに王家なんか継げませんよ。残念でした。」

 そう言って…美しき悪魔はほほえんだ。
 そこでリオネルは、世界を見失った。

 

「お、まえがあああああ!!!!」
「おっと。」
 逆上し、つかみかかるリオネルを軽く捌いて避ける。ついでに足を出せばあっさりとそれに引っかかり、リオネルは倒れた。
「あっはっは! 無理しないほうがいいよおじいちゃん。左腕だけじゃすまなくなっちゃう。」
「なんだって!?」
「せっかく心置きなく退職出来るように、事故に見せかけてゼウスの怒り暴発させたんだからさ。大人しくしてて下さいよ。」
「あ、あ…れもお前が!?」
 怒りをとっくに振り切って、リオネルは唖然とした。
「そうですよ。だって、僕の教授がこんな醜い人なんて許せないじゃないですか。とっとと引退して欲しくって。でもそれだけじゃあ僕の居場所なくなっちゃうから、研究はいただきました。有益に使われて、先生も本望でしょ?」

 

 無邪気に笑うその悪魔に、リオネルは両手を伸ばす。
 殺す。
 自分はどうでもいい。
 だが、自分の研究を奪ったその人間を

 許せるものか

「僕にさわるな醜いケダモノめ。」 
 アウザーが、液体の入った瓶を振りまいた。


「うぁぁぁあああああ!!?」
 熱。皮膚が焼けこげる音が顔から響いてくる。
 魔法じゃない、炎じゃない、化学的炎症、塩酸。
 直ぐに判った。だけど、どうにも出来ない。
 リオネルは砂を転げ回り、大量にそれを被った顔を砂で必死に洗い流す。
「あっはっは!先生お似合いの姿ですよ!!」
 アウザーの高笑いが聞こえるが、それどころではなかった。背中から声が降ってくる。
「折角城から追い出したっていうのに、そのへんうろちょろして。邪魔なんですよ。」
 冷徹な声。
 あの月のような。
 霞む目の前では、残った塩酸が、しゅうしゅうと砂漠の微生物を焼け焦がしていた。

 やっとのことでリオネルは片目だけで悪魔を見上げる。
 キラリと、鋼の刃が月明かりに煌めいた。

 

「魔物は魔物らしく、おとなしく砂漠の砂に埋まっていればいいんだ!!」
 人の形をした悪魔が吼える。
 振り上げられた右手のナイフは

 

 その位置で止まった。


「?」
 ゆらりと、大きな影がかぶさるとともに、ぼやけた視界に冷たい液体が注がれた。

 痛みの引いた目を瞬き、今一度見つめる。
 月光にゆらめく銀の髪。今までに見てきた誰よりも大きく、逞しい体つき。紫の瞳は光の加減だろうか、赤く染まったようにも見える。

 よく 
 見知った
 彼の人の姿だった。

 

「あ…貴方は」
 名前を呼びたかったが、リオネルはそれを知らない。
「無事か。」
 銀の髪の青年はそう言った。同時に、アウザーの口から音にならない悲鳴と、ごぼり、という水音が漏れる。見ると身体は宙に浮いていた。足元にぽたりと水が落ちる。ああ、月明かりでなければあれは赤く見えるのかなと、そこまで思い至ってようやくリオネルは現状を理解した。
「如何する。」
 それを口にして確かめる前に、問われた。
「致命傷には至っていない。お前が情けをかけると言うなら見逃すが。」

 それを見つめた。アウザーは乞うような目でリオネルを見ていた。

 

 理解したふりをして
 同情するふりをして
 私を陥れて
 見下して

 この顔を焼き
 殺そうとした
 あまつさえ
 殿下を蔑み

 私の研究を奪った


 情けだと?

 

 

「そんなものを掛ける理由が、どこにあるという……!!」
 自分の声が、地獄の底から出てきたように思えた。

 

「ならば、お前の最初の実験台にでもしてやれ。」

「…承知いたしました。」

 かしずく視界の端に声も出せずに痙攣する人型が見えたが、何の感慨も湧きはしなかった。

 

 

  

 

 ひとしずく、
 ふたしずく、

 薬液を死んだばかりの人型にかける。
 脳の本能部分を活性化させる脳内麻薬。この男に奪われた研究を、さらに押し進めたその結実。
 死後5分以内なら、まだ脳の酸素は途切れていない。生きている。その状態で生体とは違う新たな動力を与える実験。

 リジェネのかかった魔法石を埋め込む。これが心臓の代わり、新陳代謝の代わりとなる核…形状維持装置。
フェニックスの尾を使う。
 本来なら、完全に生命活動の終った個体には効果のないそれを起動スイッチに、脳と核を繋ぐ。最低限の接続しかできないだろう。何故なら、この雫だけでは、まだ脳は本能部分しか起こされない。

 

 それで良い。
 こんなヤツには、それこそが相応しい。

 否、そんなことは言い訳だ。
 私は只、
 今、
 アンデットをこの手で作りたいだけ。

 この私の手で

 己の理論を証明したいだけだ――

 

 

 

 ぴくりと動いたその人型は、光を宿さぬ虚ろな目でリオネルを見た。


「は…はは……あっははははは! !成功だ! 成功だあああ!!!!!」

 

 

「名を! 貴方の名をお教え下さい!! 私はこの瞬間を捧げるべき貴方の名を未だ知らないのです!!!」
 叫んだ。縋るような目で哮るようにように叫んだ。

 銀髪の青年は、静かに、ゆるりと不敵な笑みを浮かべ、言った。
「ゴルベーザ。」


 神の御名だと噛み締め、リオネルは砂に埋もれる程に、低く額を地に着けていた。

 

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せっかく舞台をダムシアンにしたんだから、ギルバートかハルかどっちか出したくて粘った。
…あれが、俺の技量の限界でした_| ̄|◯

モブキャラの名前はFF辞典を参考に別シリーズから名前だけパクりました!あくまで名前だけです。そのほうがFFぽいかとおもって。
バルバリシアもその手つかえばよかったな…。(追記:オフ本では使いました。)

 

2011年8月 kuu様挿絵追加 ギルバートが可愛いすぎる件!!!!!!!!!!!!!