そこから先の私は、神がかっていた。
	           否、悪魔が取り付いていたと言った方が良いのかもしれない
理想的な研究材料を手に入れた私は、何を躊躇う事もなくかつての同胞を解剖し、パーツに分け、成分を抽出した。時折涌き出る罪悪感は、ガラスに映る顔の火傷痕がかき消した。
 それからの研究は生体を材料とした多岐に渡った。
               モンスターを素材とした異種間の配合。合成。生体同士の拒絶反応が極端に少ない種があった。モンスターの多様性というのはこういう理由から産まれていたのだなと知った。稀に猿との交配が可能な種もあった。おそらく、人間でも可能だろう。
              それらを積み上げ、人としての生体反応が消えた遺体やアンデットにも応用が利く理論が出来あがった。さすがに一人の手では足りず、実験には至らなかったが。
 実に悪魔じみていると思いはしたが、人である事より研究者である事を選んだ私にはもう、然したる背徳感は無かった。
               探求者は、極限まで探求するのみだ。利用手段は…あの方が決める。
 あの時悪魔が囁いたのは、リオネルを殺そうとしたあの男にだったのだろうか。
               それとも私か、リオネル本人か。
               その全てか。
 あれからリオネルは、変容した。
               否、覚醒したと言うべきだろう。
 人としての最後の良心を、捨てたのだろう。
               当然だ。
               あれをそうしたのは、他成らぬ人間だ。
               何れ人は、あの男の知と技術で滅びの道を歩み始める。
              
               愚かな生き物だ。
 同時に、哀しい生き物だと
               そんな風にも何故か思った。
――そんな理由は何処にも無いはずなのに。
 あれからゴルベーザ様は頻繁に私に会いにきて下さった。そのたびに魔物の、時には人の美しい死骸をお持ちくださり、時に研究に手を貸して下さった。
               ある日こう仰った。
              「お前の為にバブイルの封を早めに解く事にした。」
              「…バブイル…ですか?」
               聞いた事がなかった。地名なのか誰かの名前なのかも、疎いを通り越し、今や世間と隔絶された私には判別がつかなかった。私の疑問を感じ取られたのか説明を下さった。
              「エブラーナ地方に有る、天地を貫く巨大な塔だ。神の作った建造物とも、神に近づく人間が作った欺瞞の塔とも呼ばれる。」
               お前には相応しかろう。そう言って笑った。
              「あそこに入れば恐らくもう、二度と人とのまともな交流は持てまい。地理的にも…技術的にもな。」
              「技術的…ですか。」
              「あそこに行けば、この星の知や技など稚児の遊びのようなものだ。」
               そんな場所があるのか。以前、私に研究場所を提供すると仰っていたのは、そこの事だったのか。普通に考えれば有り得ない馬鹿げた話も、このお方の口から出ると疑う事ない真実なのだと思える。
              「この星の人間にとっては、本物の悪魔の技術かもしれん。如何する。」
               紫の瞳が真っ直ぐに私を見つめた。
 人になど会いたくなかった。生きた人間こそが悪魔だ。
               今やもの言わぬ死体が、完成に近づく動く死人こそが、私にとっての人間になっていた。
「悩む事など、何一つありません。」
               私は、即答した。
               ゴルベーザ様は…高らかに笑われた。
              「いい目だな。人の道を踏み外した目だ。」
              「あれが人というならば、踏み外しなど上等。本望です。」
              「良い返事だ。気に入った。」
               見た事も無い様な上機嫌な微笑みに、私も釣られて笑った。自分が何を言ったかは判っている。正気もいいところで私は今、人を止める事を宣言した。
              「なら、暫し研究の続きは控えておけ。最低限必要な素材と資料だけ纏めて待て。機器類は要らぬ。死体も…好きなだけくれてやろう。」
               この人こそが悪魔だな。そう思いはしたけれどそれは褒め言葉だった。私は深々と、頭を下げた。
               それからひと月、今私は研究の手を休め身辺の整理をしている。なるべく大人しくしていろとのお達しであったので研究の続きは机の上だけに留めておいている。…最も、好奇の虫に負けて少々の実験をする事も有ったのだけれども。
               今は整理を兼ねて、実験体は焼却処分をするべく表に移動させている。それなりの量があるので、消却そのものは非力な私の力では危険だ。ゴルベーザ様のお力を借りるより他ない。
どうせ街から遠く離れた所に構えた研究所だ。誰の目にも止まるまい。頂いた魔法具で防腐処理もしてあるので適当にそのあたりに投げ捨て、ゴザを掛けて放置した。捨てるものだ、獣に食われたとて別に問題はない。新たなモンスターが産まれたりするかもしれないが、それはそれで良い資料だ。
 次にあの方と会う時、私は神の領域へと踏み込むのかもしれない。
               それは明日か、明後日か。
               まるで遠足の日を待つ子供のような心持ちで、今日も私は研究室に誂えた簡素な寝台に身を横たえた。
ぱちり
 炎の爆ぜる音で私は目を覚ました。
               何だ、あの数の死体を焼却するのに一人では危険だと自分で…
「…なんだ!?」
               そこまで考えて覚醒した。そんな訳がない、この音はそんな遠くのものじゃない。
               慌てて半身を起こし見渡すと、入口の扉から黒煙が入り込んでいた。
              「な…!?」
               火事だ!冗談じゃない、この部屋には可燃性の薬品も多い。ここまで火が回ってしまえばあっというまに丸焦げにされてしまう。
               何時でも旅立てるようにと、枕元に置いてあった資料と資材入りの袋をひっつかみ、私は裏口へと回る。外で屠ったモンスターの遺体を収容するため、直に外へ繋がっているその扉を勢いよく開け、私は外に転がり出た。
               次の瞬間、小屋が爆ぜた。
               熱気。背中を焼く圧倒的なそれに押し出されるようにして私は駆けた。足が縺れ、倒れたその先にあったのは、私が投げ捨てたモンスターの死骸。
 振り返ると、小屋は轟々と爆音を上げて燃え盛っていた。
               いくら可燃性薬品があるとはいえ、あきらかに自然な燃え広がり方ではない。人為的ななにか…魔法か、否、ダムシアンに魔法の使い手は多くない。おそらくボムのかけらか右腕…魔法具によるものだ。そしてそんな高級品を使うのは、一般庶民などではなく…
               私は失われてゆく成果を呆然と見つめるより他ない。確かに、ゴルベーザ様は大半のものは不要だと仰った。それでも、ここにあったものは自分の生きてきた成果であり、証明であった。自ら選別して火にくべるならともかく、他人の意志でこんなことをされる謂れは――
「…だれだ。」
               漸く、そこに思い至った。
              「誰だ、だれだ誰だ!!こんなことをしたのは誰なんだ!!!」
               両手を地に叩き付ける。不自由な左腕が軋んだ。
               天を仰ぐ。
               空には、二つの満月が浮かんでいた。
遠くから、悪魔たちの声が聞こえてきた。
「―― いたぞ!生きている!!」
              「見ろよこれ…!やっぱり本当だったんだ!この野郎は悪魔を創るつもりだったんだ!!」
               5…7、8…そこまで数えてどうでもよくなった。10人程の人間がそこに居た。死骸に被せたゴザをまくり上げ、そんなことを叫んでいた。幾人か、白衣やダムシアン衛兵の鎧を付けたものもいた。
「…おまえたちか、こんなことをしたのは……。私の研究成果を…神に捧ぐ叡智を…」
               呆然と呟いた。
              「黙れこの悪魔め!貴様が何をしようとしていたのか知らぬとでも思ったか!!悪魔のモンスターを造りダムシアン王家転覆を狙う逆賊が!」
              「ダムシアン…?そんなものに興味はない。私の使えるべきは唯一人のお方。…ああ、あの方を悪魔と称するなら、確かにその通りかもしれないが。」
               なにをいっているんだ、こいつらは。
               思いを馳せる。銀の髪の…我が主。それに比べればこの愚民どもなど…
               才に嫉妬する虫螻どもの言葉が遠い。こんな連中に全てを無に帰されたのかと思うと…腹立たしい…!
               幾重にも重複する有象無象の声の中、一言だけ、はっきりと耳に届いた。
              「なんだと…!重用してやった恩を忘れたか愚か者め!!」
 重用?
               なんだこいつ、本気で言っているのか?
               見上げるとそいつは…怒りと
               蔑みの目で私を見ていた。
              「何が重用だ!!」
               それで私の理性は弾けとんだ。
              「私の進言を、発案を悉く異端扱いにしたのは誰だ! 挙句嫉妬に狂いこの左腕を壊し、追い出して…それにも飽き足らず命を狙い! …あまつさえ研究成果を横取りしたのは…私の人生そのものを奪ったのは誰だ!! 貴様らこそが悪魔だ! この人でなしどもがぁ!!!」
 
狂ったように私は飛びかかっていた。
 叶う筈もなかった。
               こんな身体で、なんの力も持たぬ私が。
               返り討ちだ、と聞こえた。まさにその通りだった。
 腕が折れる音が聞こえる。
               足が、肋が。
 鳩尾に打撃が深く入る。
               頭部に衝撃を受けた。
               そして
               胸部に痛覚。
               意識が霞む。
               ああ、馬鹿なことをした。結局私はあの方になにも残せぬまま。
最後に脳裏に過ったのは、月明かりに煌めく銀色の髪。
              ―― ゴルベーザ様… もうしわけ… あ り    ま
「意識は戻ったか。」
 目を開けると、そこにおわしたのは彼のお方だった。
              「…ゴ ルベーザ さま……」
               声が掠れている。いや、割れていると言った方がいいか。あれだけのリンチだったのだ、声帯が壊されていてもおかしくはないか…。
              「うっそ…マジでぇ……」
               一歩引いた隣には見慣れない、金髪の女がいた。随分と綺麗な女だなと思ったが、さしたる興味はまだ持てなかった。身体が重い。上手く動かない。瞳だけで主を見つめた。
              「申し 訳… ござい ませ ん。 私 は…」
              「良い、頭を下げるのは私の方だ。済まなかった。…間に合わなかった。」
               瞼を伏して仰る言葉の意味がよくわからなかった。怪訝な顔をしたであろう私を見て、ゴルベーザ様の瞳が僅かに曇られた。
              「私はお前に二つ、謝罪せねばならん。私が辿り着いた時、事態は殆ど終っていた。あと、数分早ければ、こんなことをせずに済んだのだろう。それともうひとつ。」
               そこで言葉を区切られた。私には何のことかさっぱり判らない。口を挟めなかった。
              「…お前の研究成果を勝手に拝借した。許可も取らずに、素体にしてしまった。済まない。…頭を下げて済むような事でもなかろうが。」
意味がわかったのは、たっぷり30秒は経過してからだった。
 右手を、挙げる。
               視界に入るそれは皮膚が爛れ、落ちていた。腕を辿って肩に至るまで、一部の肉が剥がれ落ちている。常識的に考えれば神経も寸断されている筈のそれなのに、まるで関係ないと言うように指の先まで動く意志をしっかりと伝えていた。
               左手を上げる。それと共にずるり、と不思議な音がした。
               己の背…肩甲骨の下部あたりから生える、牙とも、触手ともつかぬ物体。
               鞭のようにしなる、2本の異形の腕。
               人としてあり得ぬ、繋ぎ合わせることなど不可能な筈のそれは…問題なく運動神経を辿る脳の命令を受信して、己の意志通りに…動いていた。
               痩せ細った胴体を辿る。所々、変色している。まるで違う生き物の肉を繋ぎ合わせたかのように。
               左胸に、明らかに致命傷であろう大きな刺し傷があった。覚えている。私はここに刃を…。
               右手で触れる。
心臓は 動いていなかった。
磨きあげられた床に映る呆然とした顔の私には、骨まで見えた火傷痕が。落ち窪んだ眼窩に不自然な形で嵌め込まれた眼球は、死体そのものだった。
              「その身を呪うなら、私がこの手でお前を安らかな地へと送ろう。」
               悲しそうな主の声は、慈愛に満ちていた。
「お…おおお…!!  私は…!私は間違ってなどいなかった…! 私の研究は、正しかったのだ…!!!!」
               叫んだ。叫ぼうとした。だが、まだ慣れぬ死んだ身体にどう力を入れていいか判らず、絞り出すような声になった。
              「そ、そこ喜ぶトコなの!?」
               呆れたような戸惑う女の声が耳に入ったが、どうでもよかった。
              「なにをおっしゃいますや…! 我が身で己の正しさを証明できる研究者など…こんな学者冥利に尽きることなど、この世にありましょうか……!!」
               吼える。吼えたかった。感動にうち奮えるこの心を伝えたかった。ああ、でも死者の気持ちなどどう伝えればいいのだろう。そもそも私は本当に死んでいるのか。信じられない。だって姿形を除くなら…何も変わらない。
               見栄えなら元々醜かったのだ。今更、なんだ。
 ゴルベーザ様のお声が聞こえた。
              「……そうだな。お前の場合は、あの世にあったという訳だ。」
               漸く頬笑まれたその表情は、見た事もない程穏やかなものだった。
「処置が早かったのが幸いした。脳細胞は殆ど活きていたのだろう。…お前の才を、人格を救えて良かった。」
醜い私の頬に触れるその姿は、断じて悪魔などではなかった。
「変則的な形になったが、紹介しよう。ここがバブイルの塔だ。」
              「…ここが…!」
               立ち上がり、ローブを身に纏った私にゴルベーザ様が仰る。機械仕掛けのその場所をぐるりと見渡す。確かにここは、世界が違った。これなら下界の用具など玩具そのもの。必要はない。
              「これも順序が逆になったが…確かめよう。……私に着いてくるつもりはあるか?」
              「無論にございます。」
               即答し、慣れぬ身体でゆっくりと膝を折った。
              「ならば今よりお前はスカルミリョーネ。お前が、死者の王だ。」
              「…は!このスカルミリョーネ…死して尚、ゴルベーザ様に絶対の忠誠を……!!」
 
 
             そうして私は己の意味を、生きる価値を、死したその時から見出した―――― 。
ねじ込んだぞモンスターの死体設定!!
        俺がんばった!!!
スカルのしゃべり方、いまゲームやり直したら全然違うんだろうなあ・・・ きっと。
        とりあえずスカルミリョーネは、拾われた子猫みたいに可愛らしくゴル様についてくればいいと思います。
2011年8月 kuu様挿絵追加。 最後のイラストが好きすぎてオフ本でパクった件wwwwwwww 描けてねぇけどなwwwwwwwwwうっぇwww
そういやマイピク限定で頂いたイラストに素敵なのあったなあー、と思ってあさりなおしたら
素敵すぎて、ほぼ未圧縮で掲載しますwwwwwwwwwww
        kuuさんすいません、怒られたら下げますww
 
  
すいません載せなきゃ駄目だと思ったんです!!!
        クッソワロタwwwwwwwwwwwwwww
      なんなのこの人の絵柄幅の広さ!!!!