PCオタクの買い物には迂闊につきあうな 1

 

 今日も今日とて約束もせず連絡も取らずふらりとやってきた友人宅の玄関で、珍しく真っ当な理由でジェクトは入室を断られた。
「済まないが今から買い物に出かける。道行きはお前の家と逆だが、駅くらいまでは送ってやる。」
「あん?」
 いつも毒虫を噛潰したような顔で「帰れ」というツンデレ(ジェクト認識)な友人・セオドールから珍しく浮き足立った雰囲気を感じて、それはそれで逆に面白そうで帰れねぇよ。などと思いつつも口には出さず、玄関先で毎度のように言い返す。
「おいおいこのジェクト様に電車で帰れってか、トンでもねぇ事になんだろがよ。何でタクシーで来てると思ってんだ。」
「ならタクシー代の半分くらいは出してやる。」
「半分かよケチくせえな。」
「確認のひとつも寄越さずふらりとくるお前が悪いのだろうが。出すだけありがたいと思え!」
「まあまあ…!」
 結局何時もの言い合いに発展した二人を仲裁するのは、いつもの如く弟のセシル。
「じゃあにいちゃんが帰ってくるまで、僕ジェクトさんとお話しててもいい?」
「あん? セシルはいかねーの?」
 仲良し兄弟・弟の予想外の申し出にジェクトの方が驚いた。
「うん、今日はちょっと…」
「ああ、時間制限?」
「ううん、そうじゃないんだけど…」

「駄目だ。」

 珍しく歯切れの悪いセシルに、一体なんだと聞く間もなく兄貴から却下が入った。
「…一応聞くけどなんでだよ。」
「お前を一人放置などしたら部屋がどう荒らされるか判らん!」
「空き巣扱いすんじゃねーYO!」
 まあエロ本くらいは探すけど、と付け足せば頭上から花瓶の水が降ってきた。

 

  いい加減こいつの側に水物置くのは止めようぜ、とぶつくさ言いながらジェクトは運転席の後ろに収まっている。駅はもう通り越した。
 乗りかかった船だ、俺も連れてけ! などと言えばセオドールはあっさり「構わん」と許可を出した。やっぱり浮き足立っていたのだろう。バックミラーに映る半分の表情も、何時もの様な適度に張りつめた雰囲気がしない。これはこれで珍しい状況なので、まあいいかとそんな風にも思っている。
 ただ、出掛けにセシルが「ジェクトさんがんばって…」と、妙に哀れむような視線を投げ掛けてきたのだけが、気になりはしたのだが。
「で、どこで何買うんだ?」
 気にした所でしょうがない。気にしたって自分の性分でどうにか出来るでもなしとあっさりそう結論付けてジェクトは友人に尋ねる。
「ああ、PCモニターが手狭になってな。新しい物を買いに電気街だ。」
「なる。」
 そういや、やたらゴツいパソコンが部屋に置いてあったなとジェクトは思い出す。デザインもへったくれもない、随分無骨なものだったので何処のメーカーだと笑いながら聞いたら、自作だと返事が返ってきた。色々パーツを付け足していたらこうなったのだと話す言葉がちょっと楽しそうだったので、やけによく覚えている。
「自作パソコンって安いのか?」
「否、昔はそうだったが今となっては却って高くつく事もしばしばだな。私の場合は使用ソフトが特殊だから、既製品では機能が足りなかったり余剰だったりするので自作の方が具合がいいというだけだ。好きな機能を好みで強化できるからな。」
「ふーん。」
「メーカー製は要らぬソフトが山ほど付いてくるのも気にくわん。あれはどうにかならない物か…。」
 珍しく饒舌だ。普段は必要最小限の返答しか返さないような男なのだが、こういう話題は好きなのだろうか。
「おめーならネット通販で済ませちまいそうだけどなぁ。わざわざ出かけるとは思わなかったぜ。」
「今回はモニターだからな、色具合はやはり現物を見なければ判らん。マザボだのCPUだのならスペック表で事足りるが…。ああ、いやそれでも通販は滅多に使わんな。あれは初期不良が出た際に手続きが面倒だ。精々周辺機器くらいで、やはり内部パーツは脚で回って吟味してからでなければ…」
「わ、わかりましたわかりましたとも!」
 ちっとも判らなかったがジェクトの脳みそ的に限界だった。
「ん、ああ、済まない。」
 聡明な友人も直ぐに察してくれたようだった。まあ、モニターは見ないと駄目だと言う理屈はよく解った。ようするにテレビと同じなのだろうから。
 それにしてもこんなに楽しそうに喋るセオドールは初めてだ。頑張ってね、というのはこのうんちく攻撃の事だったのかなとジェクトは一人納得して、まあそれくらいならどうってことねぇやと結論付けた。
 そうこうしているうちに電気街に付いた。コインパークに車を止める。電気街なんて何年振りだろなー、等と思いつつ、ジェクトは車を降りて伸びをした。


 …地獄は、ここから始まるとも知らずに……。

 

 

「…すげぇな、おい…」
「ん? PC専門店は初めてか。」
「パソコンなんてみんな電気屋で買ってるっつーの…。」
「割高な買い物をしているな。」
 そんな風に言いながら、でも少し楽しそうに先を歩くセオドール。現在彼らがいるのは『ドスパロ』というパソコンパーツ専門ショップだ。
 狭い。ジェクトの感想はまずそれだった。その狭い中にびっしりと…謎のパーツ類が並んでいた。
「…なんだこりゃ。」
 目についた一つを手にとってみる。それ程大きくない四角い箱に印刷されている写真は、只の引き出しにしか見えない。引き出しの部分、だけの。
「それは5インチベイに取付ける引き出しだな。」
「えマジでまんまかよ!! ってかベイって何。」
「DVDを入れる所があるだろう。」
「ああ、それならウチのにもついてるぜ。ブルーレイだけどな!」
「さすがにいい物がついてるな。あのドライブを取付ける場所の事をベイという。DVDやCD等光学ドライブを取付ける場所は5インチベイ、フロッピーディスクやカードリーダーの場所は3.5インチベイだ。HDはシャドウ…まあ、それはいいか。」
「へ、へぇ…」
「自作物はベイが豊富だからな。ある場所は埋めたいマニアが付ける冗談半分のアクセサリーだな。」
「冗談半分かよ!」
「ネタの部類だろう。が、それは割と小物入れに便利だぞ。私も重宝している。」
「ついてんのかYO!」
「冗談半分なだけに少しサイズの作りが甘くてな。微妙に大きくて取付けるのに難儀した。」
「……。」
 もう何と返答していいやら判らない。苦し紛れにもうひとつ手にとってみる。
「…何だこりゃ…。」
 さらに判らなかった。判るのは内部パーツだろう、ということ。簡素なプラスチックに最低限の商品名と説明しか書かれていない。しかも英語。
 小さな基盤に何かを挿すような細長い隙間が付いている。じゃあ反対はどこかに刺すのかと思えば、こっちはこっちで沢山の細かい穴が並んでおり、やっぱりなにかを刺すように見える。パッケージには『UATA→SATA』と、だけ。
「それは古いハードディスク規格の物を新しい規格に変換するアダプタだな。ハードディスク、は判るか。」
「ええと…記録するところだろ? 多い程沢山保存出来るからテレビ録画すんなら多い方がいいって聞いたぜ。」
「概要はそれで正解だ。最近パソコン内部の規格が新しくなってな。保存データを再利用するために、古い規格のHDを新しいマシンに流用したい状況が多々ある。そういうときに、間にそれを噛ませるのだ。」
「あー、それでどっち側もメス型だったりするわけな。」
「そういうことだ。まあその分不具合の原因箇所が増える、という事でもあるのだが。」
 なんで? と思ったがそれを聞くとまた話しが長くなりそうなので流した。とりあえずこれ以上は頭が痛くなりそうだなと思ったのでパーツを棚に戻し、セオドールについていこう…と、振り向くと、当の本人がなにやらカウンターにぶら下がっている一覧表とにらめっこしていた。
 長くなるか。危険か。とも思った。
 が、好奇心が勝った。
「何みてんだ?」
「ああ…いや、CPUも随分安くなった物だなと…。」
「…よし聞くぞ。CPUってな何だ。」
「構えずとも…。脳だ、とよく言うな。」
「意外と判りやすかった! しっかし凄ぇ値段差だな。1番安いのと高いのとでそんな違ぇのかよ。」
「ああ、それは相当違うぞ。まず内部コアの数が違う。人間に例えるなら、1コアなら一人分の仕事しか出来んが、4コアなら4人分の仕事を同時にやる事が出来る。一般にそこまで必要かと問われれば正直私は疑問だがな。あとは周波数が大きくなれば一人頭の仕事可能量が増える。それ以外にも内部処理の方法が変わっているから微妙に効率も変わってくるが、まあそれは体感出来るような代物でもなかろうな。処理能力以外の重要点として、メーカーや型番によって対応マザーボードも変わってくるし、消費電力が高ければ電源もそれに応じて大容量が必要だ。そうなれば熱が高くなり冷却ファンも強烈な回り方をするからリテール品では煩くて叶わんという時期もあったし…」
「サーセン!! 俺が悪かったッス!!!!!」

 思わずジェクトは土下座した。
 監督にマジ叱られした時と同じ調子だった。

「ん。  ああ、済まない話しすぎたな。」
 一瞬きょとんとしたような顔でジェクトを見た後、セオドールはそう言った。
 いっそ無邪気とも思える表情だった。

 


 ここまできてようやくジェクトは理解した。

 こいつ、マニアだと。

 セシルの言葉の意味が…少しだけ判った、気がした。

「時間を取らせて済まなかったな。モニターを見に行こうか。」
 そして言われて気がついた。

 俺たち、まだ目的の場所についてねぇ…と。

 

 

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