PCオタクの買い物には迂闊につきあうな 2

 

 3階モニター売り場に辿り着くまで、それからさらに10分の時間を要した。

 既に疲れが出はじめているジェクトは目的地の前で深呼吸をし…気合いを入れなおす。
「おっし!これくらいの数なら電気屋とそうかわんねぇぜ!!」
 売り場にある商品の数は、幸いな事に両手と両足の指の数で足りる適度な数だった。
「どんな物を想像していたのだお前は?」
「壁一面とか。」
「それは…まあ、そういう専門店もありそうだがな。」
「勘弁してくれ!」
「土下座はいいって…大丈夫だ、今回はポイントカードを持っている店で済ます。」
 本気でビビりの入っているジェクトに苦笑いで返しセオドールはスペック表とにらめっこを始めた。
「えーと…どんなの買うのよ。」
 恐る恐る尋ねる。
「だからそんなに怯えずとも…。そうだな、予算は25,000円…出しても3万だな。23か24インチ辺りがいいか。テレビ用途はないから大きすぎても困る。それくらいだな。」
「テレビみねーのかよ。つかそれだけ?」
「ああ、CG用途に使うわけでもないから、其れ程画質に拘りはない。予算内でいい物があればそれにする、という程度だな。というか私はあまりモニタに詳しくないのだ。だから現物を見たかったというのもある。」
 意外とあっさりした解答だった。階下の様子を見る限りものすげぇ謎の条件つけてくるかとも思っていたのだが、それなら手伝えるかと肩を回し、ジェクトもジェクトで吟味を始めた。
「(結構ストライクであるじゃねえか)」
 セオドールの条件はピンポイントで相場だったらしく、パッと見ただけでも半数近くは該当している。中には特価で物凄い値段のもあったりする。
「12.000円はさすがに怖いかぁ!」
「そうだなぁ、安い物はそれなりに理由があるからな。…IGか。さすがにパスだ。」
「ん?」
 パスの理由が、少しひっかかった。
「IGって…?」
「ああ、メーカーだ。前回は特価のそれを買ったのだがどうも目にキツすぎてな。調節もままならないモニターだったので難儀した。絶対とは言わぬが出来れば避けたいのだ。」
「ああ…そう。」
 条件が一つ増えた。と、なると。
 ぐるりと見渡した。
「…そのメーカーばっかじゃねえか。」
「安いからな。今相当シェアを取っている会社だ。」
 その条件を抜くと…数は半数に減った。
「…まあ、悩む理由が減ったか。」
 そう思い吟味したのをセオドールに報告した。


「光沢は見栄えだけで長時間作業に不向きだな、非光沢が理想か。…1670万色と1677万フルカラーの差は、こう見ると案外馬鹿に出来んな…。」
「条件ふえてんじゃねーかよもー!」
 さすがに口に出た。
「済まんな。だが見に来た甲斐はあった。漸く良いモニターの判別法法が判ったぞ。やはり現場にじっくり足を運ぶというのは大切だ。」
 本人は実に満足そうである。
「もー、いっそこれ買っちまえばこれ!」
 と、ジェクトがヤケになって指差したのは、23インチ6万円の品。
「ああ、それは本気のCG用途モニタだ。プロ向けだな。だがいい品だぞ。IPSモニタだから視野角が上下左右ほぼ180℃だ。見る角度による色ムラがな い。目も疲れないしモニタキャリブレーションにも対応している。調節項目も親切多様で、そのメーカーはそこだけで+2000円付けてもいい。」
「じゃあこれ!おめぇだって金もってんだろ!?俺様程じゃないにしろケチんなって!!」
「予算オーバーだ。」
「だ―――か―――ら―――!!!」
 殆どティーダと化した。
「あのなジェクト。PC機器というのはほんの数ヶ月で馬鹿値下がりするんだ。これなら確実に4万を切る。ならオークションなら3万相場だぞ。そんなもの今 買う気になるか? その頃にはまたスペック不足で新しい物が欲しくなったりもするんだ。だからPCの買い物は安易に考えてはならんのだ。」
「ああ…セシルがついてこなかったワケがよく解った……。」
 がっくりと、ジェクト様は肩を落とした。試合に大敗したときだってこうはならないという程に。
「でもまあ、おかげで大体の目星はついた。お前が目をつけたメーカーはやはり良い、さすが国産だ。NTモニタだが23インチでこちらか…一つランクをおとしてこれかのどちらかだな。」
「お!」
 返答にようやくジェクトの気力ゲージは少し回復を見せた。
「…が、このランク下のものが特価品で、スペック表がないのが難だな。果たして何が違うのか…」
「あああああ」
 再びダダ下がりした。
「ああ、判った悪かった。今済ます。」
 済ます?と思って顔を上げると、セオドールは携帯を取り出し何やら…写メを取っていた。スペック表の。
「待たせたな。次へいくか。」
「……・・・  ・・・・次?」
「当然だろう。PC専門店はここだけではない。せめて3店舗は回って品と価格を確認せねば」

「マジかよ・・・・・・・・・・・・」

 さらりと言い放ったセオドールに、ジェクトは初めて恐怖を感じた。弟がらみ、以外で。

 

 

 

 2店舗目、『Three Top』。平屋で少しゆとりのある店内にジェクトはちょっぴり安心する。目的の品はほぼ入口正面にあった。
「数はあっけどパスメーカーばっかだな。」
「そうだな。以前はマニアックなワゴンセールが常時行われていて愉快な店だったのだが、移転してからすっかり普通の安売り店に成り下がった。つまらん。」
「(ありがとう変わっていてくれてありがとう)」
「四菱のモニタは二つだけか。向こうの方が安…ん!?」
「な!なんだよ…」
 おもわずびくりと肩が揺れる。不意の台詞が怖くて仕方がない。
「…これは…あのスペックが不明だった1ランク下のモニタじゃないのか…?」
「あ? ああそういや型番が232か231かって言ってたっけ? 231って書いてるなぁ。」
「色数の違いかと思っていたのだが…見る限りそうじゃないのか…? え、じゃあ何が違うんだ。」
「俺には同じスペック表にみえんなぁ。ンなことあんのか。」
「なにかが違うから新たに開発をするのだろうが…。誤差程度ならこれはありだな。だが値段は向こうが安い…か?」
「あー、そうだった   ような?」
 よし不安要素が一つ減った、確定だ! と、ひと心地つきかけたときだった。
「ちょっとここで待ってろジェクト。」
「何だ?」
「確認してくる。」

 いうと同時に写メを撮り、セオドールは颯爽と店を後にした。
 …10分程、ジェクト放置プレイで。

 

 

 3店舗目、『淀橋カメコ』
「よしここなら馴染みの店! 数ならここが1番多いだろ! もうここでいいだろ!!」
「うむ。数ならな。数なら。」
「2回いう程大事なのかよ。…って。」
 モニター売り場の前でジェクトは、自ら言葉を濁した。
「どう思う?」
「…高ぇ…。」
「だろう?」
 割高な買い物だ、と言った意味がようやく分かった。同じメーカー同じインチ数で…5〜3000円程度高い気がする。
「結局な、量販店は次々に新型を入荷するのだ。だから平均売値が高くなる。」
「何ヶ月か後には、実はそいつバカ下がりってしてますってか…。よく、判りました…。」
 確かにあの2店舗を見た後では、とてもこの値段で買う気がしない。
「PC機器は一つ二つ型落ちした位が丁度いい。上位機種を容赦なく買うというなら、こういうところのほうが寧ろ安いがな。まあお前のいう通り数は多いから、比較の為にも見ておくに越した事はないのだ。」
「…勉強に… なりました…。」
 もうまともにここで買う気にはなれなかった。

 でも結果的に無駄足かよ、と思いつつジェクトが何度目かの肩を落とした…瞬間だった!

「あー!?」
「うお!! な、なんだよ!」
 セオドールが物凄く珍しい声を上げた。何事かと思い見ると、子供みたいに駆け寄るようにして一つのモニタの前に立った。コーナーには「CGプロ用」の文字。
「おいおい、プロ用は予算オーバーなんじゃ…」
「IPSモニタが…4万を切っている… だって…!?」
 いつもの重厚な雰囲気何処へやら、完全に素になって凝視しているスペック表には…
『IPSモニタ 生産終了につき在庫5台限定 38000円』
「しかもメーカー四菱…ドンピシャじゃないか…これ…」
 あきらかにセオドールに電流が走っていた。

「いけ! いっちまえ!!」
 ジェクトは全力で押した。そらぁもう全力で。
「予算!予算出てるから余裕で!!」
「でも5台だぞ! いい品なんだろ価値あんだろ!!」
「価値はある! このスペックで4万切りはない!…多分!!」
「いや絶対ねぇって! IPS…ってたしか6〜10だったじゃねえかずっと! ねえからいっちまえって!」
「駄目だ一度予算オーバーを許すと悪い癖に! 大体こんな上位スペックいらないし、でもこの価格はぁぁ…!」
「馬鹿野郎! 予算が全てじゃねえだろ! 特価品との出会いは運命だってウチのヤツの格言だぞ!!」
「さすが主婦だな! それは同感だけど…ああもうだからこの店は侮れないんだああああ!!!」
 愉快な押し問答は5分程続いた。

  

「…そうか。」
 さすがに息切れしたジェクトがひいはあ言いながら顔を上げる。
「型落ち…という事は……もしかしたらネットなら…。」
「あ?」
「よし決めた。ジェクト!」

「帰るぞ!!」


「  は い ぃ  ?? 」


「量販店でこの値下げということは、恐らくネット通販ならもっと下がっている!3万切り…という事はないと思うが、送料込み35,000円なら価値はある!場合に寄ってはオークションも有りだ!」
「ま、待てよ!!ネットじゃモノがみれねぇから買いにきたんだろ!?」

「現物は見て確認した! ならネット通販でも問題はない!!」

 

 

 

 

 その後のジェクトの記憶は定かじゃない。
 ただティーダ曰く、夜中一杯『モニタくんなぁぁぁぁ!!』と謎の絶叫を上げながらうなされていたと…いう話だった。

 結局、モニタはオークションでその型落ち機種を3万円で購入しましたとさ。

 

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