前代未聞のカイナッツォSS 1

 

 水面に影が映った。

 また人間が来たな。最近は馬鹿な訪問客が多くて鬱陶しいぜ。
 異形はそんな事を思った。
 だが同時に思う。暇をしなくていいとも。
 水の中は冷たくて心地いいけど、話しの通じるヤツがいなくて時折退屈だ。
 どうせ姿を見て逃げるだけだとしても、化け物だの、喰われるだのそんな言葉だったとしても、人の言葉を聞くのは楽しい。
 少しだけ、自分が人間の方に近づいたと思えるから。

 異形は深い沼から水面に向かう。この場所は淀んでいるから上から自分の姿は見えない。
 静かに、そして途中から唐突に。
 勢いよく飛び出した。
 人間の望むように、恐ろしい人食いモンスターの姿をもって。


「…どう思う、バルバリシア。」
「亀じゃないですかぁ?」
「そうか、私はリザードマンの方を支持したいが。」
「亀ですよ。甲羅ついてるしぃ。」
「腹面が見えている、亀の形状とは違うな。スカルミリョーネの見解を聞きたい所だ。」

 

  なんだこいつら

  

 ………なんだこいつら。
 異形は初めて、人間にそんなことを思った。

 


「で、おめぇら何しに来たワケ。」
「お前を見に来た。」
 顔の上半分だけ水面に出した異形が怪訝そうに尋ねれば、男の方はさも当然とばかりにそう応えた。 
 深い森の奥の沼地に座る、木漏れ日に煌めく金と銀。どちらも異形の少ない人間情報からしても、良い顔立ちをしているんじゃないかと思えた。金の女は旅装束をあえて短く切り詰め、肌をずいぶんと露出している。腰巻きも殆ど意味をなさない程に短い。妖しい色香を当然のように放ちながら、時折長い髪を掻き上げる。隣の男の気を惹いているのだろう。
その女のアピールをまるで気にするでもない男の髪は銀。金色の髪は何度も見たけれど、銀は初めてだった。女と違って全身を覆う黒いマント。日に灼けたような肌の色や彫りの深い顔立ちががアンバランスにも見えて、男の方が印象に残る。
それだけでもないかと異形は思う。自分の半分はモンスターだ、だから直ぐに解る。男の方がボスなのだと。それも圧倒的な大差をつけて。
 必然、男の方ばかりに目が行く。
「見て、どうしようってんだ。俺を退治すンのか。」
 クケケケケ,と特徴的な声を上げ笑う。半分は威嚇だ。
「退治する理由など無い。見に来ただけだ。」
 賺された。
「……なんなのおめぇら。」
ぶくり、と泡を出して異形は僅かに沈んだ。
「無礼なヤツね。ファブールで亀人間だかトカゲ人間だかが森に出るって噂になってるから、ゴルベーザ様がご興味を示されたのよ。わざわざ出向いてやったんだから、あんたちゃんと楽しませなさい!」
 女がヒールで自分の頭を蹴飛ばそうとしたので、潜って避けてやった。この亀! なんていう声を聞く。少し離れて、ぷかりともう一度浮いた。
「知るかよ、なんで俺がおめぇら楽しませなきゃなんねぇんだ。それより姉ちゃん腰巻きン中全部みえてんぞ。楽しいのは俺だぁ。」
 そう言って異形は水っぽい声で笑った。
「ナマ抜かしてんじゃないわよモンスターの分際で。このあたしの美しさがお前なんかにわかるとお思い?」
「残念でした。俺ぁ半分人間なんでね。なんなら姉ちゃん孕ませてやろうか。」
「はあ!?」
 女が目を見開いた。面白い。
「な! なんですって!だったら話しは別よ、タダ見してんじゃないわよこのドン亀!!金払え!!!」
 風を纏った女の両腕に、突然水面が波立つ。魔法か。などとのんびり思いつつ異形はその水面を壁のように立てた。風が切り裂いたそれの向こうに、異形はいない。
「ち!」
「ほう。」
 舌打ちする女の横で男が軽く感嘆する。クソ亀出て来い!などと叫びつつ、水の上から追撃しようとする女を、男が止めた。
「止せバルバリシア。」
 渋々女が手を止めたのを水中から見て取り、異形は再び浮かぶ。
「クケケ。あたんねえなぁ。」
「ムカつくこのパゲ亀。」
「亀に毛ぇ生えてる方がおかしいんじゃねぇの?」
 異形が笑う。ふと女を制して男が不意に尋ねてきた。
「半分は人間か。」
「あぁ? まあ半分より少ねぇかもしんねえがな。ちょっとは入ってんぜ。」
「何時から此所に居る。」
「しらねぇ。気がついたらいる。」
「そうか。」
 男は淡々と尋ね、応え、そして立ち上がった。
「邪魔したな。また来る。」
 そう言って振り返り去って行った。
「え!? あ…ちょ…ゴルベーザ様!?」
 置いていかれそうになった女が、その後を駆け足で追った。

 

 …なんだあいつら。
 ややしばらく唖然としたあと、異形は再びそう思った。そしてぶくりと沈む。
 面白かったけど。また来ンのかな。
 そんな事を思いながら眠りについた。

  

 

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四天王シリーズラスト開始ィィィィ!!!!
序章はちょっと短め…つか、これくらいにしろよとむしろ_| ̄|◯

さあ本当に大真面目に好き放題やるぞカイナッツォ! おまえら全員覚悟しろよぉぉおおお!!

2011年8月 kuuさま挿絵追加。 そうこれ! こんな絵想像してたんだよ俺は!!(オフ本ver発行後に頂いた…前だったら絶対パクってた…)