前代未聞のカイナッツォSS 2

 

「どう思うスカルミリョーネ。」
「あたしは亀だと思うんだけどなぁ。」

 味も素っ気も無い重低音の響く機械ばかりの塔の一室で、これまた味気ない金属製の椅子にゴルベーザは深く腰掛け足を組み、バルバリシアはしなだれかかるように背もたれを逆向きに抱いて言った。振られたスカルミリョーネはバルバリシアを見てフードの奥で眉をひそめた。
「…バルバリシア、お前はゴルベーザ様のお言葉を何と……」
「良い、戯れだ。そんなことで一々目くじらを立てる必要も無い。」
 主に意見する彼女を諌めようとして、それを制された。一礼するスカルミリョーネに「ほらみなさい」などと軽く勝者の目線を投げかけるバルバリシア。スカルミリョーネは視線だけで睨みつけるも、フードの奥に隠れたそれは彼女まで届かなかった。
「胎生らしいからな、真面目に応えるなら双方とも外れに違いは無かろう。」
「は。分類学的には哺乳類になります故、そうなりますかと。」
「マジレスつまんなーい。死んで遊ぶって感覚腐った?」
「残念だが死体になる前から私はこうだ。」
「メンドくさいなぁアタマのいいヤツって。」
「…それはゴルベーザ様に無礼だ。」
「申し訳ありません!!」
「良いというに…。」
 ツッコミ不在のコントに一段落ついてから、ゴルベーザは改めて問うた。
「ところで、お前の方はどういう進捗具合だ。良好か?」
「は。現在塔に集めましたモンスターは当初の予定通り、こちらに一定の恭順性を示させることが出来ています。行く行くはある程度の統制も可能かと。しかしある種のモンスター同士で衝突が見受けられます。殆どが衝突というより補食の間柄ですが。こればかりは、長い目で相性を見極めるより他にないかと。」
「成程、今暫く実用には時間がかかるな。」
「はい。新陳代謝の止まった私の脳ではそうそう新たに解決策を見出す事も出来ませんので、劇的に予定を早める事は難しいと存じます。」
 そう言ってスカルミリョーネは頭を垂れる。
「良い、それはお前のせいではあるまい。お前はよくやってくれている。」
それを制してゴルベーザが顔を上げさせる。
「どのみちもう少し人材が必要だな。お前のレベルに見合う人間となると今暫く時間が掛るだろう。暫し、一人で頑張ってくれ。」
「御意に。」
 主の心遣いに臣下は頭を下げる。
 ゴルベーザが何を為さんとしてこの塔を動かしているのか、何故モンスターの懐柔を必要としているのか、臣下たちは知らない。が、問うつもりもない。いずれ時が来れば告げられるものと思っている。そうでなければ、知る必要は無いと主が判じたということだと思っている。どちらにせよ、それが何であろうと――彼らは主の元から離れるつもりなど毛頭無いから、関係などなかった。

 

 

 

 少し前から、城下で妙な怪物の噂が立っている事は、世俗に疎いヤンでも聞き及んでいた。曰く巨大な人食い亀だとか、人を化かすトカゲ人間だとか。
 馬鹿馬鹿しい噂話だと思っていた。太平の世で話題に乏しいファブールだ、少々の事が刺激を求める衆生の間で妙な尾ひれをつけたのだろうと。
 よもや、まさか。誉れ有るファブール寺院モンク僧部隊が、その討伐に駆出されるなど思っても見なかった。家柄だけで地位を得た出世欲の塊な部隊僧長が、半ば無理矢理王に進言しそれを押し通したのだと、部隊の間では噂になっていた。太平の世の中で僧兵たちの実力は底下がりしている。そこを付かれて王も首を縦に振るよりなかったのだと言う話しだ。
ヤンは政事は解らない。が、あの賢明で実直な王がそう判じたのなら、やむを得ない状況だったのだとも思う。しかし、我らの存在意義は戦ではない。武は、あくまで修行の一環でしかないはず。ましてやそれを名誉だ、出世だの道具にするなど、修行僧として許される事ではない。
 だが、他人の陰口などそれと同じくらいにヤンは好まなかった。だから、誰にもその思いは言っていない。
それ以上に、部隊に編入したばかりで「生真面目にも程がある」と仲間にすら揶揄され敬遠されがちな彼に、それを発言する機会などこなかった。だからヤンは部隊の最後尾、そこについて行くより他なかったのだ。

 

 

「居るか。」
 静まり返る沼地から返答はなかった。
「餌でも取りに行ってますかねえ。」
「考えられぬでもないが。」
 バルバリシアの問いにゴルベーザが応える。水辺に生き物の気配はなかった。
 水辺には。

 がさりと、背後の茂みが音を立てる前に、バルバリシアが動いた。
 風のナイフが空を裂く。その先に黒い影が揺れた。風はそれに到達する前に水壁に阻まれた。
 そこにいたのは、ファブールの衣服を着た僧兵。僧はニヤリと嫌らしい笑みを浮かべ笑った。

 バルバリシアが走る。狭い森の中軽やかに、跳び、枝を伝い、時に風に乗るようにしてふわりと優雅に、素早く鋭い攻撃を放つ。
 対する僧兵はどっしりとした構えでそれを待ち受ける。風の刃を木々を利用して避けるそれは、完全に地の利を把握している。
「うっとおしい! 五体バラして死にな!トルネド!!」
 巻き起こる暴風。それを見て、僧兵は笑った。
「待ってたぜぇえ!」
 ごぼり。僧の周囲に突如として大量の水が沸き出す。そしてそれを、勢い良く竜巻に向かって津波のように放った。
あっとうまにそれは竜巻に飲み込まれる。そしてその遠心力で乱射するかのように大量の水飛沫が周囲に飛び散った。

 

 カイナVSバル

  
「げ!ちょっとなにこれ いたたたた!!」
 勢いのついた水は凶器だ。致命傷には至らぬまでもバルバリシアの剥き出しになった肌に幾つもの切り傷が走る。堪らず魔法を解いたその先に見えたのは、不自然なまでに身体を丸め、乱射からの防御態勢を取った甲羅付きの僧兵だった。
「このカメェェェェエエ!!!」
 バルバリシアの叫びと、亀の水っぽい高笑いと、実に愉快そうなゴルベーザの笑い声が同時に森に響いた。

 

「面白い、そんな特性ももっていたか。幻術ではないな。」
 ブチきれて猛追してくるバルバリシアを制したゴルベーザが、とっとと水の中に逃げ仰せた亀もとい、あの異形に愉快そうに尋ねた。
「幻術とかのがわからねぇ。見たモンになら化けられるぜ。」
「大した能力だ。」
 背後でバルバリシアは、ぶつくさ言いながらポーションで傷の治療をしている。
「大したモンかい。」
「少なくとも私は、お前以外にその能力の持ち手を知らんな。」
「なんだ、俺はすげぇのか。」
 クカカカ、と特徴的な笑い声を異形は上げた。虹彩の無い瞳と避けた口元が表情を解り辛くしているが、喜んでいるのだろう。
「他には何に化けられる。」
「見てぇか?」
「頼む。」
 機嫌を良くしたらしい異形は、いつかその甲羅剥いで漢方薬の原料にしてやる、などと睨むバルバリシアを無視して地上に上がり、次々と姿を変えた。

 噂を聞きつけ物見遊山でやってきたファブールの町民。子供。退治すると息巻いた若い僧兵、傭兵。もっとあるぜ、そう言って変えた形は、バロンの鎧を着た兵士やダムシアンの学者。そして、薄汚れた白衣を着た学者――

「待て。」
 そこで、ゴルベーザが制した。
「あぁ?」
「何故、そんなものを知っている。」
「そんなって何よ。」
 そもそもどれの事か解らない、という顔で異形は首を傾げきき返した。
「最後の衣服の人間だ。バロン兵はまだ解らぬでもない。だがダムシアンの学者はここには然々来ぬだろう。例えそれが来ていたとしても白衣を着て表に出る学者など、居ない。」
「そうなのかぁ?俺ぁそんな事しらねえぜ。」
「何処で見た。」
「あ?どこもなにも、俺ぁここから出た事なんざねぇよ。だからここで」
「ならば、お前はその言葉を何処で覚えた。」
 突然の話題変換についていけず、異形は「はぁ?」と間の抜けた声を上げた。
「知るかよ、初めから知ってらぁ。」
「言語は獲得形質だ。生まれつき話せる等という道理は無い。お前は必ず、誰かに言葉を教えられ少なくとも、聞いている。会話というものを、それなりの長期に渡り。」
 ぽかんと、異形は口を空けた。何が言いたいのかわからない。呆然としていたら、紫の瞳が射抜くように言った。
「お前は、何処で産まれた。」

「何処って。ここで」

 

 

 目の前を白衣が過った。
 小汚い部屋。すえた生臭い部屋の臭い。
 女がいた。
 その周りには幾体ものモンスター。
 モンスターが女を喰っている。

 否、違う。あれは喰ってるんじゃなく

 白衣の男は止めようともしなかった。
 ずるりと、自分の身体が崩れる音がした。

 

 

 

「っと! あんたしっかりしなさいよ亀!!」
 頬の鈍い痛みに異形は現実に立ち返った。
「………いてぇな!何しやがる女!!」
「鈍ッぶ! ひっぱたいてからどんだけ経ってるとおもってんの鈍亀!!」
 いつの間にか何時もの姿に戻り、地に這っていた。どうやら、一瞬意識をどこかにやっていたらしい。男と女が膝をつきこちらを見ている。
 なにかを思い出したような気がするが、それはもう遠くに逃げてしまっていた。
「あー、俺ぁ」
 男の問いに、応えようとした。が、それは静かに制された。
「いい。要らぬ事を尋いてしまったようだな。」
 どこか寂し気にも見える男の表情の理由は、異形にはさっぱり理解出来なかった。
「今日はこれで退散するとしよう。長々と済まなかったな。」
 そう言って男は立ち上がった。
「あーそうかい。…あ、ちっとまてや。」
 なにかを思い出して、異形はするりと水の中に潜って行く。程なくして出てきた右手に子供のこぶし程の、痛み、泊の剥げたメダルが握られていた。
「なんかしらねぇがずっとここにある。おまえ物知りだろ、知らねぇか。」
「確認しておこう。」
 男はそう言ってメダルを受け取った。

 

 急に思い出したのだ。
 いつからあるか分からない、なのに何故か捨てる事の出来なかったそれを男に渡し、異形は解りにくい表情で微笑んで、水へと帰って行った。

 

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直接関係ない話だけど、ゴル様の評価方法は加点法、皇帝の評価方法は減点法だと思います。

私が頂点パーフェクトだから皇帝は全部できて当たり前。
何もかも奪われたとこから始まったゴル様は、何もできなくて当たり前。
だから兄さんははぐれモノ的な人たちに人気あるんじゃないかと。

カイナッツォの喋り方はかなり記憶だけやってます…。
再プレイするのがどんどん怖くなるな俺(笑)