前代未聞のカイナッツォSS 3

 

 古ぼけたメダルをスカルミリョーネは手にとる。
 溜息を吐いた。調べる必要などなかった。
「ダムシアンの博士号取得者に贈られるメダルです。」
「やはりそうか。」
 塔内の重低音が、普段より重苦しく聞こえる。気のせいだと思いつつバルバリシアはそんな事を思った。その場所をかつての住処としていた動く死体は、メダルを掲げるようにして眺めている。
「しかし、これは大分古い型式のようです。ここ5年10年のものではない。私の記憶が腐っていなければ、この鋳造技術からしても100年近く昔ではないかと。」
「可能性は高い。あの異形の化けた姿にも、今のものからやや外れたような服の型が多く含まれていた。」
「そうですか。」
 スカルミリョーネはガラスよりも透き通った不思議な材質の机に、それを置いた。
「でしたら、一つ心当たりがあります。資料で読み知った話ですが。」
「聴かせろ。」
 そう言ってゴルベーザは椅子を引き腰掛け、僅か俯き腕を組んだ。

「かつて実在したそうです。家族をモンスターに奪われ、その復讐のために魔物の研究に没頭した学者が。」
 バルバリシアも座り、テーブルに頬杖をついた。ファブルールで買ってきた菓子をやる気無くそこに放り出す。さすがの彼女も普段は主の前でそんなことはしない。不遜だとも思ったが、当の主はそんな事を気にするような狭量な方ではない。いいや、などと半ば捨て鉢な気分にもなっていた。
「何をどういう経緯を辿ったのか、その学者も道を違えた。モンスターの製造に興味を移して行ったそうです。」
「製造、ねぇ。」
 相槌を打ったのはそのバルバリシアだ。
「理由は私は判る気がするのですが…。とはいえ当時の技術や知識ではそう難しいことは出来ません。実験は実に単純だった。」
 そこで言葉を区切った。沈黙が座を支配する。
「……ある種のモンスターは種の垣根をいとも簡単に超えます。私が実証済みです。生憎と、人間で試す機会はありませんでしたが…。」
「昔はあったらしいわよ」
 バルバリシアが気怠い声でスカルミリョーネの言葉を拾った。
「トロイアがまだ貧しかった頃、女の世界からハブられて行き場を無くしたヤツなんかがさぁ、中々にめちゃくちゃな身売りされてたって。裏町が形として整ったそもそもって、そういうのからの自衛だったとか。馬鹿な売られ方する前にちゃんと売ちゃえっていう。」
 ホントかどうかは知らないけどね。そう付け加えてバルバリシアは一つ、菓子を摘む。ファブールの焼き菓子はお堅くてぼそぼそして、実にあの国らしく気に食わないとそんな事を思った。
「私がいとも簡単に城を追放されたのも、その前例があったからでしょう。」
 それにスカルミリョーネも付け加える。そして座は再び、沈黙した。

「一度、見に行くか。」
 ゴルベーザがスカルミリョーネに尋ねた。
「可能でございましょうか?」
「夜ならば不可能ではあるまい。」
「では、是非に。」
深く頭を垂れた。
「いかがするおつもりですか?」
 居住まいを正したバルバリシアが尋ねる。尋ねはしたが、判っていた。この見た目に違って慈悲深い主は、名も無きあのモンスターを仲間に引き入れたいのだと。訊かれた主も判っている。鋭い部下は判って訊いているのだと。それが彼女のやり方だと。
「気に喰わんか?」
 だからゴルベーザは全てを略して尋ね返す。
「いえ、案外面白い亀ですし、それほどでも。それにあたし……あいつから見物料、まだ取ってないですから。」
 答えるバルバリシアは妖艶に笑った。

 主は数少ない窓から、日も落ちようとする空を見上げた。
「今宵は満月か。丁度良い。」
 銀の髪が夕日に美しく映えた。

 

 

 

 20人程の討伐軍。その殆どは何故か見習いに近い新人僧兵が選ばれた。進軍は夜を待って開始された。魔物の不意をつくためだ、などと説明されたが、それではこちらも条件は同じではないか。これは只のパフォーマンスだと、学のない自分から見ても考え無しなのだ、とヤンは思いはしたものの、やはり口には出さずにいた。
 唯一人、幼なじみの…密かに彼が思いを寄せる女性にはぽろりと話してしまったのだが、気風のいい彼女は「おかしなことになったらさ、あんたはあんたの信じるようにやんなよ!」と笑って背中を叩き、送ってくれた。下手をすると自分よりも芯の通った彼女が、生真面目ゆえ時に道に挟まれがちな自分の背中を気前良く叩いてくれる事は、ヤンにとって何より大きな支えとなっていた。
 部隊は程なくして、件の沼地にたどり着いた。部隊を率いる長、ウェンが名乗りを上げた。
「我はファブールモンク僧兵隊第5隊が長ウェン・キノック也!巷を騒がす異形の者よ、現れぃ!」
 不意をつくのはどうした、と思いはしたが、闇討ちよりは余程マシかと思い直すことに、ヤンは決めた。

「あんた馬鹿?」
 と、誰も返事をすることもない水の奥底で、つい言葉に出してしまうくらい異形は呆れ返った。折角気持ち良く眠っていたというのにおかしな気配に起こされたと思ったら、今まで見てきたどんな人間より馬鹿な奴がいた。夜更けにぞろぞろと人間を連れて。
ぞろり、と浮上する。上まで行かずとも異形の目に情景は映る。
 綺麗な二つの満月の夜。ファブールの衣服を着た人間が沢山いた。あそこの連中は皆同じ服に同じ髪型をしているので異形にはさっぱり判別がつかないのだが、一人何事かを喚いている人間が、いちおうボスなんだろうなということは理解出来た。その後ろに控えている人間が、総じて呆れ顔だったりあくびをしていたり、全くやる気がないことに気がついてはいないようだから、相当にボンクラだということも理解出来た。
「なんであんなのをボスにできんだわからねぇ。」
 するなら、あの銀髪の男をボスにするべきだと思う。あの女でああだったのだ、あいつは多分、すげぇ強ぇ。
 臆したか!などと抜かす人間を放置して寝ようかとも思ったが。
 せっかく眠い所を来たんだろうしご期待に答えてやるかな?と、ふいにそう思い直し、すうと異形は明後日の方向へ泳ぎ出した。この沼地に住み出してから随分と経つ。その間に、あちこちから出られるよう通路を掘ってあるのだ。暇に飽かしてやったことだが、最近役に立って嬉しいぜえ。一人そう笑って異形は馬鹿な人間共の裏手へと回った。
 人間と関わるのはどうあれ楽しい。退屈しないから。
 その奥にある感情は、異形の中で深淵の渕に沈められている。

 

 


――立ち去れ、愚かな人間共よ。ここは貴様らの来る場所ではない。
 背後から響いてきた声に、ヤンは驚き振り向いた。最後尾につけていた彼のその動きで、他の僧兵達も振り向く。その視線の先、幾許かの距離を置いた所に不自然な水たまりが現れていた。それが重力に逆らうように盛り上がり・何かを形取る。
巨大な人型、オーク。それに蝙蝠のような羽が生えている。虹彩の無い目と異様な数の歯列が、ニヤリと笑った。

 まさか、本当に出るなんて!? 驚きと僅かな恐怖でヤンは一歩下がった。それは他の僧兵も同じ。こんな子供じみた討伐ごっこ誰も本気にしていなかったのだ。元々取れていなかった態勢は予想外の事態にがたがたに崩れた。

 が、その様子を見てヤンは逆に冷静さを取り戻した。動揺している場合ではないと、今一度異形を観察する。
聴いていた姿とまるで違う。人食い亀ではなかったのか?まて、人を化かすトカゲ人間という話しもあったか。ならあれは仮の姿なのか。それ以上にあの魔物殺気がない。襲ってくる様子がない。ニタニタと、笑っているだけだ。
 試されている?
 そう思った矢先、僧兵長がヤンを押しのけ前に出た。
「現れたな、人に徒為す魔物め!ファブール寺院僧兵団の名に置いて、第3隊が長ウェンが貴様を討つ!」
 突然の名乗りに驚いた。ファブールは宗教国家だ。無闇な暴力や、ましてや殺生などその教えが許している筈もない。
「お待ち下さい僧兵長!いくら魔物とはいえ、意思の疎通が可能ならば無闇に殺めるのは如何なものかと!」
「黙れヤン!こやつは人を惑わし喰らう悪しき魔物ぞ!一兵卒の分際で口を出すな!」
「…は、申し訳ございません。差し出がましい事を申しました。」
 そう言い、引くより他ヤンに道はなかった。
「お前を倒し、私は名を挙げバロンに行く。そこでのし上がる…! こんな程度で、終わるつもりはない……!」
 呟くその声に愕然とした。この男、自分だけに名声が欲しいのか。己の手柄にする為に新人ばかりを選んだのか。月光を受けぎらぎらと俗世の欲に溺れるその姿の方が、ヤンには余程悪鬼に見えた。

 

 めんどくせぇ人間だな。
 記憶をたどって適当に組み合わせたその形状を保ったままに、異形はそう思った。この頭はボンクラだ、なンも見えてねぇ。あの銀髪の男にはまるで叶わない。全員同じようにハゲで同じようにちょろっと毛がはえてやがるからちっとも見分けがつかねぇが、横槍入れた野郎が1番マシに思える。あとはもう、ハッタリかまして立ってるか怯えきってるかどっちかだ。
「人なんざ喰った覚えねぇよ。あんなもん美味くもねえ。」
 呆れた声で返してしまった。事実、ここに来た人間を喰ったどころか噛みついたような覚えもない。大体皆、『人食い亀だ―』と叫んで逃げてしまったのだから。
 勝手に思い込んでるのか。馬鹿だなこいつ、と思った矢先だった。
「正体を現したな化け物め!味を知っているなら貴様は間違いなく人喰いの化け物だ!! これは正当な討伐なのだ!」
 拳を突き出しそう馬鹿が叫んだ。

 

 あれ?
 本当だ、何で俺そんなん知ってるんだろう。

 異形はそう思った。思うと気になった。目の前の連中を無視して、首をひねる。
 月が目に入った。

 

  

 女がいた。
 金切り声を上げて俺を見た。

 体に衝撃を受けて、投げられたのだと知った。
 男は、大声を上げて笑っていた。嬉しそうに。

 

 

 

 過去

 

 


 人間じゃない。おまえは。
 そう言って叩かれたから、なるべく人の形で居るようにした。

 私ももう人間じゃない。
 そういって抱きしめられもした。

 不安定な女だった。だけど優しいときの女は少しだけ好きだった。
 そんな日は大抵、新月だった。

 死ね、消えろ
 そう呪詛を吐かれ首を絞められる。だけど俺は死ななかった。異形の骨は丈夫に出来ていた。形を変えて逃れる事も出来た。女は執拗に追って俺を殺そうとした。俺は物陰に隠れて、震えながらそれをやり過ごした。だけど離れる事は出来なかった。

 

 ひとりは 寂しい かなしい だれかいて だれか

 

 そんな日は大抵、満月だった。

 

 

 

「お前の―――はもう居ない。お前は、一人だ。」
 白衣の男が笑った。

 

 嫌だ ひとりは さみしい

 せっかく    

 

 わすれて いたの に。

 

―― 俺は、何だっけ。  ひとじゃあ、ないのか。

 

 

 

「ああ、ぁおあ……!!」
 突如、嗚咽を漏らした異形に、ヤンも煽ったウェンすらも皆怯んだ。声はごぼり、という水音に代わり、異形は水ぶくれを起こしたように突然、全身を膨張させた。先頭に居た僧兵長が3歩、4歩と後ずさる。張りつめる異様な気配と情景。
 水が体液が弾けた。

 咄嗟にヤンは身をかがめ背を向ける。痛い程の勢いで弾け飛んできたそれが収まった後振り向けばそこには異形を超えた、化け物が居た。

 

 

 

 キラーフィッシュ、ヒュドラ、フラッドウォーム、アリゲーター。ヤンに判るのはそこまでだった。それ以上化け物の体を構築している要素は判らなかった。それは安定する事なく常に変形を繰り返している。自分自身を見失ったかのように。
 合成生物。学のないヤンにそんな単語が過る程,それは滅茶苦茶な姿をしていた。
 そこに、理性の光はなかった。

 

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途中ネタが尽きててしばらく書くのが止まってたんですが(それもあってスカルがうpれなかった)
せっかくファブールなんだしヤンを出そう、と思ったら愉快に話が進みましたw
そしてものすごく出番が増えた。

ザコキャラはまたWikiから別シリーズのモブキャラ名をとらせていただきました。
おおよそ書き終わってから名前検索したんですが、見っけたときは「これだァァァァ!!!」と指差し笑ったキノックw
10、借りてやった1プレイ分しか憶えてないんですが、こんなザコいムカつくキャラでしたよねたしか?w
アーロンの友人にしちゃあ随分だったような記憶がありますが、間違ってたらゴメーン。

 

2011年8月 kuuさまより挿絵追加。
ものっすごくビビットに加工してみました。この絵すげーよマジすげー見た時マジ感動した。この荒廃感たまんねー…!
学者ルゲイエじゃねーの  なんていう、書いた本人それは考えなかった! な案をなんとか生かせないかと、じんわり画策中2011年現在。一年後にできてるといい…な…