前代未聞のカイナッツォSS 4

 

 化け物が、水を含んだような声で咆哮する。それに呼応するように異形の化け物の足元にどこからか水が沸き出した。
 拙い!
 危険を感じヤンが咄嗟にそこから駆け出した瞬間だった。
 異形が鋭く腕を振った。と、同時にそれは濁流となって、部隊の全てを飲み込んでいった。

「う……!」
 僅か、遠のいていた意識が明瞭になってくる。直撃は回避したが激しい流れに足を取られて敢え無く地に、水に叩き付けられた。条件反射だけで受け身をとっていたものの体に受けたダメージは軽くはなく、少しの間意識を飛ばしてしまっていたらしい。
漸くの思いで立ち上がる。同じように立ち上がったのは、自分を含めて5、6人しか居なかった。あとは幾人かのうめき声。多くの者は木々に、石に、叩き付けられ濁流に揉まれ…有り得ない方向に体を曲げた死体が、幾つも転がっていた。
「そんな…!」
 愕然とし、そしてヤンは部隊の長を探した。指示を仰ぐために。

 ウェンの体は今まさに、化け物にその腕を先から噛み砕かれた所だった。

 

 噛み砕かれる

 
 ぼたり、とその体が地に落ちる。悲鳴を上げ、転がった。
 助けなければ!そう思うも、ゆっくりと近づいてくる奇態な怪物から視線を外せない。外せば、その瞬間にこいつは襲いかかってくる。生物の生存本能がそれを告げていた。化け物は今も、その体の構成を不定形に変え続けている。
 ああ、戒めを破り無闇な暴力を振るおうとした我々に、神が怒ったのだ。そんなふうに思い、覚悟を決めかけた。

 

 

 

 閃光。正真正銘目が眩む輝きだった。
 月夜に馴染んだ瞳孔に、突き刺さるようにそれは輝き、流石の異形も足を止めざるを得なかった。
 異形は目を擦り、驚異的な回復力で僅かな時間に視界を取り戻し、再び獲物に進もうとする。と、それは突如として風の壁に阻まれた。風は表面積の増えた異形を強烈に押し返す。ふと、風の轟音に女の声が混ざった。
「落ち着きなさいよ、馬鹿亀。」
 足元で、髪の長い…女の影だけが動いた。何かがそこに触れる感触。と、同時に、異形の足元はそこだけ、石のように固まっていた。
「あとで戻したげるから、黙って見てなさい。」 
 影だけのように素早く移動する女は、それきりふいと消えた。

 

 フシュルルルル
 月夜に異質な呼吸音を、ヤンの耳は捕らえた気がした。
 生きる事を諦めかけた自分に、正気に戻れと頬を叩き今一度耳を峙てるも、仲間たちのうめき声にかき消されたか再び捕らえる事は出来なかった。
 と、次に感じたのは異臭。
「…毒ガスか!?」
 ヤンがその場から飛び去るように引く。その声に気がついた幾人かも森の奥へと身を顰めた。 
 口鼻を腰帯で塞ぎ、呼吸を最小限にし様子を伺うヤンの目に飛び込んできたのは。

 

 月明かりに蠢き、幽鬼のように立ち上がり、虚ろな目で獲物を探す仲間の、死体だった。

 

「う…うわああああ!!!!」
 一人の僧が遂に耐えきれず悲鳴を上げた。それを聞きつけたうごめく死体が、ぎょろりと声の方に目を向けた。
「あああああ!!!」
「た、助けてくれぇえええええ!!」
 限界寸前だった若い僧たちはついにそれを超え、完全にパニックに陥った。
「ま、まて!落ち着くのだ!!」
 唯一正気を保っていたヤンが止めるも、その声は届かなかった。僧兵たちは次々と脱兎の如くそこから逃げ去って行く。
 なんということだ。これがファブール僧兵団の実力だというのか。戦い以前の問題、まるで修行が成っていないではないか!
 歯噛みする思いと同時に、自分はどうするべきか急速に考える。周囲を見遣る。まだ、息のある仲間もいる。ウェン小隊長もまだうめき声が聞こえる。助けなければならない。だが、今や味方は散り散りとなり誰一人居ない。動きを止めて静観するように佇む化け物と、アンデットと化した幾人もの仲間たちと拳を交えて生き残る自信など、今のヤンにはなかった。

 生き残る為に引くか、望み薄い仲間の為に死ぬか。

 

 『おかしなことになったらさ、あんたはあんたの信じるようにやんなよ!』

 迷った時に背中を押すのは、いつも彼女の…シーラの声だった。

 ぎりり、と拳を握りしめる。
「骨は拾ってくれよ。シーラ。」
 呟き、ヤンが駆け出そうとした瞬間だった。

 

「動くな。」
 背後からかけられた臓腑に染みる低い声に、ヤンの体はぴたりと硬直した。本当に指一本、動かせなくなった。
 突然、冷気が満ちた。流れる雲が満月を覆い隠し、辺りは宵闇に沈んだ。
 だれだ! 思いはするものの言葉には出ない。振り向き、姿を確認しようとするもまるで体が言う事を利かない。このままでは何も できずに死ぬ…! そう思い目だけで前方を確認すると死霊達もまた、その場から歩み寄ってくる事をしなかった。
「お前が、一番まともなようだな。」
 背後の人物が僅かに笑って言った。声で、あの異形の魔物とまるで違う人物とわかった。
 格の違いも。
「お前達は触れてはならぬものに触れた。これは、その報いだ。」
 すい、と指が前方を指す。声に導かれるようにして、ヤンは今一度それを見遣った。
 踞る仲間たち。死して尚魔物と化した同胞たち。そして腕を千切られ尚、死ねずに呻くウェン。意志有る者の尊厳を否定し、己が欲のため無実の罪に陥れ殺めようとした報いだった。当然だと思い、ヤンは俯いた。
「まだ息の有るものを連れて去れ。死体は諦めろ。二度とここへは戻るな。」
 ヤンは黙って頷いた。

 背負った月が雲から僅かに顔を出す。月明かりに照らされた声の影は、長身の己より遥かに巨大な人影だった。

 硬直した体が意志を取り戻す。

 

 振り返るもそこにはもう、誰も、何も居はしなかった。

 

 

 

 

 僅かにだけ残った理性で、異形は銀の男を見上げる。
 何の力か判らない。だけど、男は右手一つでつかみかかろうとする己を止めていた。触れもせずに。
 男は言った。
「愚か者共は去った。もう、お前を拒む者も傷つける者も居ない。」
 意味は判らなかった。ただ、体が熱い。疼く。よく解らない感情に駆り立てられる。暴れずにはいられない。
「悲しき異形よ。お前は今ひとつ大事なものを忘れているな。」
 額に左手が触れた。

 

「逃げなさい。」
 あの女の声が聞こえる。
「どんな形でもあんたは私の子だから、だから逃げなさい。あいつになんか捕まっちゃ駄目。逃げて生きて!」
 新月の日。ボロボロの女が叫んで、何かを手渡してきた。それを持って俺は逃げた。
 だけど2、3日で捕まった。なにか仕込まれていたのかもしれない。力の使い方がまだ判らなかった俺には、抵抗の仕様がなかった。

 女はもっとぼろぼろになって、死んでいた。
 俺が逃げたからだ。白衣の男はそう言った。
 2号が出来たら見逃そうと思ったのに、残念だ。と。

 その日初めて、俺は人間を喰った。
 美味くも何ともなかった。

「…か あ …… … ん」
 ぽつりと呟いて、異形は意識を失った。

 

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自分でびっくりストーリー(゚д゚)

 

 

ところでシーラっていうと、シーラ・ウル・メタリカーナの方を思い出して微妙な気分になるのは俺だけですかそうですか。
BASTARDオンライン残念だったなあw

 

2011年8月 kuuさまより挿絵追加。
…これは、俺には絶対描けない…っ!!
架空の生物の骨格とか筋肉とか掴める人うらやましすぎる! 俺なんて人間でも怪しいのにィィィ!!!
とっても思い切った変色してみました。オリジナルはPixivでみてみてね!