兄さんが運動をするようです 1

 

 

大学の研究室、なう。
 久方ぶりに研究室にいる気がするな、などと思いながらセオドールは叔父の留守を預かりつつ自主研究中。
 ちなみ に叔父が何の研究をしているかというと、生態学や脳神経学、精神医学心理学機械工学その他諸々、ありとあらゆるジャンルの知識を組み合わせて、現実の医療 や薬学、工学等々利用価値のある技術に昇華し専門家に還元するという、なんともごった煮且つノンセクションな分野(?)を専攻としている。はっきり言って 知る人しか知らないが、知っている人は物凄く重宝し尊敬されているというこれまた通向け且つ後継者不足に悩みそうな人物なのだ。
 で、後継者第一候補のセオドールは、電話中なう。
「…出ない…? ルーベルのやつ…何をしているんだ…?」
  ルーベルは、彼の大学同期で(セオドールが飛び級しているせいもあり、年齢はルーベルのほうが3つ上だ)研究助手。当人はそれほど器用な学者タイプ…とい うわけではお世辞にもないが、一つのことに打ち込む集中力と頼んだことは馬鹿が付くほど真正直に真っ直ぐやりとげる性格、なによりセオドールの才能に惚れ 込み、心の底から心酔しているとあり助手としては大変に頼りになる人物だ。
 ちなみに、集中すると私生活の全てをセシル以外壮大に忘却するセオドールや、家事一切が不得手とくる叔父フースーヤの生活の面倒を見ているのも彼。家事の腕は一流だ。
 そのルーベルが携帯電話のコールに気が付かない…なんてことはそうそうない。足りない資材の補給を頼み大分たっているのだが…
 はて、何かあったのかと思い、セオドールは研究室を出た。

 あんな大変なクエスト(?)になるなんて、露とも思わずに。



 彼がいるはずの東館。体育館の庭に人だかりとテレビ局の車らしきものが止まっている。
  そういえば、今日は運動部にOBを呼んで特別レッスンをするとかなんとか、この大学のひとつのウリとなっている行事日だったか? と、いうことは…特にそ ういう情報を聞いてはいないが、興味もないから知らないだけかもしれないが、この様子だと完全に彼がいるパターンである。

 …まさか? まさか…ジェクト  に、捕まった… とも、思えないが…。

 直接の面識はないから可能性は薄いのだが、なにせ何をしでかすかわからない男。念のためと思い、セオドールは体育館に向かった。



「よ、セオじゃねーか。」
 当の本人は、床に座って見学中であった。大学バスケ部の面々と共に。
「…お前じゃないのか…。」
「あ? 何が? それより見ろよアレ。ちょいとスゲェ勝負やってんぜ。」
 ジェクトが指差す。地元バスケチームザナルカンドエイブスの大エースであるこの男が凄いなどと称するものとははて何か、と人差し指の先に目をやった。

 広い体育館、隣のコート。その一角。
 …熱い殴り合いが繰り広げられていた。
 正確には違う。試合だ。格闘技の。

  短い髪を赤いバンダナで纏めた強面の男が拳を繰り出す。それを真正面から受け止めるのは茶色の髪を刈り込んだ、髭面強面の男。衝撃でわずかに下がっただけ で、直ぐに右の拳を打ち返す。風を切る音がこちらまで聞こえて来る威力で。見学人の目も、カメラマンの視線も釘付けだった。
「ちょーっとスゲェだろ。俺ぁ職業柄あーゆー体痛めるジャンルはダメなんだけどよ、男としてちっと憧れるよなあ正直。」

「…ルーベル…。」
「あ?」
 一人は、探し人だった。
「…と、 ガーランドか…?」
 一人は、知った顔だった。


 ガォ…ン!!!
 ものすごい音が体育館に響く。茶髪の男のハイキックが炸裂した音だ。しかし赤いバンダナの男は的確なガードでそれを受けている。が、ガードごと その体は宙に浮き… そして豪快に床に落下した。

 一本!! 審判の声と共に歓声が上がった。


「うおおおお! すっげえなあのケリ! って何お前知り合い!?」
「一人はな。一人は…まあ、知っている…程度か。」
 茶髪の男が倒れた赤い男に手を差し伸べ引き上げる。距離を取り、礼をして、茶髪の男の勝利が告げられもう一度礼。そして踵を返したバンダナの男がが…こちらに気がついた。
「…セオドール! 申し訳ない!!」
 バンダナの男、ルーベルが走り寄る。少し足を引きずっているだろうか。
「ああ、構わん。よもやガーランドに捕まっているとは思わなかったが…それより大丈夫か?」
「ええ。多少アザにはなるでしょうが。」
「おいおいアレがそんな程度で済むのかあ?」
「はは、正直申し上げるともう少し辛いかもしれません。久方ぶりに動きましたので。」
 照れ笑いのようにルーベルが笑った。
 その後ろから。
「…そこにいるのはセオドールか! 久しぶりだな!!」
 茶髪の男が叫びながらドスドスと走ってきた。
 あー…ちょっと面倒な事になるかもな、などと思いはしたが…

 その予感に従っておけばよかったと、毎度のごとくセオドール後ほど悔いる事になる。
 そりゃあもう、盛大に。



 控え室。今日はゲスト専用とあって、他の学生はいない。セオドールと、ルーベル以外。
「へー! 総合格闘技のチャンプか!! くっそ知らねえとは俺様一生の不覚だぜ!」
「はは。格闘技は好きな者以外知られないからな。やむを得まい。」
「心配せずとも、ガーランドもお前の事など殆ど知らぬだろう。お互い様だ。」
「あ!?」
「見ぬかれたか。そういう事だ。」
 そう言って茶髪の髭男…ガーランドは豪快に笑った。年齢的にジェクトとガーランドは同期に近いはずなのだが、どうやら畑違いのジャンル。お互い知らなかったらしい。
  ジェクトとはまた違った男臭い男だ。背丈は長身のジェクトのその上を行く…セオドールと同じくらいか。だが幅が違う。幅というか厚みが違う。(ルーベルも それに関しては同じではあるが。)ジェクトの筋肉は瞬発力だから締まっているのだが、あちらはわかりやすく筋肉ダルマだ。それにどちらも粗野で男臭いのだ がなんというか…ジェクトにはある華がない。The武人。それが形容するにふさわしい言葉だ。
「在学中はあらゆる武術部に籍を置いていてな。色々と学ばせてもらった。」
「武道オタクなのだ、こやつは。武術部を回るために留年したほどのな。」
「ぶ! そりゃすげえww」
「随分な言い方だな。まあ当たってはいるが。」
「剣道部とフェンシング部の備品代が3倍に跳ね上がったなどという伝説も聞いたことがあるが、あれは本当か。」
「ぬ、3倍までは… いや、フェンシングはさすがに申し訳なくて辞めたが…」
 どんだけ折ったんだよと爆笑する。人のことは言えないが、この髭面フケ顔が大学とか一切想像できねーな。とはさすがのジェクトも口に出すのは遠慮した。
「私も空手部に籍をおいていますので、その縁で。」
「実力者が通りがかったので捕まえてしまった。すまなかったな、用があったとは知らずに。」
「いえ、セオドールには申し訳ないことをしましたが…正直、楽しゅうございました。」
 ルーベルとガーランドが笑う。はっきり言ってムサい空間だ。が、次の瞬間わりとそんなことはジェクトの中でどうでもよくなった。
「でセオドール。お前はきちんと体を動かしているのか?」
「……どうでもいいだろう…余計なことを言うな。」
「またサボっておるのか。よし、ワシと一戦まみえるか。」
「断る。」
「え!? ちょっと待て何どーゆー意味だよつーかおめーらどういう関係だよ!」
 ジェクト、初のおいてけぼり体験だった。




 セオドールは飛び級に飛び級を重ねている。もちろん小中学は義務教育なので、籍はそちらに置きながら上の学校の授業に参加する期間もあったわけだが、実質小学校中学年には中学校、中学の年齢には付属高校の授業を受けている。
 で、高校の授業を受けていた時の生徒会副会長が…ガーランドだった。

  生徒会は中学の年齢だったセオドールの面倒をよく見てくれた。当時の生徒会がまた「教師より強い」と言われた最強の世代で、会長のライトと副会長のガーラ ンドは、校長も裸足で道を開けるという伝説さえ作られた程のコンビだったのだ。ちなみにライトは当時一年生会長で剣道部の主将。三代に渡り圧倒的なリー ダーシップを誇ったらしい。
「…で、勉学一辺倒だったこやつに武道を薦めたのだよ、ワシが。体が弱いと聞いていたのでな。」
 ワシ、なんて一人称を使うほどの歳じゃないはずだが、異様に似合っていてジェクトはツッコミの機会を逃したことにすら気づかない。
「え、ってことは何、おめぇ、アレ、できんの??」
 そりゃあセオドールが不自然なほど鍛えられているのは知っている。運動神経もハンパないのも知っている。でも、あれはちょっと想像がつかないというか、つかないというか、つかないだろオイ。
「出来るか馬鹿。」
「ははは! こやつに薦めたのは合気道だ。ああいった殴りあう格闘技ではない。」
「あい き どぉーーーーー?」

 また、マイナーな格闘技が出てきたもんだと正直、置いてけぼりのターンを覚悟した。



「合気は深いぞ。確かに型式ばかりで強いイメージはないやもしれぬ。事実強くなるまでには相当な時間がかかる。が、強者は本当に強い…」
「待った! 俺ぁそっち方面は全然くわしくねーんだよ! 100文字以内で説明よろ!」
 セオドールのマニア談義で痛い目に会い続け学習したか、今回は先手を打てた。受けて、ルーベルが説明を引き継ぐ。
「合気は書いて時のごとく、気…動きを合わせる武術。いわばカウンターの武術です。相手の動きを利用し少し流れを代えて返す。言うのは簡単ですが、理屈と理論 と人体をを知らねば強くはなれない。基本の型も多い。頭を使う武術なのです。その代わり力はいらない。実に、セオドール向きなのです。」
 100文字はともかく、ジェクトの理想通り簡潔だった。
「なーる、漠然とわかったぜ。なんか面白そうだな。」
「面白いぞ。あの動きはアスリートでも十分参考になろう。見せてやったらどうだセオドール…」
「断る。」
 予想通り切って捨てられた。
「いつの話だと思っているのだ。もう忘れた…。」
「それはないな。武術など一度身についたものはそうそう忘れん。合気は多少例外ではあろうが、お前ほど実力をつけていれば忘れるということなどないわ。」
 …余計なことを…とあからさまに歯噛みするセオドールがちょっと可笑しい。この武人二人、どーやら空気を読むのは下手らしい。が、今回は面白いので二人に着くことにジェクトは決めた。
「へー、こいつ強かったのか?」
「ああ強かった。当初はこの様子で渋っていたのだが」
「貴様が無理やり引っ張ったからだろうが。」
 なんか想像できるな、と思ったがツンデレは今回放置。
「何、すぐに強くなった。未だに忘れられんなあ、お前に負かされた時のことは。」
「は!? おめぇ負けてんの!?」
 これには、冗談抜きでジェクトも驚いた。中学生と高校生の体格差は、いくらなんでもでかい。セオドールがもし今くらいのペースでガタイを育ててたとしても、ガーランドなんぞは絶対その上を行っている。
「負けた負けた! やる気のないこやつにワシが冗談でな『いずれ弟を攫ってくれようか』なんて言ったものだからな。その半年後には… 油断していたとはいえ、ものの見事に転がされてたわい。」
 ガーランドは豪快に笑った。
「…もういいガーランド…」
「今でも覚えているぞ。転がったワシに囁いたお前の言葉。」



 ― 冗談でもセシルに手を出してみろ コロス。



「いやあ怖かった怖かった! 前世は魔人か何かかと本気で思ったわ!」
「……あー…目に浮かぶようだわー…」
 どうやら、強くなった理由もブラコンだったらしい。まあ、それ以外ないけど…
「合気とは体格など関係ない武術なのだ。と、してもこやつは強いぞ。」
「へー。じゃあ帯とかアレだ。色付きもってんのか黒とか!」
 漠然とだが、強くなると黒だよな、くらいの知識はジェクトにもある。が、セオドールから返ってきた答えは。
「白帯だ。」
「え――――!?」
「ははは! 合気の級は、その流派では基本練習した時間数で決められていた。それでなくてもこやつ、昇級試験を頑なに拒んでな。」
「えー、なんでよもったいねえな。」
 ぽそりと、セオドールは答えた。
「…黒帯…有段者というのは、それだけで凶器を持っているのと同じ扱いなのだ。傷害罪執行猶予無し一発レッドだ。そんな状態」
 で、以降の言葉は、いつものセオドール通りだった。

「いざセシルを守るときに邪魔以外の何物でもないわ。」

 …ブラコン兄貴の面目躍如だった。最初から、最後まで。
 
 
 
 
 
「セシルか。一度しか見たことはないが、女の子のような可愛らしい子であったな。」
 ガーランドが笑いながら言った。
「…何だ、急に。」
「久方ぶりに会ってみたいものだな。最も、ワシの姿を見て怖がるやもしれんが。」
「…何が、言いたい。」
 ジェクトは分かった。ルーベルは、わからないようだった。
「兄貴の昔話を聞かせるといえば、一晩くらい付き合ってくれようか。」
 がたり セオドールが立ち上がった

「…それだけは許さん!」
「ほう。ならばどうする?」
 ガーランドが、ニヤリと笑う。

「……いいだろう。貴様の計略に…乗ってやる!」
「そうこなくてはな! 闘争を楽しもうではないか!!」
「おっしゃあ! 俺様がジャッジをしてやるぜ!!」

 こうしてセオドール対ガーランドの、異種格闘技戦が開催と相成った!





「…え、何がどうして、こうなったのですか…?」
「あ、オメー副審な。」
「は?」

 結果、おいてけぼりはルーベルだった。

 

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修羅場明け、3ヶ月ぶり合気道の練習に行こうと靴を履いてたら、玄関にネタが落ちてました。
『そうだよポジションから考えるからダメなんだ!
ガーランドが現代にいたら武術オタクにきまってるじゃね━━━━(゚∀゚)━━━━か!!

そこからは10秒で完成したね! 最速記録だったね!!
また兄さんと合気道の相性がいいのなんの。


しかしガーさん…しがらみをとっぱらったらこんなに屈託ないキャラになるとは…予想外にも程があった…。アンタ苦労しておりましたね……。
ルーベルは予想の範疇だった。