兄さんが運動をするようです 2

 

 

体育館、なう。
 急遽畳を敷かれたそこに立っているのは、無差別格闘技チャンプ、ガーランド。そして大学の天才児、セオドール。ジャッジに、ザナルカンドエイブスのエース、ジェクト。
 最近運動も相当凄いと知れたセオドールだが、いくらなんでもないだろうという勝負。且つ、何故かジャッジがあのジェクトということで、そりゃあ一瞬で学校中の話題にならないほうがおかしい。大量のギャラリーは…
 しんと、静まり返っていた。武道独特の気配に押されて。

「…勝敗は、どう決める。」
 セオドールが言う。
「床にブッ倒れたほうが負け。わかりやすくていいだろ?」
 ジェクトが不敵に答えた。
「いいだろう。」
「望むところだ。」
 どちらからともなく、二人が答えた。
「ワシは頭部は狙わん。お前の脳ミソやその綺麗な顔に傷をつけては問題になるからな。他、病院送りになるような攻撃もな。お前は、全力でかかって来るがよい!」
「…顔はともかく、脳細胞の配慮はありがたく受けよう。」
 ガーランドは、利き腕を下げ半身に、腰を落とす。
 セオドールは、利き腕を前にほぼ正面、背筋を伸ばす。
「3分勝負 ……Fight!!!」


 ゴング代わりのジェクトの声が響いた。


 先手を打つはガーランド。打撃の基本、左ジャブからの右ストレート。セオドールは左に…いや、左前に半身、すっと移動した。
 すっと。見ているジェクトからはそう形容するしかなかった。ガーランドは右ストレートも魅せ技にして右ローキックを繰り出す。が、敵の位置が近すぎた。威力はまるで出ず、当てたものの却って自分が少しバランスを崩した。
「ぬ」
 すい そう形容するしかなかった。セオドールの右掌底がガーランドの顎を捉えカチ上げる。そのまま押され、ガーランドは一瞬仰け反った。
 ダン!
 強い足踏みの音。セオドールは一歩前進していた。ガーランドは… 顔を逸らし左に体を捌き、掌底から逃れていた。
「…危ない…! やはり、衰えておらぬな。」
「…。」
 ちぃ という舌打ちの音は、ジェクトにだけ聞こえていた。

「おお! なんだあれ、おもしれえ事するなセオドール!」
「彼の流派、基本の2、逆構え当てです。右手が取れなかったので躱されましたが。」
 副審のルーベルが親切に解説を入れてくれた。
「あれ、決まってたらどーなんのよ。」
「後ろに倒れます。顎下から掌底でのけぞらせ前に一歩進めば、人は倒れるより他ない。」
「へー、本当に理屈っぽいんだな。」
 ジャッジの立場も忘れて感心するよりない。っていうか、VIP席で見たくてジャッジを買って出たようなもんだ正直。

 

  倒れたら負け。このルールの時点で、ガーランドの中から寝技が消えた。武術マニアの彼は、もちろん柔道やレスリングも極めている。だから倒す術も心得てい る。が、それらは『倒して次の技に持ち込む』技術。倒すことだけが目的のそれは確実に勝利を呼ぶ。だがそれは『決める』技ではないのだ。そんなもので勝敗 を決しては、彼の闘争本能はまるで満たされない。この時点で、『倒して勝敗を決する』術を多く持つセオドールに少し有利になったことには…当然ガーランド は気づいている。
 もちろんガーランドも合気道はやった。が、理屈先行の武道は正直彼の性格に合わず、極めるとまではいかなかったのだ。同じ合気 ではセオドールにかなわない。それはあの日十分に理解した。それに…楽しみたかったのだ。異種格闘技戦を。だから、合気で勝負するという選択肢は、ガーラ ンドにはない。

 一度ステップを踏み、ガーランドは間合いを測る。セオドールは、ガーランドを真正面に捉え構え続ける。
 次に先手を打ったのもガーランド。ステップと共に今度は容赦の無い右ストレート。セオドールは、半身になり今度は右に、やや遠目に躱した。そして…両の腕をクロスさせるようにして、両手でガーランドの右手を掴んだ。
 ねじった。次の瞬間、ガーランドはさっきと真逆、真後ろを向いていた。セオドールに右腕を取られ真横に伸ばされバランスを崩したまま、その左に並ぶように。
「!」
 セオドールは左腕をガーランドの脇の下に通し肩を入れまっすぐ前に伸ばし、右腕はさっき捉えたガーランドの右手首を掴んでいる。彼自身は、左腕を真っ直ぐ前に立っているだけ。ジェクトにはそうにしか見えない。
「せい!」
 いかにも武術らしい掛け声と共にセオドールは一歩前に進む。
 それだけで、ガーランドの体が前のめりに宙に浮いた。
 ダァァン!!

 ガーランドは投げられ一閃、地に着くと同時にくるりと体を回転させ立ち上がっていた。
「おおおお! なんだあれ!!」
「ジェクト判定は!!」
 セオドールに言われてジェクトは自分の役割を思い出した。
「お? おおお、ノーカンノーカン! 立ったからノーカンだ!!」
「チッ」
 今度はギャラリーにも聞こえる舌打ちだった。
「おい解説! 今のはなんだ!!」
「かい…。……前落とし。肩を支点、掴んだ右手首を力点、投げる相手を作用点としたテコの原理の応用です。」
 名前でなく解説と呼ばれてもきっちり役目をやり切るあたりがルーベルらしい。
「マジで理屈っぽいなあ。こりゃ俺様にはムリだわ。」
 明らかに自分と同じタイプのガーランドが負けたのも、なんとなくわかった気がした。
 

 
  そこから先は、一進一退だった。ガーランドが構えを変えつかみにかかる。柔道だ。手を交差させ襟首をつかんだ瞬間、セオドールはその隙間から拳を入れ顎を 狙う。怯んだ隙に逆の手で、襟首を握るガーランドの手のひらを掴み、めくるように返す。面白いように脇が上がり、そこをくぐって抜け出す。
 そのまま背中に回って肩に手をかけ、引き倒そうとした技にガーランドがエルボーを返す。
 ステップで間を開け、殴る・蹴る・投げるを基本とするガーランド。摺り足で移動しす、ねじる、回す、押すが中心のセオドール。タイプがまるで違って、実に見ていて面白かった。
「…セオドールのステップってえの? あれ面白ぇよな。」
 ジャッジが一番楽しんでいる有様である。
「運足、ですね。書いて字のごとく足の運び。なるべく宙に上げず、最小限の動きで最大の距離と速度を出す。一歩に伝わる力が大きいのです。彼は体が大きいので余計ですね。」
「だから一瞬で移動したように見えるのか。バスケんときも出足やたら速かったもんなアイツ。試合で使えねえかなあれ。」
 使えるものはみんな拾っていこうとするあたり、ジェクトもプロだ。

 

  2分も過ぎた頃に、じわじわとガーランドが押してきた。基本的にガーランドは単純明快な攻め方。セオドールは一工夫もふた工夫も必要な技。この差は大き い。消費する体力量も変わってくるし、同じ時間で繰り出せる技の数が段違いだ。その上ガーランドの打撃はかすっただけで相当キツい。前に躱し間合いを殺す ことで直撃は防いできたものの、蓄積されたダメージはかなり辛くなってきている。詰めそびれまともにガードするしかない状況もうまれはじめていた。セオ ドールの左腕は、明らかに青くなっている。
「どうした! 時間が経てばお前に不利になるばかりだぞ!」
 ガーランドは絶好調とばかりに笑った。


 腕が上がらなくなってきている。握力も、もう限界に近い。握っても力で外されてしまう。こちらの詰め方にも奴は慣れてきた。打てる手立ては…もう、幾ばくも、ない。握力も、腕力もいらない技なんて…

 セオドールの動きが急に落ちた。ずっと伸びていた背筋が丸まり始める。あきらかに消耗している。あーこりゃ限界か、まあ当然だよなあ、とジェクトも試合終了を予感した。スポーツドリンクまだ残ってたよな、とか思いながら。
「これで終わりだ!!!」
 勝機を見たガーランドが振りかぶる、ハンマーのような拳が打ち下ろされてきた。

  セオドールの左膝がかくりと落ちた。斜め前に体が倒れる。あ、限界だ。ジェクトはそう思った。倒れまいとしてか、右足が交差するように前に出てたたらを踏 んだ。結果さらに体が前に出て、踏み出していたガーランドの腹にぶつかった。オワタ。多分膝蹴りあたりで終了じゃね? ちゃんと手加減しろよそこのデカブ ツ!
 と、ジェクトが思った瞬間、セオドールがすっと立ち上がった。

 次の瞬間、ガーランドの体はものの見事に宙に飛んでいた。セオドールの後ろ側へ、いやもう、間違いなく宙に浮いていた。


 ズッダアアアアアアアァァァアアンン!!!
 土煙があがるんじゃないかという音だった。



「うおおおおおお!!? 何だ何だおいなんだよ今のはあああああ!!?」
「馬鹿ジェクトぉ! 貴様の台詞はそれじゃないだろうがぁぁ!!」
 言われてジェクトは自分の役目を思い出した。
「お、おお 一本! 一本だあ文句なく!! 勝者セオドォォォル!!」
 大歓声。
 荒く息を吐いていたセオドールが、1つだけ大きく息を吐いた。息吹、というやつだ。


 むくり、と巨体が起き上がった。後頭部をさすりながら。
「うーむ…やられた。見事な当身投げであった。」
「おう、オメー丈夫だなおい! で、あてみってなによ?」
 すっかり解説役になった副審のルーベルを見る。
「今のは下段当て、それもえげつないやり方ですね。相手の体を腰に乗せ、腕で上半身、足で下半身を挟みこむようにして起き上がると、腰を中心に乗った相手は旋回する。背中を転げるように飛ばされるのです。起きる力で投げますから、かなりの重量差があっても投げられます。」
「体を挟まれるから受け身が極めて取りづらいのだ。足より頭より胴が先に落ちるからな。素人なら間違いなく後頭部を強打する危険な技だ。」
「腰に乗せられなければ致命傷だがな。上から殴られ放題だ。」
 息を整えたセオドールが、二人の後を継いだ。
「…しかし、決まると気持ちがいいな。この技は。」
 ちょいと遠くを見る目は心なしか、イイ顔していた。
「ぬはは! お前のガタイではそうそう出来まいな。まず懐に入って行けぬだろう。ワシくらいの体格でなければな。」
 よーするに、あれはフラついてたんじゃなくてわざとだったらしい。
「千鳥足、というやつですね。移動方向に足を交差させることにより、正面を向いたまま横に移動できる。さらに自ら膝を折るようにすれば、体重移動すら最小限の力で可能。」
「自分からだったのか。膝からいってたからフラついたように見えたんだな。」
 実に面白い動きだ。気に入った。
 大歓声を華麗にdisってセオドールは大きなため息を吐いた。
「とにかくガーランド、これで決着だ。間違ってもセシルには余計なことを言うな  …よ …」
 用事が終わったさっさと帰ろう、とばかりに出口へ向き直ったセオドールが…笑える程固まっていた。絶望を贈られた顔をして。
「あ? なによどうした? どっか痛ぇのか…」
 と、前に回ってセオドールを見た瞬間



「にいちゃん、すご――――――い!!!」




 ものっすごい聞き覚えのある子供の声が響き渡った。
 叔父と思われるヒゲの爺さんと手を繋いだ、それはもう、全力で弟だった。あと、その親友も。


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合気道、やっててよかったとこんなに思ったことなかったわ。
あ、俺はできませんよ。こんな殺人下段当て。

エセ黒帯だから。( ・ω・)