やってしまったルビカンテSS 4

 

 走った。己の事など忘れて。後にも先にもにもこれだけ走ったのは初めてかもしれない。蔦に足を取られ、枝に皮膚を裂かれても尚走った。茂みを抜け、開けたその先にセオドールはいた。数体の魔物に囲まれて。
 月光の中怯えるように震え、肩を抱いて蹲り、何かを呟く彼は完全に自失していた。
「セオドール!!」
 私はありったけの声で叫んだ。魔物がこちらを見た。間髪入れず、私はその一体に炎を叩き込んだ。

 炎に包まれたコカトリスが甲高い声を上げ、落下する。一瞬怯んだ魔物の群れを正面突破し、セオドールの元へと駆けた。
「セオドール! 大丈夫か、しっかりしろ!!」
 肩を揺さぶる。しかし、彼の瞳は虚ろに光を映さぬまま、なにかに怯えるように震えるだけだった。魔物の唸り声が響いた。
 私はセオドールを背に庇うよう、立ち上がる。息を吐いた。
 コカトリスが2体、ガトリンガが3体。一人で相手をするには多い。だが、試練の山のアンデットに比べれば随分とマシではないか。
 一斉に魔物が飛びかかってきた。
「ファイラ!!」
 あらんかぎりの炎を群れに向けて叩き込む。弾けたように全てが飛んだ。無論これで倒せるとは思っていない。が、出端を挫き統制を乱す事は可能なはずだ。案 の定3体が怯んだ。一体は致命傷に近くまだ起き上がってこない。一体のコカトリスがセオドールに向かうようにとびかかってきた。
「させるかぁ!!」
 私はその間に躍り出た。魔導士のすることではない。しかし、彼は言ったのだ。私の肉体は類い稀なのだと。この拳が武器となる魔導士なのだと触れ、確かめそう言ったのだ。私は右手を振りかざした。ありったけの炎の力を込めて。
 慣れぬ衝撃に皮膚が悲鳴を上げた。だが、確実にそれは魔物の骨を粉々に砕いていた。

 

 がさり。背後の茂みが音を立てた。振り返るとそこには、煌々と輝く金の瞳が6つ…いや、まだ、後から後から。騒ぎを聞きつけた魔物達が新たに寄って来たのだ。
「おのれ!」
 いくらなんでも数が多過ぎる。庇うは愚か、生き残る事も怪しい数だ。だが、それでも引く訳にはいかなかった。
 魔物の咆哮が響く。私はありったけの魔力を振う。皮膚が、肉が裂ける。
 月が、一際輝いた。そんな幻を見た。

 異彩を放つ声が嘶いた。それは、群れからではなく、背後にいるはずのセオドールから。
「しまった!!」
 最悪の事態が脳裏によぎる。弾かれたように振り返ると、そこにいたのは…私の背丈を遥かに越える黒い…竜だった。
「!?」
 それは膝を着く彼の身から立ち上るように存在した。私も、魔物共ですらその姿に慄いた。
 竜は一瞥するように周囲を見渡し、そして

 その口より、白い輝きが放たれた。

 

 真っ白に輝いた視界が回復したのちに映し出したものは、粉々に打ち砕かれた魔物達の死骸。そして、周囲の凍えるような冷気。
 一瞬遅れた正気を取り戻し、セオドールを探す。程近い場所に彼はいた。
 その身を守るように黒い竜が、くるりと彼の身を巻いていた。

 セオドールは黙って立ち尽くしていた。大きな怪我らしいものは見受けられなかったが、確かめるために私は一歩近づく。黒き竜が威嚇するように私に唸りを上げた。
「止せ、私は彼に危害を加えない。守りたいだけだ。」
 竜に人の言葉が通じるものか否かは浅薄な事に私は知らぬが、この存在がセオドールを守った事だけは確かだ。思いを共にしたことだけはせめて通じて欲しい。
 一歩進む。もう、一歩。
 竜は私をねめつけたままであったが、吠え立てる事もしなかった。
「…セオドール…。セオドール、しっかりしろ!私だ!!」
 俯き、上を向こうとしない彼の肩を揺さぶる。反応は無い。彼の身に何が起こっているのかさっぱりわからなかった。
 とにかく、この場に留まる訳にはいかない。抱えてでも連れ帰らねばと彼の腰を持ちかけた瞬間、黒い竜が吼えた。私の背後に向かって。
 振り返る。そこにいたのは…!
「ズー…!!」
 闇の中羽ばたくのは、ミシディア地方にのみ生息する巨鳥、ズー。性質は極めて獰猛で生命力が高く、ミシディアの魔導士たちが幾人もその犠牲となった…魔鳥。
「くそ…!」
 黒き竜が牙を向く。私も急ぎ自身にケアルをかける。が、正直消耗した今の自分が敵う気はしない。この黒き竜に託し、彼を連れて逃げるか…その選択は許されるだろうかと思案した瞬間だった。
「いいよ黒竜。さがっていな。」
 そう言い、私の前に立ったのは…セオドールだった。
「セ、セオドール!?」
 驚き、彼の顔を見る。セオドールは…笑っていた。見たことも無い…冷たい表情で…。

 背筋にぞくりとしたものが走るのを自覚した。

 

 次の瞬間、魔鳥はセオドールに襲い掛かった。止める間もなかった。
 名前を叫ぶ。それに被せるように放たれた彼の魔法。
「ファイガ」

 さも当然のように冷淡に放たれたその術式が巻き起こす炎は、私が放つそれよりも遥かに巨大な爆炎をもって、満月の森を照らし出した。

  

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出てくるモンスターを原作FF4ミシディア周辺生息のものに準じたら、ものすごく大したことなさそうなラインナップになってしまいました。已む無く、数の暴力にしました。
ズーはデスブリンガーないとえらい大変なんだけどな…

ルビカンテ(人間)は、基本的に凄く実直でまっすぐすぎてお馬鹿さんだと思って書いてます。
お馬鹿さんっていうか、5を聞いて3〜4を知る察しの悪い人。でもいい人。
勿論、紳士です。脱ぎませんけど。

挿絵は生ケツでしたけど。(まだ言う)