やりたい放題バルバリシアSS 4

 

 面白い女だと思った。

 物の無い部屋だった。
 「女王」と称されるだけあって、高級な住宅街であろうそこに貢がれたらしい立派な作りのその家はあった。反して中は、殆どが伽藍洞の空き部屋となっていた。
 生活感がまるで無かった。恐らく、滅多に使われていないのだろう。人が住んでいる痕跡は、私が通された寝室一部屋のみだった。
 そこも異様なまでに物が無かった。寝台と箪笥、燭台、鏡台、戸棚が一つ。装飾は一切無い。貢がれたらしい物品の数々は、無造作に床に転がされていた。戸棚の上に「女王」にはまるで似つかわしくない、大振りだが可愛らしい動物を模した縫い包みが幾つか、それらだけが少しだけ大事そうに飾られてあった。
 それも、よく見れば随分と埃に塗れていたのだが。

 
 他者を支配する事を生き甲斐としながら、支配の届かぬ人間を求めて止まぬ。
 他人を人と認識せぬ癖に、他者から与えられる称号を誇りとする。
 自分の脚など必要とせぬ怠惰を良しとしながら、己の脚で歩む人生に憧れる。

 己を変える自由を渇望しているのに、己の箱から出る事を恐れている。

 
 人とはこういう物なのだろうか。
 自分もそうだっただろうか。

 
 この女の根底に有るものを見てみたい。そんな風に思った。

 

 

 

 

 お客さんいつからトロイアにいるの?5日前?そう。じゃあ表通りの店は大体判るかしら。大雑把になら?んー、じゃあ細かい所なんかわかんなかったら言ってよ。この辺りはあたしも面白い話知らないんだ。縁ない世界だから。
あの酒場?ああ、「パブ王様」ね。え、奥の席を希望したら別料金だって言われた?あー、あの店の「奥」は違う意味あんのよねぇ。すっごい不自然な位置に扉あんの見た?そうそれ。振っておいてなんだけど、よく覚えてたわね。あそこの向こうが「奥」とか「先」とかいわれてんの。会員証買わないと入れなくてね。10万ギルすんだけど。そう。法外。で、何があるのかってーと、半ストリップショーと個室おさわり。
 そうそれ。見るだけ触るだけ。
 馬ッ鹿みたいでしょ!ま、たま――に本番やりましたー、なんて運のいい男もいるらしいけど、基本的にはあそこ合法店だからそういうのナシ。なんか伝説が伝説を呼んでるみたいで、会員証自体がステータスになってるらしいのよねえ、金持ちの。
ちなみにアタシはそれより高いから。え、当然だって?やだお客さんやっぱ見る目あるわ!そうそう、人間自分を安く売ったら負けよねー。そんな訳であの店の奥は絶対入っちゃダメ。だったらアタシが相手したげるからさ。
 それ?ああ、その線がね、境界線のライン。
 こっから先が裏町。トロイア城非公認の世界への入口よ。こっから先は法もルールもないかわりに、援助も秩序もなにもないから。トロイアの神官達はここを見ない事にしているのよ。そ。ここから先たった数キロが、水と森と女の国トロイアの本質。

 あっちが、貧民街。ルール破りでオモテ側から弾かれたヤツとか、裏で上に目ぇつけられて爪弾きにされた人間が住んでる。
 え、見たいの? まあ、いいけど、物好きねえ。
 おーおー、視線が冷たい事冷たい事。ここの連中、ハブられてここにいるクセにここでもお互い縄張り意識持ってすごいのよ。馬ッ鹿みたいでしょ。嫌よね女って。聞こえてるって? あー、大丈夫大丈夫。アタシに歯向かう女なんて、このトロイアには誰一人いないから。お客さんはアタシから離れないで…って大丈夫かな、お客さんなら。まあ、このあたりの人間の事は色々知ってるけど、弱いものの悪口なんてシュミじゃないから、割愛でいいかしら。ふふ。さすがいい男は懐が広いわね。
 このあたりは市場ね。露店街っていう方が近いかな。最低限の生活物資と商売の道具売ってるわ。店やってるのは大体子供。なんでって? 親は夜の商売だから寝てるの、昼。夜は当然お仕事。アタシは親が稼いでたから、こういう事したことないんだけどね。フツーにオモテで贅沢な買い物してた。こっち側はこれで終わりだから逆いくけど、いい?

 で、こっち側から先がって、お客さんどうしたの?
 石があたった?
 さっきの女か。悪いわねお客さんちょっと待ってて。シメてくるから。
 悪いけど、良くないわ。お客さんがよくてもアタシが駄目。示しはつけないと駄目だから。
 …判ったわよ、一発だけにしておく。お客さんに言われたらなんか逆らえないわねぇ。


 待たせてごめんなさいねぇ、ヘンなのに絡まれなかった? ん、良かったよかった。で、こっから先が男の夢と欲望と女の絶望渦巻く裏町ね。いらっしゃいお客さん、はじめて? 通りがかったけど煩くて帰った? あっはっは! そりゃお客さんらしいわ! ま、昼間は閑散通り過ぎて死んでる街だから安心していいわよ。ま、夜だってアタシが横にいれば誰も声なんてかけないけどね。来てみる?
 あそこの境界線? ああ、アタシらはあそこから出ちゃいけないの。そこから先はトロイア領。トロイア領地でウリ行為の疑惑がもたれると、一発でお縄頂戴の臭いメシコース。当然二度と表町には帰れないし、裏町でもランクが激下がりするわ。衛兵? 立つわよ。勿論見える所。そっからこっち側はねえ、衛兵の目には見えない世界なのよ。不思議よねぇ。

  


「アリシア?」
 からからと笑うアリシアに、ふいに誰かが話しかけた。はっとしてあわてて女王の顔を取り戻しそちらを見ると、そこにいたのはいかにも同業者といった出で立ちをした、波打った茶髪を頭頂部で結い上げた女に、薄い金色の髪をボブカットにした、少し子供っぽい…所謂ロリ顔の女。この街でおそらく1.2を争う知った顔達だった。
「あら、サラにリナじゃない。なにしてんのこんな真っ昼間から。お客なんていないわよぉ?」
 カラカラと笑ってやったが、笑われた当の二人は唖然としてアリシアを見ていた。茶髪を頭頂部で纏めた女、サラが呆然とした表情のまま答えた。
「そ、そんなの今更言われなくたってわかってるわよ…。あんたこそ、こんな早い時間から何してんの?」
「なによ。アタシが昼間に出歩いてたら幽霊か何かだっていうの?たまたま目ぇ覚めるときもあるの、外に出ないだけで。今日は暇してたからこの人案内してただけ。商売じゃないわよ。」
 商売じゃないわよ。その一言を聞いて、女二人は真っ青になって…凄い勢いでアリシアの腕を引っ立てた。
「痛った!なにすんのよアンタら、この志玉の肌に傷つける気…」
「商売じゃないって!まさか、まさか!?」
「男!男なの!?ついにあんたに男ができたの!!?」
「は?」
 予想外の反応に言われた側は一瞬言葉を失った。意に介さず茶髪と金髪の女は交互に勝手に話を進めていく。
「確かに…顔は悪くないけど…ちょっとアンタの好みからははずれてない!? アンタ妥協するような女じゃないじゃん、どうしたのよ!!」
「え、それともあっちが凄かったとか!? 確かにこの体格ならモノは凄そうだわ! それならちょっと羨ましいわ!!」
「あ、そっちか! それは重要だわ! ええ!? アンタがそれでOK出すって凄くない!? ちょっとあたしらにも味見させて…」

「だまらっしゃい!!!!!!!」

 閑散とした昼間の花町に、女王の一喝と拳骨の音が2発、響いた。

  

「ホンッとごめんなさいねぇ、下品な女共で。」
「あの場所で気にするような事でもあるまい。」
 女王の怒号に、閑散とした裏町もさすがに喧騒を取り戻してしまい、何かと集まってきた人目を避けるように二人は表町へと戻っていた。再び今朝出発した、アリシアの行き着け酒場である。互いの目の前にあるのはコーヒーが一つずつ。
「友人か?」
 男が尋ねる。
「そんないいものじゃないわよ。精々顔見知りかな。同期なの。あの子らとは。」
「同期というと?」
「商売はじめたのが大体同じタイミングだったってだけ。昔はつるんで客捕まえてた事もあったけどね。今はあいつらも、アタシには及ばないけどけっこう上モノになったから、こうして偶然顔合わすくらいの関係。」
「成程。」
 そう言ってじっと自分を見る男は俗な欲の世界とは程遠い位置にいて、見られ続けると居た堪れない気持ちになってくる。誤魔化すようにアリシアはコーヒーを飲み、言った。
「イヤんなっちゃうわよねぇ、昼間も夜もそんな話ばっかでさぁ。男に寄生しなきゃ生きてけないのかっつーの。」
「…お前はどうなのだ?」

「え?」

 男は腕を組み、黙って自分を見ていた。あの、見透かすような紫の瞳で。

  

「…アタシは男に媚びるつもりなんて微塵もないわ。アゴで使うだけよ。」
 アリシアはそう返した。女王の目で。だが、その心臓は早鐘を打っていた。理由はわからなかった。
 男は目を伏せ、言った。
「良い目だな。嫌いではないぞ。」
 そして微かに、笑った。

 一際大きく、早鐘が鳴り響いた。

 
「私はこれから一つ用向きが在る。夜まで開けるが、お前はここに戻るのか?」
「え?アタシ?」
「夜も、案内をしてくれるのではなかったか?」

  

 ここで落ち合う。そう、約束を取り付けて二人は店を出た。「女王」になってから初めてのことだった。約束などという、誰か他人と対等に関わる事柄など。
 食事の代金は各々の支払いだった。これも、初めてだった。
 だが、何故か悪い気はしなかった。

  

 夜が待ち遠しいと思ったのも、初めてだった。

  

 

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兄さんは自分が見失った、つか捨てさせられた「人間らしさ」っていうのを無意識に探してるか惹かれてるかしてるのかもしれませんな。自分が何もかも失って心を殺して、希薄になって生きなくちゃいけなくなったから、感情的な故に道を踏み外した人につい手を出す(本人に自覚なし)とか、逆に感情にがんじがらめにされてる人の殻を壊したくなったりとかさ。あったら萌えないか。