ここ半年くらい、満月が近くなるとあたしたちは酷く欲望が疼くようになった。
声がきこえた、なんてリナは最初怯えていたけど、そんなのは気のせいだ、アンタの本心が聞こえてるだけだ、って適当にあしらったらすぐに落ち着いた。
大抵、それは肉欲に変わっていた。いつにも増して沢山の男達をかしずかせる。今日は二人で10人。踏みつけ、縛り、鞭打ち、奉仕させる。だけど足りなかった。全然足りなかった。見てしまったから。あの女が。いつもあたし達が上にのし上がる事を阻むかのように邪魔し、君臨し続けてきたあの女が。
男を連れていた。許せなかった。
3人で仕事をしたって、いつもあの女は頭抜けていた。ケタ半分、違う額がついた。「一緒に取った男なんだからワリカンよ」そんな風に余裕の笑みを浮かべあたしたちに施しを与える。それも許せなかった。何も言わず、ふらりといなくなったかと思えば、急に戻ってきた。一人で足抜けしやがったと腹が立った。が、それも時間と共に、邪魔がいなくなってせいせいしたという感情に変わっていった。これであたしがNo1になれると思っていた。なのに、あの女は帰ってきた。何食わぬ顔で。そしてあっというまに「女王」にまでのしあがっていた。あたしたちの2年間を笑い飛ばすように。
そして今、それだけでは飽き足らずに、只の女としての幸せまで手に入れようとしている。許せるはずなかった。
「…もういい!!」
あたしの性器を一心に舐めていた男を蹴倒し、立ち上がる。つかつかと歩き、顔はいいが細い、もやしみたいな男の上で嬉しそうに腰をふっているリナの横っ面を叩いた。
「いっ…!なぁによぅ良い所だったのにぃ。」
不満そうなその声を遮ってあたしはリナを睨みつける。
「あんたはそれで満足なの?」
冷たい目で見下すと…リナの表情が一変した。蛇のような目であたしを見て、言った。
「…ぜんぜん。足りない。」
「でしょ。」
リナも立ち上がり、起立したままの男の性器を蹴飛ばした。天国から地獄へ叩き落とされ悶絶する男を見下し、そしてけたたましく笑う。あたしは振り返り、下僕と化した有象無象に命令を下した。
「あんた達、あたしたちの家畜ね?」
おう、ともはい、ともつかぬ胡乱な返事がこだまする。けど、さすがにそれに関してあたしたちは責めない。薬でラリった頭なら、この程度が限界だと知っているから。
「じゃあ命令よ。あたしたちが上へ行くのに邪魔な女が居るの。そいつを落とすの、手伝って頂戴。うまくいったらご褒美に、このクスリひとつまみずつあげる。」
男達は歓喜の声をあげた。そして立ち上がる。無能な男の集団はまるで死霊のように、あたしの命令に従い表へでていった。快感だった。想像するだけで。
あたしは笑った。高く、高く笑った。脳内に下びた男の笑い声が響いた気がしたが、すぐに自分の声にかき消された。
「お客さん待ったぁ?」
アリシアがバーと姿を変えた馴染みの店に入ると、「女王」との奇跡の出会いを待っていた男達が一斉に色めき立った。だが、立ち上がり彼女の横に駆け寄るものはほんの幾人かである。身の程知らずか、身に相当の自信があるか、過去に奇跡を起こした者か。5人ばかりが一斉に何かを話しかけるが、当の女王はまるで意に介さずとばかりに男達を無視し、店の一番隅…昼間座ったその場所へと堂々と、真っ直ぐに歩いた。そこに居るのは銀髪褐色の色町には酷く浮いたかの男。取り巻きを完全に空気扱いして、彼女は彼の向かいへと座った。
「待たせたかしら。」
「否、それ程でもない。」
「ヘンな女に声かけられなかった?」
「いや。」
「ま、お客さんみたいなレベルの高いのに声かける度胸のある女なんて、そうそういないわよねぇ。」
女王は風格を漂わせ笑みを作る。その言葉に男共はもう、黙るより他なかった。
気分は害していないようだ。その事実にアリシアは内心安堵する。
彼女はわざと遅れてきたのだ。
男は待つものではない。待たせるもの。昼間ならまだしも、夜の街での彼女は絶対の「女王」でなくてはならないのだ。不思議な話だが、色事に最も縁遠そうなこの男は、その意味を理解してくれているようだった。
「ここ落ち着かないし、出ましょうか。」
幾許か他愛も無い会話を交わした後で、アリシアはそう男に告げた。
「…で、ちょっと外れの道にほら、若いコ立ってるでしょ。ああいうのは全部新人か上に目ぇつけられてこっちの通りに出てこれない子。あっちのほうは安いの。」
境界線間近の裏道に、ぎりぎり大通りから見えるような位置取りでこちらを見続けている痩せぎすの娘を視線だけで指し、アリシアは説明する。
「ま、買う方も安い男って思われるから、男の方も貧乏人とか新人が多いわね。バランスって取れるものよねぇ世の中って。」
見ていると、いかにも場慣れしていなさそうな優男を連れた恰幅の良い中年女性が、その痩せた娘に男を宛てがい、何処かへ連れて行った。
「…あの中年は何だ。」
「女衒ね。ああいう下に落ちきった女集めて、男斡旋して上前跳ねるの。賞味期限切れ不細工さんのお仕事。下の下食い物にしてンのよ。自分が売れなくなったンなら潔くとっとと引退すりゃいのに、いけ好かない。」
「…持ちつ持たれつとも言えるな。」
「…まあ、仕事くれてるって発想もあるか…。でもどうなのかしらね。アタシはあんな他人の褌で生きたり生かされたりする人生なんて御免だけど。」
「どこの世も同じような仕組みだな。最後は好嫌の問題だ、無理に納得する必要も有るまい。」
「確かに好けって言われてもムリだわ。」
アリシアはからからと笑う。男も、有るか無しかの笑みで応える。
媚びるように腕を組むでもない、支配者のように従わせるでもない、彼女にとっては酷く曖昧な関係での道行きは、非常に新鮮なものだった。あやうく女王の立場を忘れそうになる自分を、道行く男や同業者の目線が正気に戻す。トロイアの「女王」の威厳を崩してはならない。彼女は当然のようにそう振る舞い、見下すかの視線を持ってかの男の前を歩く。しかし振り向き、その薄紫の目を見る度に、今まで体験したことのない居たたまれなさと罪悪感が彼女を苛んだ。自分の誇りだった「女王」の肩書きが、これ程邪魔に思えた事もなかった。確かに案内を望んだのは彼だ。とはいえ大して面白くもない、むしろ物騒で世の闇に満ちた自分の説明に黙って耳を傾けてくれているという事実が、本当は嬉しくて仕方がないというのに。
「女王」の名は、それを認めさせてくれない。
ふと、彼の腕を一人の女が引く姿を、視界の端に捉えた。一瞬頭に血が上り、噛み付く勢いでアリシアは振り返った。
「ちょっと!アンタこのあたしの客に手ェ出すつもり……!」
そこまで叫んでアリシアはぎょっとした。
痩せぎすを通り越して窶れ細った身体、肉の完全に痩け落ちた頬。落窪んだ目。虹彩は濁り殆ど光を映していなかった。女はか 細い声で男に言った。
「…ねえ、クスリ買わない?」
「…薬とは。」
一瞬反応が遅れたアリシアに男が訊ねる。
「あ、あー…ドラッグ。ヤばいやつ。大麻とかなんとか、あれよ。お客さんは…なんか似合わないから止めた方がいいわ。」
ちらつく本心を不敵に笑って隠し、なんとか女王の体面を維持する。
「成程。確かに脳細胞の破損は頂けないが、研究資材には使えそうだな。」
が、まったく場に似つかわしくない予想外の反応に、脆くもそれは崩れ去った。
「ちょ…お客さんの発想時々謎だな。でもここで買うのは止めといた方がいいわ。人目につくとあとからあとから同じようなのがうるさいから。」
「それは勘弁願いたいな。助言に従っておこう。」
虚ろな目で追いすがる女をアリシアが突き倒すようにして、二人はその場を離れた。
やや喧噪を離れた小路で二人は足を止める。欲にたぎった人間でごった返すメイン通りからそれほど離れてはいないが、誰もこちらには目も向けない。この街で男と女が二人で道影にいる時は商談中と相場が決まっている。見ない、聞かない、寄らないが暗黙のルールなのだそうだ。ましてや「女王」相手では誰も客の横取りになど来ない。本当はただの休憩なのだが。
「…知り合いか。」
「え?」
壁にもたれ、ふいに口を開いた彼の意図する人物が先ほどの女を指しているという事に、やや逡巡してから思い至った。
「…知り合いなんてもんじゃないわ。ただあのコ、けっこう上にいた子だったから、ちょっと驚いただけ。」
「ほう。」
そう言って彼は黙り、アリシアの目をじっと見た。口数の少ないこの人がこちらを見る時は、即ち説明を促しているのだと彼女は既に理解している。意図せず一つ、溜息が漏れた。
「…蹴落とされたのね。クスリ漬けにされたんだ。」
「成程。」
そう言って彼は目を伏せ、視線を足下に落とした。これ以上は説明しなくても構わないという意味だろう。
アリシアは、空を見上げた。路地に挟まれた狭い空に星がいくつか浮かぶ。お前達にはこれ以上必要ないだろうと言うように。中途半端に生温く、生々しい匂いを混ぜた風が、小路を通り抜けた。まるで、この街の淀みそのもののような風だった。
「……ヤんなっちゃうわね。女の世界って。」
ぽつりと、呟いた。
「その頂点に居るのだろう?」
彼は静かに応える。
「そうなんだけどさ。」
「本当はこの街、嫌いよ。私。」
限りなく満月に近づいた月が、それでもこの路地に佇むしかない女を嘲笑うように輝いていた。
どんだけ凄いんだゼムスの思念波。
詳細設定ないゲームはやりたい放題やれていいね! 7以降だとこうは行くまい。
こういう創作活動してると、2Dドット絵が持つ無限の可能性は本当に凄いと思う。アニメーションでも漫画でも、こうは行かないんだよねえ。
2010.7kuuさまより挿絵追加。
これ、凄い好き。