「いよぅ子供たち。だいじょぶか?」
「あんたが一番大丈夫じゃない。」
土壁に張り付くようにセシルを抱きしめたままのカインが、突然上空から降ってきて挙句埋まった男に冷静に突っ込んだ。
「はっはっはー! 言うねーえっと…カイナくん?」
「カインだ! なんかその間違い不愉快だからやめろ!!」
絶叫したカインが…突然くらりと、倒れた。
「カ、カイン!!」
「おわ!だいじょぶか!?」
慌ててラグナが受け止める。
「…だいじょうぶ……」
全然大丈夫じゃなかった。真っ青な顔をしていた。
「どうしたラグナ!」
頭上からセオドールが見下ろす。
「…熱射病だ。スコール、俺のカバンから水だしてくれ!」
言われると同時に、スコールがペットボトルを投げ込んでいた。
「ほら、飲めるか? 口移しすっか?」
「いやだ…」
真っ青な顔で抵抗して、カインは自力で水を飲む。半分飲んだ時点でそれは手からこぼれ落ちた。
「カイン!!」
「ちょーっちピンチかな。おーい、先にこの子引き上げるから、ロープどっかにかけ直して…」
と、言いながら身体を掘り出そうとしてラグナは気がついた。落ちたときには膝まで埋まっていたはずの身体が、腰近くまで埋まりつつあることに。
「・・・おおーう。」
「どうした?」
「俺、沈んでんな。」
「「は――――!!?」」
言う間にも、徐々にラグナの体は確かに沈んでいた。
「え・・わ!」
そして、セシルも。
「げえ!マジかよ!!」
「重量と衝撃で沈下しはじめたのか!?」
「そんな! 警察なんてきっとまだ来ないッスよ!?」
「投げろラグナ! あんたは沈んでもいいから二人は助けろ!! レインには勇敢な死だったと伝えておく!!」
「ひっでぇスコール! でも投げるのはあぶねえから、ロープで縛る! 二回ギリギリなんとかなっから、そっちはどっかの枝に掛けてくれ!」
一瞬騒然とした場の中で、最初に冷静さを取り戻したのはジェクトだった。
「…一気に上げるぞ。いけるな。」
「ああ。」
返事とともにセオドールはロープの端をジェクトに渡した。受けて、ジェクトが尋ねる
「どこに掛けるのが具合いいよ?」
「ロープ自体は相当長いし丈夫なものだ、多少の無理には耐えられるが…。あそこの白い樹。あれなら抵抗が少ない。途中折れても良いように、2本目が引っかかる…むこうの向き、あれだ。高さがあるがいけるか?」
「問題ねえよ。」
そう言ってロープを片手にすぐさまジェクトは走った。
「あ、親父!?」
ティーダが父を目で追う。その先で華麗に1歩、2歩、3歩目で…目標に駆け上がり、ザナルカンドエイブスのエースは飛んだ。
「おらあ! ジェクトシュートだ!!」
大人3人分はあろうかというその高さを、ジェクトは華麗に、ダンクのようにその枝へロープを通した。
「ラグナ!」
穴下へセオドールが叫ぶ。
「おう!」
「ロープはお前の身体を経由してカインに結べ!」
「あ? なんでだ?」
「セシル!」
ラグナの疑問には答えずセシルに叫んだ。
「…カインがそこまで頑張ったんだ。お前もがんばれるな。」
「うん!」
「ラグナの背中に捕まるんだ! 絶対に離すんじゃないぞ!!」
「わかった!!」
「お、おいおい纏めていくのかよ。ちょっと無理なくね?」
「馬っ鹿野郎!」
馬鹿でかいその声にティーダがびっくりして振り返る。遠くで、腰にロープを巻きつけたジェクトが叫んだ。
「ザナルカンドエイブスの大エース・ジェクト様をなめるんじゃねえぜ。」
不敵に笑った。
「…そういう事だ。」
セシルの頭上でセオドールも、笑った。
「せーの!!」
ジェクトの声をあわせて地上の4人がロープを引く。引かれるラグナは右手にカインを、左手でセシルを支える。
最初は土壁を蹴り上げてフォローしようかとも思ったのだが、やめた。想像以上に脆かったのだ。途中崩れて下手な衝撃が生まれ、ロープが切れたり枝が折れたりしたら今度こそ終わりだ。黙って子供たちを支えることに専念した。
さっきと違い、真上からじゃなく斜めから引き上げている。角度はあるがそれでもぶつかる柔らかい土壁で抵抗力が増す。撒いたロープが腹に食い込み、ラグナは端正な顔を歪めた。
「気張れぇ! もう少しだ!!」
一番後ろからジェクトが声を張り上げる。ジェクトから上がってくる3人の姿は見えないはずだが、こういう時にどうやってチームを鼓舞するべきかを一番知っているのは彼だ。
「ああ…!」
「わかってる!」
「絶対二人を助けるッスよ!!」
力が入る。ジェクトが後ろから掛け声を上げる。引いた。
瞬間、枝が折れた。
がくり、とラグナの身体が一瞬重力に引かれた。
「離すなセシル!!」
右手でカインを、左手でセシルを支え叫ぶ。
ぎゅうと、セシルがラグナの首元にしがみつく。
身体はすぐに重力に逆らい止まった。
「っ…ぐ!」
みしり、と喉とあばらが悲鳴を上げた。
ロープは、下にある2本目の枝にひっかかって止まった。
「っぶ…ねえ…!」
ジェクトがつぶやく。保険が効いた。それでもロープは幾許か距離を戻している。
ドキドキする心臓をおちつかせようと、セオドールにしがみついてひっぱっていたティーダが何度か瞬きをした。
ぽたり
その視界に、紅い雫が落ちた。
「…!にーちゃん血ィ出てるッス!!」
それは、セオドールが握るロープにべったりとついていた。
「大丈夫だ。問題はない。」
にこりと、妙に優しげな表情でティーダに笑いかけた。どこかセシルに似た微笑だった。
「とっとと始末をつけるぞジェクト!」
「おお!!」
ぐい、と再びロープが引き上げられる。それを見て、危ないからと大人たちを引っ張るようにして参加していたティーダとスコールは…目配せした。手を離し、走る。そして自分達の身長でも届く、ジェクトの前の位置まで来て、ロープをつかんだ。
ロープは上がって…戻る。
地上の二人が限界なのだ。ラグナからしてみるともう少し、手を伸ばせば届く位置まできているのに、完全に気を失っているカインを抱いているからどうにも出来ない。ロープが腹に食い込んで声も出せない。
「くっそ…あと……ちょ っと…!」
知らせたくても知らせられない。歯噛みした。
「ラグナさんごめんなさい!」
「!?」
突然セシルが、ぐい、身体を持ち上げた。
「うご!?」
一瞬気道が詰まって、左手の力が抜ける。その一瞬で、セシルはするりと腕から抜けた。
両手にありったけの力を込めて、ラグナの身体を登る。肩に乗って、頭を抱えて、そして、叫んだ。
「あとちょっとだよぉ! にいちゃん、がんばってえええ!!!」
そりゃあもう見事に、セオドールの中の何かが爆裂した。
「あ、たりまえだあああああ!!!!」
ものすごい勢いで、ロープが地上への距離を縮めた。
「きたあああ! 兄貴の馬鹿力―――!!!」
ジェクトが歓喜に大笑いする。
多分いけると思っていた。なぜなら俺たちには最後の手段、
この無敵の、ブラコン馬鹿力が秘められていたからだ。
「なに!?」
「うわわわ!?」
急に増した後への勢いにティーダとスコールがバランスを崩す。
堪えきれずに、ついにひっくりがえった。
おもいっきり後ろに滑る。
土煙が舞った。
「…いってえー……」
ティーダが後頭部をさすりながら涙を浮かべて起き上がる。
瞬きしたその先にいたのは…
完全に地上に引き上げられ目を回してるラグナと、泥まみれになったセシルと、カインだった。
「や・・・やったあああ!!!!」
ティーダとスコールが手をたたき合って喜ぶ。そしてティーダは大泣きしながらセシルに駆け寄った。
「セシル、カインごめんな! ごめんなー!! 大丈夫かー!!?」
「うん、僕は大丈夫だよ…」
「…うるさいな。男ならそんなに泣くな…そんな泣き虫にセシルはやんない…」
意識を取り戻していたらしいカインが、か細い声で悪態をついた。
「うわ――ん!!! セシルは俺がお嫁にもらうッス――!!!」
「な…なんだそりゃ…。ガクリ」
末期の言葉のように突っ込んだラグナが、擬音付きで意識を飛ばした。
スコールは大人のほうを見回す。
さすがのジェクト様も大の字になって荒く呼吸を繰り返していた。セオドールの方はうつぶせるようにして同様に呼吸を繰り返している。
この人達、ちょっとカッコいいな。そんなことをスコールは思っていた。
セシルが添え木をされた片足を引きずりながら兄に駆け寄る。気がついた兄は半身を起こしてそれを抱きとめた。
「…無事か…セシル。」
「大丈夫だよ! ずっと、ずっとカインがかばってくれたからだいじょうぶだよ!!」
「そうか…。」
泣きつく銀糸をなでようと思ったが、存外に血がついていたので止めておいた。
なんとか立ち上がり、カインとラグナの方へ行く。
「…カイン、しっかりしろ。大丈夫か。」
「……平気。」
まだ起き上がるだけの元気はないカインだが、仰向けにひっくり返ったままそう強がる。が、ふいにしおらしい声で言った。
「…ごめん。ちゃんと30分で部屋に帰すって言ったのに…。俺、約束やぶった…。」
「っ…! カインのせいじゃないよ…! カインは悪くないよにいちゃん…!!」
兄の腕から降りて、セシルが必死にそう言う。ずっと彼は自分を守ってくれたのだ。強い日差しからも、沸き起こる不安からも。それがうまく伝えられない。お願い、怒らないで…! 祈るような気持ちで兄に瞳で訴えた。
「カイン…。」
セオドールが、すいと血塗れた左手をカインに向けた。
カインは一瞬びくりとして、身をすくめる。その手は…
甲で、優しく頬を撫でた。
「ずっと、セシルを守ってくれたのだな。ありがとう。遅くなって済まなかった。」
なんだか嬉しくて、カインもついに泣いてしまった。
「おやじー!!」
ひっくり返るジェクトの前に、涙ながらに仁王立ちになったティーダが叫ぶ。
「…おう、どうした坊ちゃん。遅いって怒りにきたか?」
さすがのジェクトも力なく笑う。が、予想に反して…とんでもない言葉がふってきた。
「ちょっとカッコよかった! みなおした!!」
ぽかん、とした。
泣き虫の息子はまだしゃくりあげていた。
へへ、と鼻でだけ笑ってジェクトは返した。
「ありがとよ、ティーダ。頑張るお前もカッコよかったぜ。」
サイレンの音をスコールは耳にした。
「…遅い。」
ぽつりと一人、呟いた。そして大人たちに向き直る。
「パトカーきたから、案内してくる。」
そう言って歩き出した。
「えええええー、スコちゃん俺にはご褒美ないのおおお…?」
一人おいてけぼりを喰ったラグナが大の字のまま子供のように駄々をこねた。
無視するかと思ったスコールは、ふいとラグナのほうに振り向いた。
「…割と格好良かったって、レインに伝えておく。」
「……!! スコール…!!!」
「見えなかったけど。」
そう言って、クールに歩き出した。
「…俺、喜んでいいのかな。」
ラグナが近くにいたセオドールを見る。
「……多分。」
それがセオドールのフォローの、精一杯だった。
Σなんか良い話になったよ!! 当初はこんな予定じゃぜんぜんなかったのに!
情景描写がだんだん簡素になってってるのは、降りてきた神が去っていくうちに急いで書き留めていったからです。
…かえって諄くなくてよかったか…?
正直途中の展開は、書いてる自分が一番燃えました。
細かいところに突っ込みどころが多いのは…もう、それでいい。(遠い目)
驚くべきはこのメンツの中で一番スコールがかっこいいという現実。