兄さんとバレンタイン 2

 

—セオドール君、あの…チョコ…あげる!
—え? あ、ありがとう…?

―セオドール君…チョコ、うけとってください!
―う、うん…?

―はいチョコ! お返し期待してます!
―あり… お、お返し?

―チョコあげる! ぎ、義理なんだから…
―あー…ごめん、もうそんなにあっても困るから…
―セオドールがジェシー泣かしたーー!

 

 何が気に障ったのか、友人はベランダでふてくされている。知らずに見ていれば黄昏れてるように見えて、ちょっとした絵なのだが。
「…セシル、何、俺なんかした…?」
 全く心当たりはないが、とりあえず尋ねてみるジェクト。タイミングからするとどうやら原因は自分っぽい、というくらいは想像がついた。
「え、えーと…僕もよくわからないんだけど… …兄ちゃん、バレンタイン好きじゃない…というか、嫌いなんだよね…」
「「はあ?」」
 予想外の答えすぎて、綺麗にティーダと疑問符がハモった。
「え、あ、何、ああモテなさすぎてか!」
「ンなわけねーと思うけど!」
「うん、逆 …だ、と思うんだ けど…」
「逆ぅ?」
 逆、の意図もわからないが、セシルの歯切れがものっすごい悪いのが気になりすぎる。
「えっと、僕もよくわからないんですあれ。けど、あれじゃあ嫌いにもなるかなあって…」
「全ッ然わかんねーーー!!」
「わからんのは私の方だ。」
「はあ?」
 振り向くと友人はベランダで…さっきの体勢から1ミリも動かない状態だった。却って怖かった。
「何故その日にこぞって甘いモノなどばらまく。」
「…バレンタインデーだからじゃね? まあ元は菓子屋のホラだとか聞いたけど…」
「あまつさえ礼を要求するなど全く理が通らん。」
「いや、普通礼は期待するっていうか、そういうやり取りあってこそのイベントっつか…」
「しかも義理とはなんだ。そんなものならやらなければいい。」
「それはちょっと同意すッけど、やんねえと角が立つ状況とか、まああんだろーし…」
「異性相手だと昔は聞いたが、見れば無尽蔵にばらまきあっているではないか。何だあれは。」
「ああそりゃ友チョコってやつで… いつからの風習なんだあれ。」
「一つも理解できん!!」
「そう言われると確かにできねぇ!!!」
「負けんなよオヤジ!!」
 なんだかよくわからないが、華麗に言い負けていた。

 頼りにならんオヤジに業を煮やしたティーダが力いっぱい立ち上がって叫ぶ。
「セオ兄ちゃんがバレンタイン嫌いなのはわかったけど、セシル連れて隠遁することないじゃんか! 俺セシルのチョコ欲しかったッスー!」
「えっ、僕あげるの?」
「難しい言葉使って欲望丸出しだなオイ!」
「チョコ自慢に来たオヤジに言われたくねーよ!」
「あ、そういやそんな目的だったな。」
 なんかもうすっかりスっとんでいたが。
 と、セオドールが漸く動いた。何やら難しい顔をして。
「…渡しに来た訳ではないのか?」
「な!? なんでオメーに俺がチョコやんなきゃなんねーんだよ! 自慢だよ自慢悪いか!」
「…自慢? 何のために。」
「あ? いや何って、 …沢山もらったら威張るだろ普通。」
「何故。」
「いやだって! 普通モテたら嬉しいっつか…ん?」
 何か違和感というか会話の砲丸投げのような空気を微妙に感じた…その瞬間。こっちを見ていたセオドールの表情が固まった。否、凍り付いていた。背後からナイフを突きつけられたような顔で。
「…え? え、何…?」
 はじめて見る冷静沈着な男の謎の豹変に、ジェクトの方が戸惑う。
「ま、まさか! …きちゃったの…?」
「な、何がだよセシル!?」
 と言いながらも見るが早いと、ジェクトはベランダに駆寄り身を乗り出した。

 30人ばかりの、女の塊がそこに居た。
 完全暗黒物質をオーラに纏いながら。
 全員片手に、チョコを持って。

 

 

「な、なんじゃこりゃあああああ!!!」
「ま、毎年くるんです!」
「毎年ぃ!?」
「ジェクト…」
 半ば凍り付いた声のセオドールがジェクトを呼んだ。
「お前…言って…なかろうな…?」
「言ってねえ! 言って  …ねえよな! ティーダ!!」
「び、微妙!?」
「微妙って何!?」
「途中で俺が阻止したッス!」
「どこまで言ったの!?」
「お、温泉のミス…くらいまで」
「殆ど全部だろうが……!!」
「ぎゃー! セオドールがマジこええ!!!」 
 すわ臨死体験、とジェクトが覚悟したそれは、階下からの玄関がこじ開けられる音で中断された。
「く…貴様の処分は後回しだ…!」
「処分て!」
「セシル、お前たちはここで隠れていなさい! ジェクト行くぞ!」
「え? 何なんでよていうか何よあれ」
「説明の暇はない! 連中の狙いは私だ、子供たちを危険に晒せるか!」
 ああそう…と答えるより早く、セオドールは階段の手すりを飛び越え、階下へ踊りでていた。
「なんかよくわかんねぇが…こういう時のアイツの行動力ハンパねえな。ティーダ! 俺も行っから、きっちりセシルとリディアのガードしろよ!」
「任せるッス! 親父は死んでこい!!」
「なんか今回はシャレになんねー気配がするな!」
 ジェクトさん気をつけてー! とセシルの心に沁みる声援を背にジェクトも手すりを華麗に飛び越えた。

 すでに一階はカオス状態寸前。片手にチョコを持った女子の塊が魑魅魍魎を超えて邪魅的な何かになって、我先に突っ込もうと争いを繰り広げていた。生まれて初めて、バレンタインが恐ろしいと感じた。
「女こええ! マジこええよ!!」
「遅い! いいから来いジェクト!」
 先行していたセオドールが叫ぶ。どうやら裏口から出ようという算段のようだ。
 幸いなことに…というか宿側が一計を案じたのか、玄関の扉半分は鍵が閉められた上ダンボールなんかが積まれ、間違っても強引に突破は出来ないようにされている。狭い出入口に女子がみっしり詰まって、互いに引っかかっている状態だった。
 はっきりいってモンスターである。こんなの絶対どれかのシリーズにいると思う。
 はやく逃げなさい、という女将さんの誘導で外に出ると、すぐに裏山が見えた。
「登るぞ。」
「おいおいほとんどガケじゃねえか! 道わかンのか?」
「療養で何度も来ている。」
「あ、そゆことね。」
 体の弱い兄弟の第二の故郷、という訳だ。

 

「アレ、何よ。」
 体力に自信はあるとはいえ、先は長そうなので最低限のカロリー消費で質問をする。先をゆくセオドールは本当に慣れているようで、意外に軽やかに足場を見 極めてジェクトを先導していた。これなら理系のくせに無闇矢鱈体が鍛えられているのも納得だ。なにせちょっとしたフリークライミング状態なのだから。
「…最初に渡した女の勝ちらしい。バレンタイン名物…とでも言えばいいか?」
「ねぇわそんな名物! 俺だってあんなになったことねえよチキショウ!!」
 自慢しに来たはずなのに、えらい敗北感だ。
「仕切っている奴がいるのだ。」
「ああ?」
 なんか、予想外の展開の香りがした。
「見なかったか? 金髪の…」
 そう言って軽く振り返ったセオドールの足が止まった。
「何よ… うお!」

 背後から、うごめく黒い物体が幽鬼のようにせり上がってきていた。
 黒髪がそう見えるだけなのはわかっていたが、却ってそれが怖かった。

「…スマン、正直悪かった。」
「反省したか。」
「禿げる程。」
「そうか。ならば償え。」
「パソコン地獄か、ブラコン地獄か。」
「やらん。お前はザナルカンドエイブスのエースだな。」
「おうよ?」
「逝ってこい!!!」
「生け贄かあああああ!!!!」
 なんの躊躇も容赦も無く、華麗にジェクトは崖から蹴り転がされていた。

ごろごろごろ
ばん!
すたっ
「しょうがねえ、代わりに俺様が…」
げす
ぼこ
ドドドド

(転がる→受け身から立ち上がる→体当たりからの→膝蹴り→踏破 の一連の擬音)

 

「足止めにもならんのか! 使えん!!」
「あ、あんまりじゃねえかこれ…」
なんかもう、ズタボロのキング・オブ・ブリッツだった。

 

 

〜いっぽう そのころ〜

「…にいちゃんたち、大丈夫かなあ。」
 セシルがぽつりと呟いた。ティーダとリディアが顔を上げたが、押入れの中の僅かな明かりでは、彼の表情までは確認できなかった。ただ、わずかに啜り上げるような音が聞こえた。
「…誰も来ないみたいだし、ちょっと出てみるっス。」
「大丈夫?」
「大丈夫、俺が二人を守るッス!」
 自信満々に小声で答えて、ティーダはそろりと襖を開けた。
 と、どうやら襖の開く音は、ぴったり2つ重なっていたらしく。

 ばっちり、知らないお姉さん数名と目があった。

 

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この現パロシリーズは、兄さんがだんだん閉ざされた心を開いて、人らしく、自分らしく打ち解けていくまでの物語です。
決して、女の塊におっかけられてジェクトさんと必死の形相でマジ逃亡してる絵が脳内に浮かんだから書かれたSSではありませんまちがっても。  

毎度のことだけど、ギャグものって地の文のリズムに悩むねぃ〜。
書きすぎるとリズムがなくなる、なさすぎるとだれがしゃべってんだかわからなくなる。
みんなどうしてるんだよ…。